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ひきこもりはなぜ長期化したか? 池上正樹さんに聞く、ひきこもりの実態

記事公開日:2019年02月12日

はじめて「ひきこもり」という言葉が公の文書に使われたのは平成のはじめ。それから約30年、ひきこもりは、80代の親が50代の子どもの生活を支える「8050問題」と呼ばれるまでに長期化、社会問題化しています。なぜここまで長期化してしまったのでしょうか? 行政や周囲ができることとは? ジャーナリスト池上正樹さんへのインタビューから、ひきこもりの根底にあるものを見つめます。

『8050問題』の当事者は就労目的の支援からこぼれおちた世代

20年以上ひきこもりを取材し、関連著書を数多く執筆してきたジャーナリストの池上正樹さん。著書には誰もがひきこもりになりうること、そしていったんひきこもると、抜け出したくてもなかなか難しいその現実について、書かれています。

池上さんは平成の「ひきこもり」問題は大きく3つの段階に分けられるといいます。

1つ目は「ひきこもり」が社会に認知されはじめた時期。2つ目は「就労」「社会復帰」を目的とした支援が推し進められた時期。そして近年、取り組みが始まりつつある「生き方支援」です。

「1998年に精神科医の斎藤環さんが著書『社会的ひきこもり——終わらない思春期』を出版したことで、専門家の間ではひきこもりという存在について知られるようになりましたが、社会に大きく知られるようになったのは2000年。17歳の少年が起こした佐賀バスジャック事件と、同じ年の1月に起きた新潟での少女監禁事件がきっかけです。どちらもひきこもり状態にあった人物が起こした事件だったことから、ひきこもりは犯罪者予備軍のように捉えられ、社会更生の対象として考えられました。ひきこもりの人を『社会復帰させよう』『更生させよう』という風潮もここから始まっていると言えるでしょう。」

画像(当時の事件を報道する新聞)

当時の社会にあった『社会復帰させよう』『更生させよう』という風潮。しかし、こうした状況に池上さんは違和感を抱いたと当時を振り返ります。

「社会から見て、当初、ひきこもりは不登校の延長のような捉え方で、『親のしつけ』や『若者特有の心理』を発端とする問題などと言われていました。でも、当事者たちの思いに触れるにつれ、私は『なぜひきこもりが生まれたのか?』『ひきこもりは社会的な構造から生まれる問題ではないか?』と考えるようになっていきました。働き出してからひきこもりになる人もいましたし、当時、すでに高年齢化していた人もいた。しかし医療的なアプローチもなく、支援といえばわずかな民間団体があるぐらいで、利用するにも非常にお金がかかる。当時は、今、以上に理解も支援もなく、深い苦悩のなかに当事者も家族もいたのが実態です。」

画像(ジャーナリスト 池上正樹さん)

状況を変えるきっかけとなったのは、2000年に発足した当事者・家族会の存在でした。団体はすぐに「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」へと全国組織になり、行政に公的な支援を求めて働きかけを始めます。こうした動きを受けて、2003年に厚生労働省は「ひきこもり対応ガイドライン」を策定。国がガイドラインを公開したことで、保健所などの行政機関での認知が広がり、ひきこもりへの対策は本格化するものと期待されました。

画像(KHJ全国ひきこもり家族会連合会の様子(2018年11月))

「ガイドラインによって、ひきこもりは『就学や就労をしておらず、自宅を中心とした生活を送る状況が6か月以上続いている状態』と定義づけられ、全国の保健所や精神保健福祉センターへ対応が示されました。しかし、一方で2003年に国が始めた『若者自立・挑戦プラン』と呼ばれる若年者支援が、ひきこもり問題の長期化を招いたとも言える側面があります。『若者自立・挑戦プラン』を受けて全国に地域若者サポートステーションや、若者自立塾(若者職業的自立支援推進事業)などが設立されたことで、ひきこもらざるを得なくなる周囲の本質的な問題解決から、個人の問題に目を向けた『就労』へと目的が変わってしまった。ひきこもりの当事者は、職場や学校で傷つけられた経験を持つ人たちが多いのに、当時の国の対策は、そんな彼らをトラウマとなっている場所に押し戻そうとしていたのです。その結果、施策からこぼれおちる人がたくさん生まれ、希望を失っていった人たちが、今の『8050問題』の世代の一因となったのです。こうした施設の対象は当初、15歳〜35歳程度で区切られており、ひきこもりで苦しむ当事者たちの受け皿となるにはあまりに限られたものでした。」

