なかなか知られていない“場面緘黙(かんもく)”。これは、家では話せるのに学校などの特定の場面だけ話せなくなってしまう症状のことで、幼少期に発症することの多い不安症状の1つといわれています。当事者や家族の体験談などを取り上げ、周りの人がどのように考え、支えていくことができるかを専門家とともに考えます。
場面緘黙(かんもく)を知っていますか。
ハートネットTVには、場面緘黙のある当事者から多くの体験談や意見が寄せられています。
「話さないのではなく、話せないのです」(アネモネさん・50代)
「甘えではないということを知ってほしい」(薫さん・20代)
場面緘黙のつらさについてもっと知ってほしいというある親子を取材しました。
幼い頃からとても活発でよく喋るあかりさん(仮名)でしたが、様子が変わったのは保育園に入った頃でした。
「保育園に入所して、先生からお返事ができていなかったりだとか、みんなとの中で会話がないようだとを聞きました。本当に家では元気だし、まぁ慣れてないだけだろう、いずれ保育園生活に慣れて自信が持ててきたらいずれ話すだろうと思って、そこまで深くは考えてなかったです。」(母親)
ところが小学校に入っても状態は悪くなる一方。ついに学校で一言も話すことができなくなり、児童精神科で「場面緘黙症」の診断を受けました。
「学校に行くっていう1歩目からも言葉が出ないですし、特に学校から帰る途中、私とも会話が全然できない状態で、まったく声もでないんですが。この玄関を開けたとたんにすごい元気に、今日ねっていう話をどんどん始めるので、ほんとに境界線が引かれてるような感じでした。学校も大丈夫ですよ的な感じで見放されたような感じがしますし、病院に行っても、様子を見ましょうといわれて、親としてどうすればいいか分かない状態です。」(母親)
家族しかいない場では不安を感じることもなくリラックスして話すことができるあかりさん。しかし、先生やクラスメートの前ではなぜか話すことができなくなり、そんな自分が嫌でいつのまにかみんなから離れるようになりました。
でも、心の中には伝えたい言葉があふれています。
あかりさんはそんな気持ちを一生懸命手紙にして伝えてくれました。
『わたしは、ようちえんにはいったときから、先生にも友だちにもお話しできません。お友だちと遊びたくてもあそぼうと言えなくて、1人ぼっちでさみしいときもありました。友だちがあそぼうとさそってくれても、いいよと言えません。みんなが楽しそうにお話ししてるのを聞いていて、わたしもみんなとお話ししたいなと思っています。』(あかりさんの手紙より)
当事者からは、言われて嫌だった言葉として、「家でそんなにしゃべれるんだから、学校でも話しなよ」「何時までもそんなふうに生きていけると思うな」「声が小さい!!」など、多くのカキコミがよせられています。
また、成長とともに少しずつ場面緘黙の症状が改善したという人もいる一方、大人になっても場面緘黙に苦しみ続けている人もいます。
「担任の先生は私が話さないことを知ってるのに何か支援してくれるわけではなくいじめも見過ごしていました。いじめなどさまざまな経験を経て今現在も場面緘黙の後遺症に苦しんでいます。辛いのはいくら相談したかったり辛くても人に頼ることができない。話せないことがネックになり、採用してもらえなかったり採用されても早期退職してしまうのではと、とても不安です。」(はるさん・20代)
場面緘黙について、「かんもくネット」代表の角田圭子さんにお話を伺いました。「かんもくネット」は、場面緘黙の当事者や経験者、保護者、支援者の情報交換ネットワーク団体です。また角田さんは、臨床心理士として場面緘黙の子どもたちの支援の現場にも関わっています。
角田さんによると、場面緘黙とは『家などではごく普通に話すことができるのに、例えば幼稚園や保育園、学校のような「特定の状況」では、1か月以上声を出して話すことができないことが続く状態のこと』を言います。
子どもは自分の意思で「わざと話さない」と誤解されることがありますが、そういう状態とはまったく異なり、人見知りや恥ずかしがりとの違いは、「そこで話せない症状が何か月、何年と長く続くこと」「リラックスできる場面でも話せないことが続くこと」があげられます。
場面緘黙は症状によって次の5つのグループに分類されます。
