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自閉症アバターの世界(2)仮想と現実を生きる

記事公開日:2019年02月22日

2003年にインターネット上に誕生した「セカンドライフ」。3Dで実現する仮想空間として、バーチャルコミュニケーションの一時代を築きました。その後、ブームは沈静化しましたが、現在でも自閉症の人たちの間で活動が行われているコミュニティがあります。仮想空間のアバターたちと現実世界で対面し、伝説のアバターが、仮想空間での存在理由について語りました。

自閉症の人がコミュニケーションを行える仮想空間

インターネット上の仮想空間「セカンドライフ」。そこに、自閉症の人たちが集まるコミュニティが存在します。

ニュースクール大学大学院 社会学部 教授の池上英子さんは、仮想空間を通じて自閉症者の研究を続けてきました。自身もアバター「キレミミ」を操り、10年に渡って対話を重ねています。

画像(ニュースクール大学大学院 社会学部 教授 池上英子さん)

「自閉スペクトラム症の方の場合は、シナリオだとかルールがきちんと決まっているとディスカッションができますが、フリーディスカッションはそんなに易しくはないと言われてます。しかし、チャットの世界ではみなさんすごく議論がかみ合ったり、共感があったり、サポートがあったり、とてもいいディスカッションをなさっています」(池上さん)

自閉症の人たちは現実世界でさまざまな困難を抱えています。
しかし仮想空間では生き生きと自分を表現し、彼らの世界を教えてくれます。

この日は、週一回の定例会。
20人ほどの自閉症のアバターたちが集まっています。

緑色の羽にキツネの顔を持つマラカイ。人間と動物を混ぜた不思議な姿は一際目立ちます。

画像(アバター マラカイ)

マラカイ「最近自閉症者のSNSで、いいね!を取り消したよ。『自閉症を治す』とか『治療する』って、そんな話ばかりで気分が落ちるよ」
アリエル「私が思うに『治療』について話すとき、難しいことのひとつは、何が本当の『欠点』で何が『違い』かを分けることだよね」
ケリー「自閉症を“制御”するために電気ショックを使う人たちがいるみたいよ」
マラカイ「僕の父親なら賛成しそうだよ、ケリー。だけど個人的には自閉症は『克服』されるべきなんて、思わない」

「自閉症は克服されるべきものではない」と話すマラカイ。
実際に会うために、池上さんはカリフォルニア州の砂漠の街・エルセントロへ向かいました。

仮想空間ではなりたい自分になれる

池上さんと現実世界で初めて出会ったマラカイ(本名・マティス)。
仮想空間のグループに一緒に参加していた恋人のジェニーを紹介してくれます。

画像(マラカイとジェニー)

「出会いは写真や芸術のウェブサイトです。仲良くなって、毎日会話しているうちに遠距離恋愛に発展しました」(マラカイ)

マラカイは15歳のときに自閉症と診断されました。バイセクシュアルでもある自分に、父は辛く当たったと言います。

「父はバイセクシュアルである僕も、自閉症である僕も受け入れてくれず、『気を引くために自閉症のふりをしているんだろう』と言われました。父は僕を殴っては、それを自分のPTSDのせいだと言いました。本当は違うのに、それを口実に僕を殴ったんです。最終的に家を追い出され、自動車に入る荷物とチワワだけが僕の所持品でした」(マラカイ)

行き場を失ったマラカイは、2年前にジェニーの住むこの街へやって来ました。家を出るときに大切に持ってきたのは、幼い頃から一緒にいるぬいぐるみです。

画像(ぬいぐるみを紹介するマラカイ)

「これは僕の猫とアライグマです。アライグマのロドニーはいたずらっ子です。悪ふざけが好きなんだ。猫のカタリナは優しい口調で僕を落ち着かせてくれる。僕の感情に負荷がかかったとき、彼らが語りかけてくれるんです。『すべてうまくいくから大丈夫』『何も心配することはないよ』って」(マラカイ)

