平成最悪の豪雨災害となった2018年夏の西日本豪雨。岡山県倉敷市の真備町では、町の3分の1に泥水が浸水しました。半年経ったいまでも、4割近い住民がみなし仮設住宅などで暮らしています。そんななか、子どもたちの笑顔のために活動を続ける人形劇団があります。自らも被災し、困難を抱えながらも、ふるさとを取り戻そうとする劇団員の“おばちゃん”たちを見つめました。
平成最後の年末。真備町の公民館では、恒例となっていた餅つき大会が開かれていました。
祭りを進行するのは岡野照美(67)さん。
岡野さんは、おばちゃん人形劇団「たんぽぽぐみ」のリーダーです。劇団を結成したのは平成8年。みんなが住みやすい地域にしたいと、子育てが一段落したお母さんたちに、声をかけました。
人形劇で、子どもたちを笑顔にしよう。アドリブを交えた劇は、子どもたちの心をつかみ、やがて町の外からも依頼が舞い込みます。2019年で結成22年。上演はのべ630回を超えました。
ところが、2018年、町が被災して、「たんぽぽぐみ」の活動は一時中断してしまいました。
「ケースの中に入った物は助かったんです。愕然とはしたけど、使える、と思ったんでね、やれるかなって気持ちにはなりましたね」(岡野さん)
幸い、道具の7割が水害をまぬがれました。水害から2か月後、復活を望む声に押されて、再開しました。
いま、たんぽぽぐみのメンバーは8人。7人が被災し、5人の家が全壊の判定を受けています。町外のみなし仮設や、被災した自宅の2階で暮らし、生活の再建を目指すなかでの復活です。
公民館に集まった“おばちゃん”たち。水に浸かってしまった道具の傷み具合をメンバーで確認しながら、お互いの近況も語り合います。
「リフォームのお金と建て替えのお金と、そう、変わらないんだったら新しいほうがいいかなって、今後のことを考えるとね、まぁ厳しいですね」(楠木さん)
「こんなことしたりして気持ちを落ち着けているのかもしれません。することがあるほうがいいからね。誰かの役に立っているほうがまだ。家のこともなんにもできないですけどね」(岡野さん)
人形劇が少し、団員のつらい現実を忘れさせてくれています。
12月18日。たんぽぽぐみは、岡山市にやってきました。5年前から上演を続けている、なじみの幼稚園です。手慣れた動きで、舞台の完成まで20分。
「1人と1人が腕組めば~♪」
まずは、色鮮やかな手袋で、子どもたちの心を掴みます。
「すーぐ出るからね、よいしょ!よいしょ!」
にんじんと大根とごぼうが一緒にお風呂に入る昔話。子どもたちがいちばん喜んでくれる演目です。人形劇の合間には、園児と一緒に楽しむ、うたの時間。子どもたちを夢中にさせるコツを、おばちゃんたちは知り尽くしています。
「みんなが待っててくれるというか、『大丈夫なんですか?』っていうお電話をいただいたりとか、『どうですか?ほんと今年は無理ですよね』って言いながら、かけてくださる方のことを思うとね。頑張ろうっていう思いにもなりますし、たぶんみんなもそんな気持ちでなってるのかなって、もうちょっとやれるだけやろうって思ってくれてるんだろうと思います」(岡野さん)
西日本豪雨からの復興が進む真備町では、町のいたるところで、被災した家屋の解体が進んでいます。平成30年末で1,500軒を超える申請。今後の見通しは不透明なまま、町には更地が増え続けています。
「歩いたり、この辺を車で走ったら、だんだんと家がなくなっていく。空き地が増えてきた。家を建ててくれるのかなとか、帰ってきてくれるのかなとかいう風に思いながら見てますね」(岡野さん)
新しい暮らしをどう始めるか。災害から半年を過ぎたいまも、気持ちの整理がつけられない団員がいます。
たんぽぽぐみの創立メンバーの1人、上大田京子さん(62)。上大田さんの家は、全壊の判定を受けました。いまは週に数回、隣町の実家から自宅に通っています。
「物は暮らしやすく変えることがどんどんできるんですよ。でも感情面というか、思い出とか、いろんな思い入れのある物っていうのがきついですね、精神的にきついですよね」(上大田さん)
上大田さんには特別な日課があります。仏壇にたむける花、一輪。13年前、交通事故で亡くなった次男の真也さん(享年23)です。
「泥水でした。泥まみれでした。息子の位牌は浮かんでいたんですよ。だから救うことができたんですけど」(上大田さん)
息子の記念日にはケーキを作り、家族で喜び合ったあのころ。笑顔で過ごしたこの家は、もうすぐ取り壊しが始まります。心はまだ、この家から離れられないでいました。
「いろんな思い出がたくさんあって…。ここから離れるなんて考えられないって思いが強いんですけど、こんなことが、あったら仕方がないか、とか。いろんなつらいことが私の人生にもありましたけど、こんなつらいこともあるんだって、思い知らされました」(上大田さん)
年の瀬。おばちゃん人形劇団「たんぽぽぐみ」に、真備町の小学校から上演の依頼が来ました。会場となる箭田(やた)小学校は2階まで浸水してしまったので、子どもたちは去年10月に完成した仮設校舎に通っています。
子どもたちは少しずつ、新しい環境に慣れてきました。しかし、水害の影響が子どもたちから消えたわけではありません。
「だいぶ、いまはもう落ち着いて、生活できているかなとは思います。けどやっぱり、不安定な子は不安になったり、急に泣き出したりするような子もいるのはいます」(箭田小学校教諭)
岡野さんは、子どもたちが受けた水害の影響を考えていました。一緒に笑いながら大切なメッセージをひとつ、届けたいと思っています。
「(子どもたちが)どんな気持ちでおるんかなーっていうのがね。楽しくすればいちばんいいのかな。楽しいことがあったほうがいいに決まってるから、子どもたちの喜ぶ顔さえ見えれば」(岡野さん)
箭田小学校の子どもたちが、おばちゃんたちの人形劇をみるのは初めてです。いつものように、カラフルな手袋を使った劇で、幕が開きました。
岡野さんは、水を連想させない、明るい昔話を選びました。
そして一見、単純なお遊びに見える、ドレミのうた。盛り上がる子どもたちを、岡野さんは舞台裏に招きいれました。
おばちゃんと子どもの垣根を越え、一緒に舞台を作り上げる感覚を子どもたちにもってもらいたいと考えたのです。ねらいはあたり、会場の空気がほぐれ、一体感が生まれました。
「おばちゃんたちの人形劇どうでしたか? みんなが楽しかったり笑顔になってくれたら、おばちゃんたちもうれしいんだけど、もっともっとうれしい人がいますよ。誰だと思う?お父さんやお母さんやおじいちゃん、おばあちゃんがみんなの笑顔のために頑張ってるんだと思いますよ」(岡野さん)
みんなが子どものことを想っている。
ふるさとに、子どもが笑って過ごせる場所があれば、その笑顔は、大人にも元気をくれるはずだと、岡野さんたちは信じています。
平成最悪の水害といわれた、西日本豪雨。復興を目指す町に、新しい年も、笑顔の種が舞い続けています。
※この記事はハートネットTV 2019年1月7日放送「もういちど、笑えるふるさとへ~倉敷市真備町 おばちゃん人形劇が行く~」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。