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障害のある人が「虐待とは何か」を学ぶ研修とは

記事公開日:2019年03月05日

厚生労働省によると、平成29年度に全国の自治体などが把握した障害者の虐待件数は2618件。中でも障害者施設での虐待は、前年と比べて16%増加しています。そんな中、埼玉県にある障害者支援施設では、施設従事者だけでなく、障害のある当事者を対象にした虐待防止研修が行われています。「虐待とは何か」を障害者自身に理解してもらうことで、「嫌なものは嫌」と伝えられるようになることが目的です。全国でもまだ珍しいこの取り組みを取材しました。

障害者支援施設どうかんの取り組み

「障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律」(「障害者虐待防止法」)が2012年10月に施行されました。しかし厚生労働省が行った障害者虐待の調査では、平成29年度の虐待判断件数は2618件。そのうち施設従事者等による虐待は昨年度より63件増えた464件です。虐待された人の障害種別は、知的障害が71%と最も多く、生活支援員による虐待が4割を超えました。

このような中、さいたま市にある障害者支援施設どうかんでは、あるユニークな取り組みを行っています。障害者への虐待を減らすため、利用者自身に「何が虐待なのか」を知ってもらう、という研修です。

研修では、
・誰にでも自分らしく幸せに生きる「権利」があること
・自分は悪くないのに誰かにひどいことをされたらそれは「虐待」であること

などを、資料を使って説明します。

現在、22歳から73歳までのおよそ60人がこの施設を利用しています。取材した日の研修には、同法人のグループホーム利用者なども合わせて70人が参加。重度の知的障害のある人、精神障害や発達障害のある人などさまざまでした。

利用者により理解してもらうため、職員たちが実際の場面を劇にして演じます。
今回の劇では、重い障害があり言葉が話せず、食事にも時間がかかる利用者のたろうさんに対して、職員が食事を無理やり食べさせたり、取り上げたりする場面がありました。

画像(研修で職員たちによって行われた劇の様子)

職員「たろうさん、まだ食べてるの?もう、あなた1人だけよ。早く食べちゃって」

たろうさん(また食事をゆっくり食べ始める)

職員「早く食べちゃってよ。まだこんなに残ってるじゃない。食べやすいように、全部入れてあげる。(1つのお椀に、全部のおかずを入れてしまう。それを無理やり食べさせようとする)」

たろうさん(口に入れるが、手で払いのけて、スプーンが落ちる。むせる)

職員「あーもう、また落としてー!汚いなー!! その汚い手で触らないでよ。食べるのも遅いし、ごはんはこぼすし、食べる気ないんだからもう食べなくていいよ。食事もちゃんと食べないんだから、おやつのコーヒーもなしだからね」

そこに、同じ施設の利用者のみつひろさんとけんじさんがたまたま通りかかり、たろうさんと職員のやりとりを目撃しました。

みつひろさん「見て見て!職員さん、なんかすごい怒ってるねー」
けんじさん「たろうさん、かわいそうだね。なんか怖いねー」

寸劇を見た後は全員で話し合います。たろうさんはどんな気持ちなのか、またみつひろさんやけんじさんのように、自分がこのような場面に遭遇した際、どうすればよいのか次々と意見が出ました。

司会「劇を見て、どんなことが嫌だと感じましたか?」
利用者1「たろうさんが無理やり、ごはんを片付けられてかわいそう」
利用者2「たろうさんの気持ちを奪って傷つけていると思った」

画像(利用者が演じる様子)

司会「たろうさん、職員に嫌なことを言われていますよね、それを目撃したら、どうしますか?」
利用者3「(担当の職員に)言いつけます」

ほかにも「強引に言うんじゃなくて、何時になったらおしまいと時間を伝えたほうがいい」という意見や、「周りの人が『片付けないで』と言ってあげるべき」といった意見が出ました。

劇ではその後、目撃していたみつひろさんとけんじさんが調理員に相談し、職員を通して最終的に施設長に報告し、虐待をした職員がたろうさんに謝るまでを演じます。嫌な思いをしたときに、本人や周囲の人が、信頼できる人に相談することで、問題の解決につながるということを分かりやすく伝えています。

また、参加した職員もマイクを握り「自分も急いでいるときに、利用者さんにきつく当たってしまうことがあったが、改めて考え直したい」「年々、利用者さんが自分の意見をはっきり言うので立派だなと感じた」など、感想を発表しました。

4年前から始まったこの取り組み。今では、県内の施設や行政の関係者も見学に訪れます。見学に訪れたある施設の関係者は、「職員が利用者さんの思いを直接聞く機会は少ないので、利用者さんの生の声は新鮮だった。利用者の声が職員を育てるのだと思った」と話します。

大切なのは障害者が「苦情」を言えるオープンな雰囲気

全国でもまだ珍しい、障害のある当事者を対象とした虐待防止研修。どうかんの施設長の長岡洋行さんは、もともと埼玉県内の障害者施設の職員を対象に虐待防止研修を行っていました。

