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子どもが家族をケアする時代 第1回 ヤングケアラーって何?

記事公開日:2018年10月26日

家族規模が縮小し、家族のケアの力が弱まる現代。家族の中に病人や障害者などがいれば、子どもであってもケアを担わされるケースが増えてきました。しかし、家族介護者である“ケアラー”を支援しようという意識が希薄な日本では、ヤングケアラーという言葉さえ十分浸透していません。そんな中で、子どもたちをどう支援すべきなのか。専門家に話をうかがいました。

元ヤングケアラーの発信に期待する

「ヤングケアラー」とは何なのか。成蹊大学准教授の澁谷智子さんは今年の5月に『ヤングケアラー』という著書を上梓されました。その中には、「家族にケアを要する人がいる場合に、大人が担うようなケア責任を引き受け、家事や家族の世話、介護、感情面のサポートなどを行っている、18歳未満の子ども」と書かれています。ケアの内容は高齢者の介護に限らず、病気や障害のある家族の介助、精神的な問題を抱えた家族の世話、日本語が第一言語ではない親の通訳など多様なケースがあります。

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成蹊大学准教授の澁谷智子さん

かつての大家族の時代ならば、家族をケアする子どもは、家族思いの感心な子どもとして大切にされたかもしれませんが、核家族やひとり親家族が大勢を占める現代においては、頼る人もなく、相談する相手もなく、家族を支えていく責任だけを負わされることが少なくありません。睡眠不足や疲労から学業に支障が出たり、精神的に不安定になったり、自由時間が少ないために、友達との交流が制約され、孤立するなど、成長していく上での課題が危惧されています。

2015年以降、新潟県南魚沼市や神奈川県藤沢市など、いくつかの市町村で、小中学校や特別支援学校の教職員にアンケート調査を行って、ヤングケアラーの存在が確認されるようになりました。しかし、家族のプライバシーにかかわる問題であることから、教職員もどこまで踏み込んでいいのか迷うところもあり、実態の解明が十分進んでいるとは言えません。

澁谷さんは、子どもの負担を軽減する支援が必要だとする一方で、ケアの負担にだけ焦点を当てて、本人が苦痛と感じていることを探り出すだけでは、ヤングケアラーの支援にはならないと感じています。障害のある親をもつ子どもの心情に詳しい澁谷さんは、まわりの人が子どもを思ってかける言葉も、ケアを受けている家族を社会的弱者とみなしてしまう言い方では、子どもがかえって違和感を覚えたり、傷ついたりすることもあり、子どもが親を大事に思う気持ちにも配慮が必要だと言います。

そこでいま、澁谷さんは、SOSを発信しづらい小中学生ではなく、18歳以上の「元ヤングケアラー」の若者たちの発信に注目しています。成長した彼らが過去を振り返って語る言葉は、ケアの実態や家族への思い、自分がケアを通して受けた影響、どのような支援があれば良かったかを、より長期的な視野のなかで示しているところがあるからです。

澁谷さんが支援メンバーとして参加している日本ケアラー連盟の「ヤングケアラープロジェクト」では、現在、元ヤングケアラーや若者ケアラーなどの発信を支援する「スピーカーズバンク」づくりを進めています。澁谷さんたちは、そこでグループインタビューなども行い、若者たちの声に耳を傾けています。

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「ヤングケアラー・若者ケアラー」パンフレットより 一般社団法人日本ケアラー連盟2015

「20代、30代になった彼らと接すると、悲惨な話だけをするわけではありません。家族に尽くしてきた誇りや自分たちの体験を社会に役立てたいという意識ももっています。過剰な負担を負っている子どももいるので、ケアの体験を美化するつもりはありませんが、彼らの発信によって、ヤングケアラーの苦労話にだけ注目が集まるのではなく、彼らが切り開く人生を応援する気持ちが広がることを期待しています」(澁谷智子さん)

サポートする大人たちの意識を変える

澁谷さんと同じく、ヤングケアラープロジェクトの支援メンバーである関東学院大学教授の青木由美恵さんは、看護学部で高齢者の看護や介護の研究を続けています。介護現場を調査するうちに、現代の家庭では、子どもや若者も家族のケアにかかわらざるを得ない社会になっていると認識するようになりました。

1980年に65歳以上のいる世帯の50%であった三世代同居率は、2016年には12%にまで減少しています。同じく約1100万世帯であった専業主婦世帯は、約660万世帯にまで減っています。さらに、ひとり親家庭は、2016年の推計では約142万世帯に増え、25年前から比べると1.5倍近くになっています。家族の形態が多様化し、規模は縮小して、ケアを担える大人が家庭内に減っていったことが、ヤングケアラーを生む社会的背景になっていると言います。

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関東学院大学教授の青木由美恵さん

青木さんは、今後も家族のケアをする子どもや若者は増えていくと考えています。ヤングケアラーかどうかを定義に従って判別することよりも、どんな年齢であっても、どんなレベルであっても彼らが、福祉や医療や教育現場でサポートをする人々の目に触れ、存在を知られることが重要だと言います。

いま青木さんは、神奈川県の教職員や民生委員・児童委員などに向けての研修会で、ヤングケアラーに関する講演を重ねています。ヤングケアラーである子どもたちやその家族と接する可能性のある現場の人たちに、この概念を知ってもらうことが、そのまま支援へとつながると考えているからです。

「学校の先生たちは、学習の遅れ、遅刻や忘れ物、不登校など学校生活に関わる観点だけではなく、子どもたちの家庭のケアラーとしての役割にも関心をもっていたでしょうか。地域包括支援センターの保健師、社会福祉士、ケアマネージャーが、中高年ではなく、若いケアラーに目を向けていたでしょうか。現場で気づくことができる人たちが、ヤングケアラーという言葉を知れば、自然と支援活動に反映されるはずです。いま最も必要なのは啓発活動だと思っています」(青木由美恵さん)

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民生委員・児童委員の研修会などで使用されるスライド

現在、研究者の間では、ヤングケアラーを支援していく方向性として、「話せる人に出会える安全な場所を確保する」「負担を減らす」「ヤングケアラーに関する社会の意識を高める」の3点が挙げられています。青木さんも講演で、子どもたちが家族のケアをしながらも、安心して学校生活や日常生活を送れるように、フォローの態勢を整えていくべきだと話します。

過去のヤングケアラーの実態調査によれば、子どもたちは高齢者介護ではなく、病気や障害のある母親や兄弟姉妹のケアをしているケースがもっとも多いとされています。ケアのベースには子どもなりの家族愛があるので、そのような思いを尊重する姿勢が求められます。青木さんは、ケアそのものを課題だと考えるのではなく、年齢にふさわしくない不適切なケアや過度なケアを強いられている子どもの負担を減らしていくことが重要だと考えています。

ヤングケアラーに限らず、過剰な負担に苦しむケアラーがいれば、本人もその家族ももっとたやすく支援を求められるように、社会の仕組みを整えていく必要があるように思います。誰もがケアラーになる可能性のある時代となって、ケアを必要とするものだけではなく、ケアラーも含めた支援がますます求められていくのではないでしょうか。

執筆者:Webライター 木下真

※冒頭の合成写真 左:Fast&Slow / PIXTA 右:「ヤングケアラー・若者ケアラー」パンフレット表紙 一般社団法人日本ケアラー連盟2015

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