AI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)、ロボット技術などが、介護現場での人手不足を解消するものとして期待されています。2月6日~8日、東京ビッグサイトで開催された介護分野の産業見本市では、それらの先端テクノロジーを生かした製品やサービスが、展示ブースに並べられました。会場で実施されたセミナーでは、大規模な科学的データや可視化しにくい経験知がAIに集積されることで、介護をめぐる社会環境が根本的に改善される可能性も示されました。介護分野におけるAI活用の最新事情をお伝えします。
2月6日~8日、東京ビッグサイトで介護分野の産業見本市「東京ケアウィーク2019」が開催されました。介護業界ではおなじみの車椅子、リハビリ機器、入浴施設、福祉車両などが展示ブースに並ぶ中、ここ数年、先端テクノロジーを活かした見守りシステムや情報管理サービスなども目立つようになってきました。産業見本市は、昨年から超高齢社会のまちづくりまでを射程におさめた総合展示会へと発展し、今回の参加企業は約550社に及びます。
「東京ケアウィーク2019」展示会場
現在、日本の高齢化率は27.7%、4人に1人以上が高齢者という超高齢社会です。厚生労働省によれば、団塊の世代が75歳を超える2025年には、高齢化率は30%以上となり、認知症の人は700万人を超えると推計され、介護人材は30万人以上不足すると言われています。
そのような超高齢社会の介護現場の課題解決策として考えられているのは、ひとつは「外国人材の活用」であり、もうひとつは今回の産業見本市に見られるような「先端テクノロジーによる業務の合理化や効率化」です。
見守り用ロボットにも注目が集まる
例えば、「個別事情に配慮する煩雑なケアプランを、AIにより短時間で作成」「外国人の介護士にとってハードルが高い介護日誌をAIが自動翻訳」「五感のようなセンサー機能をもつAIカメラが生体情報を読み取り、24時間365日、安心見守り」など、各展示ブースでは、AIやIoTの有効性が来場者にアピールされていました。
介護日誌を書く手間は現場の悩みの種
静岡大学特任教授の竹林洋一さんはAI研究者であり、「東京ケアウィーク2019」のアドバイザリーボード(顧問)の一人として、3日間にわたって専門セミナーに関わりました。現在は大学の研究者ですが、もともとは大手電機メーカーの技術者です。現状のAI研究は、画像や音声認識、自動運転などの応用に集中していますが、今後、介護分野においては人間の価値を尊重し、人間の暮らしを支援するAIがきわめて重要な役割を果たすという考えから、自らも開発に携わり、有効活用が進むことを望んでいます。
静岡大学特任教授・竹林洋一さん
「AIはブームですが、実は、米国に比べて、日本はAI技術もビジネスも大きく立ち遅れています。さらにAI技術と言っても50種類以上あって、現状で介護分野に使われているAIは介護施設のモニタリング、介護ロボット、ケアプラン作成など限定的です。ただ、どんなAI技術であっても情報は必要とされますから、介護現場のデータ化の動きは広がっていくと思っています」(竹林さん)
竹林さんは、2017年に「みんなの認知症情報学会」を立ち上げました。専門家だけではなく、認知症の本人や家族、現場の介護者なども含めて、市民すべてが研究に参加できる開かれた学会です。立ち上げの背景には、現在、認知症には完全な予防法や治療方法がなく、発展途上であり、さらに認知症ケアの現場では、勘や経験たよりで科学的根拠のあるデータ(エビデンス)の蓄積が不足しており、ケア技術を客観的に評価して向上させていく取り組みが十分とはいえない、という問題意識があるといいます。
「まずは世代や立場や専門性を超えて、みんなで情報を持ち寄ることが必要です。専門的な言葉や数値化しやすい情報だけではなく、認知症の人や家族の主観的な思いも含めて、多面的な情報の集積をめざします。加齢によって人間に何が起こるのか、優れたケアの本質は何なのかが、知識として共有できるようになります。私は、介護分野へのAI導入の価値は、そこにあると思っています」(竹林さん)