マラカイはアバターの着せ替えを10種類以上持っています。そのほとんどが空想上の生き物です。アバターはぬいぐるみと同じく、自分を受け入れてくれる存在。アバターになることで、自分もファンタジーの世界の中に入り込んでいきます。

「自分は話せる動物になった気がするんです。僕のぬいぐるみたちのように。セカンドライフに参加した理由のひとつは、なりたい自分になれること。社会に強要された自分ではなく。コンピューターを起動させ、そこに参加するといつも誰かがいる。耳を傾け、助けようとしてくれる人たちが」(マラカイ)

マラカイの恋人ジェニーはADHD、注意欠如・多動性障害があります。現実世界でも仮想世界でも、互いに支え合って生活してきました。心の居場所を得た二人は、来月にはジェニーの親元を出て新しい生活をスタートしようと準備しています。そこでマラカイは新しい仕事を探すつもりです。

「できればお店で働きたい。求めているのは安全な場所です。自分が自分でいることができて、何の心配もいらない、自分の家だと呼べる場所」(マラカイ)

自閉症は自分の個性

現実世界にどう折り合っていくのか。それは、自閉症アバターたちの間で長年話し合われてきたテーマです。なかでもフクロウの姿をしたコーラは、鋭い洞察力でその方法を探ろうとしています。

画像(アバター コーラ)

ダグラス「友人の紹介でコンサルティング会社に履歴書を送ったんだ。家から独立するチャンスかも」
男性アバター「一番心配なことは?」
ダグラス「とにかく冷静に前向きでいたいんだけど、言うは易く行うは難し、なんだ」
コーラ「そう、他の人にも言ったんだけど、『私には進歩した面もあるけど、そうじゃない面もある』。人間の進歩はいつも右肩上がりとは限らないのよ。すべてが直線をたどるとは限らないってこと」
女性アバター「うまいこと言うわね、コーラ」

的確な意見でアバターたちからの信頼を集めているコーラ。池上さんは本人と会うために、コーラの住むアーカンソー州リトルロックへと向かいました。

「簡単に人に同調しない、自分の意見をしっかり持った方です。もちろんそれはチャットで書き言葉なので、話し言葉がどうかはわかりませんけれども」(池上さん)

自宅に着くと、コーラが夫と一緒に出迎えてくれました。
部屋に入るなりコーラは飼っている犬の説明をしたかと思うと、テラスを見せて紹介し、次々と話し始めます。現実世界でのコーラは仮想空間とは対照的に、自分の言葉をコントロールすることが難しいようです。

画像(池上さんに話をするコーラ)

「私はしっかり考えず何かを口に出してしまうんです。脳のその部分と独立して機能してしまうんです。私が学ぼうとしていることのひとつが、感情に負荷がかかったときのコントロールです。怒りというか…とても感情的になってしまうのです」(コーラ)

コーラが正式に自閉症の診断を受けたのは29歳のとき。幼い頃からIQが飛び抜けて高く、そのせいで変わっているのだと両親は思っていたとのこと。実際には、自閉症の人に特有の、音、光、触覚など多くの感覚過敏があります。

コーラは周囲からの過剰な刺激が原因でパニックを起こさないように、日常生活ではさまざまな工夫をしています。カフェに入るとスマートフォンを取り出し、入力したテキストを読み上げてくれる「意志伝達アプリ」を起動。レジでの注文には必ずこのアプリから音声を流します。

画像(スマホアプリを使って注文するコーラ)

仮想空間では問題なく会話ができるコーラ。このアプリはしっかりと考えて意志を伝えられるので、仮想空間と同じようなものだと言います。

レジでの対応以外にも、初めて行く場所や人の多い場所ではパニックを起こしやすいため、準備に余念がありません。いつも首からぶら下げているのはシリコン製のおしゃぶり。しゃぶることで気持ちを落ち着かせるためです。その他にも、ベストにある22のポケットから次々と品物を取り出します。

画像(次々と品物を取り出すコーラ)

