3月21日は国連が定める啓発デー「世界ダウン症の日」。ダウン症のある人は21番目の染色体が3本あることから、この日が選ばれ、世界中で啓発イベントが開催されます。日本でも日常の姿を知ってほしいと、記念日の前後には、全国各地でさまざまな啓発活動が行われます。今回は、日本ダウン症協会にお話をうかがうとともに、山梨県支部で開催されたフォーラムに参加し、ダウン症のある人の自立について考えました。
「世界ダウン症の日」が国連によって制定されたのは2012年。7年目を迎える今年の統一テーマは、「Leave no one behind」。直訳では「誰ひとり置き去りにしない」という意味ですが、日本ダウン症協会は少し前向きな意味合いをもたせて、啓発ポスターには「あなたの一歩も わたしの一歩も おんなじくらい大変で おんなじくらい面白い」というキャッチフレーズを掲げました。
同協会理事の水戸川真由美さんは、このキャッチフレーズに「その人らしく安心して暮らしていくために、みんな誰かの助けや応援が必要であり、支え合うから一歩を踏み出していける」、そんな意味を込めたと言います。ポスターのモデルとなった澤田仁美さんは、中学1年生のときから20年間、一日も休まずに稽古を続け、裏千家の茶名と許状を獲得している女性です。
日本ダウン症協会・啓発ポスター2019
世界ダウン症の日に合わせて、3月21日前後には全国各地でイベントが開催されます。水戸川さんは、全国で統一されたイベントをやるよりも、各地域でオリジナルな企画を立ち上げて、地元の人々とのつながりを深めてほしいと願っています。現在、日本ダウン症協会の会員数は5500人で、全国に52の支部があります。
各地で実施される啓発イベントは、写真展、コンサート、ダンスイベント、ファッションショーなど多種多彩で、屋内だけではなく、路上パレードの「バディウォーク」で盛り上がる地域もあります。バディウォークというのは、ダウン症のある人と一緒に歩く、ニューヨーク発の世界的なチャリティーイベントで、日本でも「世界ダウン症の日」とともに定着し始め、今年は、広島市のアリスガーデン(3月21日)と東京都の代々木公園(3月31日)で実施される予定です。
各地で「世界ダウン症の日」に関連するイベントが行なわれますが、山梨県ではいち早く2月24日に「大人になるために」というタイトルで、ダウン症のある人の自立をテーマにしたフォーラムが開催されました。今年で第6回となるこのフォーラムは、新型出生前診断(NIPT)が導入された2013年の翌年に、診断の普及よりも、ダウン症のある子どもたちが安心して暮らせる社会づくりを優先させたいという思いからスタートしたもので、日本ダウン症協会・山梨県支部「芝草の会」が主催しています。
第6回山梨ダウン症フォーラム(会場:山梨県立文学館研修室)
冒頭の部では、「芝草の会」会員である小川広美さんが、27歳になる息子の王大(きみひろ)さんとともに、子ども時代を振り返りました。母親の広美さんは、息子を地域の子どもたちとともに成長させたいと願い、地元の子どもたちと同じ公立の保育園や小中学校に通わせました。「きみちゃん、きみちゃん」と声をかけてきて、遊びに誘ってくれる地元の友達がたくさんできたことに幸せを感じ、涙したこともあったと話します。
王大さん自身も、地元の子どもたちが仲間に入れてくれた喜びを語りました。学校の教師はもちろん、子どもたちも友達同士で話し合って、王大さんをサポートする方法を考えてくれました。中学校では男子シンクロ部でウォーターボーイズの一員として活躍し、高校生になって進学した特別支援学校では生徒会長も務めました。現在は、自立生活をスタートさせ、通所事業所でパン作りをしながら、県内のグループホームで暮らしています。
左は小川王大さん(27)、右は鈴木大介さん(21)。職場の先輩後輩だという
フォーラムを主催する「芝草の会」会長の野中文子さんは、ダウン症のある人が将来自立する上で大切なのは、子どもの頃から地域の人々とつながることだと考えています。しかし、インターネットの普及によって簡単に情報を得られる時代になり、周囲の人々と接点をもちたがらず、子どもも人前に出したくないと、家の中に囲い込んでしまう若い親が増えていることに危惧を抱いているそうです。
「芝草の会」会長の野中文子さん
「18歳になって学校生活を終えれば、いやでも地元で生活をしていくことになります。そうなってから慌てて隣近所と人間関係をつくろうとしても、なかなか難しい。でも、災害などが起きればもちろんですし、日々の生活の上でも周囲の人たちの助けは欠かせません。できるだけ幼い頃から地域の人々との触れ合いを体験として積み重ねておくべきだと思います」(野中さん)
野中さんたちが、今回、小川さん親子を講演者に選んだのは、会員の人たちに近所の人々との交流の大切さや喜びを知ってほしいという狙いがあったからです。
小川さん一家の子育ては、地域との関係がうまくいった事例のひとつと言えます。しかし、当初は、広美さんも子どもがダウン症であるというだけではなく、21歳で産んだ初めての子どもであったことから不安と戸惑いの中にありました。出産後、病院から自宅に戻ってしまうと、専門的なアドバイスをしてくれる相談相手も見つかりません。そんなときに頼りにしたのは、地元の保健師でした。
小川さんの地区の担当だった元保健師の鈴木木の実さんは、公立保育園に入学したいと言われれば、保育園に付き添い、公立小学校に入学したいと言われれば、教育長のところに同行し、眼の機能に不安があると言われれば、専門病院を紹介するなど、要所要所で情報をもたない広美さんをフォローしました。
元保健師の鈴木木の実さん
鈴木さんは、小川さん一家から、「学校の成績などいいから、地元に友達をたくさんつくりたい。地域の人に声をかけてもらいながら成長させたい。いろいろな場所に連れて行き、多くの体験をさせたい」という希望をあらかじめ聞いていました。子どもの障害をオープンにして、地域の人たちと積極的にかかわらせようとする親は、当時は珍しかったので、「ぜひ応援したい」と思ったそうです。鈴木さんは、ダウン症に関する専門知識を豊富にもっていたわけではありませんでしたが、自分に何ができるかを一生懸命に考え、支援する中で、自分も成長していったと言います。
フォーラムでは、自立をめぐって他の家族によるリレートークも行われました。ダウン症のある妹の自立を応援する姉からは、「自立とは一人で何でもできるようになることではなく、周囲から助けや助言を得られるようになることだ」という発言もありました。
障害のある人の自立を支えていくには、本人の生活力や意欲を高めるだけではなく、社会の側にも「求められたら、応える姿勢」が大切になります。第一歩は、まず本人たちとコミュニケーションを取ることかもしれません。「世界ダウン症の日」の各地の啓発イベントに足を運んで、ぜひ当事者のみなさんと触れ合ってほしいと思います。
執筆:Webライター木下真