「離婚したら住む家がなくなる」「病気になり家賃が払えなくなった」「いまは高齢の親の年金にたよっているが…」。公営住宅など公的なすまいの受け皿が十分でない中、非正規労働、単身高齢者、障害者など多くの人たちが「自分も住まいを失うかもしれない」という不安とともに暮らしています。どのような支援が必要なのか、解決のヒントを考えます。
シリーズでお伝えしてきた「TOKYO“ホームレス”2019」。放送後にはホームレス支援のあり方について多くの反響がありました。このなかで目立ったのが、人ごとではないという切実な声です。
「40歳を過ぎ、仕事が見つからず失業給付ももうすぐ終わります。家賃が払えなくなったら出ていかないといけなくなるが、修繕費や引っ越し費用が払えません」(はらへりーぬさん・40代・福岡県)
「ひとり親家庭でも、公営住宅に当たらず。子どもたち世代も貧困層で生存することができるのか本当に不安しかありません」(健康大事さん・40代・神奈川県)
こうした声に対して、路上生活者や生活困窮者の支援に長年携わる大西連さんは、住まいを失う可能性は誰にでもあると感じています。
「衣食住は生活の基本と言われています。しかし、寄せられた声にあるように、生活の苦しさとか、家族との関係によって住まいが一気に不安定になってしまう。ホームレスになる一歩手前の人たちのなかにも、住まいの不安定さが広がっているのが見えてきました」(大西さん)
母子世帯の「住まいの貧困」の研究に携わる葛西リサさんは、シングルマザーの間にも貧困が広がっており、深刻な状況になっていると指摘します。
「シングルマザーの平均所得は、厚生労働省の直近のデータで243万円です。これは一般世帯の約3分の1程度でしかありません。貧困な状況のなかで、子どもを養育して家賃を支払うとギリギリです。貯蓄もできないという声がたくさんあります。さらに、シングルマザーは不安定就労の方が非常に多いです。そのため、失職したり減給されたりすると、家賃滞納で住まいまで失ってしまうのではないかと恐れる人が非常に多いです」(葛西さん)
人口減少や空き家問題が言われて住宅は有り余っているはずのなか、なぜ住まいを確保できない状況が生まれるのでしょうか。大西さんは公的住宅の少なさが原因だと考えます。
「住宅は大きく分けて、持ち家か民間の賃貸住宅、もしくは公営住宅の3つがあります。日本では公的な住宅は6%しかありません。そのため、所得が低い人とか、病気や障害のある人やシングルマザーの多くが民間の賃貸住宅を借りています」(大西さん)
その上で、貸し渋りの原因は、貸主側にビジネス上の3大不安があるからだと言います。
①家賃滞納…借主が家賃を支払わない
②生活上のトラブル…部屋がゴミ屋敷になるなど
③孤立死…借主が部屋で孤立死する
そして、最も大きな理由は「偏見」の意識だと指摘します。
「民間の賃貸住宅は大家さんや不動産会社の持ち物なので、誰に貸すかを選べます。そのため、リスクがあると思われてしまう人が入居できないという状況です。でも、『リスク』とは何か。社会の中に『この人は問題を起こすのではないか?』という偏見が根深くあると思います」(大西さん)
さらに、葛西さんはシングルマザーならではの難しさについても指摘します。
「シングルマザーは離婚前後に転居する割合が非常に高いです。そのときにすぐに使える住宅支援制度はありません。そのため、シングルマザーは自助努力で実家に行くか、民間賃貸住宅に行くしか選択肢がないという状況です。そのときに言われるのが、『一時金がない』とか『保証人がいない』です。しかし、事業者に聞くと、一番シングルマザーを嫌う理由は“就労のステータス”です。結婚時に彼女たちは専業主婦であったり、パート労働だったりします。そういう状況で不動産会社に行っても不安定すぎるということで、貸し渋りに遭ってしまう」(葛西さん)
シングルマザーの住まいの確保が難しいという現状。こうしたなか、シングルマザーの住まい支援に乗り出す民間の動きが広がっています。不動産業者は空室に入居者を得ることができ、母子は安心して暮らせる住まいを得ることができる“Win-Win”の取り組みです。
そのひとつに、千葉県流山市にあるシェアハウスがあります。母子14世帯が暮らし、玄関、リビングは入居者が共同で使う一方で、部屋は水回り完備の個室です。家賃は5万円前後。周辺と比べて安くはありませんが、保証人はいりません。さらに、入居者の多くは貯金が50万円以下であることに考慮し、家具や家電は、すべて備え付けにしています。身一つで入居しても、トイレットペーパーやスポンジ、包丁、食器など生活に必要なものがすべて最初は用意されているため、不安なく新生活を始めることができます。
運営するのは、不動産業を営む加藤久明さん。加藤さんがシェアハウスを作ろうと考えたのは5年前。ニュースで母子世帯の貧困について知ったのがきっかけです。どんな住まいがよいか2年間勉強を重ね、2016年にオープンしました。
「(母子世帯の)預貯金を減らさないように。減らしてしまうと貧困の入り口になってしまうんですね。貧困の入り口に入っていかないようにギリギリのところで支えてあげて、その上で新しい生活を始めていただきたいと考えています」(加藤さん)
なかでも加藤さんがこだわったのが、シングルマザーが働ける場所です。シェアハウスの1階に洗濯代行店をオープンさせ、希望すれば入居したその日から働くことができます。仕事の時間は融通が利き、フルタイムで働いた場合は月に約20万円の収入を得ることが可能です。
