2020年のオリンピック・パラリンピックに向け、再開発が進む東京。その影で“ホームレス”の人たちを取り巻く環境が厳しさを増しているのではないか、と懸念されています。民間の調査が明らかにした「居場所の減少」。さらに、精神疾患や障害のある人などが、支援からこぼれ落ちている実態もみえてきました。そこで今、注目されているのが「ハウジングファースト」という考え方。その取り組みを紹介します。
東京のホームレスの実態を調べた民間の調査により、行政の調査では把握されていない人が数多くいることがわかりました。さらに、これまでのホームレス支援は、まず集団施設に入り、就労支援などを受けて自立していくというものが中心でした。ところが、それではうまくいかず、再び路上に戻る人が少なくないこともわかってきました。
このようななか、民間による「ハウジングファースト」という新しい取り組みが始まっています。集団施設を経ず、路上からすぐにアパートなどの個室を提供するというものです。
3年前から、7つの団体が連携して取り組んでいる「ハウジングファースト東京プロジェクト」。ある日、支援者の1人である、NPO法人 TENOHASIの清野賢司さんは、路上で出会った66歳の山下さん(仮名)をアパートへと案内していました。
山下さんはこれまで役所に助けを求めたこともありましたが、集団生活が苦手で、施設に居続けられませんでした。施設と路上を20回以上、行き来した末に、清野さんに出会ったのです。
山下さん「膝も痛いですね」
清野さん「それじゃ炊き出しもあんまりいけないでしょ、遠くは」
山下さん「上野に行く」
清野さん「歩いて上野いったの? 片道4時間! よくそんな足で野宿してましたよね」
清野さんが案内したのは、プロジェクトで借り上げているアパートです。プロジェクトでは、こうした物件を都内に34部屋管理しています。
山下さん「おお~、いいですね~」
プロジェクトでは、こうした物件を都内に34部屋管理しています。
山下さん「最高ですね。路上も終わりたいですね」
清野さん「もう1回戻る気はない?」
山下さん「戻る気はない」
「お風呂の使い方を教えてね。ガスが開栓したから、お風呂こうやって入れてくださいねと。放っておくと60度になっちゃうから気を付けてねとか言って。それで、1時間ぐらいしたら、もう昏々と寝てるんですよ。お風呂入って新しい服着て。安心したんでしょうね。その前の炊き出しでは、寒さに震えながらご飯食べて転んで、(顔を)血だらけにしていたのにね」(清野さん)
行政による支援では、多くの場合、まず集団施設に入り、自立できると判断された人だけが1人暮らしに移行します。しかし、途中で路上に戻るケースも少なくありません。
一方、ハウジングファーストで無条件で、まず個室の住まいを提供。生活保護を申請し、数か月以内に自分で契約した家へ移ります。
「普通にプライバシーが保てる空間、これが自分の住まいである。それが保障されて初めて、生きている実感、自分が尊重されている実感を得ることができる。だから次のステップに進める」(清野さん)
入居して、6日後。山下さんは清野さんと生活保護の申請を終え、新たな暮らしを始めていました。
「明日で1週間ですね。今までにないことをしたいですね。窓開けて一番先に体操するんですよね。いや、気持ちいいですよね」(山下さん)
プロジェクトは7つの団体で連携して取り組んでいます。大切にするのは、「暮らし続けること」をいかにサポートするかです。
精神疾患のある人を訪問看護で支える、訪問看護ステーションKAZOCの渡邊乾(つよし)さん。この日は不安障害のある挽地(ひきち)さんを訪ねました。
渡邊さん「話したいこととか、話そうと思ってたことって、ありますか?」
挽地さん「ちゃんとできてます。生活もちゃんとできています」
かつて路上生活をしていた挽地さんは、アパートに暮らして5年になります。不安障害と知的障害があり、家計管理が苦手です。
挽地さん「前回5250円。これが下がった」
渡邊さん「水道代が下がった。すごいじゃないですか」
訪問看護の人や渡邊さんに生活費をノートに記録してもらう挽地さん。うまくやりくりできているとわかると、安心できるのです。
挽地さんは、今の生活が楽しい、生活を続けていくうえで不安に思うこともないと話します。
「前向きに良くなっていくためには、我々は絶対的に土台が必要だと考えています。その土台っていうのは、日常性だと思っているので、生活が本人の思うように、ちゃんと循環している。安定しているというのが、非常に大切」(渡邊さん)