① 場面緘黙傾向
② 純粋な場面緘黙
③ ことばに苦手がある場面緘黙
④ 複合的場面緘黙(発達的問題や心理的問題の合併)
⑤ 遅発発症の場面緘黙(学校での孤立やいじめによる発症が多い)
(※イギリスの場面緘黙支援の第一人者マギー・ジョンソンさんによる支援のための分類)
場面緘黙がどのようにして発症するのか? そのメカニズムはまだ研究段階ですが、発症要因(原因)は、「不安になりやすい気質」などの生物学的要因がベースとしてあり、そこに心理学的要因、社会、文化的要因など複合的な要因が影響しているのではないかと考えられています。
例えば入園や入学、転居や転校時などの環境の変化により、不安が高まって発症することが多く、クラスでの先生からの叱責やいじめがきっかけとなることもあります。
「場面緘黙の人は0.5%といわれています。200人に1人ですから学校に1人いる可能性があるかなと思います。女の子のほうがやや多いというふうに考えられています。どうしても親のしつけが悪いからじゃないかという誤解がとても多いのですが、子どもによっていろんな要因があって、親のしつけで場面緘黙になるというわけではありません」(角田さん)
認知が進まず、心ない言葉をかけられることもある場面緘黙。周りにはどのようなサポートが望まれるのでしょうか。角田さんは「場面緘黙の子どもは、おとなしい子どもが多く、見過ごされがち」と早期発見と対応の重要性を訴えます。
「場面緘黙への支援を受けずに成長すると、症状改善が遅れるだけでなく、うつや他の不安症状、不登校や人間不信などの二次的な問題が生じやすくなります。子どもの場合はまず、園や学校の先生、それからスクールカウンセラーに相談し、それから不安症や発達障害に詳しい医師や心理士、言語聴覚士がいる発達センターや教育センター、クリニックにも相談しましょう。専門家だけで治せる症状ではないので、家庭と学校などが協力して、まず『安心できる環境』を調整することが最も大切です。」(角田さん)
一方で、大人の場面緘黙の治療や支援はまだ行われていないのが現状です。
「『社交不安症』に詳しい医師や心理士に相談すると、場面緘黙の理解がある人に会える可能性があります。就労については、診断を受けて福祉就労枠での就職をする人もきくようになってきました。就労支援センターやハローワークで相談してみましょう」(角田さん)
当事者や家族のカキコミで「心の支えになったこと」もサポートのヒントになります。
「小さいときは幼稚園、歯医者などでほとんど話せませんでしたが、周りはそれを否定することもなく、無理に話させようとはしませんでした。最初は一切返事ができなかったのが、頷いたり首を振ったりするようになり、それだけでも褒めてくれ、次は声を出して少し返事ができるようになり…、とだんだん話せるようになっていきました。その対応がすごく有難かったです。」(くみんさん・10代)
「年長のときの先生が『秘密の部屋』という、先生とふたりっきりで話せる環境を用意してくださったことがきっかけで耳元でささやくことができるようになりました。小学校のクラスメートに恵まれ、声を出しても『しゃべった!』と言われたり、『しゃべってみて!』とせがまれることもなかったようで徐々に学校内でもしゃべれるようになりました。自分に自信が持てるようになったことも大きいと思います。あせらず根気よく見守っていくことが大事だと思います。(かてかとさん・母親(息子が緘黙))
自分の子どもが場面緘黙かもしれないと思ったときも、「何よりも話せないことを責めない。話すことをせかさない」ことが重要と言う角田さん。まだまだ認知度が低く、医療機関でも知らない人も多い場面緘黙。家族や周囲の温かいサポートが望まれます。
※この記事はハートネットTV 2015年5月28日(木)放送「WEB連動企画“チエノバ”-話したいのに、話せない…“場面緘黙“を知っていますか?-」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。
場面緘黙に関する体験談やご意見を読むことができます。
『“話したいのに、声に出せない”場面緘黙(かんもく)の悩み(カキコミ板)』
「かんもくネット」代表の角田圭子さんへのインタビュー記事もあります。
『専門家に聞く、場面緘黙(かんもく)について知っておきたいこと』