「みんなの認知症情報学会」は、静岡大学浜松キャンパスの「イノベーション社会連携推進機構」に拠点を置いています。そこでは、例えば、認知症ケアで実績のある神奈川県藤沢市の「あおいけあ」という介護福祉法人と協力して、施設内で行なわれているケアの様子をカメラに収め、当事者と介護者の両者の声を記録しています。そして、それらを多様な視点から解析して、動画に連動するグラフやCGなどを使ってわかりやすく表現します。
介護事例を解析:「見る・話す・触れる」を基準に、複数の働きを「包括性」として表現
静岡大学助教の石川翔吾さんは、入所者と介護者のやり取りの様子を、「見る、話す、触れる」などの指標によって解析し、それを動画と連動させて、時間軸で変化するグラフとして示します。たんに数値化するのではなく、ポイントとなるのは、優れた介護者がどのような頻度で、どれぐらいの時間、どんなタイミングでケアを行うのかが、誰にでもわかる形で視覚化されることだと、石川さんは話します。
助教の石川翔吾さん
「優れた介護者は、相手と対した最初に濃密なかかわり方をして、まず人間関係を築きます。そして目線を合わせたり、話に耳を傾けたり、やさしく触れたり、うなずいたり、複数の感覚を総動員して、継続的に相手に働きかけています。動画とグラフを連動させると、そのようなコミュニケーションを流れとして表現できます」(石川さん)
静岡大学では、カメラや各種センサで膨大なデータを蓄積することは簡単にできるようになりましたが、現在は集めたデータから意味のある部分を取り出す独自の手法を開発しています。准教授の桐山伸也さんは、部屋の実温度、体感温度、発話記録などの複数のセンサ情報から、高齢者の心身の変化をCGとして表現する試みをしています。
准教授の桐山伸也さん
各図形は、高齢者一人ひとりの感じている温度や気分を表す
上のCG画像は左隅の動画に対応しています。図の中で縦に2つ並んだ立方体は下が足元・上が手元の実温度、その上の球はその人の主観に基づく体感温度を色で表現しています。青に近いほど低い温度、赤に近いほど高い温度に対応します。
2種類の吹き出しは、内側が発話、外側がそのときに感じている気分や態度を表します。
発話は、装着した本人の声だけを録音できる咽喉マイクを用いて計測し、解釈を加えています。吹き出しの大きい人ほどたくさんしゃべる、いわゆる「おしゃべりな人」に対応します。
気分は入所者自身にタブレットで入力してもらいます。自分自身や環境の状態が変化したときだけ入力するため、通常は見えない人の内面を取り出すことが可能になります。
映像をこのような技術でアニメーション化すると、長時間の映像でもスライドバーの操作で「イッキ見」ができ、話しが盛り上がっているのに、話の輪に加われない人がいるなどの特徴的な場面を簡単に見つけることができるようになります。
AIの優れたところは複雑なことを複雑なままで情報処理できるところにあります。室内環境、内面の変化、人間関係、体調など、人間では把握しきれない多種多様な情報をわかりやすい形で視覚化してくれます。そのような情報を現場に戻すだけでも、介護の質の向上につながるといいます。
竹林さんは、AIは人間と能力を競い合ったり、人間の仕事を代替するためではなく、AIの中心に人間を置き、人間への理解を深め、人間の暮らしを心豊かにするために使うのが本来の姿だと考え、2019年から「認知症の本人と家族の視点を重視する自立共生支援AI」の大型プロジェクトをスタートしました。「みんなが笑顔で暮らせる社会を一緒につくりませんか?」、学会のチラシにはそのようなキャッチコピーが書かれています。
AIは、人知を超えた計算力や学習能力によって、非人間的なイメージがありますが、一人ひとり異なる事情を抱えた人に寄り添う福祉の世界とは、実はとても相性がいいのかもしれません。超高齢化社会となり、今後も新たな製品やサービスが続々と生み出されてくると思われますが、テクノロジーの中心に人間を置くことを忘れないようにすべきだと改めて思います。
執筆:Webライター木下真