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高齢者の「自立支援」はどうあるべきか?

記事公開日:2019年02月01日

2025年には3人に1人が高齢者となる日本。国は2017年5月に介護保険法を改正し、「自立支援の推進」に向け、大きく舵を切りました。高齢者に短期間で集中的なサービスを提供し、介護保険に頼らず「自立」してもらおうというのです。一方、こうした国の進め方に、懸念の声もあがっています。新たな転換期を迎えた介護保険制度の中で、高齢者の「自立支援」はどうあるべきか。専門家を交えて考えていきます。

高齢者の「自立支援」に向けた自治体の取り組み

改正した介護保険制度の施行に先駆け、「自立支援」に力を入れてきた三重県桑名市。
同市に住む水谷勝蔵さん(84)は、足のケガをきっかけに歩くのが困難になり、「要支援1」の認定を受けました。そのため、桑名市が独自に提供する自立支援のサービス施設、「くらしいきいき教室」に通っています。

施設ではサービスの提供期間を最大6か月と定め、理学療法士などの専門職が日常生活の困りごとを解消するためのプログラムを作成。短期集中のリハビリを実施して、介護サービスが必要でない状態になってもらうことが目標です。

画像(入浴のトレーニングをする水谷勝蔵さん)

施設内には水谷さんの自宅の風呂を再現した模型があり、転倒防止の訓練ができます。さらに、施設では本人が日常生活で最も大事にしたいことを目標に設定して、取り組む意欲を高めています。水谷さんも自分の目標を、うれしそうに語ってくれました。

「また喫茶店に行って、みんなと話をすること。電気三輪車があるもんで、あれの稽古をしていこうかなと思っておるんです」(水谷さん)

目標を達成するために、まずはスタッフのサポートを受けながら施設内でトレーニングです。

画像(手すりを使ってトレーニングをする水谷さん)

「勝蔵さんのケースだと、ハンドルを持ってまたげなかったんですね。それで、ここで一番近い状態というと、たまたまハンドルの高さが手すりの高さだったんです。であれば、ここで体重を支えた上で、またぐ側の足を自由に動かしていける。少しずつ、関節の動きが良くなってきて、サドルをなんとかまたげるようにまでなってきました」(施設スタッフ)

施設内でのトレーニングを終えたら、今度は自転車に乗る練習です。「くらしいきいき教室」の特徴は、通所に加えて定期的な自宅訪問を行うこと。リハビリ担当者が実際に生活の場で成果を確認して、本人や家族に具体的なアドバイスを行います。

「その人の生活が把握できることで、その人にとって必要なトレーニングが具体的にはっきりしてきます。その利用者さんをよく知るという上で、訪問が一番重要です」(施設スタッフ)

この日は担当のスタッフが水谷さんの自宅を訪問して、一緒に走りながら目標の達成度を確認しました。

画像(スタッフと一緒に自転車の練習をする水谷さん)

施設スタッフ「勝蔵さん、だいぶ速くなってますね!」
水谷さん「速くなったか?」
施設スタッフ「速くなってる。何分くらい乗れるようになりました?」
水谷さん「そりゃ、5分くらいは」
施設スタッフ「喫茶店までは15分こげたらたどりつくので、あともう少しですね!」

水谷さんの家族もスタッフの訪問を歓迎しています。水谷さんが目標を持って日々の生活を送れるからです。スタッフもその成果を実感しています。

「6か月という期間は、その人の生活や、生活が変わっていく様子を実際に見る期間だと思っています。生活が元通りにできるようになっているのであれば、もしかしたら介護保険じゃない選択肢もできているかもしれないですね」(施設スタッフ)

自立支援プランの組み方

桑名市が取り組む自立支援は、「地域生活応援会議」の開催から始まります。会議ではケアマネージャーが各利用者のプランを発表し、それに対して理学療法士や管理栄養士、薬剤師など、さまざまな専門職がアドバイス。主に初めて要支援1、2に認定された人を対象に、自立支援に向けたケアプランを検討します。

画像(さまざまな専門職が参加する地域生活応援会議の様子)

そして、この応援会議で決まったプランに基づいて、「くらしいきいき教室」などで自立支援サービスを利用者に提供。心身機能が回復するとサービスの終了となり、地域の民生委員やボランティアが運営する受け皿につなげるという流れです。

ケアマネージャーとして働きながら介護保険制度にさまざまな提言を行っている、NPO渋谷介護サポートセンター事務局長の服部万里子さんは、現場でのきめ細やかな対応について評価をしつつ、自立支援の課題も指摘します。

画像(NPO渋谷介護サポートセンター 事務局長 服部万里子さん)

「桑名市のようにあれだけ時間を取って1対1でやれるというのは、とてもすばらしいことだと思います。今まではそこまでのことをできるだけの時間がなかなか取れなかった。自宅での生活と、水谷さんの場合は外も一緒に歩いていくといったことを丁寧にやることによって、実現に向けて具体化できるという取り組みはとてもすばらしいと思います。一方で、生活の中で何が必要なのかを論議する生活応援会議に、サービスを受けるご本人がどうしていないのだろうとも思います。データに基づいてプランは出るかもしれませんが、ご本人がどういう生き方を今までしていて、どのように生きたいのか、生活ということをもう少し入れていく必要があると感じました」(服部さん)

財政的インセンティブの問題点

自立支援の推進策で、集中的なリハビリのほかに国が導入したのが「財政的インセンティブ」。自立支援に積極的な取り組みを行った市町村に対して、国から“ボーナス”を与えるというものです。財政学が専門で、国の社会保障制度改革推進会議の委員も務めている神野直彦さんは、この制度の問題点を指摘します。

