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子どもが家族をケアする時代 第2回 ヤングケアラーと呼ばれて

記事公開日:2018年10月31日

ヤングケアラーとは、18歳未満で、家族介護などをする未成年者。いま元ヤングケアラーの若者たちが、自分の過去について語り始めています。当事者の多くは、子ども時代は家族をケアしている自覚はなかったと言いますが、言葉にならない辛い記憶も宿していて、仲間とそんな思いを共有したいと感じています。今回、元ヤングケアラーとして、ハンドルネームを使って、SNSでの発信を始めたTさんに話をうかがいました。

ヤングケアラーという言葉への違和感

Tさんは21歳で、現在、医療福祉系の大学に通っています。父親には仕事上の事故が原因で上肢に欠損があり、母親には高校時代の交通事故のせいで片麻痺と高次脳機能障害があります。Tさんは、そのような障害のある両親のもとに生まれた一人娘です。

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Tさん

父親は仕事もこなし、趣味として立位の障害者テニスをするなど、身辺介護は必要としていませんが、母親は片麻痺のために外を歩くには杖や歩行車などを必要とする上に、高次脳機能障害のために記憶力や思考力が弱く、外出や買い物などでは、Tさんの手助けを必要とします。両親は高齢者ではなく、食事、排泄、入浴などのいわゆる介護こそ必要ありませんが、幼い頃から家族につねに気を配りながら生きてきたという意味では、Tさんは元ヤングケアラーと言えます。

いまTさんは、日本ケアラー連盟が主催するヤングケアラーの発信力を育成する「スピーカーズバンク」のプロジェクトに参加したり、「CARE LAND(ケアランド)」という障害疾患家族支援ネットワークでSNSの更新を担当したりして、同じような仲間たちと出会い、家族をケアする人々の存在を社会に伝えていくための活動を始めています。

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Tさんが参加した「ヤングケアラー」関連の資料

しかし、Tさんが「ヤングケアラー」という言葉に向き合えるようになったのは、ここ数年のことです。子どもの頃にはその言葉も知らないし、自分が家族のケアをしているという自覚もありませんでした。後に、この言葉を知ったときには、家族の中に「世話する人」と「世話される人」という上下関係を生じさせるように思えて、「好きになれない言葉だ」と感じたそうです。

「外の人から見れば、大変な生育環境に思えるかもしれませんが、自分はそのような境遇を嫌だとは思っていませんでしたし、両親からは愛されて育ちました。大学まで進学させてもらったのに、うちの両親が周りの大人たちから、“子どもに負担をかけている親”と思われてしまうとしたら、申し訳ない気持ちになります」(Tさん)

共感できる仲間と出会って

Tさんは、ヤングケアラーという言葉にはいまでも違和感がありますが、このキーワードのもとで仲間と出会ううちに、少し気持ちが変化してきました。

一人っ子であるTさんは、家族について同じ目線で語れる相手がいませんでしたし、友達にも理解されないだろうと、家族のことを話す機会はありませんでした。しかし、同じヤングケアラーが集まる会合に参加したときに、ある男性が「意味もなく涙が止まらなくなる」と話すと、思わず大きくうなずくことになりました。共感し合える仲間がほしいと、ずっと思ってきたからです。

Tさんは、ケアで苦しんではいなかったと言いながらも、精神的に辛い時期があったことは認めています。特にきっかけもなく、葛藤を感じることもなく、楽しい出来事の最中であっても、突然涙が止まらなくなったり、過呼吸になることがありました。理由がまったくわからなかったので、一時期は、「アダルトチルドレン」「愛着障害」「境界性パーソナリティ障害」などの心理学系の本を片っ端から読み漁って、原因を探ろうとしました。

ヤングケアラーという介護の視点からの言葉ではなく、別の言い方で自分たちを表現できないかと、独自の言葉も考えました。障害者(しょうがいしゃ)の親(おや)がいることから、その頭文字を取って「シオっ子」と呼んでみたり、ジグソーパズルのピースが欠けていて、そこから幸せがこぼれ落ちていくというイメージから、「スキマっ子」と呼んだりもしてみました。

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Tさんのノートの「スキマっ子」の記述

ヤングケアラーだと言うと、「大変だね」と同情される。しかし、生まれたときから親には障害があったので、それを当たり前と思っていて、親のケア自体は悩みだとは思っていない。と言って、何もないかと言えば、それも違う。その複雑な心理は当事者である自分にさえ把握しきれないと言います。とくに、母親に対しては、さまざまな思いが積み重なっているので、Tさんは、「自分の本心がどこにあるのかわからない」という言葉を繰り返しました。

Tさんは、子どものときから、母親のことを、自分よりも子どもっぽくて、家の外では生きづらいだろうなと思ってきました。外に連れ出せば、目を離すといなくなってしまったりと、それなりに苦労があり、まさにケアが必要になりますが、それでも、母と一緒に出歩くのは好きだと言います。母親は40代でまだ若いので、家の中にいるだけではなく、もっと外に出て、楽しんでほしいと思う反面、それは本人のためというよりも、理想の母親を求める自分の気持ちを満たすためなのではないか、と自身に問いかけることもありました。ケアという役割だけでは、説明しきれない関係がそこにはあります。

家族もともに尊重される社会を

日本社会は要介護者の人権だけが問題にされて、「家族介護者の人権が考慮されない」ことが、近年になって指摘されるようになりました。家族介護者の人生や生活がなおざりにされているのではないか。そのような問題意識の中でヤングケアラーにも注目が集まるようになりました。

Tさんも、家族介護をする人の人権には、もっと目を向けるべきであり、過度なケア負担を負っている子どもは、支援を受けるべきだと考えています。しかし、その一方で、個人的にはケアの負担だけが語られ、やりたくもない家族の介護や世話を強いられ、「苦しんでいる子ども」というレッテルを貼られるとしたら、それは受け入れがたいと思っています。

Tさんが子どもの頃に感じていたのは、ケアの作業負担ではなく、もっとケアしてあげたいのに、「子どもである自分にはこの程度のことしかできない」というもどかしさであったり、親子関係が逆転していて、自分の方が保護者のようにいつも気を遣っていることへの戸惑いだったりしました。たとえヘルパーなどによってケアの負担が軽減されても、そのような心情に無理解であれば、子どもの心の隙間は埋まらないと話します。

画像(Tさん)

ケアが必要とされる家族がいても、それもひとつの家族のあり方だと認めることが、社会が進むべき第一歩かもしれません。実際に、そのような家族は増えてきています。負担に着目するよりも、「一緒に家族を幸せにしよう」と家族介護者に寄り添うことこそが、必要だと感じます。

Tさんが中学3年生のときに書いた作文には、「障がいのある人と、それを支える人々が、一緒に夢に向かって進もうとすることができる社会を築いていきたい」「家族も自分も大切にできる社会をつくろう。それが私の追いかけていくべき夢なのだ」、そんな言葉が綴られています。将来、福祉の仕事に就きたいと望むTさんは、その夢をいまでも変わりなく持ち続けています。

執筆者:Webライター 木下真

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