いま精神医療の現場で、新たな手法「オープンダイアローグ」が注目を集めています。フィンランド発祥のこの治療法は、患者と医療者、ときには家族などの関係者も加わり、対話を行っていくもの。入院や薬による治療では得られなかった変化も見られるなど、その可能性に大きな期待が寄せられています。日本で始まったオープンダイアローグの実践の場を取材しました。
実際に、オープンダイアローグはどのような環境で行われるのでしょうか。
オープンダイアローグを実践している千葉県のクリニックの部屋では、ソファーと柔らかい雰囲気のある椅子が並べられています。医療者と患者が向き合う従来のような堅苦しい雰囲気はなく、まるで家庭のリビングのようです。
このクリニックで診療を行っている精神科医の斎藤環さんは、オープンダイアローグに関する情報提供などを行っているオープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン共同代表を務めています。オープンダイアローグと、これまでの精神医療の手法とはどのような違いがあるのか、斎藤さんにお聞きしました。
「非常に大きな違いがいろいろありますが、まず、何といってもお薬とか入院はできるだけしないで、対話を中心に治療を進めていくというところがまず挙げられると思います。それからもう1つは、患者さんが安心感とか安全保障感をできるだけ強く感じられるような雰囲気を作ること。この部屋もそのつもりでレイアウトされています。くつろいで安心できる空間でこそよい治療ができるという発想も、従来は乏しかったと私は思いますので、オープンダイアローグ独特のものと言っていいんじゃないかと。
従来の医療に比べて、医師・患者関係は限りなく対等に近づいてきていて、フラットな関係でやるというのが原則になっています」(斎藤さん)
実際にオープンダイアローグによる治療はどのように行われているのでしょうか。ある都内のクリニックの様子です。
統合失調症型障害と診断されているKさん(20代)。
10代の頃から、外出すると周囲に見られているように感じ、家にこもらざるを得ないことに苦しんできました。
森川さん「一緒に会話していく森川と申します、よろしくお願いします」
この日参加したのは、Kさんと母親、そして医師、看護師、心理士、家族療法・トラウマセラピストなど、5人の専門職。オープンダイアローグでは、こうしたチームで対話を行います。
森川さん「今日この場において、話したいなって思ってたことってありましたか?」
Kさん「例えばいまは大丈夫なんですけど、家とかで母親とちょっと言い合いになっちゃったり、そういうのはあって」
大切にされるのは、患者がいま話したいことを尊重すること。通常の診察とは違い、診断名に関わる症状以外のことも時間をかけて聞いていきます。本人だけでなく家族の声にも平等に耳を傾けます。
森川さん「お母様は今日特に何か話したかったなって」
母親「私がちょっと仕事に出ようと思ったときに、『今日、俺、1日なにも予定がない、どうしよう』と。で、それを私に言ってきて。ただその話をしているとケンカになっちゃうんですよ」
森川さん「言い争いになっちゃうことについて、ただ聞いてるだけでも、聞かずにぼんやりしていただいていてもいいので、ちょっと5人で話してみてもいいですか?」
医師や専門職の参加者が体の向きを変えて話し始めました。通常、患者の前では行わない専門職同士の意見交換を目の前で行うリフレクティングという手法です。
看護師「私が思ったのが、何回でもそうやってケンカして、やり直してっていうのが、なんかそう思える安心感っていうか、なんか安心してケンカできたら、いいのかなっていうのは思った」
森川さん「安心してケンカする?」
家族療法・トラウマセラピスト「この10年の間にお二人の関係性がどうだったのかなって思って。それがここまでケンカしても今日仲良くいらっしゃっているというふうに、回復してきたっていう関係性が私はすごく信頼があるなって思いました。だから、ケンカしてるっておっしゃってるけども、その質っていうのがだいぶ違うんじゃないかなって思ったんですよね」
森川さん「ケンカの質が変わってきてるんじゃないか?」
家族療法・トラウマセラピスト「回復に合わせて、たぶん質も変わってるし、長さも変わってるし」
専門職にもさまざまな見方があるのを知ることで、患者や家族は自分の悩みを、自然に違った角度からも捉えていきます。
森川さん「いま話したいことってありますか?」
Kさん「周りが見てる、感じてることを聞くとやっぱり自分で新たに『ああ、そうだったな』と思うとこもあって。前に比べたら本当によくなってるのはよくなってるので」
母親「そうなんですよね。忘れちゃうんですけどね、結構その大変だった時期って。でもやっぱり思い返すと本当に遠慮して遠慮して、もう怒らせないように怒らせないようにしてましたので。普通の病院の診察で、先生1人と親子の3人で話してますと、絶対私の本音も言えないですし、最近こういう状態なんですっていうことを言うと、先生が『ああそう、じゃあ薬どうする?』ってそれで終わりなので」
