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薬物依存 ~そのメカニズムと回復へのヒントとは~

記事公開日:2018年09月20日

2019年11月、元タレントの田代まさし氏が、覚せい剤の所持・使用容疑で逮捕されました。この記事は、2016年2月に、薬物依存について取り上げた「ハートネットTV」に基づいたものです。民間リハビリ施設「ダルク」を取材し、そこで治療に取り組んでいる当事者の1人として田代氏も出演しました。当事者の体験と専門家の詳しいアドバイスは、現在も変わらず、薬物依存症への理解と回復支援の役に立つと考え、掲載いたします。


近年、芸能界などで相次ぐ薬物問題。メディアで取り上げられることも増えてきましたが、薬をやめられない「依存症」については、まだあまり知られていません。社会の誤解や偏見が、患者の回復をはばんでいます。本人や家族の声をもとに、薬物依存と回復のヒントについて考えます。

「病気」と認識することが回復への第一歩

薬物依存症のリハビリ施設、「日本ダルク」。ここでは、過去に薬物を使用していた人たちが集まり、ともに回復を目指しています。

画像(グループミーティングの様子)

メンバーの1人、田代まさしさん。かつて歌手やタレントとして人気を集めましたが、覚醒剤の使用を繰り返しました。きっかけは、仕事のプレッシャーに耐えきれなくなったことでした。

「毎日面白いことを発信しなきゃいけないっていう。同じこと言ってると飽きられるし、面白くしようって。もともとサービス精神すごい多い性格なんで。そういうことが多分、だんだん疲れてきちゃって。」(田代さん)

最初は一度きりでやめるつもりでした。しかし、気づいたときには、薬への欲求をコントロールできなくなっていました。

何度もやめようとしたという田代さん。それでも、失うものより、薬を使いたい思いのほうが勝ってしまったと振り返ります。やめたいのにやめられない。その苦しさから逃れるため、さらに薬を使ってしまう。悪循環から抜け出せなくなっていました。

転機となったのはある人との出会いでした。

画像(日本ダルク代表 近藤恒夫さん)

施設の代表で、薬物依存症からの回復者でもある近藤恒夫さんです。田代さんが刑務所に入っていたとき、近藤さんが差し入れた1冊の本。そこには、自らの体験とともに、「薬物がやめられないのは病気である」と書かれていました。

「病気だったからやめられなかったんだと思えたら肩の力がすーっと抜けてった。それまで周りに誰も、回復するためにどうしたらいいかってことを教えてくれる人がいなかった。初めて近藤さんの本を読んで、薬物依存って病気だったからやめられなかったんだって納得ができた。薬物依存って病気だとしたら、治療すればいいと。治療ってどういうことなのかって、気持ちがどんどん変わっていった。」(田代さん)

薬物依存は“脳がハイジャックされた状態”

画像(精神科医 松本俊彦さん)

薬物依存は「病気」。長年、薬物依存症の治療・研究に取り組んでいる精神科医の松本俊彦さんは、そのメカニズムを「脳がハイジャックされた状態」と表します。

「依存性薬物は、脳の快感中枢に直接作用し、そのことによって生じた感覚は脳に刷り込まれて、忘れることができなくなる。やがて、自分が好きなもの、大事なものが、全て薬物に関連するものに置き換わっていきます。これを意思や根性で何とかするというのは非常に困難です。さらにいえば、薬物にはまっている人たちは、使う快感より、使わない状態の苦痛から逃れるために止められなくなっていると考えられます。」(松本さん)

そして、「薬物依存になった人は、責められて惨めな気持ちになると、余計しらふでいられなくなってしまい、かえって薬物への欲求が強まるという現実がある。そうしたことからも、叱責や反省ではなく、必要なのは治療、あるいは専門的な支援につながることです。」と訴えます。

薬物依存症の人の家族からは、次のようなカキコミも寄せられました。

「私の息子は薬物依存症です。人間の最後とか、もう人生終わったなんて言わないでください。逮捕されて、テレビで騒がれる方もたくさんいますが、みんなとても孤独だったのだと思います。社会はそういう人たちに、好奇の目や、排除、罰とかではなく、見守る気持ちをぜひお願いします。私も薬物依存症の家族になってみて、初めてわかりました。」(山さんさん・50代)

このように、薬物依存に対する社会の誤ったイメージが、本人や家族をより苦しめ、追い詰めてしまう現実があると、評論家の荻上チキさんは警鐘を鳴らします。

画像(評論家・ニュースサイト編集長 荻上チキさん)

「『ダメ、ゼッタイ。』とか『人間やめますか、それとも覚醒剤やめますか』というようなキャッチフレーズは、流通を予防するものではありますが、実際に薬物に依存している人に寄り添う言葉ではありません。むしろ予防する思いが強まってしまうばかりに、人間をやめてしまうものなんだ、もう終わってしまうんだというメッセージを社会に発信してしまう。そのことによって、薬物に依存している方を追い詰め、かえって様々な支援から遠ざけてしまう。薬物依存というのは病気であり、治療が必要という観点を広めていくことが重要だと思います。」(荻上さん)

薬をやめ続けることで、依存症から“回復”する

薬物依存からの「回復」とはどういった状態を指すのでしょうか。

「依存症は治らない、しかし回復することはできると考えられています。一旦薬物を刷り込まれた人は、目の前に薬物を置かれてなんとも思わないようになることは不可能。しかし薬をやめ続けることで、薬によって失ったもの、財産とか健康とか人からの信頼とかを回復することができる。本来自分が生きるべき道を取り戻すことは可能という考え方です。」(松本さん)

