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自閉症アバターの世界(1)脳内への旅

記事公開日:2019年02月21日

インターネット上のバーチャル空間「セカンドライフ」。そこで生き生きと活動する人たちの中に、自閉スペクトラム症の人たちがいる。彼らは世界をどのように見ているのか。仮想空間で彼らと交流を続けてきた社会学者の池上英子さんが、自閉症アバターたちに会うため、アメリカ大陸を横断。彼らの脳内世界を知る手がかりを探る旅にでました。

自閉症アバターたちの楽園「セカンドライフ」

今、この目に映る世界は本当に現実なのか。ふと、そんな考えが浮かんだ経験はないでしょうか。

世界最高レベルの頭脳が集まるプリンストン高等研究所。宇宙物理学やAIなど多分野にわたる研究者が「人間の認識」とは何かを探っています。

画像(プリンストン高等研究所)

ニューヨーク在住の社会学者であり、ニュースクール大学大学院 社会学部教授の池上英子さんは、俳句や芸術にまつわる日本古来の精神を研究してきました。中世から近世前期の日本では、侍や農民などの身分を明かさず、俳諧や芸術を通じて第2の自分として集う文化があり、これが現代にも存在しているといいます。

画像(ニュースクール大学大学院 社会学部 教授 池上英子さん)

「馬鹿げているかもしれませんが、私は10年前からバーチャルワールドの研究を始めました」(池上さん)

池上さんは今、バーチャルワールド、仮想空間の住人たちの「認識」の世界にのめり込んでいます。仮想空間では自分の分身を「アバター」と呼び、池上さん自身も「キレミミ」という名のアバターを操っています。

画像(池上さんのアバターであるキレミミ)

セカンドライフとは、3DCGで作られたインターネット上の仮想空間。池上さんはここに自分の研究所「La Sakura」を建て、アバターたちとチャットで会話をし、彼らの認識の世界を探っています。

セカンドライフは15年前に誕生し、一時爆発的なブームが起きましたが、その後次第に利用者は減少。
池上さんは、今もここを楽園として住み続けている人の中に、自閉症の人たちがいることに気づきました。

「始めは仮想世界で代理の自己を作る、そして心も体も新しくして第2の人生を生きている人たち自身に興味があったんですね。ところが段々やっているうちに自閉スペクトラム症の方にたくさん会うようになって、それがどうしてかなと思ったのがきっかけなんです」(池上さん)

池上さんはこれまで100人を超える自閉症の人たちのアバターと対話してきました。その1人、ラリーが現れました。

画像(アバターのラリー)

さらに、同時に現れたのは、ケリー。ケリーとラリーは同一人物が操るアバターです。

画像(アバターのケリー)

池上さん「あなたは、アスペルガー症候群なのですよね?」
ラリー「そうです。1999年に正式に診断を受けました」

池上さんが、なぜ自閉症のアバターたちに惹きつけられるのか。
ここ(セカンドライフ)では、現実では知り得ない彼らの脳内世界に触れることができるからです。

ラリーは、頭に浮かぶ情景を描いたという空間を案内してくれました。

画像(ラリーが自分の頭に浮かぶ情景を描いた空間)

ラリー「これは僕の脳内世界なんだ」
池上さん「アリスの不思議の国みたいね。穴に落ちるところが」
ラリー「僕は高速道路の旅のような、奥行きのあるものに惹かれるんだ。他にも透明感のある色とか、サイケデリックアートのビジョンが見えることもある。これは僕が思い描いたビジョンのほんの一部に過ぎないんだ」

130以上の部屋が複雑に入り組んでいるこの空間を、ラリーは一から作り上げたといいます。

池上さん「どうやってこの美しい世界を作るの?」
ラリー「ただ座って頭の中を可視化するんだ。僕はよくボーっとすることがあるんだけど。そうすると脳みそがこの世界を離れてカメラのように映像や色彩を映し出すんだ。まるでテレビで映画を見ているように。僕は冒険が大好きなんだ。それは挑戦ってことでもある。未知の経験から何が生まれるのかを見るってこと」

画像(ラリーが作った空間)

この空間は今も、拡大し続けています。

「自閉スペクトラム症の人たちは、私たちとは違う目で『世界』を見ています。時には同じ景色を見ても、違って見えることもあります。同じ音を聞いても彼らには違って聞こえることもある。それはまるで禅の修行で問われることのようです。『あなたには真の世界が見えていますか?』『あなたは本当に世界を感じられていますか?』と、認知の相違に触れたことで、私自身にそう問いかけられている気がするのです」(池上さん)

自閉症アバター“ラリー”に会う

真の世界を見るにはどうしたらいいのか。その手がかりを探りに、池上さんは現実世界で自閉症アバターたちに会いに行くことを決めました。

「アバターの時はあんなに話してきたけれど、実際には話せないということがあるかもしれない。皆さんとても遠いところに住んでいる。単に距離が遠いだけじゃなくて、文化も政治経済の状況も違うところなんです。そういうところに住んでいる方たちが、現実の世界でどういうふうに頑張ってるのか、どうやって生きてるのか、その場の中で見たい」(池上さん)

アバターを操る4人の自閉症の人が会ってくれることになりました。10日間で、アメリカを横断する旅。始めに向かったのは、NYから3,200km離れたワイオミング州。ロッキー山脈に位置し、人口はアメリカ50州で最も少ない州です。

