2018年も残りわずかとなりました。今年は、障害者に関するニュースが大きく報じられた年でもありました。特に注目を集めたのは、省庁による障害者雇用の水増し問題と、旧優生保護法の下で行われていた強制不妊手術について。共通するのは、障害のある人たちが排除されたという事実。そしてその排除に国や公的な機関が関わっていたということです。これらのニュースを日本障害者協議会代表の藤井克徳さんと振り返り、これからの社会について考えます。
【藤井克徳さん】
日本障害者協議会代表。障害の種別を横断して、権利擁護に長年取り組んできた。自身は視覚に障害がある。
―まず、障害者の雇用水増し問題から伺います。今年、国の機関において、長年障害者雇用の数が水増しされてきたことが発覚しました。中央省庁の8割以上が障害者手帳を持たない人などを障害者と計上。
3700人分の雇用が実際には不足していました。このことを知ったとき、どのように感じられましたか?
藤井:まず、「まさか」っていう気持ちが起こり、そして「どうしてこんなことが」、そしてだんだん怒りの気持ちに変わっていったっていう、そんな思いでしたね。私は、5つの段階があったのでは、と整理をしています。第1段階は「障害者を採用したくない」というのがまずあったと思うんです。それで、第2段階として「そうは言っても法で決められた雇用率、なんとかせにゃいけない」。第3段階として「だったら内部から障害者を探し出そう」。そして第4段階で「いや、いないのなら、障害者を作り出そう」。最後に「まあ今年もどうにかクリアできた」っていう。この繰り返しで、たぶん20年も、場合によっては30年、40年、ずっと、こう、経過してきたんじゃないかなと思うんですね。
―長年、水増しをしてきたことは、社会全体にどういう影響を与えたとお考えですか。
藤井:何と言っても、安定した障害を持った人の働く場が奪われてしまったってことがあります。2017年だけでですね、約3700人の働く場が奪われた。累計したら、おびただしい数に上ると思うんですね。そして2点目は、この誤ったデータのもとで、それこそ長い期間、障害者雇用政策を論じてきた。誤ったデータで論じてたわけですから、そこからまともな政策が出るはずはないわけですよね。
さらにいうと、民間に率先して取り組むべき官公庁でごまかしがあったわけですから、当然これは民間の障害者雇用にも、悪い影響が出かねないわけです。言葉は「水増し」だけども、実質は「ごまかし」ですよね。「まさか政府がごまかし?」っていうのは、みんな思ったんじゃないでしょうか。
―この件に関する検証委員会の報告書と、これに連動して出された基本方針というのがありましたけれども、これは藤井さん、どう感じられましたか。
藤井:この検証委員会の報告書、結構な文字数を使ってます。しかし内容は、率直に言うと不十分。というよりはむしろ不信感が増したな、という感じですね。理由は、これほど何十年も積み重なって来た問題点なんだけれども、たった一か月でこの検証を終えたっていうこと。果たして本当に検証できたんだろうかっていう疑問が残ります。
そして、検証委員会の報告書が出た翌日に、これからの改善策の基本方針が出ました。
普通は、検証がしっかりとして、時間を取って、それに対してどういう方向を出すかっていうことになっていくんだけれども。翌日に基本方針が出るっていうことは、もう初めから検証委員会は形式的だったなっていう、そういう印象がぬぐえませんね。
そしてこれが決定的だと思うんですが。私たち障害団体は、この検証委員会を発足する前に、ぜひ障害当事者の団体の代表を入れて欲しいと厚労大臣に申し入れましたけども、これ、叶わずですね。結果的に当事者不在でこの検証委員会の報告書、あるいは基本方針も出てしまった。特にこういう検証っていうのは、何を検証するかよりも、誰が検証するかっていうのが決定的なんですね。こういう点で言うと、当事者不在っていうのは、この検証委員会の弱点にも反映していると断じていいと思うんです。
【障害者雇用水増しを受けた検証委員会報告書についてもっと知りたい人は・・・】
厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-soumu_278574_00001.html
NHKニュース http://www.nhk.or.jp/politics/articles/statement/9977.html
――今年、もう一つ大きなニュースとして取り上げられたのは、旧優生保護法(1948-1996)のもとで行われていた強制不妊手術についてです。1月、宮城県の60代の女性が知的障害を理由に手術されたことは憲法違反だったとして国家賠償請求を起こしたことをきっかけに、札幌、東京、大阪、神戸など全国で提訴が起きました。藤井さん、これも国の責任が大きいですよね。