また、就労を目的とした施策の流れに当事者の家族も同調し、定職に就けない子どもを“恥”と捉えてしまったことも、長期化につながったと池上さんはいいます。

「子どもがひきこもると、親戚や近隣の人が『親の育て方の問題』と家族を責める。結果、親が追いつめられ、親戚や友人にも相談できず、悩みを抱え込んで隠し続けてしまう。それに今の70代、80代である団塊世代以上は、今のポジションを勝ち取ってきたという成功体験を持っている人が多いので、頑張らない子どもの精神や根性の問題と考える親も多い。そうして家族が隠し続ける状況がずっと続き、親の葬式などではじめてひきこもっていた子の存在が顕在化することも少なくない。また、ひきこもる子は親の年金で生活している人が多いため、親が亡くなったときにどうすればいいかわからず、死体遺棄容疑などで逮捕されてしまうような事件が増えています。」

ひきこもりの実態は、社会に『ひきこもらされている』

就労を目的とした公的支援と、家族の“恥”という考えから、支援につながることができず、長期化してきたひきこもり。加えて池上さんはひきこもりが「両方から見えづらい」点を持っていることも指摘します。

「ひきこもりというのは“状態像”なので、行政の制度のはざまに置かれてしまうのが今の大きな問題です。ひきこもりに特化した支援窓口は自治体にほとんどないため、当事者や家族はどこに相談すればいいのか見えづらく、悩みを打ち明けにくい。そして勇気をだして相談しても、組織が縦割りで必要な支援につながりにくかったり、窓口の人が対応を把握していなかったりする。一方で、本人だけでなく家族全体が孤立しているため、社会からも見えづらいという問題があります。この2つの『見えづらさ』が、ひきこもりを長期化させている要因にもなっています。そうして次第に家族は諦め、当事者からは生きる意欲が失われて、絶望して『緩やかな死』へと向かっていく。ひきこもりは、つながることのできない社会に『ひきこもらされている』というのが実態なのではないでしょうか。」

そうしたなか、ひきこもり問題に新たな節目が訪れます。平成27年に施行された「生活困窮者自立支援法」です。

「生活困窮者自立支援法の理念は、「誰も見捨てない」「誰も見放さない」という、それぞれへの「生き方支援」に寄り添うことを意味していて、これまで制度のはざまで支援が受けづらかった当事者や家族を、『個別の状況に応じて支援する』という考え方に変わってきたことは評価できます。しかし、担当者によって対応に大きく差がでてしまうことや、本来、ひきこもりは、“つながりの困窮”で判断されるべきなのに、現場の担当者の裁量次第で、生活困窮者自立支援法に基づいた支援は、経済的な困窮かどうかで見落とされてしまいがちな問題もあります。」

ひきこもり当事者が特性にあった生き方をできる社会に

20年以上にわたり、ひきこもりの取材を続けてきた池上さん。この問題について興味を持ったきっかけは、ある子どもとの出会いがきっかけでした。

「もともと“ゆとり教育”が導入された頃の学校現場の問題を取材していたのですが、今から20年ほど前、何を話しかけてもまったく反応しない子どもと出会いました。そのとき、はじめて「ひきこもり」ということばを知りました。」

その子どもの姿に衝撃を受けたと同時に、池上さんは、かつての自分自身をみているようで、放っておけなかったと当時を振り返ります。

「実は私自身が、小学校での6年間まったく話すことができない子どもだったんです。当時、小学校は通うのが当たり前で、母親も学校に通学することを期待していた。不登校という選択肢など想像もできなかったので、ひとりぼっちで自分だけがおかしいとずっと思っていたのです。」