そのためには、まず薬物を断ったうえで、「薬物を使わざるをえない背景にあるものに目を向けていく。その人が薬物を使うことでどうやって対処していたのかという問題に目を向けていくことが必要」と松本さんは言います。

そして、長年の臨床経験から「もともと生きづらさを抱え、苦痛が強い人ほど、薬物がもたらす快感をより大きく感じる」とも話します。そうした人たちは、薬物によって「苦痛を和らげる」ことを得ている、いわば薬物が「心の松葉杖」となって、本人が生き延びることを一時的に支えてきたとも考えられ、実際にそのように話す患者もいるそうです。薬物依存症の治療とは、薬を取り除くだけではなく、「痛みを抱えた人の支援」であるということを忘れてはならないと、松本さんは強調します。

実際に薬物に依存していた人たちは、どのように回復に取り組んでいるのでしょうか。リハビリ施設「日本ダルク」が回復プログラムの中心に位置づけているのは、グループミーティングです。同じ薬物の問題を抱える人同士が、経験や気持ちを分かち合います。他の人に対して、意見や批判はしないのがルール。どんなことを話しても、ありのまま受け入れます。

「かつての自分というのは、クスリ使って、人脅して、やりたい放題やってたんですけど。自分の問題と向き合うのがすごい恥ずかしかったし、俺はそんなことないっていう思いがすごく強かったんですよ。何でも逃げてましたね、嫌なことから。」(参加者)

「今まで覚醒剤主体の人生を歩んできて、コントロールが利かなくなったときに、もうダメだなっていうふうには思ってたんですよ。今でも行き詰まるときはあります。でもそんなとき仲間の中にいて、ミーティングで話すだけで楽になれるし、薬物に問題を抱えていても、きちっとした居場所がここにあるんだなっていうふうに自分のなかでも今認識できているので、そんなにさみしくない思いもしてますし。」(参加者)

施設に来て1年半になる田代まさしさんも、正直に気持ちを話せる場があることが、薬物を使わない日々を支えてくれていると感じています。

「今までやめられないのに、インタビューされるたび、『もう大丈夫です』って言ってたことが、たぶん自分にとって正直じゃなかった。不思議なことに、『もう闘わなくていいんだよ、マーシー(田代さんのニックネーム)』って。その正直な気持ちが言える場所があれば大丈夫っていうのが。すごいその、辛さを軽減させる、不思議とね。」(田代さん)

薬物依存の人は、周りにも自分にも嘘をつく生活を送っていることが多く、回復には、その生活を改めて正直になることが大切であり、そのためには、世界で1か所でもいいから「(薬を)やりたい」と言える場所、あるいは「やってしまった」と正直に言える場所が必要だと、松本さんは言います。

画像(荻上さんと松本さん)

「(そうした場所である)ミーティングで、仲間の話を聞くなかで、自分の姿と重なっていく。自分がどんな痛みを和らげようとして、薬が何の松葉杖になっていたのかが見えてきます。その松葉杖をやめ続けるために、代わりのもっと健康的な松葉杖は何なのか。多くの場合、その松葉杖は『人とのつながり』だと思います。依存症の人たちは弱いとよく言われますけど、むしろ逆で、人を信用せず、誰にも頼らず、薬だけに依存している。責任感が強いんです。だから、ミーティングのなかでちょっとずつ色んな人に依存できるようになるのが大事。依存症っていうのは、いわば『人に依存できない病』であり、そこから適度に依存できるようになることが回復の1つだと思います。」(松本さん)

刑罰で終わらず、医療につなげる

実際にこうしたプロセスを経て回復していったという人からのカキコミも届きました。

「私は、ギャンブル依存となり、覚醒剤を使うようになり、刑務所にも行きました。その後リハビリ施設や、自助グループにつながりました。そこで知り合った仲間は、そんな私を決して見放さず、一緒に歩いてくれました。苦しいときは苦しいと弱みを見せることができました。仲間との関係のなかでようやく私の薬は止まり始めました。今では雇用され、自分のやりたかったことにも挑戦しています。依存症になっても治療の道や、回復の道が用意されていることをもっと多くの人に知ってほしいと思います。」(やすよきのこさん40代)

一方で、刑務所を出所した後に居場所がなかったり、社会の厳しい偏見にさらされたりすることで、苦しんでいる人たちがより薬物に手を出しやすいという状況に追い込まれてしまう現状もあると荻上さんは指摘します。

画像(荻上さん)

「アルコールなど色んな依存症があるなかで、日本では薬物依存症だけはなぜか犯罪ということにされて、とにかく刑務所にいれておけとなる。これは科学的ではない。刑務所では決して薬物依存は治らないからです。また、メディアが犯罪報道のようなやり方で、誰かを祭りあげて叩いても抑止にならない。依存症に対して、社会の取り組み方から変えていく必要があるということを多くの人に知ってもらう必要があると思います。」(荻上さん)

画像(薬物依存に苦しんでいる本人や家族の相談窓口)

薬物依存に苦しんでいる本人や家族の相談窓口は、「精神保健福祉センター」(各都道府県と政令指定都市に1カ所以上設置)、民間の薬物依存症リハビリ施設「ダルク」(全国におよそ60カ所)、全国各地の「家族会」などがあります。本人が行きたいと言わなくても、家族だけでも相談を受けてくれます。まずはそのようなところにアクセスすることが、回復への第一歩です。

※この記事はハートネットTV 2016年2月25日(木曜)放送「WEB連動企画“チエノバ” 緊急特集!薬物依存」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

※評論家の荻上チキさんが、専門家や当事者と議論を重ねて作った、『薬物報道のあり方についてのガイドライン』はこちらから読むことができます。

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