しかし、虐待防止法が施行された当初は、明らかに障害者の権利侵害と思われるような場面でも、職員が「これは虐待ではない」と考えるケースが多かったといいます。職員だけが虐待防止研修を受けても、被害を受けた利用者が虐待を受けていることに気付なければ、本当の意味で虐待防止にはつながらないのではないかと長岡さんは考えています。

画像

どうかん施設長 長岡さん

「情報が何もない暮らしの中だったら、自分が嫌な思いをしても、それが当たり前だって思っているかもしれない。でも、そうじゃないんですよ、我慢しなくていいんですよ、嫌なことは嫌だってちゃんと言葉にして下さい、という取り組みを続けてきました。虐待防止法ができて、権利擁護の取り組みをもっと強化しなければいけないと言うとき、通報されなければいいとか、何かの基準があってそこで白か黒か、黒じゃなければよかったという話ではないと思うんです。黒だろうが白だろうがグレーだろうが、利用者の方が嫌な思いをするって言う状況に向き合わなければいけない、と覚悟を決めたところはあったと思います」(長岡さん)

この取り組みを始めるきっかけとなった、ある出来事がありました。
それは、2005年にどうかんが開設されたばかりのこと。ある職員Aに嫌なことを言われた利用者が、職員Aの不在時に他の職員Bにそのことを打ち明けました。しかし、職員Aが怖いから、「話したことは内緒にしてほしい」と職員Bに頼んでいたのです。ほかにも同様のケースが複数あり、長岡さんは、「利用者が我慢して、誰にも相談できない状況がある」ことを痛感したといいます。

そこで、施設では“ご意見箱”を設置。職員への不満や不安などを、利用者からきちんと苦情としてあげてもらう取り組みを始めました。

画像(ご意見箱)

当初は、大ごとになることを恐れて利用者からの声はなかなかあがりませんでしたが、3年、4年と続けていくうちに、苦情を言える人が出始め、次第に施設の雰囲気は変わっていきました。今では、自分自身に関することだけでなく、ほかの利用者への虐待についても声があげるようになっていると言います。

「例えば、言葉のない障害の重い方が、トイレに行きたいときに職員から嫌なことを言われていたんだけど、それはよくないんじゃないかという話が出てきて。苦情の中身が深まってきた感じがあって、それはすごいなと思いました。利用者の方から言っていただく苦情とか、いろんな声は非常に説得力がありました」(長岡さん)

画像(研修で使われているスライド)

虐待防止研修を始めてから、「あの職員の対応は虐待だったんじゃないか」「職員にこんなこと言われたけど、これは報告すべきなのか」など、研修の翌日には毎年、たくさんの苦情が寄せられるようになりました。その度に、利用者に「よくぞ言って下さいました」と伝えることで、何かあったときには、相談すればいいという雰囲気が浸透し始めています。

障害者からの声が職員の意識を変える

一方で、苦情の数が増えすぎたり、苦情を言われた職員が戸惑ったりすることはないのでしょうか。

「苦情で自分の名前があがっているとなると、職員は落ち込みますよね。でもそれが当たり前ということを職員に話しているうちに、苦情で名前が出ていると聞いても、そんなに驚かないで『あぁ、思い当たります、すみません』っていう受け止め方になってきた。虐待という言葉を使うと確かに重いんですけど、当たり前に不適切な対応だったねっていうのが、オープンに話せるような環境にしたいと思っているんです。お互いに『今のよくなかったよね』と指摘しあえれば、大きな虐待にはなかなかならないと思う。ペナルティーのための虐待通報ではなくて、虐待の芽をできるだけ早く摘むための通報だということを繰り返し職員には伝えています」(長岡さん)

利用者がちょっとした苦情や不満を職員に伝え、対話の積み重ねをすることで、何でもオープンに話し合える土壌や関係性が育まれるのではないかという長岡さん。

画像(研修で使われている資料)

しかし、障害のある当事者に、あえてこのような研修をすることに対しては「パンドラの箱を開ける」「障害の重い人にやる意味はあるのか」という声もあったと言います。それでも、たった一人でも職員に伝えることのできる利用者がいるなら無駄ではない、と長岡さんは考えています。

画像(研修でマイクを持って話す女性の利用者)

「障害のある方には、障害があっても、自分たちを守る力があると思う。ただ守られているだけの存在というわけではないというのを、“苦情の取り組み”で気付かせてもらった。きちんとした情報があって、そういうことを言っていいという環境をきちんと作ることができれば、自分たちのことを守る力は、人それぞれ程度が違うかもしれないけれども、必ずそういう力を発揮してくれるという思いはあります」(長岡さん)

施設職員だけではなく、障害のある当事者たちにも自分たちが持つ「権利」を伝え、「虐待」とは何かを知ってもらう。そしてそれを互いに話し合えるオープンな雰囲気と関係性を持つことこそが、虐待を防止するカギになるのではないでしょうか。

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