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アルコール依存症 当事者が語る実態と回復への道のり

記事公開日:2018年11月08日

2014年に厚生労働省研究班が発表した調査によると、治療が必要なアルコール依存症の患者は全国で推計109万人。一方で治療を受けている人はわずか8万人です。適切な治療や支援につながることで回復可能な病気であるにもかかわらず、一体何がそれを阻んでいるのでしょうか。実際にアルコール依存症から回復した人を通して、その実態に迫ります。

依存症に陥っても治療を受けないという現状

大手電機メーカーでエンジニアとして働く笹井健次さんは、かつてアルコール依存に苦しむ生活を送っていました。しかし、治療を始めたのは、自らの異変に気付いてから10年近くも後のことです。

健次さんが異常な飲み方をするようになったのは20代の後半。当時の様子を振り返ります。

画像(笹井健次さん)

「最初の一杯を飲んじゃうと、もう止まらないっていう感じがあって。酒が入れば入るほど、どんどん加速していって、酒が飲めなくなることがちょっとした恐怖感というか。常に飲み続けてないと、自分を保てないような不安と恐れがものすごく襲ってきて。」(健次さん)

30歳を過ぎた頃には、お酒が切れると手が震えるようになりました。典型的なアルコール依存症の症状です。

そんな時、会社の健康保険組合からある冊子が配られました。そこには、アルコール依存症かどうかをチェックするリストがあり、思い当たる項目がいくつも見つかりました。

画像(チェックリストのイメージ)

しかし、健次さんは見て見ぬふりをしました。自分がアルコール依存症だと認めることに強い抵抗感があったからです。

「アルコール依存症の人は電車の駅とか公園のベンチで寝泊まりして、常に酒瓶を抱えているようなイメージがあって、人間のクズがなるものだと思っていて。俺はクズじゃない、大学も出てるし、サラリーマンやってるし、家族も持ってるし、だから俺は違うと思って否認していました。それを認めてしまうと、自分は本当に最低の人間になってしまう。とてもじゃないけど認める訳にはいかない、という感覚でした。」(健次さん)

そんな健次さんに家族は翻弄されます。妻の理美さんは、酔いつぶれた健次さんを店まで迎えに行くことが何度もありました。それでも健次さんがアルコール依存症だと疑ったことは一度もなく、誰かに相談しようとは思わなかったといいます。

画像(妻の理美さん)

「お酒がひどい人というのは、お酒を飲み過ぎただけなんだって、私は勝手に思っていて。病気とは全然関係ないもので、依存症っていう言葉を聞いても(夫のは)違うんだなって思っていました。」(理美さん)

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出典:アルコール・薬物問題を持つ人の家族の実態とニーズに関する調査 2008年

アルコール問題を抱える人の家族を対象にした調査があります。それによると、家族が問題に気付いたときの本人の平均年齢は41.8歳。その後、病院などに初めて相談したときの年齢は47.2歳でした。異常を認識してから5年以上もかかっています。

その理由としては、「どこに相談したらいいのか分からなかった」という答えが7割近くを占め、健次さんのように「アルコール依存症に対する偏見があった」という回答も4割を超えました。

健次さんの場合も、ようやく治療につながったのは36歳のときでした。通勤途中に交通事故に巻き込まれ、病院に運び込まれたことがきっかけです。飲酒に伴うさまざまな異常を自覚してから、10年近くが過ぎていました。

専門家からみたアルコール依存症

なぜ、アルコール依存症に陥ってしまうのか。依存症の問題に詳しい精神科医の松本俊彦さんが、そのメカニズムを語ります。

(精神科医 松本俊彦さん)

「アルコールというのはれっきとした依存性薬物で、覚せい剤なんかと変わらない、脳に影響を与えるものです。特に、生きるのがしんどい人にとっては、それを少し楽にさせてくれたり、生きやすくしてくれたりする効果があります。お酒を摂取すると、脳内麻薬が出たりしてすごく楽になるんです。しかし、つらいことがあると、その報酬系の脳内麻薬を出して楽になりたいというのがどんどん学習されていっちゃうんですね。脳内の神経細胞のネットワークを完全に支配してしまう。そうなると、これは意志や根性ではどうにもできないわけです。お酒の問題を持ちはじめた人たちはみんな、何とかコントロールしようと頑張ります。今日は1杯だけにしようとか。でも、1杯飲んじゃうと必ずコントロールが効かなくなってしまう。これは“病気”なんです。」(松本さん)

