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西日本豪雨から半年 岡山・広島の聴覚障害者の取り組み

記事公開日:2019年02月20日

2018年7月、各地に甚大な被害をもたらした西日本豪雨。聞こえない人のなかには、雨音が聞こえず、情報も得られないまま朝を迎える人もいました。夜の災害では「見えず、聞こえない状態」に置かれる聴覚障害のある人たち。災害から身を守るにはどうすればいいのか。過去の経験から学び、災害に備える岡山県と広島県の取り組みをご紹介します。

夜の災害は「見えず、聞こえず」情報が取れない

2018年7月に西日本を襲った西日本豪雨。雨が激しさを増し、各地で避難が必要な状況になりました。しかし、夜で辺りは真っ暗だったため、聞こえない人の多くは、自分の身に危険が迫っていることに気付くことができませんでした。

全日本ろうあ連盟理事の荒井康善さんは、災害時に聴覚障害のある人が置かれる状況を次のように説明します。

画像(全日本ろうあ連盟 理事 荒井康善さん)

「聞こえない人たちにとっていちばん困ることは、『情報をもらえなかった』『情報が取れなかった』の2点です。西日本豪雨だけではなく、熊本の地震、北海道、大阪の災害でも聞こえない人はまったく情報を取れることができなかった。テレビに字幕がないというところがあったわけです。そのために、聞こえない人、ろう者、みんなが夜、不安な思いを抱えて過ごさざるを得ませんでした。昼間なら雨のひどい状況が見て分かりますが、夜だと真っ暗で見えません。雨がどれぐらい強いのかは分からないのです」(荒井さん)

「情報が取れない」ことで不安な夜を過ごした聞こえない人たち。西日本豪雨を教訓に、ろう者同士、そして聞こえる人たちと連携しようという取り組みが始まっています。

「見えるから大丈夫」ではない 岡山県の伴徹さんの活動

岡山県立岡山ろう学校には、寄宿舎があり、小学生から高校生まで10人が生活しています。2018年7月の豪雨は週末だったため、生徒は自宅に帰っていました。もし平日に災害が起きたら、安全に避難ができるか、大きな課題です。

画像(岡山県立岡山ろう学校)

そうしたなか、学校の卒業生、伴徹さん(77歳)が訪ねてきました。伴さんは、自分が経験した事件の教訓を今に語り継いでいます。

伴さんが小学3年生だった1950年12月20日。寄宿舎が全焼し、多くの犠牲者が出る火災が発生しました。当時、聞こえない生徒と見えない生徒が生活していましたが、見えない生徒は全員無事だったといいます。しかしその一方で、聞こえない生徒16人が亡くなったのです。

火元は見えない生徒が寝ていた1階の静養室でした。2階にいた聞こえない生徒。伴さんは幸い避難できましたが、多くが逃げ遅れました。その差は、寝ていた場所だけでなく、日ごろの備えにあったといいます。

「盲の子どもは、先生や先輩たちの肩につかまって、ここは洗面所とか便所とか風呂場とか、建物の構造をよく覚えていた。だから、目の見えない人は無事に逃げられた。私の場合、火事になると、赤い、暗い、見えない、まして聞こえないので、もし、きちんと避難訓練をやっておけば、16人も死ぬことはなかったと思うんです」(伴さん)

画像(伴徹さん(77歳))

伴さんによると、新聞では避難訓練が年2回行われていたと報道されていたものの、実際には消防車がホースで水を撒くのを生徒たちが見ていただけ。実質的な消防訓練ではなかったといいます。

現在、学校と寄宿舎では1学期に1度、避難訓練をしています。一緒に逃げるペアを決め、経路を詳しく確認する実践的なものです。地元の消防署の人たちを招き、手話で交流したり、災害発生時に何が起きたか一目で分かる表示を部屋の入り口に置くなど、さまざまな備えをしています。

画像(「地震」などが記載された災害発生時のための表示)

しかし、何より大切なのは生徒たち自身が災害に備える意識を持つこと。伴さんの話を受け、話し合いの場が持たれました。

教員「もし夜、寝ているときに火事が起きたらどうしますか?」
生徒「起こす」
生徒「起きたら、女子と男子それぞれの部屋にある非常口から一緒に逃げる」
生徒「一緒の部屋の人と一緒に逃げる」
教員「避難ペアの人と一緒に逃げるんだよね」

画像(災害時の備えを話し合う子どもたち)

いつ来るか分からない災害から身を守るため、自分たちにできることは何か、真剣に話し合われました。

広島で全国初のろう者の団体ボランティアが発足

西日本豪雨の被災地となった広島県では、ある画期的な取り組みが行われました。全国で初めて生まれた、ろう者の団体による災害ボランティアです。

災害発生から1週間後の7月14日。ボランティアセンターが立ち上がり、SNSで動画を投稿してボランティアへの参加を呼びかけたのです。

画像(広島県のろうあ連盟が組織したボランティア活動の様子)