「これは周囲の香りで混乱したときに嗅ぐミントスティック。後は、スピーカー、駐車許可証、ハードディスク…。傘は緊急時用ね」(コーラ)

日常で困った経験を積み重ね、ひとつずつアイテムを増やしてきました。それでもコーラは、自閉症は自分の個性だと語ります。

「自閉症を何か異質なものと思わないことです。これは私の一部です。複雑ですが、双方向的な関係なのです。両者ともに皆が自分の役割を果たさなくてはならないのです」(コーラ)

仮想空間でも、アバターたちに「自閉症を受け入れてほしい」と繰り返し伝えています。

仮想空間には人と人の垣根がない

仮想空間で自閉症の人たちから「カリスマ」と崇められている人がいます。
アバター名「ジェントル・ヘロン」のアリスさん。障害者グループ「バーチャル・アビリティ(Virtual Ability)」の創設者です。池上さんが仮想世界での活動を研究しようと考えたきっかけを作った人でもあります。池上さんは旅の最後にアリスさんを訪問することにしました。

画像(池上さんを自宅に招き入れるアリスさん)

自宅に迎え入れられると、さっそくパソコンで仮想空間に入り、アバターのジェントル・ヘロンを紹介してくれます。

「正面の姿を見せましょう。全然私に似ていません。とても若くて、とてもきれいでしょ? 髪はブラウンで、灰色なんかじゃないの。この世界は何にでもなれるから楽しいのよ」(アリスさん)

自閉症の人をはじめとした、現実社会でさまざまな障害のある人たちを仮想空間の中で統率するアリスさん。自身も徐々に体の神経が失われてゆく難病があり、足を思うように動かすことができません。

そんなアリスさんが目指しているのは、障害がある人の才能を現実世界にも広めること。
「バーチャル・アビリティ」の中に画廊を作り、彼らが制作したアートを世界中に発信しています。また、障害のある人と医師などの専門家が集う国際会議も主催し、毎年60人ものアバターが集まり最新の情報を共有。現実と仮想、障害のある人とそうでない人の境界を壊すことが目標です。

アリスさんは長年、障害のある人の教師をしてきました。しかし現役を引退し、年齢に伴い病気の症状が進行。今は娘の介助を受けながら暮らし、活動の中心を仮想空間に移しています。そして、自らの仮想空間での存在理由について語りました。

画像

「バーチャル・アビリティ」を紹介するアリスさん

「私は『現実の世界』という表現はしません。私にとっては『物質世界』なのです。そして、コンピューターの世界も『バーチャル』と呼んでいますが、現実と同じくらいリアルです。障害者(people with disability)は、セカンドライフのコミュニティでは能力(ability)に満ち、“dis”は関係ないのです。少なくとも、バーチャルの環境においては、我々の能力を発揮することができます。それが、私たちがここにいる理由なのです」(アリス)

アバターたちの元へ訪ねる旅を終えた池上さんは、振り返ります。

「(旅で出会った)人々の中のスピリットは仮想世界とまったく違う人っていうのは1人もいなかったですね。20世紀というのは多文化の時代と言われていて、いろいろな文化だとかジェンダーにはそれぞれ価値があるということを発見した時代だと思うんですよね。だけどこれからは、今まで発見してきた多文化だけではなく、神経構造が違うと言われて、違うように発達してきた人たち。彼らの多様なインテリジェンス、多様な感じ方や見方というのを、深く考えなければならないと思っています」(池上さん)

ニューヨークにある自宅に戻った池上さんを、アバター達が迎えてくれました。

画像(仮想空間で再び出会ったマラカイ)

マラカイ「みんなに会えて良かった。カメラの前で話すのは緊張したけど」
ラリー「この思い出は一生忘れないよ」

ハートネットTV 2017年9月26日放送「自閉症アバターの世界 第1夜 脳内への旅」の内容は、記事「自閉症アバターの世界(1) 脳内への旅」で読むことができます。

※この記事はハートネットTV 2017年9月27日放送「自閉症アバターの世界 第2夜 仮想と現実を生きる」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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