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ひとりひとりに向き合って 写真家・大西暢夫が撮る精神科病棟

記事公開日:2018年10月12日

現在、日本の精神科の入院患者数は28万人あまり。そのうち、入院期間が1年以上の患者が17万人以上。10年以上は、5万5千人にのぼります。そんな精神科に入院する人々をシャッターにおさめ、撮り続けている人がいます。写真家・大西暢夫さん。精神科の撮影を始めて、今年で18年。出会った人は、数万人にものぼります。大西さんが狙うのは、その人ならではの人間らしさ。写真家・大西さんの撮影に密着しました。

きっかけは専門誌での連載

大西さんは月に一度、全国各地の精神科病棟へ足を運び、撮影を行っています。この日は、千葉市内の病院を初めて訪れました。

画像(千葉市内の精神科病棟を訪問する大西さん)

「こんにちは~お邪魔します・・・。」(大西さん)

大西さんが最初に足を踏み入れたのは、開放病棟。比較的病状の安定した患者が入院しています。さらに病院内の奥に入っていくと、そこには鍵のかけられた閉鎖病棟があります。急性期の患者が多く、人によっては自由に出入りできないなど行動に制限があります。統合失調症やうつ病など、112人が入院しています。

画像(病棟で患者に話しかける大西さん)

「名前なんておっしゃるんですか?」(大西さん)
「あおきみえこ。」(女性)
「みえこさん。」(大西さん)
「美しく笑う子。」(女性)
「おいくつですか。」(大西さん)
「美しく笑う子。」(女性)
「ふふ。わかりました。美笑子さんね。美しく笑ってください。いい笑顔ですね。なかなか素敵ですね。」(大西さん)

画像(大西さんの作品)

撮影のとき、大西さんはちょっとしたやりとりや世間話を、とても大切にしています。何気ない会話の中から、人柄や背景を知り、その人らしい姿を映したいと考えています。

大西さんが、精神科の撮影を始めたきっかけは、専門誌での連載でした。

画像(撮影のきっかけについて話す大西さん)

「自分も精神科の中にやっぱり入ってみたいという、やっぱりカメラマンとしても中へ入ってみたいという、その緊張感とか、そういうのはやっぱり持っていたので、それからすぐに行くことになったんですね。それがきっかけです。精神科看護という月刊誌なんですが。今までの写真というのはこういう傾向でやってきたんだというのを見せられたんですが、そのときの写真というのが、まぁはっきりいうと面白くなかったというか、いわゆるその患者さんが映ってないんですね。斜め45度後ろからとか、後ろ姿とか。そういう写真が医療現場の中の背景としてちょっと写ってますけれども、まともに患者さんがドーンと目の前に写っているというのは、もう僕の記憶ではほとんどなかったと思います。患者さんってどういう人だ!患者さんの写真撮っていいですか?って。」(大西さん)

画像(患者の日常をカメラにおさめる大西さん)

撮影に入るまで、大西さんは精神科に対して、良い印象を持っていなかったといいます。
しかし、精神科病棟で出会った人たちは、イメージとは大きくかけ離れていました。ひとりひとりが、個性的で、人間らしい人たち。夢中でシャッターを切るようになりました。

画像(大西さんの作品)
画像(大西さんの作品)

「決して暗い場所じゃないってことですね。やっぱりみんな生活してるので、眉間にシワを寄せてずっと生活してるわけではないですから。で、その中でやっぱり当然笑いがあっておいしい食べ物食べていたりとかっていうことって当たり前のようにあるんですけれども。たまたま統合失調症という病名はついてますけど、それよりもこの人がなにをやってきたとか、こういう人だとかということに、はぁーって感心しながら面白く聞いていると、彼らの病気というのが、そんな大事なことではない。」(大西さん)

忘れられない出会い

精神科の撮影を始めて、今年で18年。出会った人は、数万人にものぼります。中には、入院病棟から手紙をくれる人もいます。

画像(病棟から届けられた手紙)

「上島先生は優しいです。僕は庭でお花見をしてよいです。お母さんは優しかったです。元気でいてください。気をつけてください。」(手紙より)

これまで出会った中で、特に忘れられない人がいます。13年前に撮影した女性。「双子の娘がとても可愛くて、一生懸命働いて育て上げた」と大西さんに楽しそうに語りました。

画像(大西さんが13年前に撮影した女性)