治療や支援につながるまでに時間がかかることは、その間に本人の職業的なキャリアや身体的な健康が損なわれていくという問題を生じさせます。それだけではなく、家族など周囲の人も巻き込んでいくという弊害もあります。

「家族も、だんだんと『自分たちに何か問題があるから、この人はお酒を飲むんじゃないか』って、自分を責め始めます。すると、今度は家族がうつになったり、精神状態がおかしくなったりします。そして、家族の精神状態がおかしくなると、不思議なことに本人の飲酒行動がひどくなる傾向があるんです。そういう意味では、依存症は伝染性があり、周りの人を巻き込みながら病気が進行していく恐ろしさがあります。」(松本さん)

では、どうすればアルコール依存症の人を、早い段階で治療や支援に結びつけることができるのでしょうか。松本さんは、社会全体の取り組みが必要だと強調します。

「まずは、一般の方たちにアルコール依存症を正しく理解してほしいと思います。意思や性格の問題ではなく、れっきとした医学的疾患であって、決して恥ずかしいものではないんだということを知ってほしい。お酒をたしなんでいる人は誰ひとりとして無縁な病気ではないのです。とにかく伝えたいのは、叱責とか罰を与えて解決する病気ではないということ。さまざまな治療や支援が必要な病気だと周知することが大事だと思います。」(松本さん)

自助グループで自分自身と向き合う

アルコール依存症は、治療につながれば解決というわけではありません。再発率が非常に高く、断酒をする入院治療が終わってから、1年以内に再び飲酒する人が多いと言われています。いったん「やめる」ことはできても、「やめ続ける」ことはとても難しいのです。

10年近くアルコール依存に苦しんできた健次さんは、その後、1か月にわたって依存症治療専門の病院に通い、お酒を断つことに成功しました。

しかし、本当の試練はそれからでした。職場に復帰すると、再びお酒を飲みたいという誘惑に駆られるようになったのです。

「病院の患者同士の噂で『100人に1人とか1,000人に1人くらいコントロールして飲めるやつがいるらしい』というのを聞いてですね。それを試すために、まず350mlの缶ビールを1本だけ買って、夕飯のときに飲んだら、ちゃんと止められたんですね。なので、『あ、なんだできるじゃん』と思って。」(健次さん)

次の日、健次さんは500mlの缶ビールを買って帰ります。それでも、1本だけで止めることができました。

その次の日は350mlを2本、さらに次の日は500mlを2本…。「少しずつ増やせば大丈夫」と感じた健次さんは、飲み屋でお酒を飲んでもコントロールできるだろうと考えるようになりました。

画像(写真:宴会でお酒を飲んでいる過去の健次さん)

しかし、その自信はすぐに打ち砕かれます。飲み屋に行き、最初の1杯に手をつけたが最後、気付けば朝まで飲み続けていたのです。再び酒におぼれる毎日が始まりました。

「それまでは自分の力で何とかしたいという感じだったのが、『誰か助けて!』という感覚になってましたね。とにかく毎朝毎朝、『また飲んでしまった』『また飲んでしまった』って、自分を責めて責めて責めまくる。そのつらさから、何とか解放してほしいという気持ちがあったんですね。」(健次さん)

ついに入院することになった健次さん。3か月にわたって仕事を休み、治療に専念することになります。治療と併せて、病院が強く勧めたのが、自助グループへの参加でした。

健次さんは自助グループで、アルコールへの依存を引き起こしていた自分自身の内面と向き合うことになります。ある参加者が、職場の人間関係について語っていたとき、「相手をぶっ殺してやりたかった」と発言したのです。その言葉を聞いて、健次さんはハッとさせられました。

「『あっ、これ(自分と)一緒だ』って。その瞬間に、何かス~ッてこう腹にしみわたるような。」(健次さん)

画像(写真:子どもの頃の健次さんと、母親、兄弟たち)

4人兄弟の3番目に育ち、子どものころから母親に甘えられない寂しさを感じていた健次さん。母親の気を惹こうと、常に「いい子」を演じていたといいます。大人になってからも怒りや憎しみといった感情を押し殺し、無意識のうちに「いい人」を演じていました。その苦しさをアルコールで紛らわしていたことに、仲間の言葉で気付かされたのです。

