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#8月31日の夜に。

2020年 ぼくの日記帳

松本俊彦さん(精神科医)からのメッセージ
「来月からまた憂鬱な新学期がはじまるんだ……」
今年の3月、そう思って暗い気持ちになっていたら、突然、「休校」っていわれた。でも、不思議とうれしくなかった。死刑執行が延期された囚人ってこんな気持ちなのかな?……そんな想像をした。
学校はつらいけど、家もつらい。在宅勤務の父は、のそのそと、まるで動物園の象みたいに狭い家の中を行ったり来たりしていて、私とすれ違うたびに、「ちゃんと勉強してるのか」とうるさい。母は、「なんで私ばっかり忙しいの!」といつもイライラしていて、何かにつけて、「またスマホやってる!」「ゲームばっかりいい加減にして!」と、金切り声をあげる。
家の空気がすごく「密」で、なんか苦しい。
それで、思い切って外に出てみた。うっかりマスクするのを忘れたまま公園を散歩していたら、突然、見知らぬ人から「ウィルスをまき散らすな!」と怒鳴られてしまった。
誰も放っておいてくれない。みんなが私に干渉して、否定してくる。どこにも私の居場所がない。
少しもうれしくないゴールデンウィークの頃から、課題をやろうと机に向かっても、ぼんやりしている時間が多くなった。
たぶんその頃から、できるだけ遅寝遅起きをするようにした。深夜の漆黒の中にしか私の居場所がない気がしたのだ。時間も曜日はもちろん、季節もわからない。光も音も遠く感じて、生きているのか死んでいるのかもあいまい。まるで水の底で膝を抱えてうずくまっているような毎日。でも、誰も干渉しないし、否定してこない。
最近、オンライン授業がはじまった。時々パソコンの画面一面にクラスメートたちの顔がずらりと並ぶ。これが新しいクラス? なじみのない顔、名前も知らない人たち、心なしかみんな、幽霊みたいにうつろな表情をしている。
Wi-Fiの電波が不安定で、先生の画面が時々止まる。なのに授業の声だけがどんどん先に進んでしまう。まだ学校がはじまっていないというのに、早くもクラスから置いてきぼりにされ、私だけ迷子になっちゃった気分になる。
長いトンネル。ちっとも光が見えない……と思っていたら、突然、出口が現れた。もうすぐに学校がはじまるらしい。
また緊張で胸がドキドキして、息苦しくなってきた。

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どこにも行けない、気晴らしもできない憂鬱なある日、この長すぎる春休みを過ごす十代の子どもの心境を、自分なりに想像して書いてみた。書いているうちに、いつの間にか自分がまだ十代の時にタイムスリップしたみたいな感覚になった。そして不思議なことに、書き終わってみたら、憂鬱さが少しだけ軽くなった気がした。

もしかしたら、感じたことをただそのまま書くだけでも、今がほんの少しだけ楽になることってあるのかもしれない。