被害者の心身に多大な苦痛を与え、人格や尊厳を著しく侵害する性暴力。内閣府の調査(2014年度)によると、男性から無理矢理性交された経験を持つ女性は15人に1人と、決して「稀な」話ではありません。しかし、好奇の目や無神経な言葉にさらされたりして、二重、三重に傷つくことを恐れ、被害を訴え出ない人も多く、実態はまだまだ知られていません。被害者が前を向いて生きられる社会にしていくために何が必要なのか、当事者の声をもとに考えます。
(※ご紹介する声の中には、具体的な被害の体験が含まれているものもあります。フラッシュバックなどの心配がある方は、ご自身の状態に注意してご覧ください。)
性暴力の被害を受けた経験のある方から、番組に寄せられた声の一部です。
「10年ほど前、大学の友人からレイプを受けました。怖かった。殴られて無力化した私は、言いなりになるしかなかった。逃げたくても逃げられなかった。結果、私は妊娠。10年以上経った今でも思い出す、あの生々しい感触と恐怖は消えない。特に夜眠るときは。私の心は殺されたまま、まだ回復できてない。」(ちなさん・愛知県・30代)
「実の父親から性的虐待を受けていました。泣くとシーツを口に押し込まれ、気持ちを無にすることだけを考えて、時間が過ぎるのを待ちました。『私が悪いんだ』と思いこんでいました。小学生のころには自分が汚らしく感じ、傷つけるように。人も自分も愛することをうまくできず、いつも孤独を感じていました。」(こななこさん・静岡県・30代)
トラウマ治療が専門で、性暴力被害に遭った人たちを数多く診察している精神科医の小西聖子さんです。性暴力の特徴は、被害を受けた時だけではなく、その後も苦痛が長く続くことにあると語ります。
「被害に遭ったこと自体もとても大変なことだけれども、その後の衝撃がずっと続いて、もう生活自体がすごく苦痛なんですよね。これがあんまり知られていないかな。被害が終わって、例えば裁判が終わったらもう終わりと皆さん考えてるんじゃないかなと思うけど、全然そうじゃないです。例えば、精神科の診断だったらPTSDってなることが多いのですが、性暴力の被害を受けた方は大体半数ぐらいの方がこういう状態になるといわれています。」(小西さん)
被害の実態をうかがい知ることができるデータがあります。内閣府が2014年度に行った調査によると、「異性に無理やり性交された経験がある」と答えた女性は15人に1人。そのうち、顔見知りからという人が約75%。見知らぬ人からの被害というのはわずか1割です。そして、被害を友人や知人に打ち明けた人は2割ほど。誰にも相談しなかった人は7割近くにものぼります。
出典:内閣府 平成27年「男女間における性暴力に関する調査」
出典:内閣府 平成27年「男女間における性暴力に関する調査」
被害を打ち明けることが難しい背景には何があるのでしょうか。評論家の荻上チキさんは、相談をすること自体が第2の恐怖の体験になる状況があると指摘します。
「多くの性暴力というのは見知った環境の中で行われている。しかも詳しく見ていくと、その間に権力関係があったりであるとか、相手がおとなしそうだから逆らわないとか、支配欲であるとか、いろんなものが重なってるという事があるんですね。そうした中で身近な人に相談をすると、自分自身がその内輪のコミュニティーから排除されたり、時には攻撃されたり抑圧されたりということもあるので、告発すること自体が第2の恐怖の体験となる訳ですね。だから、警察であるとかNPOであるとか、あるいはクリニックであるとか、いろんなところで相談しやすい体制がまだまだ作られていかないといけないという状況だと思います。」(荻上さん)
被害を受けるのは女性とは限りません。男性被害者からの声も届きました。
「加害者は大学の男性教授でした。大学1年の春から被害を受け始め、極限状態まで追い詰められ、3年の春にようやく教員たちへ相談しましたが、全員から無視されました。サポートグループを探しても女性限定のところが多く、逆に孤独感が増すばかりです。」(ZOZOさん・東京都)
2017年6月に性犯罪に関する刑法が改正されましたが、それ以前は、強姦罪は「男性が女性に対して行うもの」と定義されていたため、統計上、被害者については女性のデータしかありませんでした。しかし、番組には、男性の被害者や、同性間の性暴力に苦しむ人からの声も複数寄せられました。
このような性暴力の“実態”が、あまりにも社会に知られていないのではないでしょうか。
被害そのものに加え、周囲の対応によってさらに傷ついたという声も届きました。
「13年前、知人からレイプされました。実の姉に相談するも『なんで逃げなかったん?』『親族の恥さらしや』と言われました。いまだにメンタルクリニックに通院して服薬とカウンセリングを受け、PTSDと闘っています。」(miyさん・兵庫県・40代)
「19歳のときに被害に遭い、苦しみ、もがきながらこの1年を過ごしました。性犯罪について調べると、被害者も悪いという意見が必ず出てきます。他の犯罪だったら加害者が悪いとなるのに、なぜ性犯罪だけ被害者が悪く言われるのでしょうか。」(よもぎさん・宮崎県・20代)
このように、性暴力の被害者が、その後の周囲の対応によって、二重、三重に傷つくことは“セカンドレイプ”とも言われ、大きな問題となっています。
子どもの頃に父親から性暴力を受け、2017年春に実名で体験を出版した山本潤さんは、こうした声を受け、当事者がどんな思いで被害を打ち明けるのかを語りました。
