精神疾患の発症のピークは10代後半から20代前半といわれ、心の不調をかかえる子どもは珍しくありません。しかし、精神疾患についての情報が十分に周知されているとはいえず、情報がないために必要な医療や支援を受けられないまま深刻な病状に陥るケースもあります。精神疾患について正確な情報を広めるために、教育現場に何ができるかを考えます。
今、精神疾患のため、医療機関を受診する人の数は348万1000人にのぼります(平成29年 厚生労働省調べ)。精神疾患にかかる若い世代も少なくないなか、国はいま、子どもたちへの教育を重視し始めています。学習指導要領が改訂され、2022年度から全国の高校で精神疾患についての授業が実施されるのです。
精神障害当事者が経験を語る教育活動を実践・研究されている桃山学院大学・社会学部社会福祉学科教授の栄セツコさんは、今回のこの指導要領の改訂についてはどう受け止めているのでしょうか。
桃山学院大学・社会学部社会福祉学科 教授 栄セツコさん
「先生方にお話ししても『それは自分の甘えじゃないか』、保護者の人も『あなたがしっかりしてたら治るんじゃないか』と。怠けと間違えられることもあったりすると、ちゃんと教育をしてもらうことは大切なポイントだなと思っています」(栄さん)
教育現場においては、精神疾患の子どもや精神疾患そのものに対する受け止められ方はどんな状況なのでしょうか。
「先生方の中にもどう対応していいか分からないので、『完全に治ってから学校に来てください』とか、『主治医の先生から許可をもらって学校に来てください』というようなことを言われたっていう保護者や当事者に出会うことがありました。『医療にかかる前に親のしつけはどうなんだ』とか、子ども自身のお尻をたたくような言葉を出してしまうっていうのもある。連携の難しさを実感します」(栄さん)
子どもたちの悩みを受け止める場は、医療機関だけではありません。教育現場で、心の病をどう教えるか、模索が始まっています。
兵庫県尼崎市にある、精神疾患を発症した子どもを持つ親たちのNPOでは、元教員らと協力し、手作りの教材を制作しています。
机に並べられたのは、さまざまな症状が書かれたカードです。
多くの場合、子どもが心の病にかかった当初、本人も親も気づくことができず、医療機関への受診が遅れたといいます。そこで精神疾患に伴って起きる気持ちや体の変化を分かりやすく視覚化し、誰にでも起こりうる事として認識してもらおうというものです。
「精神の病気になったとしたらもう終わりやというふうに親も子も思ってしまうようなところがありますけども、そうじゃないよって。子どもたち、あるいは先生たちも含めて伝えたいなと」(NPOメンバーの女性 息子が15歳の時に発症)
さらに、わが子が精神疾患になってからどんな道のりを歩んだか、その実体験も教材にしています。
中学生のときに発症した女性のロードマップです。
うつ状態がひどく寝たきりだった中学時代。友達や先生の理解を得られず、苦しんだ高校生活。そこから少しずつ大人のサポート、周りのサポートを得て、最後は看護学校に行くことができた、という内容になっています。
時間をかけて回復していく過程を、同じ世代の生徒たちに伝え、心の病を身近に感じてもらいたいと考えています。
「本人は笑い飛ばすまではいかないですけど、『書いていいよ』っていうふうに思えるようになるまで回復はしていたので、書ける喜びもありました」(経験をロードマップにした女性の母親)
教材を使った地元高校の出前授業
こうした教材を使い、6年前から地元の高校で出前授業を始めました。授業を受けた生徒が、自分自身の気持ちを打ち明けるきっかけにもなっているといいます。
「対立的になりやすいんですね、学校と保護者っていうものは。そうではなく、協力して前向きに進んでいくようなあり方をこれで示していただけているなと」(教材制作に協力した元高校教諭)
子どもたちの心の病に、教育現場はどう向き合っていくべきか。国も動き始めています。
新しい学習指導要領に基づき、3年後、精神疾患に関する授業が、全国の高校で始まるのです。10代で発症しやすい疾患は、具体名を挙げて指導することが求められています。
専門家たちによる、授業開始に向けた準備も進められています。
学校の先生たちに向けて開設したホームページです。
授業で活用できる動画や指導案を、2019年4月からサイト上で公開しています。10代で発症した当事者が、体験を語るインタビュー動画もあります。
10代で発症した当事者が体験を語るインタビュー