こうして対話を繰り返す中で、親子の関係は少しずつ改善してきました。
現在、実践が始まったばかりの日本で、治療の有効性を裏付けるほどのデータは集まっていませんが、2年前から治療を受け始めたKさんは、1人で外出する機会が増えてきました。飲んでいる薬の量も減ってくるなど、オープンダイアローグを受け始めてからの変化を実感しています。
気持ちが前向きになり、最近では、自動車の教習所に通い始めたと言います。
「最近ずいぶん出られるようになってきたんで、やっぱりいろんなところ行ってみたいなっていう気持ちになりますね」(Kさん)
しかし、すべてが順調なわけではありません。
「その教習官の人に手をパンって払われて、言い方も結構きついかなって思うようなこともあったんですけど」(Kさん)
こうした日常で感じる不安も、逐一オープンダイアローグの場で相談していきます。
森川さん「その教習所に、また行きたい?」
Kさん「行きたいんですけど教習所の中って人も多いんですよね。それプラス教習官が大丈夫かなって思ったりもするんで」
森川さん「私は先月免許を取ったんですけど、教官は苦労しまして」
Kさん「あー、なるほど」
森川さん「教官もいろんな種類がいるから、怖い人もいるけど怖かったら途中で抜けて、いい人と出会えるんだってわくわくしながら行ってみるのも」
医師は、従来の医療ではタブー視されがちだった個人的な体験も話し、一緒に考えていきます。オープンダイアローグの対話を通し、Kさんはどう感じているのでしょうか。
「一方通行じゃないというのも、もちろんありますし、表面だけじゃない、ちゃんと話を聞いてくれる質感を感じます。それを繰り返すことによって、どんどん解決に向かっていくっていうか」(Kさん)
森川さんは、「人間対人間」という関係で行う対話の“普通さ”に可能性を感じています。
「話を聞くってこと自体は同じだとしても、病気に関わる話を聞くのか、本人の話したい話、苦しさとかを聞くのかって、病人を診てるのか病気を持っている一人の人間を見てるのかで違う感じがするんですね。専門家があまりにも強くなりすぎて決めつけられたりする中で、話せなくなる人たちがいっぱいるんじゃないかなって。対等な立場で輪になって“普通に”話せるようになれば、その言葉を話せなくなった、話しちゃいけなくなった人たちが自分の苦しさを話せるようになっていくんじゃないかなって。そうなると楽になっていくっていうか」(森川さん)
森川さんとKさんたちの対話について、斎藤さんはどのような感想を持ったのでしょうか。
「治療チームの側が、すごく笑顔が多くて感情を出している。これ、当たり前に見えるんですけど、従来の治療で考えるとわりと珍しいことなんです。治療者は中立性を保つ必要があって、その中には感情を出さないとか、あと、プライベートなことはあまり話さないとか、そういうルールが従来あったんですけど、全然そういうことを気にせずに、非常に自然にしゃべっているというのが印象的でしたね」(斎藤さん)
フィンランドでは、オープンダイアローグを導入した地域で入院期間の短縮や再発率の低下が報告されています。Kさんの事例についても、自動車の教習所にまで通うようになったという進展がありました。このような効果があるのはなぜなのでしょうか。
「持論としましては、ああいう変化はなかなか薬では起こせないんです。薬は、その場の不安感を緩和するのに役立ちますが、飲んだからといって何かしたいという気持ちが芽生えてくるものでもありません。患者さんの多くは対話がない状態で自問自答したりとか、あるいは堂々巡りに陥ったりしていることがあって、これはモノローグと言うんですけれども、モノローグの状態というのは、放っておきますとどんどん妄想的になり、こじれていきやすい過程なんです。だから、ただそれをダイアローグに開くというだけでもかなり症状は軽減できるというところがあると思います」(斎藤さん)
そして、「人」対「人」という関係で対話することが、大きな効果を生んでいると言います。
「私はよく、ある精神科医の言葉を引用して、『人薬(ひとぐすり)』という言い方をしますが、人間がそこにいるということの効果が非常に大きいと思います。薬とかそういう要素的なものじゃなくて、丸ごとの人間がそこに複数いて、その存在から受ける賦活効果というか、動機づけというか、それがすごく効いてるなという感じがあって、オープンダイアローグというフォーマットがすごく有効に役立っているというふうに感じています」(斎藤さん)
日本の精神医療において、少しずつ広がりを見せているオープンダイアローグ。その可能性に、大きな期待が寄せられています。
【特集】変わり始めた精神医療
(1)子どもをめぐる精神医療
(2)教育現場にできること
(3)“オープンダイアローグ”の可能性 ←今回の記事
(4)精神医療の課題と未来
※この記事はハートネットTV 2019年6月11日放送「変わり始めた精神医療 第2回オープンダイアローグ」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。