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【特集】変わり始めた精神医療 (4)精神医療の課題と未来

記事公開日:2019年06月11日

新たな精神療法として注目を集める“オープンダイアローグ”。患者と医療者との対話を中心に据えたこの手法はこれまでにない可能性を期待されています。しかし、日本での普及はまだ極一部にとどまっています。オープンダイアローグを通して見えてくる日本の精神医療の課題とこれからを考えます。

日本のこれまでの精神医療

1980年代にフィンランドで始まった精神療法・オープンダイアローグ。いま、なぜ日本で注目されるようになったのでしょうか。オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン共同代表で、精神科医の斎藤環さんは、そこには、現状の精神医療の抱える課題が関係していると指摘します。

「まずは従来の精神医療というものは、薬物療法が進歩すれば、うつ病も統合失調症も最終的には全部治るという目標で頑張っていたわけです。けれども最近になってそれは限界があると。確かに進歩したんですが、そろそろ頭打ちになってきていて、統合失調症の薬も新薬がかなり効くものが出てきましたけれども、それでも治らない人がたくさんいるということが分かってきました。正しい診断をして、正しい薬さえ出していれば治るはずだという信念が、なかなか払拭できないというところが強いと思いますが、結局それで治りきらない人がすごく増えているという現実があると思います」(斎藤さん)

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オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン共同代表 精神科医 斎藤環さん

いま日本では、精神病床に入院している入院患者数は28.4万人、1年以上の入院は17.4万人にのぼります(『平成29年度 精神保健福祉資料』より)。この入院患者数の多さからも、オープンダイアローグが日本でいま注目されている理由が見えてくると言います。

「『精神病の患者さんというのは問題行動を起こす』というスティグマ、偏見が、実は一般の人たちだけじゃなくて、精神科医も結構持っていると。だから、暴力を振るうとか、自殺未遂をするとか、そういう問題が懸念されている結果として、入院中心主義がある。その理由は、医者に言わせると、患者さんの安全を守るためであるという言い方をすることが多いですが、ある意味その患者さんの安全という名目で尊厳を傷つけていると言ってもいいわけです。そういう管理型の医療がまだ主流であるということが問題だと思いますね」(斎藤さん)

これまで、入院、薬による治療が主流だった日本の精神医療。国が退院の促進に力を入れ始めた現在も多くの人が精神病床に入院し、患者本人が望まないケースも少なくないのが現状です。

広がりを見せるオープンダイアローグの実践

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オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパンが主催するトレーニング講座

2019年5月、オープンダイアローグを現場で実践するためのトレーニング講座が東京で開かれました。全国から医師や看護師など、42人が参加。今年は定員の倍以上の応募がありました。

画像(医師・村上純一さん)

参加者の1人、医師の村上純一さんは、滋賀県の精神科病院で2年前から実践を始めています。現在、オープンダイアローグを実施しているのは、週に3日ほどです。120以上のケースでの実践からこれまでとは違った手応えを感じています。

「もちろんいろいろな専門的な治療は、薬物療法を含めてとても重要だと思うし、そこも専門性としてこれからも大切にしていきたいと思いますが、急いで何かを押し付けたり説得したりしてかえって後々またやり直しになったりするよりは時間をかけてみなさんと一緒に作り上げていくほうが、結果的にかえって早く変化が生まれるんですね。そんな感覚がとてもあります」(村上さん)

オープンダイアローグの実践を広げるために、村上さんがいま、力を入れているのが訪問活動です。

画像(村上さんが行っている訪問活動の様子)

この日は1人暮らしの患者を訪ねました。
集まっていたのは患者の日常生活を支える相談員や、ケアマネージャーなどです。オープンダイアローグで大切なのは、患者に関わる人たちの参加です。さまざまな場所に出向き関係を作ろうとしています。

訪問活動に参加したケアマネージャーの男性はこう話します。

「病院っていうとある意味『先生』と、敷居がちょっと高く感じるところはあると思うんですけど、こうやって輪の中に入っていただくと親しみも出てきますし、今まで聞きにくかったことも聞きやすくなります」(ケアマネージャー)

村上さんも訪問活動を行うことがオープンダイアローグの実践には欠かせないと実感しています。

「院内に限らず、地域支援者の方であったり話を聞く場を広げていく。病院に来て初めて場が持てるっていうのでは全然足りない、それでは話し合いが生まれないことが多いようには思います」(村上さん)

こうした活動を続けるなかで、患者と共に地域で暮らす住民の意識も変わり始めています。

画像(統合失調症の男性のために開かれたオープンダイアローグ)

この日、ある統合失調症の男性のために初めてオープンダイアローグが開かれました。本人の同意を得て、近所に暮らす、顔見知りの住民も参加します。

民生委員を務める横田茂さんは、病院からの提案に応えて参加しました。大きな声で独り言を言いながら歩く男性の姿は、以前から住民の注目の的でした。

画像(オープンダイアローグに参加した横田茂さん)

「びっくりするような大きな声だったりすると、その意味が分からない発言っていうことで、結構違和感というか。例えば、たばこを吸っても捨てたりするのが車のほうに投げたように見えたりとか。不安な目でその人を見ると、そういう一挙手一投足が気になります」(横田さん)

そうしたなかで迎えた、初めての対話の場。自分の考えを伝えるのが苦手な男性からは、なかなか言葉が出てきません。

地域の男性「例えば朝やったらおはようとか言うても答えてくださるのかな。(周りが)そういうことをしてもええのか悪いのか」

参加した近所の人たちは男性に発言を強制せず、言葉を選びながら、自分たちの不安や意見を話していきます。

横田さん「これから暑さが厳しい時期ですから、体調とかいうのも、周りがいろいろ対応したりして(サポート)ができればいいなということは思います」
男性「なんか・・・俺主役?」
村上さん「みんなが主役よ」
男性「主役やね?」
村上さん「主役の1人」