この呼びかけに、県内だけでなく遠くは北海道や鹿児島からも、ろう者が駆けつけます。手話のできる聞こえる人、聴者とチームを組んで被災地に入り、3か月にわたり延べ400人近くが参加。県全域41か所で活動が行われました。

ろうあ連盟のボランティアの支援を受けた聴者の日浦由美子さんは、ろう者9人と聴者2人で組まれたボランティアチームに、床下に入り込んだ土砂を4時間がかりで取り除いてもらいました。

画像(日浦由美子さん)

「ここの床下に入るのは大変なことだったんだけど、それをやって下さったというのはすごいことですよ。本当に感謝!ここの床下の土砂が取れたので、私も元気になれました」(日浦さん)

その懸命な活動は、日浦さんの「安心」を取り戻すとともに、ろう者と聴者の新しい絆も生み出したのです。

壁を乗り越え生まれた新しい絆

広島での迅速な動きの背景には、平成26年8月に同じ広島を襲った土砂災害のときの経験がありました。

わずか3時間で200ミリを超える集中豪雨によって、大規模な土石流が住宅に流れ込み、甚大な被害をもたらしました。このときも各地のろう者からボランティアをしたいという希望はありましたが、壁があったといいます。

「ろうあ連盟の災害ボランティアセンターを立ち上げる前に、個人のろう者や難聴者がボランティアの受付窓口へ行ったら、『あなたは難聴者?』『ろう者?』と言われ、断られるという例が多かったそうです」(広島県ろうあ連盟 上土居理絵さん)

「本当は行きたいけど、ろう者だから迷惑をかけるんじゃないかと遠慮する声も多かった。ボランティアに行きたいけど、手話通訳が必要なので、通訳を自分で探して一緒に行ってもらったという話を聞きました。ろう者が手話通訳を探して一緒に行くのではなく、誰もが参加できるかたちがいいと思いました」(広島県ろうあ連盟 横村恭子さん)

画像(センターを立ち上げたろうあ連盟のメンバー)

今回立ち上げたセンターでは、組織として地元の社会福祉協議会としっかり連携。相談のうえで支援先を決め、活動に取り組むことにしました。それでも当初は、意思の疎通が思うようにできず、聞こえる人とトラブルになることもあったといいます。

そこで聞こえないことが一目で分かるように考えられたのが、「手話が必要です」「耳が聞こえません」と描かれたスカーフ。

画像(「手話が必要です」「耳が聞こえません」と描かれたスカーフ)

こうしたさまざまな工夫とボランティアの懸命な姿に、地域の聞こえる人たちも心をひらいていったといいます。

災害に備えて いまできること

全日本ろうあ連盟 理事の荒井康善さんは、災害への備えとしては、障害者自身の意識の持ち方も重要だと訴えます。

画像(全日本ろうあ連盟 理事 荒井康善さん)

「基本的には自分の命は自分で守る。それがいちばん大事。次に災害対策にもうちょっと関心のレベルを上げる。災害に関心を持って、知識を高める。それをまず頭に入れていただきたいと思っています。さらに手話だけではなく、身ぶり、空書き、手書き、色々なコミュニケーション方法を使って、災害が起きたときに、1日目、2日目はそういった方法で動いてもらいたい。ろう者が自分から色々なコミュニケーション方法をあらかじめシミュレーションしていくことは、とても大事なことじゃないかと思っています」(荒井さん)

聴覚障害のある人ができる災害時の備えのひとつとして、市区町村の安心・安全メールや、携帯通信会社が提供する緊急速報を知らせるサービス(エリアメールなど)、Net119(※1)といった緊急通報システムに事前登録しておくことがあります。

Net119(※1)とは・・・
名称は各自治体や携帯電話会社によって異なりますが、事前登録しておくことで、災害時に携帯電話やスマートフォンで緊急速報を受けとったり、簡単な操作で緊急通報をすることができるシステムです。

例えば、東京都渋谷区では、「しぶや安全・安心メール」として、区内で発生した犯罪や安全に関する情報、区内外の災害情報や各種防災情報を、携帯電話、スマートフォン、パソコンにメールで配信するサービスを行っています。また、聴覚障害者などが携帯電話およびスマートフォンからウェブ機能を利用して東京消防庁に緊急通報を行うことができるシステム「緊急ネット通報」も整備されています。

また、神戸市では、手話への理解の促進と手話の普及を目指し、「神戸市みんなの手話言語条例」を制定。その取り組みの一環として、市のウェブサイトには手話を学べる動画(記事の末尾でリンクを紹介しています)や、災害時の避難の方法などを動画で分かりやすく説明しています。

聞こえないということがどういうことなのか、周りの人に日ごろから理解を深めてもらう。そして、実際に災害に遭ったときに自分で自分を守れるよう備えておく。
いつ、どこで起こるか分からない災害。一人一人が自分にも起こりうることと、ふだんから意識と対策をしておくが必要です。

※この記事はろうを生きる難聴を生きる 2019年1月5日(土)放送「西日本豪雨から半年1~安心のためにできること※字幕」、ろうを生きる難聴を生きる 2019年1月12日(土)放送「西日本豪雨から半年2~安心のためにできること※字幕」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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