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視覚障害者の安全な歩行のために、いま必要なこと

記事公開日:2019年05月23日

2018年12月7日未明、東京・豊島区の横断歩道で、視覚障害のある男性が車にはねられて亡くなるという痛ましい事故がありました。歩道側の信号は赤でしたが、音響装置は止められていたため、認識することができなかったとみられています。全国で音響式信号機の設置は進んでいますが、その多くは夜から朝まで音が鳴らない設定になっています。その間の安全をどう守り、事故の再発を防ぐのか。安全な歩行のために必要なことについて考えます。

音が鳴らなかった信号機

画像(事故が起きたJR駒込駅前の信号機)

事故が起きたのは、JR山手線・駒込駅前の横断歩道。日中は、青信号を知らせる音が鳴りますが、事故が起きた午前4時半ごろは、その装置は止められていました。
亡くなったのは栗原亨(64)さん。右目は全盲で、左目も強度の弱視でした。千葉市の職場に出勤中、この横断歩道を渡っているときに、車にはねられました。横断歩道の信号は赤でしたが、音が止まっていたため、認識できなかったと考えられています。

交通計画が専門で、視覚障害者の歩行の安全について研究されている日本大学助教の稲垣具志さんは、対応策が必要と警鐘を鳴らします。

画像(日本大学助教 稲垣具志(ともゆき)さん)

「視覚障害者が屋外で移動するときに非常に大きな脅威を感じるのが、駅のプラットホームからの転落と、道路の横断です。真剣に対策を考えていかなければならないと思います」(稲垣さん)

亡くなった栗原さんは、東京大学大学院で原子核物理学を研究していた頃、視力の低下が始まりました。その後、千葉市にある放射線医学総合研究所で主幹研究員をしていて、去年の夏ごろから、通勤のラッシュを避けるため、朝早い時間帯に出勤を切り替えていました。

歩行の安全を確保する方法「シグナルエイド」

豊島区盲人福祉協会代表の市原寛一さんも、赤信号が認識できずに横断歩道を渡ってしまい、事故に遭った経験があります。市原さんは実際に朝、栗原さんが亡くなった事故現場に行って、問題点を確かめました。

画像(豊島区盲人福祉協会代表 市原寛一さん)

「昼間だと人通りや交通量が多くて、ある程度は把握できるのですが、朝4時半になるとほとんど車が通らない状態。自分たち視覚障害者の場合、まわりの音や人の流れによって信号の赤と青を確認しているので、音がない、動きがないとなると、信号が認識できない。その場合、『安全だな』と自分で判断して行ってしまう」(市原さん)

視覚障害者の安全に欠かせない信号機の音。にもかかわらず、なぜ音響式信号機は夜間や早朝は音が鳴らないのでしょうか。警視庁交通部交通管制課の増田眞二主査は、次のように説明します。

「盲人用信号が出てくるのが昭和30年9月。小型であったもののベルを使用したため付近の方たちの弊害、交通騒音ということが言われていた、という記述がございます。音響式信号機の運用時間帯を設定するタイマー機能が出てくるのが昭和50年以降前半ぐらい。それまではタイマー機能がなかったので、夜間止めるというよりは全部止めるしかなかった。それが、タイマー機能が出てきたことによって、付近の方たちの弊害にならないように夜間だけ止めるということで理解が得られて、整備することができたのではないかと想像されます」(増田さん)

視覚障害者の要望と地域住民の意見を聞き、止める時間帯を決めているという音響式信号機。では、どのようにして、その時間帯の安全を確保すればよいのでしょうか。そのヒントとなるのが「シグナルエイド」と呼ばれる機器です。

画像(シグナルエイド)

実は、市原さんが調べたところ、午前4時半に事故が起きた駒込駅前の信号機の音を鳴らす方法があったというのです。

「朝4時半に『シグナルエイド』という機械で、信号に向かって電波を送信したところ、半減音という形でしたけれども、信号から音が出ました」(市原さん)

シグナルエイドというのは、携帯電話よりも小ぶりなもので、ボタンを押すと信号に電波が届き、信号の音を出してくれるものです。

「『シグナルエイド』は製品の名前で、正式名称は『歩行時間延長信号機用小型送信機』です。全国の自治体で、これに対応している信号機が導入されています。そして自治体の窓口で、『日常生活用具』の給付の対象や補助の対象になっています」(稲垣さん)

