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知られざる「視線の恐怖」 当事者たちの苦悩

記事公開日:2018年12月13日

私たちが普段あまり意識することのない“視線”。しかし、そんな視線が怖くてたまらない“視線の恐怖”に苦しむ人たちがいます。アメリカの精神疾患の診断基準で、世界的にも広く用いられている“DSM-5”では、「社交(社会)不安障害(Social Anxiety Disorder)」の症状の一つとされ、日本では古くから“対人恐怖”として研究が進められてきました。

些細なきっかけで視線が恐怖に

“視線の恐怖”についての声を募集したところ、100件を超える体験談が寄せられました。

「意識しても、視線が動くのを止められない。前、横、斜め、視界に映るすべての人間が怖いです。」(はるさん・20代)

「外に出ても、人の目ばかりが気になって、気が狂いそうになります。歩くのも下を向いてしまうし、人の目もまともに見れなくなりました。こんな自分が本当に嫌で、何度も死のうと思いました。」(トマトさん・高校生)

さくらさん(22)は、ある出来事がきっかけで視線が怖くなりました。
中学時代には部活のリーダーをして、人と話すのも人前に立つのも大好きでした。
ところが、高校2年生の修学旅行を境に、生活が180度変わってしまったといいます。

画像(イメージ)

「修学旅行で外国に行ったときに、友だちから『目線が怖いよ』と言われた。たぶんその子も何気なく言ったひとことだとは思うんですけど、そこからどんどん自分の中で崩れていきました」(さくらさん)

信頼していた友人からの何気ないひとこと。
それからだんだんと「自分の視線が相手に不快感を与えているのではないか」という考えに支配されていきました。やがてさくらさんは、自分を見ている「人の視線」も怖いと感じるようになっていきます。

「周りの人の視線が気になって。でも気になっている人を見返すのも、目線があるのが怖くて。周りを見られないんですけど、それをその人が『なんかおかしいんじゃないかな』と思ってるように感じて。クラスメイトや先生の視線が気になって。授業中に板書も書けないのでICレコーダーを持って全部録音をして、大事なところを家に帰ってから書き取るとか」(さくらさん)

普段からメガネで視界を狭くして、マスクで表情が相手に分からないように工夫をしているさくらさん。卒業して、中学生の頃からの夢だった福祉関係の仕事に就きました。視線が怖くても、人が嫌いなわけではありません。

「人と接するのが嫌いだったら事務仕事とか、人と関わらないで済む仕事を選んでます。でもそうではないので。人は好きだし。でも視線の恐怖があるので。そこがもどかしいというか。その高校の修学旅行からやり直したいな、というのは思いますね」(さくらさん)

“不安の悪循環”が視線恐怖を増幅させる

人はなぜ“視線”に恐怖を感じるのか。千葉大学教授で、「人の不安」について長年研究や臨床に携わってきた清水栄司さんに、お話を伺いました。

画像(千葉大学教授 清水栄司さん)

「『目は口ほどにものを言う』ではありませんけど、視線を送るだけで色々なことが伝わりますよね。また、お辞儀が日本の文化ですから、見られたら目を伏せるというのが礼儀です。欧米だと握手をして目を向かい合わせますけど、日本人はついお辞儀をしてしまう。視線を向けると自分が苦しくなるし、相手にも失礼じゃないかと、視線恐怖の方が考えてしまうのはやむを得ないのかなと思います」(清水さん)

精神疾患の国際的な診断基準である、「DSM-5」。
このうち、不安に関する項目の中に、「社交不安症」が記されています。

画像(社会不安のさまざまな例 視線恐怖、自己臭恐怖、電話恐怖など)

社交不安には、視線の恐怖以外にも、様々な症状があります。食べているところを人に見られるのが怖い「会食恐怖」。人前で字を書こうとすると手が震えてしまう「書痙(しょけい)」など。すべて人と接する場面での不安です。

清水さんが高校生700人を対象に調査したところ、30%くらいの人たちが、何らかの社交不安の症状を持っていることがわかったそうです。

「不安とか恐怖っていう感情は、人間が生きていくことに大事な感情なんですよね。非常に程度がひどい、重い状態、この恐怖感とか、不安感がすごく大きくなりすぎると、『病気』というような症状になってくると思います」(清水さん)

では、人が不安を感じるとき、脳はどのような状態になるのでしょうか。

画像(脳の扁桃体 イラスト)

不安や恐怖を感じるとき、「扁桃体」と呼ばれる脳の中枢が活発に動いています。
不安に敏感な人は、この扁桃体への刺激がちょっとしたことで伝わりやすくなり、次のような“不安の悪循環”に陥ります。

画像(不安が高まるしくみ)

人と接する場面でネガティブな体験をする。「また同じようなことが起きるのではないか」と悪い予想をしてしまい、不安が増大。人を避けていくうちに、ますます不安になってしまう。こうして、不安の悪循環から抜け出せなくなってしまうのです。