画像(日本社会事業大学 学長 神野直彦さん)

「介護保険を運営している市町村が、介護保険の目的や、本来は市町村が追求すべき使命を見誤ってしまうのではないか大変心配します。市町村のインセンティブは、地域社会で生じている悲しみとか不幸を幸せに変えてあげることです。それがそもそも存在理由というか、市町村のミッションなので。それが達成されたときに、市町村は、良かった、うれしかったとインセンティブを感じるはずで、それ自体がインセンティブにならなければならないはずです。インセンティブを見誤ると、数字がひとり歩きします。自立支援の“自立”が、それぞれの住民が自立して生きられるということよりも、介護保険から離脱していくことを自立だと捉えてしまう。地域社会で生じている悲しみよりも、介護保険の収支バランスを取ることに神経がいってしまって、本来のミッションを見誤ってしまうのではないかと大変危惧します」(神野さん)

服部さんは、介護保険を使わないことが評価される社会を危惧します。

「『福祉』という言葉を辞書で引くと、『幸せ』と出てきます。だから、基本的には幸せに生きることが、例えば病気とか認知症とか、または老衰でできにくくなったら、それを支えるのが介護保険なんですよね。そのために40歳からお金を払い続けているわけですから、それを使わないようにすることだけが評価になってはいけないと思います。使わないで、自分でできるようになればそれはひとつの幸せです。でも、使いながら自分で生活し続けることにも評価を与えないといけないと思います」(服部さん)

地域の受け皿の現状と課題

自立支援に力を入れてきた桑名市ですが、課題も浮き彫りになっています。そのひとつが、介護保険によるサービス終了後の地域の受け皿です。

1年前に「要支援1」の認定を受けた石垣孝光さんは、「くらしいきいき教室」でのリハビリを経て介護サービスから“卒業”しました。しかし、石垣さんは寂しさを感じています。

画像(石垣孝光さん)

「たくさん知り合いができました。でもね、6か月間という、そういう枠が決められてますから。寂しいけどね、仕方がないですから」(石垣さん)

石垣さんは継続して体を動かしたいと思い、地域の受け皿のひとつである体操教室に通い始めました。しかし、場所が遠く、夏場は暑いので通うのを諦めました。石垣さんが“卒業”するまでリハビリを担当していた職員は、もどかしさを感じています。

「本人さんの居住地のそばに、適切な通いの場がない場合がまだ多くて。いい場所があって、予防や維持ができるといいんですが、まだ桑名市で整備が行き届いていない部分でもあるので」(施設の職員)

一方、受け皿となる交流の場を運営している民生委員たちは、桑名市から新たに配られた文書に頭を悩ませています。市が求めたのは、介護予防に関する内容をメニューに毎回組み込むこと。できない場合は、助成金の削減が予定されています。これまで自主的に活動してきた民生委員たちにとって、思いもよらないことでした。

画像(民生委員の方たち)

「運動とか認知症予防を毎回入れろと条件がつくと、毎月毎月同じことをやって、来る人が楽しくないから。『それだったら家でテレビ見てるほうがいいや』と、来なくなるのが心配なんです」(民生委員)

専門家が考える、社会保障のあるべき姿

自立したあとの受け皿を、地域住民に担わせるという動き。服部さんは国の「自立支援の推進」に無理があるのでは、と考えます。

「地域のボランティアさんや民生委員さんなど、自主的にやっている人たちに対して、ひとつの政策の受け皿になれというのは、無理がでてくると思います。病気にしても認知症でも老衰でも、できなくなることが生活の中で出てくる。それに対してさまざまなサービスを活用しながら、その人が在宅で暮らし続けるようにすることが自立生活の支援ということ。国が財政を少なくする目的だけに介護保険を使われてしまうような流れにとても不安を感じますね」(服部さん)

高齢者の「自立支援」という目的が、いつの間にか国や自治体の財政負担の抑制に置き換えられていないか。2人が考える今後の社会保障のあるべき姿を聞きました。

画像(神野さんと服部さん)

「社会保障とは、お互いに悲しみを分かち合うために実施するものです。財政はあくまでも手段です。財政再建を目的に、本来の使命を損なうようなことをしてはならないと思います。そして、財政上の問題よりも重要なのは、私たちは何のために社会保障をやっているのか。私たちの社会は自己責任で自立して生きていって、他者の手助けもないような社会にしていくのか。お互いに温かい手と手をつなぎ合って、不幸を助け合いながら生きていく社会にするのか。選択の問題だと思うんですね」(神野さん)

「社会保障費が伸びてるということですけれども、日本は世界で最も高齢化が進んでいます。けれども、いわゆる社会保障にかけるお金を見ると、世界から比べてもそれほど投資してるわけではないです。でも、国民の調査で何に一番不安を感じて、どこにお金を使ってもらいたいかと聞くと、高齢になったときの福祉なんですよ。医療、福祉に不安を感じているという国民の声に応えるべきだと思います。もっと例えば、財源の使い方というのも考えてもいいのかなと」(服部さん)

転換期を迎えた介護保険制度。国民が支え合い、医療や福祉の不安をなくすためにはどうすればいいのか。ハートネットTVでは、引き続き議論していきたいと思います。

※この記事はハートネットTV 2017年9月6日放送「シリーズ 医療と介護・改革のゆくえ 第2回 介護『自立』といわれても…」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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