視覚障害者の安全に欠かせないシグナルエイドですが、この機器を知らない人たちがいます。亡くなった栗原さんのように、後天的に視覚障害者になった人たちです。

「先天的な視覚障害者は、盲学校に行ったり、歩行訓練をきちんと受けたり、視覚障害者のコミュニティを持ちながら育っていく環境になりますので、こういう機器に関する情報は伝わりやすい。ところが、視覚障害者の中には、中途で失明をされるという方がかなり多くいます。その方々は盲学校に通っていないですし、それまで見えた状態で生活していたので、シグナルエイドというものが世の中に存在するなんて、知るよしもない。中途で視覚障害者になったときに、なんらかの手続きや申請で、自治体と接点がどこかにあるはずです。本来であれば、そういうところで情報提供すべきですが、実際に知らない人が多いというのは課題だと思います」(稲垣さん)

また、どの信号機でも音が鳴らせるわけではありません。そもそも音が出るスピーカーがついてない信号機や、スピーカーがついている信号機であってもシグナルエイドに対応していないものもあります。

「警視庁のホームページで、どこの交差点に音響式信号機の装置がついているのか、公表されています。ところが、どの信号機がシグナルエイドに対応しているのかといったところまでは、公表されていません。ユーザー目線できちんと使えるものにするためには、当事者団体への情報提供が重要になってきます。当事者団体から当事者の方々、個人個人への情報提供もできますし、また歩行訓練士の方々に情報提供するということも重要になってくるんじゃないかと思います」(稲垣さん)

「どの信号機ならシグナルエイドで音が鳴らせるのか」、当事者に情報が伝わることが大切です。

事故を防ぐために不可欠な地域住民の理解

2019年4月22日、事故の再発を防ぐ取り組みの一環として、東京都盲人福祉協会で、警視庁の担当者を招いて研修会が行われました。そこでは、警視庁が3年前から導入を進めている新たな音声案内装置が紹介されました。

画像(2019年4月に行われた都盲協研修会の様子)

紹介されたのはタッチ式の音声案内装置です。信号機のスピーカーから音を鳴らすよりも、音の聞こえる範囲がせまくて、夜間でも周囲への影響が少ないのが特徴です。

「タッチ式スイッチと呼ばれる新型の押しボタン箱が音声案内機能を持っています。音響による誘導は上からスピーカーで鳴らしますけども、音声案内機能は押しボタン箱がもつ“青になりました”とか“信号が赤になります”という音声案内を箱の中からすることで、いろいろなところで反射して響くということがない。箱の周辺にいれば音が分かるという仕組みのものです」(警視庁の担当者)

現在、東京都内ではおよそ300か所にこのタッチ式の装置が設置されています。ただし、信号機の更新は19年ごと。3年前から運用が始まったこの装置が普及するまでにはまだまだ時間がかかりそうです。

こうした新たな技術開発について、稲垣さんはメリットとデメリットがあると指摘します。

「夜間の周辺地域への影響を少なくするという点では非常に意味があると思います。一方で、スピーカーからの音をなくしてこのボックスからの音だけに切り替えると、実は横断するときの方向が失われてしまうという新たな危険が発生してしまう可能性があり、十分留意して考えていかなければなりません」(稲垣さん)

視覚障害者にとって必要な誘導音声と、住民にとっての騒音。この問題に折り合いをつけるためには、お互いの立場を理解した上で、信号機の運用を考えていくことが大切です。実際に東京都府中市では、視覚障害者の訴えを住民が聞き、警察に申し入れたことで、シグナルエイドに対応する時間を延長したケースもありました。

当事者が自らを守る意識を持つとともに、不安なことがあればきちんと声を上げること。そうした声を受け止め、障害者や高齢者、子ども、妊婦といった、いわゆる「交通弱者」が安全に移動できる町づくりの問題として話し合う場を作っていくことが、今後ますます重要になっています。

※この記事は2019年5月5日放送 視覚障害ナビ・ラジオ「鳴らなかった信号機」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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