藤井:そうですね。国という場合に、ひとつはこういう法律を作ってしまった立法府、国会ですね。実は何回かこれを廃止するチャンスがありながら、これを国会はしてこなかったっていう点では、国会の責任は、まず免れないと思うんです。もうひとつは政府ですね。つまり、これは問題点があるっていうことを多くの関係者から言われてきたんです。しかしこれを軽視してきた、そういう意見を軽視してきた、あるいは無視してきた。これは、放っておいたっていう点でいうと、不作為っていうんですけど、この政府の不作為っていう行為、これも大変大きかった。この立法府、国会と、政府、行政。これが相まってですね、この問題をずっと続けてきたっていうふうに言っていいんじゃないでしょうか。
――この強制不妊手術による被害を、藤井さんはどのように捉えていますか。
藤井:もうこれは障害者政策史、あるいは日本の人権政策から見て、最大かつ最悪の問題点と見ていいと思うんです。何故かというと、精神障害者や知的障害者など、主張することが難しい人に問題が集中してたっていうふうに、言い換えてもいいと思うんです。
更にはこの障害を持った人に対する差別も関係していきながら、むしろ、その家族まで黙ってしまったっていう。いわば「内なる差別」ですね、広い意味での。こういう問題が重なって来る。
それからこの被害者は女性に75%集中します。これは障害者権利条約でも言われてきた、いわゆる複合差別ですね。こういう女性に対する余計な差別が重なっている。
――「人権に関する政策史にあっても最大かつ最悪」というご発言もありましたが、歴史的な検証も必要になってくると思いますが、いかがでしょうか。
藤井:もちろん再発防止っていうこともあるんだけども、きちんと後世に残しておくためにも丁寧な検証体制を作っていく必要があるんじゃないかなと思ってます。そこで、何を検証するのかってことが問われてきますね。
たとえば、何故こんな法律ができ上がったんだろうかということですね。1948年に優生保護法ができました。この時すでに、基本的人権をベースにした新憲法ができ上がってたんですね。そうすると、なぜ、新憲法があるのにこういう法が生まれたのか、これ大きい問題ですよね。
そして何故48年間もこの法が続いたのか、また法が廃止されたのが1996年なんだけども、22年間も何も補償問題も、謝罪問題も起こらなかったのはどうしてなのか。
また、なぜ自治体が加担してしまったのか。なぜマスコミが、これをもう少し正面から継続して取り上げてこなかったのか。優生保護法と市民社会、これはどんな関係だったのか。さらには障害者が何十年も声を上げられなかったのはどうしてなのか。
こういう点では、幾つも検証のポイントがあると思うんですね。
これらを丁寧に、つぶさに、そして障害当事者も入って検証するところに、たぶん本当の再発防止っていうことがね、でき上がっていくんじゃないかな、こんなふうに思ってます。
―障害者雇用水増し問題も、優生保護法の問題も、これからどのような社会に変えていくかということが大切になってきますね。
藤井:この問題っていうのは、まさに障害者排除っていうね、驚くべき政府の障害者排除、あるいは障害者差別なんですが。これを曖昧にしてしまったり、あるいは、薄っぺらい対処、検証で終わらせたりしてしまうと、「うん、障害者の政策ってのは、あんなもんでいいんだな」っていうことを、これは意識、無意識のうちにそう思われかねないわけです。逆に言うと、これに対してきちんと障害者権利条約の規範なんかを活かしていきながら、本当に誠実に向き合っていくと、これからの障害者政策の足場がひとつ固まっていく。そういう点では、この問題の対処っていうのは、将来の日本の障害者政策の行方に、非常に大きな試金石になっていくんだっていうふうに考えていいんじゃないでしょうか。
――ここで誠実に、真摯に、この問題に取り組むのかどうかっていうのは、本当に大切な問題ですよね。
藤井:そうですね。この問題を、単にやり過ごすとか、あるいはこなしてしまうっていうようなことじゃなくて、多少、私は時間かかってもね、きちんとこれに向き合って、今言われたように真摯にっていうことになっていくと、それこそ障害者問題のレベルがね、もう一段、こう、高い視点でこれから考えていこうじゃないかっていう、そういう高台を作ってくれる、そんな感じがしています。大きなショックだったんだけども、やっぱりこれを契機にしてね、この問題点を好転への、そういうふうな大きな転機の新しい材料にしていきたい、こう思ってます。
※この記事は、2018年12月30日(日)放送の「視覚障害ナビ・ラジオ」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。