これまでは自立が難しいとされた人でも、サポートがあれば1人暮らしができる。
プロジェクトが重視するのは、これまでの支援で重視されてきた就労率などではなく、自分の暮らしを続けられるかという「在宅維持率」です。自立への支援は、安定した暮らしを取り戻して初めて可能になるという考え方です。
ハウジングファーストと出会って、人生を前に進めはじめた人もいます。
発達障害があるOさん(38歳)は、渡邊さんに心配事を聞いてもらったり、部屋の掃除を手伝ってもらったりしています。
「まあ、とりあえずほら、きれいにして。それをある程度キープすることがちょっとできないんだよね。」(Oさん)
仕事が続かず、誰にも相談できないなか実家を飛び出し、ネットカフェで途方にくれていたOさん。今、自分の住まいで生活するうちに再び「働きたい」と思う気持ちが芽生え、公務員試験を受けたことを渡邊さんに報告します。
Oさん「スーツ着るのも久しぶりだけど、そういうところに行くのも久しぶりで。今回結果的に落ちちゃったけど、ある種やった意味はあったかなとは思う」
渡邊さん「そう」
「彼がこれまで我々の前に現れるまでの生活のなかで、できないことをダメだ、バツだって言われてきたっていうのを、すごく感じるんです。我々がやりたいのは、そこの回復だというふうに思ってます。なので人としての当たり前の権利。市民としての当たり前の権利っていうのを、取り戻すことを支援する」(渡邊さん)
ハウジングファースト東京プロジェクトでは、支援を受けてアパートなどで暮らす人はおよそ170人。訪問看護の支援を受け、9割の人が生活を継続しているということです。
路上生活者の支援団体理事長の大西連さんは、この取り組みを支援の視点を変える画期的なものとして高く評価します。
「どちらかというとこれまでの支援というのは、雨露をしのげればいい、野宿じゃないだけマシ、みたいな『生存さえ保てればいい』という支援が多かったのですが、この取り組みは、住まいは大前提であると。住まいを確保したうえで、そこからひとりひとりの支援を組み立てていくと。それはかなり画期的なことだと思うんです。生存を保とうというところから、人間らしい生活をどうつくっていくかという視点の転換は非常に重要なことだと思います」(大西さん)
この「ハウジングファースト」という考え方は、欧米では「住まいは権利」として取り入れられているところもあるにもかかわらず、なぜ日本では実践されてこなかったのでしょうか。
日本福祉大学の准教授で、厚労省の「社会福祉住居施設及び生活保護受給者の日常生活支援のあり方に関する検討会」構成員でもある山田さんは、その理由を次のように分析します。
「いろんな要素はあると思うのですけど、突き詰めていくと、この社会が、ホームレスの人をどういう人として見ているのかという点にいきつくと思います。ホームレスというと、一般社会での生活ができない人、したくない人とか、そういうふうに見られてきたのではないか。だから、一般社会で生活するために、それができるように訓練していかなければならない。就労とか人付き合いとか、できないものをできるようになってからでないと、一般生活に移行させないというふうに制度が設計されていて、生活保護も、アパート生活へ移行する条件も非常に厳しくするような運用がされてきたのではないかと思います」(山田さん)
実際に、ホームレスの人が1人暮らしを進めるためには審査があり、その審査に時間がかかることや、支援の人手不足もその一因だと大西さんは指摘します。
「都内だと生活保護の担当者、ケースワーカー1人が120世帯くらい担当している。120世帯というと膨大な数で、ひとりひとりに医療どうしよう、介護どうしようとかあるわけで、どうしても施設に入れっぱなしにしてしまう。管理を任せてしまう。そうすると、優先順位が下がっていく」(大西さん)
ハウジングファーストはどのような仕組みで運営され、どのような課題があるのでしょうか?次回の記事で見ていきます。
【特集】東京“ホームレス”
(1)東京2020の影で 明らかになる実態
(2)届きにくい支援
(3)ハウジングファーストという考え方 ←今回の記事
(4)安定した暮らしを続けるために
(5)“すまい”を失う不安と解決のヒント
※この記事はハートネットTV 2019年4月9日(月)放送「TOKYO“ホームレス”2019『ハウジングファースト』」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。