苦しいときは専門家に相談を

社会人になってから視線恐怖症になったという方からの声です。

「誰かに相談できるわけでもなく、相談しても『気のせいだ』『気持ちの持ちようだ』と言われて、誰も理解してくれない。しようともしてくれない。孤独感にさいなまれます。」(チイさん)

強い不安があるのに周囲が理解してくれないときは、専門家に相談することを清水さんは勧めます。

画像(清水さん)

「不安になっているときとか、気持ちが落ち込んでる、いわゆるネガティブな感情に支配されてるとは、考え方もネガティブになってしまいます。そういう不安が強いときこそ、精神科医ですとか、心療内科医が一番相談しやすいと思います。学校でしたら、スクールカウンセラーの方とかに相談してもらうといいと思います。」(清水教授)

清水さんは、対話によるセラピー「認知行動療法」を推奨します。これは、専門家と対話をしながら症状を改善していく治療法。ネガティブに偏っている「ものの見方」や「行動」のくせに気付かせ、バランス良く治していく方法です。社交不安症だけでなく、うつ病などの治療にも効果があると注目されています。

画像(認知行動療法のセッション例)

とくに“視線の恐怖”の場合には、「外に注意を向ける」ことが重要なポイントになるそうです。

「話している相手の視線が苦しいと感じた場合、あえて相手の服装を観察してみる、など注意を自分の内側から外側にシフトしていくんです。誰でも自分が見られてると思うと、自分のほうに注意が向いてしまいます。それはそれで受け止める。そして、自分に注意が向いてるなと思ったら、外に向けるという感じで、上手に『注意を移動させる』ことができるようになると、すごく楽になってきます」(清水さん)

視線の恐怖から救ったのは「人と環境」

番組に寄せられた声から、「視線の恐怖」にはさまざまな種類があることが分かりました。

人に見られているという、「他者視線恐怖」。自分が人を見る視線が相手を不快にしているのではないかという、「自己視線恐怖」。その中で目立つのが、正面を見られず、代わりに周りをチラチラ見てしまうという、「脇見恐怖」です。

「大学生のティガーさんも「脇見恐怖」に悩んできた一人です。
高校に入って間もなく、自分が脇見をしていることに気付き、悩み始めました。

画像(ティガーさん 大学生)

「気付いたら、人とかを見ちゃったりして。高校のときにクラスの子たちに『あいつ、また見ていたな』と言われて。陰口たたかれるようになってきて。まっすぐ見れなくて、常に周りというか、横とか斜め後ろとかを気にしてしまうんで、相手と会話するときも真正面を見ることがつらくて。」(ティガーさん)

横目で見るので、にらんでいるように見えてしまい、相手から変に思われてしまうというティガーさん。自分が見なければ周りの人は嫌な思いをせずに済んだはずだと罪悪感を持ちます。結局、誰にも相談できないまま、ティガーさんは高校の3年間を終えてしまいました。

しかし、大学に進学して少し変化が現れてきました。

「大学って、席が決まってないじゃないですか。時間ごとに席も変わって、広い教室にみんなが隣り合って座るということも全くなくて。自分であまり気を張らないというか、自分が行きたいなと思った席に座って普通に授業を受けていれば、気付いたら気にならなくなっていました。」(ティガーさん)

画像(イメージ)

環境が変わったことで、自分の内側に向いていた注意を外側へそらすことができました。少し症状が改善したことをきっかけに、ティガーさんは大学で出会った友だちに悩みを打ち明ける決心をします。

「友だちに、『調べれば出てくると思うんだけど、脇見恐怖症っていうのがあって、私は今それになっていて。病気と認定されているわけじゃないけど。高校のときにこうだったんだよ。』と説明して。『今こうやって説明をしたけど、みんながどう思っていても私は構わないから。ただ、そういう人間も周りにいるんだよと知っててほしいです。』と伝えました。」(ティガーさん)

すると、友だちからは「言ってくれて、ありがとう」という言葉。さらに、「改善に協力するね」とか「一緒にこれからも部活頑張ろう」と言われました。ここで治せるなら治して、自分の中でも成長できればいいと思い始めたティガーさん。そう感じさせたのは、脇見恐怖症になった原因でもある、「人と環境」でした。

「矛盾といえば矛盾なんですけど、自分も人間で変わるんだなって思って。だからこそ、目の動きがどうこうではなく、心の持ちようなんだなと思います。」(ティガーさん)

人が人を見つめる“視線”。その不安の渦に飲み込まれてしまった人を救い出すのもまた、誰かの温かいまなざしなのかもしれません。

※この記事はハートネットTV 2016年2月3日放送「山田賢治のメンタルヘルス入門 ~視線の恐怖~」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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