画像(ロッキー山脈と湖)

北西部の街、ジャクソンは今も西部開拓時代の面影を残す街。
ラリーはこの街で1人暮らしをしています。

画像(ラリー)

池上さん「ラリー?」
ラリー「そうです」
池上さん「エイコです。会えてうれしいです」

不思議な脳内世界を見せてくれた、あのラリーです。実家から30分ほど離れた家が、活動の拠点。いつも5台のコンピューターで、同時に仮想空間にログインしています。ラリーは全部で5人のアバターを持っています。

別々の空間にいた5人のアバターを、「テレポート」という機能を使って1カ所に集合させます。池上さんもラリーの世界にテレポート。

画像(5人のアバターとテレポートしたキレミミ)

池上さん「なぜ5人ものアバターが必要なの?」
ラリー「自分が同時に複数の作業ができないからかもしれません。ここで何か作業してこっちで少し、あっちもというふうにやります」
池上さん「自閉症の人たちは『複数の作業を同時にできない』といわれていますが、セカンドライフではとても器用になさっていますよね」
ラリー「現実世界は私にとって難しいことだらけですが、セカンドライフはずっと簡単です」
池上さん「なぜでしょう?」
ラリー「説明するのは難しいですね。ただ自然とできるんです」

ラリーがアスペルガー症候群と診断されたのは20歳の時。感覚が過敏で、日常生活では目や耳から過剰な情報が飛び込んでくるといいます。しかし仮想空間では、すべての情報を自由にコントロールすることができます。

ラリーのもう1つの顔はクラブDJ。毎週土曜日、セカンドライフ内に自ら建てたクラブハウスで、自作の曲をかける。世界中のアバターがラリーの音楽を求めてやってきます。作曲センス、フロアを盛り上げる技術が評価され、ラリーはカリスマDJとして有名です。

音と光に満ちあふれた世界。障害のあるなしに関わらずダンスを楽しみます。

画像(ダンスするアバターたち)

ラリー「これはなんというか、飛んでいるみたいな感覚です。私には、ある特定のメロディーが聞こえてきます。それを音楽制作ソフトに入力するだけです」
池上さん「音楽も(映像と)同じなんですね。感覚的に体感する?」
ラリー「そうです。基本的に、私が何かを心に描けば、セカンドライフでそれを描き出すことができます。必要なプログラムと時間さえあれば」
池上さん「DJをしている時はどんな気分?」
ラリー「最高です。とても安らかです。みんなが楽しんでいて、私はしっかりと呼吸できる。時には彼らのおかしな書き込みに笑ったりして。そう。完全なる平穏です」

バーチャルは「現実」 進化するラリー

夜9時。ラリーはパソコンを閉じて、仕事へ向かいます。スーパーマーケットで商品の棚卸しの夜勤。夜勤を選ぶのは、人が少なく、パニックを起こしにくいためです。

仕事は夜中12時から。しかし、不安で10時前には到着するように家を出ます。車なら10分もかからない距離を、バスを乗り継ぎ45分かけて通勤。免許を取ることを父は許してくれませんでした。ラリーはこれまで、パニック発作や人間関係が原因で職を転々としてきたと言います。

画像(バスで移動するラリー)

池上さん「今の仕事で一番大変なことは?」
ラリー「人間です」
池上さん「お客さん?それとも同僚?」
ラリー「両方です。両方。私は時々大変になります」

それでも、今の仕事は18年間続け、彼はそれを「進歩」ではなく「進化」と呼びます。

ラリーは最後にぜひ連れて行きたいところがあるといいました。山々が連なる、美しい景色が広がる場所です。

画像(丘の上で話すラリーと池上さん)

池上さん「ここにいる時どんなことを考えているのですか?」
ラリー「色々なことです。というか頭の中を掃除しています」
池上さん「私たち(非自閉症者)が見ている現実をあなたはどう見ているのですか?」
ラリー「この現実を? 私は今さまざまなカオスを見ています」
池上さん「あなたにとってのカオス? 私たちの世界のカオス?」
ラリー「両方です。スーパーで働くよりバーチャルの方がずっとたくさんのことを実現できる。何かを創り出すことは私にとってまさに現実なのです」
池上さん「とても美しいものを創り出すことができますもんね」
ラリー「私の見解ではそれは…それはとても現実なのです。」
池上さん「私は今、鳥の鳴き声や水の音を聞くと、『セカンドライフにいるみたい』と思ってしまいます。同じような感覚を持つのです。完璧なまでに美しい。まるで本物ではないかのように」
ラリー「ええ。実に最高です」

仮想と現実の境界は一体どこにあるのでしょうか? 私たちの見ているこの世界は、本当に現実なのでしょうか?

※セカンドライフ(Second Life)について
米国リンデンラボ社が運営する、3DCGで構成されたインターネット上の仮想空間。
ゲームのようなシナリオは無く、利用者は「アバター」と呼ばれる自分の分身を操り、住民と交流しながら生活します。街や娯楽施設もユーザー自身によって建てられ、お店を経営したりライブを開いたりと、自由な活動が可能です。

※この記事はハートネットTV 2017年9月26日放送「自閉症アバターの世界 第1夜 脳内への旅」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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