気持ちがほぐれはじめたのか、男性は自分が日常的に感じている感覚について話し始めました。

男性「頭の中がうつってもって、ほんまにうつってもうたら」
村上さん「それは、思ってることが(周りの)人にうつるってこと?」
男性「うん」

さらに、大声を出している時の周囲の反応や、その時の気持ちについても語ります。

男性「そんで相手側がすーっと普通に行ってしまう、それで大声なんて出したら『かなわん』って、(相手が)さーってコンビニ入ってなんかモノ買っていくだけ」
男性「困ってんねん。」
村上さん「何に困ってるの?」
男性「それで(周りが)困ってるから俺も困ってんねん」

周囲の人が困っていることに自分も困っている。今まで思いもしなかったことを横田さんは知りました。

「意思の疎通っていうんですか、こちらの言うことに対して答えてもらったり、こちらの言うことを理解してもらうということは難しいと違うかと思ってましたけど。客観的に状況を把握してはる部分もあるような気もしてたりして、だからそのへんはあまり勝手に決めつけられもせんし、いろんな面をお持ちなんやなって」(横田さん)

日本の精神医療の課題と未来

この男性のケースは、近所の住民が参加したオープンダイアローグですが、斎藤さんはどのような印象を受けたのでしょうか。

「直接話し合わないで相手のことを気にする状況というのは、いわゆる腹の探り合いが生じやすいんです。だから、相手は自分にとってすごく嫌なことを考えているに違いないみたいな、思い込みがどんどんたまっていくといいますか、それこそモノローグ的になっていくんですけれども、ダイアローグしてみるとそうでもないと。これは近隣住民の方にとっても気づきになったでしょうし、当事者にとっても、むしろ心配もしてくれているということが分かると、本当にあっさりと気持ちがほどけるということも起こりうると思いますし、それだけでも、そういう思い込みとか妄想的なものを緩和する効果が高いなと感じましたね」(斎藤さん)

男性と住民が参加したオープンダイアローグですが、いまの日本社会では、このような試みには気軽に参加できない雰囲気もあります。どうすれば、患者を取り巻くネットワークを広げることができるのでしょうか。

「まず、日本の臨床現場ではネットワーク以前にケースワークというものの発想が弱いところがあります。つまり、その患者さんに関係した人に介入して環境調整することは医師の仕事ではないという認識がまだ主流なのです。そういう点ではまずケースワークの大事さみたいなことから気づいていってもらう必要があるだろうなと思っています。疾患というのは非常に複合的な現象で、もちろん個人の脳とか心の中にも原因があったりしますけど、それを症状にまで発現させるかどうかというのには、家族の関係とか職場での人間関係とか、地域との関連性とかがすごく関連しているわけなんですよね。ところが薬が変えられるのは脳の状態だけですよね。カウンセリングで変えることができるのは心理状態だけです。ケースワークというのはいわば環境調整なわけですよね。その人が暮らしている家庭に介入したりとか、職場に介入したりとか、いろんな場面に介入する形で環境を整える。そうすると、脳や心に直接タッチしなくても関係がよくなるだけで症状が消えるって起こりうるわけです。だから、せっかくそういう近道があるのにあえてそれを使わないのはもったいないということですよね」(斎藤さん)

変わり始めた日本の精神医療。斎藤さんはオープンダイアローグを通じて、1つの発見があったと言います。

画像(オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン共同代表 精神科医 斎藤環さん)

「私はよく人間主義の復権と言っていますが、人の精神のありようを、脳とか心理に分解するんじゃなくて、丸ごと1個の人間として捉えるということの価値が、私にとってはオープンダイアローグを通じて再発見できたような気がしています。そういった意味では、1個のバラバラにできない人間存在の尊厳であるとか、自由であるとか権利だとか、そういったものを大事にしていくことこそが、治療上大きな意味を持つという認識をぜひ共有できるようになってほしいです」(斎藤さん)

さらにオープンダイアローグが、入院や薬だけではなく、新たな治療の選択肢に加えられることへの期待を感じています。

「入院治療とか薬物療法というのは、ある種の保険として必要なものです。そこまで否定するつもりはまったくないんですけれども、ただ、ちょっと過剰に使われすぎていると。つまり、患者管理という名目で使われすぎの傾向はどうしても否定できないと思うんですよね。そうでもなければ、『30万人近く入院病床に入っている』とか、そういうことは起こらないわけですから。患者さんの安全とか社会防衛とか、いろんな名目はあるでしょうけれども、それを理由として過度に管理的になりすぎてしまったということが、日本の精神医療の最大の問題ではないかと感じていますが。そこまで怖がらなくてもいいということは、このオープンダイアローグが主張できると思うんですよね。

ダイアローグをやってみて実感したのは、話が通じない患者さんはほとんどいないんじゃないかということなんです。対話できる相手だし、対話するだけでも変化が起こる。その変化を丁寧に拾っていけば、薬とかにやみくもに頼らなくてもよい医療ができますよということを、このオープンダイアローグでアピールできるんじゃないかと、私は考えています」(斎藤さん)

【特集】変わり始めた精神医療
(1)子どもをめぐる精神医療
(2)教育現場にできること
(3)“オープンダイアローグ”の可能性
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※この記事はハートネットTV 2019年6月11日放送「変わり始めた精神医療 第2回・オープンダイアローグ」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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