子どもの姿と自身の経験が重なり、ひきこもりを取材することが自分の役割だと感じたという池上さん。以来、社会にひきこもりを問題提起しようとさまざまなメディアで発信を続けてきました。そんな池上さんが何より変わらなければいけないと訴えるのが、周囲の意識。ひきこもりが生まれ、長期化した今、「命を大事にする」ことを社会全体で発信していくことが大事だといいます。

画像(ジャーナリスト 池上正樹さん)

「ひきこもりが長期化しているのは、『自己責任』という考えが近年の日本社会に根付いてしまっているから。当事者や家族の多くは、『社会に迷惑をかけてはいけない』『他人に迷惑をかけてまで生きていようと思わない』といった社会的な風潮や価値観に苦しめられ、偏見や差別の対象になり、やがて意見を主張してはいけないのではないかと、権利の行使さえも手放していく。だからこそ、ひきこもりへの支援として、周囲にできることは、『まず人として生きよう』と発信すること。そういう社会にならなければ、傷つけられ、孤立してきた家族や当事者は心を開けません。ひきこもりは社会構造のゆがみから生まれる疾患や障害であると同時に、心の特性のひとつです。だから、その人の特性にあった生き方が絶対にある。たとえば働くことで傷ついたのであれば、どういうハードルがあったのか、働きづらさはどこにあったのか。それを把握して、今度はそれに対応する形で仕事や役割を探すことができれば、ひきこもり問題は少しずつ改善していくのではないでしょうか。」

必要な支援は「生きることを最優先に」という社会からのメッセージと「つながり」。

取材を続けるうちに、そう考えるようになったという池上さんが2011年から取り組んでいるのが、長年、上下関係だったひきこもり領域に対話を持ち込む価値観の変革です。2012年から偶数月の第1日曜日に開催している「ひきこもりフューチャーセッション 庵-IORI-」には、毎回100名を超える人が参加し、うち、ひきこもり当事者や家族が6〜7割にものぼります。

画像(「ひきこもりフューチャーセッション 庵-IORI-」の様子)

「長年、ひきこもりへの公的支援は就労が目的になっていましたが、ここ最近になって、ようやく生き方に寄り添うような方向に向きつつあります。『庵』の活動でも、自分が安心できる居場所で人とのつながりできることで、それをきっかけに自分自身の幸せに向かって動き始める方が多くいらっしゃいます。2018年度からは、居場所やプラットホームづくりなどを行う各市町村に、厚生労働省が財政面で支援を始め、こうした居場所づくりが開催されやすくなっていますから、家族や周囲の方はぜひ、市町村にこうした当事者家族会や居場所づくりを応援してほしいという要望をだしてほしい。一方で、行政には、悩みを抱え込んで孤立する本人だけでなく、家族でも親族でも誰でもいいので、安心して相談につながれるような窓口を明確にするとともに、継続してつながりが維持できるよう、家族会などの当事者団体と一緒に、居場所を拠点とした支援の仕組みを構築してほしいです。それに行政は縦割り構造になっていて情報が共有されておらず、社会的資源が活用されていないケースが多いのも課題。たとえば企業のなかにも障害者雇用と同様に、履歴の空白があることで就労しづらい、ひきこもり当事者を支援したいと考えている企業もあります。必要な支援につなげることに加えて、そうした情報を提供していくことも、行政の役割ではないでしょうか。」

2018年度、ついに国は中高年世代のひきこもりの実態調査に乗りだし、2019年にはその調査結果が公表される予定です。ひきこもりの問題解決に向けた動きが加速されることを期待します。

※この記事はハートネットTV 2018年12月4日放送「シリーズ平成が残した宿題 第3回 ひきこもり 何が“問題”だったのか」に関連して取材したものです。(取材・文 奥田高大)

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