「人に対して怒りを持ってはいけないと思ってたし、何か頼まれて『できない』って言ったら、それはとっても悪い事だと思ってたし。そうやって、本音の自分を常に殺して殺して殺して…そういうつらいところが飲まずにいられなくしてたんだと今は思ってます。」(健次さん)

画像(健次さん)

依存症との格闘の末に、向き合うことになった本当の自分。健次さんは、次第にあるがままの自分を受け入れることができるようになりました。

それから14年。お酒は一滴も飲んでいません。

「今はお酒よりも楽しい事を知ってしまったので、基本的には飲みたいっていう気持ちはほとんど起きなくなりました。それは、本音で語り合える友達とか家族とかができたことですね。飲んでくだを巻いてた話とはまったく違う次元の話を、1対1だったり、大勢で話したりして、それぞれを理解しあえる。他人との距離が近づいていくのがすごい楽しいですね。」(健次さん)

健次さんは今、自らの体験を公の場で語ったり、啓発イベントに関わったりするなど、依存症を正しく知ってもらうための活動に精力的に取り組んでいます。

画像(依存症の啓発パレードに参加する健次さん)

「(かつては)私自身が依存症であることを隠したかった。だけど、いざ回復させてもらって、(今苦しんでいる人たちには)恥ずかしがらずに、隠さずに、回復に繋がってもらえればと思ってアピールしています。」(健次さん)

“回復”に必要なものとは?

長年依存症の患者を診てきた精神科医の松本さんは、依存症は快楽を求めて発症しているわけではなく、本人の主観的な苦痛や苦悩を緩和するためにはまってしまっている人が多いと語ります。

画像(精神科医 松本俊彦さん)

「なぜやめるのがこんなに大変なのか、なぜ罰や叱責ではどうにもならないのかというと、快感をあきらめるのが嫌だからではなく、苦痛を和らげてくれるものを手放すのが怖いからなんですよ。だから、依存症のご本人たちは治療に行くことを何度もためらうし、自分の病気を受け入れたがらないのです。とりあえず死なないために、アルコールとか薬物とか、人によってはギャンブルや買い物みたいなものを、いわば自分の“松葉杖”みたいにして、かろうじて今を生きている。そういうところがあるんじゃないかなと、私自身は感じています。」(松本さん)

だからこそ、依存症からの回復の中で、アルコールや薬物をやめるというのは最初のスタートに過ぎず、大切なのはその先だと指摘します。

「それまで“松葉杖”として使っていたものをとりあえず外したけれども、じゃあその代わりとなるものを、健康的な、少なくとも自分にとってマイナスにならないどんなものを作っていくのか、それが必要だと思うんですね。少しきれい事に聞こえるかもしれないけれども、それはやっぱり“人”で、人は人とのつながりで癒やされるんだろうなと。ですから、依存症からの回復には、最初の入り口は医療なんだけれども、途中からやっぱり“仲間”ですね、自助グループ。これが非常に大きな力になるなと実感してます。」(松本さん)

病院や自助グループのほかにも、地域には保健所や精神保健福祉センター、依存症のリハビリ施設、家族の会など、さまざまな相談窓口・支援機関があります。いずれも相談者の秘密を守りながら、問題をともに考えてくれる所です。自分自身の問題であれ、家族の問題であれ、ひとりで抱え込まず、とにかく相談することが回復への第一歩です。

「アルコール依存症になることは別に人間としてダメだということではないと僕は思っています。それは病気なので、ちゃんと回復すれば自分らしい生き方ができるんだということもぜひ強調しておきたいなと思います。それから自分にはあまり関係ないと思っている方は、実はあなたが関わっている人や大事な人がこういった問題を抱える可能性は、結構な割合であるんだということを知ってほしい。依存症の問題を抱えた人たちを責めたり叱責したりするのではなく、『あなたのことを信頼しているよ。よければ相談できるところもあるから行ってごらん』というふうに背中を押す側に回ってほしいなと思います。」(松本さん)

※この記事はハートネットTV 2014年11月11日、12日放送「シリーズ依存症」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。
※「アルコール・薬物依存症チェックリスト」はこちら

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