入居者のサクラさん(仮名・24歳)は22歳のときに未婚で出産。妊娠が分かったときは働いていました。しかし、体調を崩したため仕事を続けられなくなります。実家は経済的な余裕がなく、頼ることができませんでした。
出産後、このシェアハウスのことを知ったサクラさん。すぐに仕事に就けると知り、入居を決めます。洗濯代行店で1年あまり働いて、次第に貯金へ回せる金額も増え、新しい目標が芽生えてきました。
「自分だけだったら、このままでもいいかなという気持ちになると思うんです。でも、他のママさんたちが自分でやりたいことを見つけて、自分で転職して、新しい家も決めて、2人で住んでいるのを見て、もっと自分もしっかりしたいなと。初心に返ったというか」(サクラさん)
目標を持ったサクラさんは、憧れていた美容系の会社に4月から転職することが決まったのです。しかし、軌道にのるまでは収入が不安定なのが課題に。すぐに洗濯代行の仕事を辞めるのではなく、焦らずに自立を目指してほしいというのが、シェアハウスを運営する加藤さんの願いです。
「パートで少しずつ働いてもらって、その上で就活をしながら次へのステップを踏んでいただける。そんなイメージなので、応援もしながら、ちょっと力を貸してって感じで」(加藤さん)
シェアハウスなどによる民間の支援だけではなく、公的な支援もあります。そのひとつが、国が2017年からスタートさせた「新しい住宅セーフティネット制度」です。
この制度は、1人暮らしの高齢者や精神疾患のある人など、住宅を確保するのに配慮が必要な人たちが誰でも家を借りられるようにする仕組みです。
住まいとして活用するのが、国内にある820万戸の空き家。居住面積や耐震性など一定の条件をクリアした住宅を家主に登録してもらい、住まいに困っている人たちの受け皿にします。
この制度では、より多くの貸主に住宅を提供してもらうため、貸主側にも経済的なメリットを用意しているのが特徴です。まず、入居者が低所得の場合、家主に月に最大4万円を補助。また、住宅を使いやすくするための改修工事に最大200万円まで補助します。
さらに、孤立死、生活上のトラブルも減らす工夫もしています。ポイントになるのが、住まいの確保に困っている人と、家を貸す側の間を取り持つ「居住支援法人」という団体。住宅の確保や保証人などの相談、さらに入居後、見守りなどの生活支援をします。都道府県から指定を受けた地域のNPOや、不動産関係者などが自治体と連携してその役割を担い、家主も安心して家を提供できる制度です。
最後に、番組に寄せられた相談に対して、大西さん、葛西さんの2人が専門家の立場から具体的にアドバイスします。
まずは、頼れる身よりがいないという不安の声です。
「幼少期からの両親のネグレクト、学校でのいじめ、社会に出てからのパワハラ、セクハラ、長時間労働などが原因で、うつ病を発症しました。傷病手当金から失業保険に切り替えて受給していますが、受給資格ももうすぐ切れます。障害認定も受けています。このまま家賃を払い続けられるか不安なので、市営住宅に引っ越したいが、経済力のある保証人が立てられないと応募できません。親、親戚、兄弟とも絶縁しており、頼れる身よりがなく困っています」(セラさん・30代・女性・大阪府)
大西さんは、地域には必ず窓口があるので、勇気を持って相談してほしいと助言します。
「ご自身の住んでいる自治体には、生活保護制度とか生活困窮者自立制度の窓口が必ずあります。生活の苦しさの部分について相談に行ってほしいです。公営住宅については、保証人がいなくても入居できる自治体があります。課題がたくさんあると1人でいろいろな窓口が生じて大変なので、地域のNPOとか福祉事務所などに相談してほしいです。最初は勇気がいるかと思いますけど、地域の中で親身になってくれる人が見つかればそれだけで変わってくることがあります」(大西さん)
続いて、DVに悩む、実家暮らしの未婚女性からの投稿です。
「就職氷河期から非正規雇用。実家を出たくても金銭的に難しく、ずっと耐えています。親のDVは高齢で減りましたが逆に同居の弟からのモラハラ言葉の暴力が増えてきました。若ければ都会へ出ることもできますが、40歳過ぎの気分障害持ちには難しい」(露草さん・40代・女性・島根県)
葛西さんは、支援につながるのが難しいケースではあるが、DVの相談を受ける窓口は多数あり、支援してくれる人もいるので、希望を持ってほしいと語ります。
「DV防止法という法律があります。これは、配偶者やパートナーからの暴力被害を受けた方を支援するというものですが、この相談者は配偶者以外の家族からの暴力ということで、DV防止法での支援は難しいと思います。しかし、行政によっては女性相談センターなどで配偶者以外の家族からの暴力被害の相談も受けています。そちらに相談してほしいと思います。DVの支援をNPOがやっていることもあります。出向かなくても電話相談などで対応してくれることもあります。そこで伴走者を探して、辛抱強く支援を探してほしいと思います」(葛西さん)
住まいを突然失うことは人ごとではありません。誰にでも起こり得ることです。いま試されているのは社会の「まなざし」。ハートネットTVでは、引き続きこの問題を見つめていきます。
【特集】東京“ホームレス”
(1)東京2020の影で 明らかになる実態
(2)届きにくい支援
(3)ハウジングファーストという考え方
(4)安定した暮らしを続けるために
(5)“すまい”を失う不安と解決のヒント ←今回の記事
※この記事はハートネットTV 2019年4月16日放送「TOKYO“ホームレス”2019 私も“すまい”を失う!?」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。