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中絶という、痛み 見過ごされてきた心と体のケア

記事公開日:2019年06月04日

年間16万件以上の人工妊娠中絶が行われている日本。女性の多くは周囲に相談出来ないまま決断を迫られ、体に大きな負担のかかる手術を経て罪悪感を強めているのが現状です。しかしこうした女性の体や心の痛みのケアについては、社会や医療現場でも多く語られてきませんでした。背景には中絶を「命の選択」や「道徳」の問題として扱い、経験する女性の“自業自得”とみなしてきた風潮があります。年間1,000件超の中絶手術を行っている診療所に密着し、女性たちの声に耳を傾けます。

診療所で起きている現実

大阪心斎橋の路地裏にある婦人科の診療所。
ここでは一般の婦人科診療のほかに、中絶の手術も施行し、その数は年間1,000件以上にのぼります。母体保護法によって、中絶が認められているのは、妊娠22週未満まで。この診療所では妊娠12週未満の初期の手術を行っています。

院長の佐久間航さんは、予期せぬ妊娠に悩む女性たちを10年以上診てきました。母体保護法が認める中絶の理由は、身体的・経済的な事情や、性暴力を受けて妊娠した場合。佐久閒先生が中絶の現状と対応の難しさを語ります。

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さくま診療所 院長 佐久間航さん

「20代前半、10代後半も多いし、30代位の方がちょっと落ちて、また30後半とか45位までの方も多い。(産むかどうか)『迷っている』と言うてくれる方は10分の1くらいしかいないかな。『どうしようもないから決めてきてるんだ』とおっしゃる方に対しては、スピーディーに対応してあげるということ。あまり説教くさくなってもということはあるので、難しいなとは思うんですけど」(佐久間さん)

中絶する女性たちが抱える複雑な事情

日本では中絶のほとんどが「経済的・身体的理由」で行われてきました。しかし、女性たちにはそれぞれの事情があります。

はるかさん(仮名・20代)は大学生の恋人との子どもを妊娠。はるかさんに中絶を決意させたのは、恋人の言葉です。

「(恋人との)会話の中で『(子どもが)できたら俺絶対どこか行くわ』って話をしてたので。(彼に)言わずに中絶しようと決めました」(はるかさん)

中絶は自費診療のため、十数万円のお金がかかります。社会人1年目のはるかさんはわずかな貯金から資金を工面。奨学金の返済用に貯めていたお金と、足りない分は友人に借りました。

画像(手術料金を支払うはるかさん)

「友達に言うと『相手も悪い』と言われるけど、私の中では私が一番悪いかなと思う。自分の体を守れるのは自分しかいないから。それをおろそかにしたから」(はるかさん)

しかし、交際相手に相談せず中絶したはるかさんは、罪の意識を抱え込むことになります。

「おろすっていう判断が、タブーじゃないけど、人には言いにくいこと。自分のなかで消化できることじゃないので。死ぬまで一生考えていくと思います」(はるかさん)

望まない妊娠による中絶

望まない妊娠で中絶を選んだ女性もいます。
香織さん(仮名・30代)は、元夫と離婚した直後に妊娠が判明しました。

夫のDVが原因で離婚した香織さんは、別れた直後に妊娠が判明しました。離婚を求めた香織さんに元夫が性的な行為を強要したからです。

「私はそういう行為はしたくないと言ったんですけど、向こうは『そういうのちゃんとしてくれないと離婚には応じない』みたいな言い方で。避妊もちゃんとしてほしいって言ったんですけれど、してくれなかったので」(香織さん)

その結果、香織さんは望まない妊娠をしてしまいました。

「妊娠のことについては誰にも相談できなくて、親にも。だって離婚したって言ってるのに、妊娠してるっておかしいじゃないですか。だから誰にも相談できなくて」(香織さん)

実は、香織さんが中絶したのは今回が初めてではありません。2年前にも同じようにDVで妊娠し、中絶した経験があります。前回の中絶手術前に病院から、麻酔中に変な夢を見るかもしれないと言われました。実際に香織さんはそのような体験をします。

「まず自分が人間なのか人間じゃないのか、分からない感じで。ものすごいスピードで暗い中を降りていくような感じで。たぶん10分から15分で終わるんですけど、終わったらもう自然に泣いていて、自分のなかで殺してしまったというか、そういう罪悪感は最初消えなくて。もう絶対に経験したくないと思ったんですけど、また同じ事になった」(香織さん)

体と心に傷を負う中絶。離婚後、香織さんは中学生の長女を引き取り、町を離れました。

画像(香織さん)

心身に苦痛を伴う中絶

中絶手術を受けた女性たちの多くは身体的な苦痛を感じるといいます。佐久間さんの診療所では、麻酔で眠っている間に手術を実行します。術式は日本で一般的に行われている「電動吸引法」というもので、金属の器具を子宮に入れ機械で吸い取ります。

画像(中絶手術の器具)

手術時間は10分ほどですが、室内に機械音が鳴り響く中、女性の体に決して軽くはない負担がかかります。金属で子宮の内膜を傷つけるリスクもあります。

この日、シングルマザーの千夏さん(仮名・20代)が来院。スナックで働きながら1人で娘を育ててきた千夏さんは、結婚を約束した男性の子どもを妊娠しましたが、中絶を余儀なくされました。