「毎日頭痛、頭痛かったり。部活やって頑張っても結果もそんな出ないっていうのも結構あって。すごいつらかったっていうか」(インタビュー動画)
さらに、モデル授業を実施した高校の様子を紹介。全国の教員に、子どもたちへの精神疾患の伝え方について、参考にしてほしいと考えています。
子どもたち、学校の教員がともに心の病を正しく理解するために、さまざまな模索が始まっています。
ご自身もロードマップ教材制作に協力し、当事者の経験を伝える教育活動を行っている栄さん。教育現場において、精神疾患のことを子どもたちに伝える意味はどんなところにあると考えているのでしょうか。
「具体的に精神障害者の人に出会ったことがない。いま小学生の言葉を聞くと、どんな人って聞くと、出会ったことがない、と。イメージが湧かないんですよね。今までの精神障害者の教育っていうのが、その人の一部分だけを捉えて、病理だけを捉えて教育してきたっていうのがあるんですね。だからどうしても、怖いとか、なりたくないってなってしまうんですけど、1人の人間として見た時に、その人の得意分野っていっぱいあるわけですよね。音楽の話もそうですし、どこかに旅行行きたいっていうのもそうですし。そうしたことに触れると、子どもたちの偏見が一気になくなるのは実感しています」(栄さん)
院長を務める広島県の精神科病院で25年間子どもたちを診察してきた精神科医・松田文雄さんは、医療と教育現場が連携することが必要だといいます。
精神科医 松田文雄さん
「児童精神科の領域だと、わりとこちらから学校に出向く機会が多いんです。教育委員会の方と一緒に巡回相談といって、年に3回、中学校に行って、先生たちが心配されている子どもさんの教室に行って授業参観するんです。診察室の中だけの話じゃなくて、目の前で起きていることが実感として伝わってきて、終わってから校長室で担任の先生や何人かの先生方とその子について、どう対応すればいいか、どう理解したらいいか。『こんなふうに考えて、こんなふうにしてみたらどうでしょうか』っていうことを話して。やっぱりこちらも出かけていって、その現場の中で、学校の中で子どもたちを見て、先生たちと話をするっていうことも必要じゃないかなっていうふうに思います」(松田さん)
10代で精神疾患を発症したアルタイルさん(19)は、理解者がいることが重要と考えています。
アルタイルさん
「主治医と当時の担任、学年主任、両親で話をしたというのはあるんですけど、その時はたぶん、大人たちは『どう学校に戻すか』っていう話をしてたと思うんです。僕はとにかく学校に行きたくなかったので、お互いの考え方が違って、うまく解決はしなかったかなと思います。いま頑張る時じゃないと思うっていう人もいっぱいいると思うので、そこを大人の人たちが、いまは休んでいいんだよって言ってくれたら少しは楽になってくれると思うんですよ。だから、そういう理解者というか、そういう人がいてくれたらいいなっていうのは思います」(アルタイル)
栄さんと松田さんは、子どもたちの心と向き合っていく上で大切なこととして、子ども本人の声に耳を傾けることと、よき理解者になることを挙げます。
「大人は学校に行かすことが最終の目標であって。アルタイルさんがどうやって生活していきたいかとか、生きていきたいかっていうことが抜けていること自体が、私は何か連携っていう言葉がおこがましいなと思っていて。やっぱりご本人さんの声をしっかり聞くこと、いま彼が求めているのがどの位置かを聞くっていうことを、大人自身が大切にしてほしいなっていうのもありますね」(栄さん)
「よき助言者になるよりも、よき理解者になれっていう。知りたい、分かりたいっていう、目の前の1人の人間として。それがたぶん私の役割で。子どもというふうに考えてしまうと、どうしても未熟と成熟だとかと、管理する・されるとか、育てる・育てられるというふうに思いますけど、そのいちばん根本的なところは1人の人間であるという、そこをきちっと考えてつきあっていくことが必要じゃないかなと思います」(松田さん)
精神疾患について正しい情報を広めることだけではなく、まずは子ども本人の心としっかり向き合うことが求められています。
【特集】変わり始めた精神医療
(1)子どもをめぐる精神医療
(2)教育現場にできること ←今回の記事
(3)“オープンダイアローグ”の可能性
(4)精神医療の課題と未来
※この記事はハートネットTV 2019年6月4日放送「変わり始めた精神医療 第1回・子どもたちの心」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。