「本当にいい話だったなと思って、看護師さんにそのお話をしたら、え?って話になって、全部それは架空の話だったんですね。だけど、その中で僕が思ったのは、架空の話もいいじゃないかって思ったの。ドクターは違うかもしれません。まだ妄想がキツいねって薬を投与するかもしれないんですけど。僕の関わりの中ではそういう価値観ではなくて、その妄想の中で生きていくということの幸せはこの人にしかわからないなって。決して病気になんかなりたくないですよ。みんな。誰一人として。もっと楽しく生きて社会人生活して、結婚して、子ども生まれて、みんなしたかったと思うんですけれども、どうしてもやっぱり出来なかったっていう彼らの思いって何度も聞いてきたので。それでも笑ってる姿っていうか、人の強さとエネルギーにはもう頭が下がる。」(大西さん)

笑顔で生きる姿を撮りたい。しかし、患者の病状が悪いときもあります。

「状態が悪いときにわぁーっと荒れて看護師さんがフッと押さえ込んだりというシーンもよくあります、僕はカメラマンとしていかがなものかと思いますけれども、そういう時に僕はたぶん今まで18年間1度もシャッター切ったことがないと思いますね。僕は精神科の中のそこの部分を残したいわけでもなんでもない、っていうのがあって。」(大西さん)

衝撃を受けた長い入院期間

精神科病棟を撮影するようになり、大西さんが衝撃を受けたこと。それは、入院期間の長さです。

画像(長期入院患者と話す大西さん)

大西さんは、長期入院患者のひとりひとりと向き合い、話をします。

「僕ね、ここ43年になります。」(山崎さん)
「はぁー。僕が小学校2年生。そうですか。」(大西さん)
「その頃から入院している共にずっと入院している仲間もいますか?」(大西さん)
「5、6人。もう年寄りですが。」(山崎さん)
「そりゃそうですよね。いやーほんと頭が下がるだけですもう。いやいや。すごいなぁそういうのって。どうにもならんですもんね。」(大西さん)

日本の精神科の入院患者数は、28万人あまり。そのうち、入院期間が1年以上の患者が17万人以上。10年以上は5万5千人にのぼります。

画像(長期入院患者の現状を語る大西さん)

「長期入院という言葉がやっぱりこの業界の専門用語だと思うんですけれども、普通長くても3か月じゃないですか。大体。だけどやっぱりその患者さんに聞いたら、何十年という単位だし、僕、今までで最高60年ですよ、入院が。本当にそういう患者さんと大勢会ってきて、30年、40年、50年という人たちに、もう毎月会うような感じです。そういう人たちが結局その次のステップの行き場所というのがなかったんですよね。」(大西さん)

治すのは患者か、社会か

ドキュメンタリー映画も製作している大西さん。この日は試写会です。

画像(試写会で挨拶をする大西さん)

主人公は、大阪の精神科に長年入院している人たち。沖縄旅行を計画し、病院の外に出ようと奮闘する物語です。結局、ほとんどの患者は主治医の許可が降りず、外泊すら認められません。一方、10年入院していた患者が、退院し地域で暮らし始める様子も描かれています。

画像(試写会の様子)

大西さんの映画を観た人々はこういいます。

「なんかいろんなこと考えさせられたっていうか。どうしてね、一緒に生きれないんだろうってことをね。私と変わらないじゃないこの人たち、みたいな」(女性)

「なんですかね、どちらが患者なのかっていう。その差っていうのが曖昧なんだなっていうか。決めてるのは僕らの中にあるんじゃないかなって思いました」(男性)

最後に大西さんはこう語ります。

「僕たちが長期入院という患者さんを生み出した可能性がすごく高いなって。自分もですよ。自分もやっぱり偏見持ってたりとかする中で、その中でもしかしたらその偏見という言葉を自分たちはどんどん蓄積していくことで、彼らの入り口をどんどん狭くしてしまって。なんかそれを考えたときにどっちが治すべきかなって、治すのはどっちかって思ったんですね。患者の人か、社会かって。なんかこう、どっちを治すのが楽かなって思ったんですね。やっぱり50年入院してて結果が出てないじゃないですか。やっぱり今、思ってるのが、取材始めた18年前の患者さんが今もいるってことなんです。ということは、その人にとっては何にも動いていないってことに等しいので、ある人は動いているかもしれないですけど、そういう人たちが大勢いるので。だからそのことを考えたときに僕の18年間が“ああ、変わってない”って思ったときに、まだ取材は終了すべきではないなって思いましたね。」(大西さん)

画像(インタビューに答える大西さん)

今日も大西さんは精神科に入院する人を撮り続けます。ひとりひとりに向き合って。

※この記事はハートネットTV 2018年7月19日放送「ひとりひとりに向き合って ~写真家・大西暢夫が撮る精神科病棟~」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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