「自分で抱えきれないくらいの大きな、本当にどうしようもない出来事を、『この人だったら分かってくれるんじゃないかな』と思って、本人は話すんですよね。そのときに『あなたが逃げなかったからいけない』とか『信じられない』って言われると、その言ったことすらも全否定だし、言えないという気持ちになってしまうと思います。話すこと自体がすごくハードルが高いなか、話してくれたことがすごい大事なので、ぜひ『あなたの話を信じるよ』ということを伝えてもらいたいです。あと、『あなたの責任ではないよ』というふうにも伝えてほしい。本人が同意をしていないことだし、“暴力”なので。そして本当にこれも難しいことですけれども、黙ってそばに一緒にいてあげてほしいなと思います。」(山本さん)
一方、診察で多くの被害者と向き合ってきた小西さんは、家族や周囲の人がショックのあまり、なかなか受け止めきれないことがあるのも分かるといいます。その理由として、世間の「被害を受けた人のイメージ」と実態がかけ離れていることを指摘します。
「被害者は、みんなもう苦しくて泣き叫んで外来に来られるかっていうと、決してそんなことはなくって、もう感情がなくなってしまってすごく淡々として。でも頭はちゃんとしてるから、ものすごく合理的で賢い人みたいに見えてしまう。そうじゃなくて、それはショックの表れなんです。あるいは、もうなかった事にしたいために『何でもなかった』って言ったり、何も話せなかったりっていうような感じですね。本人もどうしていいか分からないし、自分の状態がよく分かっていないことが多いんですが、それが『症状』なんです。こうしたことを知らないと、周囲の人はなかなか分かりにくいっていうこともあるんだと思うので、ぜひ知ってもらいたいなと思います。」(小西さん)
「被害に遭って正常でいられる人なんていない」という小西さん。当事者である山本さんも「冷静に見えるのは、その冷静さを取り繕って自分を保っているから。」と言い、被害に遭った人たちが、そうしないと自分を保てないくらいのギリギリ状態で生きていることを知ってもらいたいと訴えました。
さらに、荻上さんは、インターネット上に溢れる性暴力への「誤解」や「デマ」が、被害者を二重、三重に傷つけていることを指摘。それらをなくしていくために、一人一人の心がけが大切だと話します。
「『そんな誘うような格好してたからでしょ』とか『危険な所にわざわざ行ってたからでしょ』というような、加害者ではなくて被害者のせいにするような言葉というのが世の中にあふれているんですね。ネット上でそうした二次加害のようなカキコミをしないという事も重要です。名前を出して告発した方がネット上でバッシングをされた事もありましたけれども、そうした加害の言葉というのをネットから減らすという事は、実は誰でもできる事なんですよね。」(荻上さん)
最後に、山本さん、小西さんから、被害を受けて苦しんでいる人たちへのメッセージをいただきました。
「暴力に遭ったのはあなたの責任じゃないし、あなたには責任がないんだから、そこを悪いと思わないで、自分のことを誰かに伝えて、つながってほしいなと思います。私も初めは、人前で話すことの恐怖が大きかったです。話したことで、より大きい被害に遭うんじゃないか、心ない言葉をかけられて傷つくんじゃないか、などいろいろ考えました。でも、話してみたらそうでもなくて、話を聞いてくれた人たちが『これはおかしい』と言ってくれて、一緒に考えてくれ、物事が動いていきました。回復に一番効果的なのは、自分を受け入れてくれる人、肯定的に支持してくれる人たちの前で体験を話すことだと言われています。自分一人では抱えきれない苦しい気持ちを話すことによって手放していけるからだと言われています。また、外に出て自助グループや支援してくれる人たちとその苦しさを分かちあって、持ちやすい大きさにすることもできます。そういうことによって『私の責任じゃない』『私は悪くない』と思えるので、すごく大事なことだと思います。ただ、自分のタイミングがあるので、話したい、チャレンジできるかなと思う時に取り組むことが大切です。」(山本さん)
「簡単にはいかないんだけれども、少なくとも自責の念を持たなくていい。それで苦しめられている人が多いです。周りの誰でもいいから、あなたが信用できる誰かに話すこと。一人で乗り切るのはすごく大変です。そして、そこから支援してくれるところにも繋がる。本人の力だけでこんな大変なことから回復するのはとても無理だし、他の誰かと2人だけでやるのもなかなか難しいです。例えば、性暴力被害ワンストップ支援センター(※注1)という相談窓口が、最近整備されつつあります。そういうところに相談してみて、そこの支援者の力も借りる。具合が悪ければ精神科で治療も受ける。裁判をするんだったら、支援者や弁護士、そういう人の力も借りる。というふうに、たくさんの人の力を借りていくことが最短の道だと思うんです。」(小西さん)
(※注1)性暴力の被害相談に対して、医療、心のケア、法的支援などを一つの窓口で総合的に支援する相談窓口。国は、2020年までに各都道府県で最低1カ所以上設置するよう呼びかけている。
被害を受けた人が安心して相談でき、支援を受けられる体制を整備するとともに、社会が性暴力に対する正しい知識を持つことが、被害者への偏見をなくし、支えることにつながります。被害を受けた人たちが生きる力を取り戻し、前を向ける社会になることを願ってやみません。
※この記事はハートネットTV 2017年7月6日放送「 WEB連動企画“チエノバ”性暴力被害」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。