「相手のご両親に反対されて。認めてもらえないっていうのが大きいですね。私に子どもがひとりいるんですが、その子を『孫として受け入れられるかわからへん』と言われました。(妊娠中の子を)『ほんまに(交際相手)の子?』みたいな言い方もされましたし。結局、周りの目は『ホステスだから』みたいなのが大きいんですよね」(千夏さん)

手術が終わった直後、過去に出産経験のある千夏さんは苦痛を口にします。

「もうお腹にいてない?子宮痛いです。なんか妊娠して産んだときの・・・、なんだっけ。産んだら痛いじゃないですか。あとなんとかって言葉があって。そう、後陣痛。もう痛すぎて痛すぎて。それを思い出しますね」(千夏さん)

そして手術の1時間後、千夏さんの目から涙があふれました。

画像(涙を流す千夏さん)

「なんか一瞬すぎるなって。一瞬でした。『ああもう(お腹に)いてないんや』と思うと泣けてきますね。家に帰って子どもの前では泣けないのでね」(千夏さん)

手術後に心のバランスを崩した千夏さんは、半年たった現在もあの日の記憶とともに生きています。

「子どもを産んでいないのに、夢に出てきたりとか。自分が勝手に子どもを産んでる夢みたいな。私から産まれて、(子どもが)遊んでる夢。思い出すとだめですね。ずっと思い出さないようにして普通にやってても、思い出しちゃうとなんか知らないけど、自然に涙が出てしまう」(千夏さん)

声をあげ始めた産婦人科医

女性が中絶の苦痛を背負う現状に対して、医療現場からも疑問の声が上がり始めています。中絶と女性の権利について研究してきた産婦人科医の遠見才希子さんは、医療関係者から話を聞き、なぜ女性たちが深い傷を負うのか探ってきました。

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産婦人科医 遠見才希子さん

「中絶に対する罪悪視っていうのが一般の人だけじゃなくて、まさしく関わっている医療従事者、とくに産婦人科の中にあることに気づきました。『本当に命の大切さわかっているんですかね』みたいな会話が医療者同士であるんですよ。中絶の人には『一生妊娠できなくなるかもしれないけどいいの?』みたいなのがあるんですね。道徳のようなものと、医療をごちゃごちゃにしているところが中絶はすごくあると思うんですよね。まず医療者に一番大切なのは、医療を安全に平等に必要なすべての人に届けることだから、そこが最初からごちゃごちゃで、見失っているのが今の中絶医療なのかなと思います」(遠見さん)

いま、海外では薬による中絶が主流になっています。薬による中絶は体や心への負担がより少ないとされ、WHO(世界保健機関)が推奨。世界60か国以上で使用されています。

画像(薬による中絶が認められている国・地域(2017年3月))

しかし、厚生労働省は安易な使用が健康被害につながる恐れもあるとして、承認していません。遠見さんは、日本では認められていないことは問題だと考えています。

「海外では女性の体を守るというか、女性の体の健康のためにという視点があるので、薬剤が出てきたら、薬剤切り換えという国が多い。日本では薬があること、その選択肢があることを知らされていない。これはすごく問題だと思う」(遠見さん)

罪悪感から安心への取り組み

遠見さんは医療現場に見られる問題の他に、中絶に関する必要な情報が女性たちに届いていないと感じてきました。そこで現在、仲間とともに「セーフ・アボーション・ジャパン・プロジェクト」というサイトの制作をすすめています。

画像(セーフ・アボーション・ジャパン・プロジェクトのサイト)

「中絶がどんな手術をされるかわからないっていう不安を抱える人が多くて。できればこのサイトにいけば一通りは中絶については網羅されているというのが理想」(遠見さん)

サイトに協力しているのは、当事者の自助グループを運営している染矢明日香さんです。自身も過去に中絶を経験。中絶を考えたときに、ネットにどのような情報があれば有用かをアドバイスしています。

画像(染矢明日香さん)

「中絶の情報を探したときに、中絶についてすごく後悔している人のサイトや情報が多かったから、そこでスティグマ(ネガティブな烙印)の強化がされたと思う。でも、中絶経験があっても、まったく後悔していないという人もいて、その話を聞けたことがスティグマの軽減にすごくつながったかなと思ってる。ああ、こういう考えの人もいるんだなって」(染矢さん)

サイトには思いがけない妊娠をしたときの選択肢や中絶手術の流れ、費用などが掲載されています。中絶で傷つく女性をひとりでも減らすことが、遠見さんの目標です。

画像(遠見さん)

「中絶はゼロにはならないと思うんですね。数は減らせる、いろいろなアプローチで減らしていくことはできるかもしれないけど、ゼロにはならない。1人でもいるなら、その人には適切な医療やケアが必要だと思うんですよね」(遠見さん)

日本では女性の9人に1人が中絶を経験(日本家族計画協会の調査に基づき算出)。女性たちの終わらない苦しみは続きます。

※この記事はハートネットTV 2019年5月8日放送「中絶という、痛み 見過ごされてきた心と体のケア」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

※産婦人科医・遠見才希子さんと、さくま診療所院長・佐久間航さんの対談記事はこちらから「産婦人科医に聞く、日本の中絶医療の課題」

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