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知的障害者にも知的な学びを その2 愛情のこもった手作り教材

記事公開日:2018年12月11日

国立民族学博物館の教授である信田敏宏さんは、今年の9月から知的障害者のための民族学講座「みんぱくSama-Sama塾」を開講しました。信田さんの娘の静香さんはダウン症による知的障害がありますが、好奇心が旺盛で、好きなことはとことん知りたがります。塾開講の背景には、静香さんが「すごいね!」「不思議だね!」と口にするときの“感動の心”を大切にしたいという思いがあります。信田さん一家に話をうかがいした。

特別支援教育に疑問あり

国立民族学博物館教授の信田敏宏さんのご自宅は京都市内にあります。いま娘の静香さんは市の総合支援学校に通う中学3年生。マンションの部屋の壁には、静香さんが描いたカラフルな絵が何枚も飾ってありました。

「みんぱくSama-Sama塾」を開講するきっかけは、信田家の一人娘である静香さんの学校生活にありました。信田さんは、総合支援学校の障害児へのていねいな対応や配慮に感謝しながらも、学習という点では、現在の特別支援教育の考え方に大きな疑問をもっています。

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社会人類学者の信田敏宏さん

「何よりも教科学習が軽んじられていることが気になります。カリキュラムでは、教科は独自の授業としては組まれていないし、実際の授業もありません。人員配置にしても、障害に関する知識のない先生が教壇に立っていたり、自分の専門外の教科を教えていたりする。知的障害があるのだから、これ以上は学習する必要はないと言わんばかりで、障害のある子どもの能力を根本的に見誤っているように思えます」(信田さん)

信田さんは、静香さんに限らず、すべての知的障害者に対する教育のあり方として、「できないだろう」「わからないだろう」「興味がないだろう」という思い込みが前提となって教育が組まれているように思えてならないと言います。それは学ぶ側だけではなく、教える側にとっても不幸なことだと感じています。

知的障害のある子どもは、障害のない子どもと比べると、学習の時間も手間も多く必要とします。そうであれば、学習への配慮は障害のない子どもよりも手厚くなければならないはずです。しかし、実際には、現場では生活指導や集団活動に多くの時間を取られ、教科学習は手薄なままで、気がつくと、障害のない子どもたちと同じく、18歳で学校生活は終了してしまいます。

できれば、もっとゆっくりと学びたい、継続的に学ばせたい。そのような思いを抱く本人や家族が少なからずいます。信田さんは、特別支援教育に関心のある研究者からも高校を出てからの人を対象にした、学びに重点を置いた学習の場を作ってほしいと促されました。「みんぱくSama-Sama塾」は、そんな思いに少しでも応えるためにスタートしました。

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みんぱくSama-Sama塾の塾生たち

「学校でも作れればいいですけど、そんな資金はありませんから、じゃあ自分にやれることは何かと考えて、自分の職場である国立民族学博物館を利用させてもらおうと申し出たのです。博物館の関係者から反対意見も出るのではないかと、不安もありましたが、みなさんに賛同いただいたので、ありがたかったです」(信田さん)

心がワクワクする学びを

信田さんは、研究者であり、教科書の執筆なども行いますが、教育の専門家ではありません。そんな信田さんが、国立民族学博物館で行われているワークショップの考え方のもとにしているのは、妻の知美さんがつくる手作り教材です。知美さんは家庭で静香さんの勉強を補うために、長年「お母さん授業」をやってきました。講義の内容は信田さんが考えますが、クイズなどの設問づくりに関しては、知美さんがアイデアを提供します。

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妻の知美さん

知美さんが教材を作る上で心がけているのは、その学習が苦手を克服する訓練のようなものにならないようにすることです。そのためには、教材を使う人の関心に合わせ、心がワクワクするような要素をもたせます。ゲーム形式やクイズ形式にして遊びの要素も取り入れます。レベルも本人に合わせて、7、8割はできる問題にして、達成感を味わえるようにします。習得が難しいものに関しては、手を変え、品を変え、表現を工夫して、退屈せずに同じ課題を学習できるようにします。

既存の教材は、学校のカリキュラムに合わせてつくるもので、学年や年齢が定められているだけです。しかし、信田家の手作り教材は、学ぶ人に合わせて作られるもので、どんな教材にすれば、使う人がおもしろがってくれるか、それを考えて、アイデアを絞るそうです。

例えば、静香さんに、「いま一番やりたいことは?」とたずねると、「絵を描くことかな」と答えます。「何の絵を描くの?」と重ねてたずねると、「動物の絵!」と即答します。写真やイラストがいっぱい載っている図鑑が大好きで、絵を描くために、その動物がどこでどんな暮らしをしているかを調べるのが楽しいそうです。

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中学3年生の静香さん

静香さんが使う教材にはビジュアルは欠かせない要素になります。知美さんは、インターネット上の画像などをダウンロードして、ビジュアル中心で言葉の解説を最低限にした教材を作ります。

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海の生き物たちを題材にした手作り教材

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地理の問題もビジュアル重視

「学校には、生徒の苦手なことを見つけ出して、それを克服させようとする先生がおられます。中には、生徒が困るような状況をわざと作って、それを乗り越えさせようとしたり、同じ教材を何か月も繰り返しやらせる先生もいます。でも、好奇心って、楽しいから伸びていくし、際限なく広がっていくのだと思います。私は、子どもだけでなく、自分も楽しくなるような教材づくりを心がけています」(知美さん)

信田さんは、「みんぱくSama-Sama塾」を開講した9月に、信田家の子育てをまとめた著書を上梓しました。その本の第1章の冒頭には、「心を育てる」という小見出しが掲げられ、「新しいことを知るたびに『へー』『すごいね!』『おもしろいね!』と心を動かす静香を見ると、学びもまた心育てであると感じる」とあります。信田家のいまの夢は、知的障害のある人の学びの場をさらに広げていくことだそうです。

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信田家の学びに関する子育て本

私たちは知的障害のある人の知性について語ることはほとんどありません。無意識のうちにないものと思い込んでいたり、価値として認めていないのかもしれません。しかし、知性は確かに存在していて、それは大切なものなのだと、私たちが気づくだけでも、障害のある人とない人との距離をぐっと縮めることができるような気がします。

国立民族学博物館で、立体曼荼羅を見たときに、静香さんは、「すごいね!」と声を上げました。そのときに、言葉を交わさなくても、私は気持ちが通じ合ったような気がしました。そして、静香さんのようには、うまく言葉が出せない他の障害者でも、同じような気持ちをもっていたかもしれません。成績を上げるための学びではなく、心を育むための学びが広がることで、私たちの社会はもっと豊かになるのではないでしょうか。

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静香さんが最近気に入っている曼荼羅模様の塗り絵

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信田家のリビングにて

執筆者:Webライター木下真

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