ごごラジ!ブログ

2018年6月12日

2018年06月12日(火)OA曲(6月12日)

1時台

「釧路の夜」(美川憲一)
「釧路にて」(合田道人)
「港町十三番地」(美空ひばり)
「よこはま・たそがれ」(寺内タケシとブルー・ジーンズ)
「羽豆岬(はずみさき)」(SKE48~アンダーガールズB)

2時台 

「長崎は今日も雨だった」(内山田洋とクール・ファイブ)
「瀬戸の花嫁」(小柳ルミ子)
「この街で」(菅原洋一&菅原英介)
「島原地方の子守唄」(ニニ・ロッソ)
「北に舞う」(天希(あまき)道弘) 

3時台

「坊がつる讃歌」(芹洋子)
「京都慕情」(古川初穂ピアノ・トリオ)
「青春の一番札所」(チャットモンチー)
「潮来笠」(橋幸夫)

2018年06月12日(火)ご当地いちばん賞!(ご当地ソング)

ichiban612.jpg合田さんが選んだ一番メールはichibansan.JPG

北海道・札幌きっぺいふじさん
「屋久島の旅行の思い出。出会った民宿のおばさんと「海中(かいちゅう)温泉」。波がざっぱーんと打ち付ける荒々しいなかで入浴し、自然の大きさに圧倒され、同時に悩みも吹っ飛びました」

札幌きっぺいふじさんおめでとうございます!
ステキな手作りプレゼントをお送りします。

 

2018年06月12日(火)ご当地ソング トリビア

合田道人のご当地ソング・トリビア!serisan009.JPG

「坊がつる讃歌」(芹洋子)
「坊がつる」とは、阿蘇山の北東に位置する大分県西部の九重山群の山間にある小さな湿原盆地のことです。人工的な部分がなく、盆地には清流が流れています。ここで歌われていたのが「坊がつる讃歌」。昭和51年のNHK「のど自慢」で、地元久住町に住む女性が歌ったことで知られましたが、実は大分の歌ではなかったのです。この歌はなんと広島県の高等師範の山岳部の学生たちが歌っていた「山男の歌」が元唄でした。山岳部の学生だった神尾(かんお)明正が作詞、武山信司(ペンネーム:竹山仙史)が作曲し、山岳部の中では寮歌や学園歌のような形で歌われていました。では、なぜ広島から大分に流れつき、そこで地元の歌として根付いてしまったのか?広島高師卒業の教師が九州大学生の松本柾夫らに教え伝えたのです。昭和27年、松本らが坊がつるの山小舎「あせび小屋」で小屋番のアルバイトをしていたとき、退屈しのぎにメロディーに坊がつるの風景を重ねて詩を施し替え歌を作りました。それがいつの間にか、山の仲間たちに広まり歌われていったのです。 

芹洋子さんと電話をつないで誕生秘話をお聞きしましたserisantodenwa.JPG芹さんありがとうございました

2018年06月12日(火)ご当地ソングの魅力 2

合田道人さんgoodasann.JPG

歌で旅するご当地ソング

「長崎は今日も雨だった」(内山田洋とクール・ファイブ)
6月といえば、梅雨空をイメージします。普通旅行に行って雨が降るといやなものですが、何しろこの街はこの歌のヒットのおかげで、観光客が雨が降っていても「やっぱり歌のとおりですね」と文句が出ないと言われる歌!この歌の誕生の裏には、長崎の繁華街にあるキャバレー店の人気合戦がありました。当時、キャバレーにはお抱えのバンドがいて、長崎人気ナンバーワンの店にいたコロラティーノというバンドが、「自分たちのオリジナルを」ということで作った歌が「思案橋ブルース」。これが全国的にヒットしたため、ライバルキャバレー「駅馬車」でも自主レコードを作ることに。そこで活動していたバンドがクール・ファイブだったわけです。

612goudaha.JPG「瀬戸の花嫁」(小柳ルミ子)
6月といえば、ジューンブライド。歌った小柳ルミ子さんは当時19歳。作曲家の平尾昌晃さんが、「いつルミ子はお嫁に行くの?」と聞き、「ずっと歌っていたいから、お嫁に行かないんです」と答えた。「ならば、歌の中でお嫁入させてしまおう」ということで作られた歌です。作詞家の山上路夫さんは、すぐさま「瀬戸の夕焼け」と「峠の花嫁さん」という二編を作りましたが、「ああでもないこうでもないと話し合っているうちに、ふたつをくっつけて“瀬戸の花嫁”が誕生」。後に、この瀬戸内海を真っ赤に染める赤い夕焼けの本当の意味を山上先生に訊ました。すると、この赤は夕焼けの赤ではなかったのです。その赤は赤潮だったというのです。この歌の中には美しい海を蘇らせよう、日本を見つめ直そうという思いが込められていたのです

6122godasan.JPG 「この街で」(菅原洋一、英介)
今度の日曜日6月17日は父の日。そこで父と息子が二人で歌う歌を。菅原洋一さんと息子の英介さんが歌う「この街で」。平成12年(2000年)、四国は愛媛県の「松山21世紀委員会」が企画した「21世紀に残したい言葉」「だから、ことば大募集」の中から松山市長賞を受けたのが、「恋し結婚し、母になったこの街でおばあちゃんになりたい」でした。これをモチーフに芥川賞作家の新井満さんが作った歌です。愛媛県の歌として親しまれています。

2018年06月12日(火)ご当地ソングの魅力 1

合田道人さん612goudasan.JPG

合田さんがご当地ソングに魅入られるきっかけとなった歌

「釧路の夜」(美川憲一)
ご当地ソングブームが訪れたのは、昭和40年代初頭。東京ロマンチカの「小樽のひとよ」、美川憲一「柳ケ瀬ブルース」、ロス・プリモス「ラブユー東京」、青江三奈「伊勢佐木町ブルース」などたくさんのヒットソングの中に、美川憲一が昭和43年に歌った「釧路の夜」がありました。北海道釧路生まれの僕はこの歌を聞いて、「ああ僕のふるさとの歌だ」と嬉しくて大好きになりました。私が小学校一年生のときに聞いた、忘れられない思い出のご当地ソング。

「港町十三番地」(美空ひばり)
6月24日は美空ひばりさんの命日。ひばりさんには、北海道から沖縄まで全都道府県を舞台にした歌があるのです。「ひばりの佐渡情話」「リンゴ追分」福島塩屋崎の「みだれ髪」・・・。そして、ひばりさんのふるさと神奈川を舞台にした「港町十三番地」。これは昭和32(1957)年、20才を迎えたひばりさんのマドロス歌謡の傑作ですが、題名にある「港町」とは、彼女が所属したコロムビアレコードの本社と工場があった川崎市川崎区の港町(みなとちょう)のことです。ただ、その場所は「港町九番地」で、実は「十三番地」という住所は存在しなかったそうです。ほかに歌詞の中に出てくる「銀杏並木の敷石道」は横浜山下公園を、「マドロス酒場」は馬車道あたりの酒場がイメージされたものです。

2018年06月12日(火)あの場所から

火曜ごごラジ!は「ご当地情報局」612mitakoutarou.png612ueno.jpeg現場から神門です!
どこに行ったのか?詳しくは放送でお伝えします

きょうのテーマは「ご当地ソング」
“情報通”は、音楽プロデューサーの合田道人さん。

おたよりテーマは心に残る、あの場所あの瞬間!
場所にまつわる思い出やエピソードをお寄せください
「心に残るご当地ソング」リクエストもお待ちしていますkandomaho0612.JPG

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