【対談】“会いたいけれど会えない”夫婦2人

【対談】“会いたいけれど会えない”夫婦2人

2020年7月2日

去年8月、46年間連れ添った夫を亡くした料理家の栗原はるみさん。大切な人がそばにいないという状況にどう向き合ってきたのか、「夫婦である」ということをどう感じているのか。武田真一キャスターが聞きました。

“会いたくても会えない”つらさ

武田:今回の番組では、新型コロナウイルスのために会いたくても会えないという2組のご夫婦を取材させて頂いています。そういう方が今たくさんいると思うんですけれども、会いたいけど会えないということは、いつでもどこでも起こりうるということですよね。
去年の8月に夫の玲児さんがお亡くなりになって、まもなく1年が経とうとしていますが、この1年は栗原さんにとってどんな日々だったんでしょうか。

栗原はるみさん:孤独感ですかね。喪失感、孤独。それともうなにしろね、卑屈になっちゃうんですよ。そんな性格じゃないのに。大げさに言うと、気持ちが爆発しそうなるんですよ。寂しすぎて。だからそれを何とかコントロールするのが今もすごく大変です。
元気になりたいという自分はいっぱいあるんですけれど、なかなかできなくて、そこがちょっとつらいところですかね。だから大きな存在だったんでしょうね、きっと私にとって…。

栗原はるみさん

栗原はるみさん:すみません。泣かないつもりだったんですけれど。悲しい道から早く元気な道に渡りたい、飛び越えたいという気持ちはあるんですよ。必ず元気になる、絶対になってみせると思うんですけど、なかなかこっちの道に渡れない。行ったり来たりするのが激しすぎて。皆さんもそういう気持ちの人が多いんじゃないですかね。
これは家族でもどうすることもできないですし、友だちもいっぱいいて一生懸命、心配して下さるんですけど、これだけは自分でやらないといけない。自分で頑張って立ち上がらないといけないんです。
会えないという経験は初めてですからね。本当に何でも経験しないと分からないことですよね。自分がこんなふうになるとは全く思ってなかったですね。

武田:本当に、おつらいことをお伺いしてしまって…。今、多くの方が会えないということで苦しんでいると思います。そういう方々のために、あえてお聞きしますが、栗原さんにとって“会えない”ということは、言葉にするとどんなお気持ちでしょうか。

栗原はるみさん:言葉にならないって言うことですかね。もうすごい絶望ですかね。一言で言ったら、残念でならない。皆さんがそういう気持ちを、どんなふうに受け止め頑張っているのかなと思うと、本当にどう慰めていいか分からなくなりますね。その絶望の気持ちから、どうやって自分で元気を出していくのか、今、あまり見つかってないんですよね。頭のなかにはいっぱいあるんですよ。
例えば、夜ひまにすると色んなこと考えちゃうから、好きな番組を録画しておいて続けて観たりとか、英語の勉強もしているからもう一心不乱で勉強したりとか。色んなことを自分で課して夜を過ごしているんですけど、なかなか難しいですね。ひとりでいるということが耐えがたいから。


“料理家 栗原はるみ”を育ててくれた夫

武田:それだけ本当に玲児さんの存在が大きかったんだと思うんですけども、料理家としての栗原さんにとって、玲児さんはどんな存在でしたか。

武田キャスターと栗原はるみさん

栗原はるみさん:良い師匠って言うんですかね。彼もものすごく料理が上手なんですよ。よく2人で作ったのを思い出しますけれど。「僕しか言えないだろう」「誰も君に厳しいことは言えないだろう」ということは常に言っていましたね。だから、ちゃんと聞きなさいっていうことだったんだと思いますけど。厳しい夫でした。でも優しいところも。おいしい時にはすごく率直ですからね。だけど、あんまりそうでもない時は厳しく言っていましたね。だから料理家になれたのかなとも思いますね。
ほとんどの私の料理は、彼の口を通って世の中に出ていますから。味が分かる相手で良かったなと思いますね、つくづく。

武田:「ごちそうさまが、ききたくて。」っていう言葉がすごく好きなんですけれども、単純に誰かに喜んでもらいたいっていうことじゃなくて、ご主人に言ってもらいたかった。

栗原はるみさん:そうですね。一番は主人ですよね。主人がおいしいと言うまでは何度でも。そこで妥協しないで頑張れたのが、良かったかなと思いますね。彼からベリーグッドが出ないまではだめですからね。

武田:玲児さんというとても大きな存在が、今遠ざかってしまって、改めて料理家としてはどういうふうに感じてらっしゃるんですか。

栗原はるみさん:今はひとつひとつより丁寧に、きっと彼が食べたら、何かこういうふうに言うんじゃないかということを想像しながら、絶対おいしいと言われるようになるまで何度も練習して、頑張ることにしているんです。
おいしくなかったら何度でも作ります。何度でも諦めずに、皆さんに喜んでもらう味が出来るまで、ちょっとしたアイデアだったり、おもしろく楽しく料理ができるような工夫だったりが必要じゃないかなと思って、これからも頑張ってやっていきたいなと思いますね。


夫からの手紙に励まされて

武田:亡くなる前に玲児さんが栗原さんに残したお手紙があると伺っているんですが。

栗原はるみさん:はい、手帳にね、何枚も書いてありました。
子どもたちにも、私にも、何回かに分けて手紙を書いていました。亡くなったのは8月なんですけど、これは確か3月ごろに書いていましたね。だから余命を宣告されたときに書いたんじゃなかろうかと思いますね。

手紙を読む武田キャスター

武田:「心底からの感謝と尊敬、そして愛を申します」。「愛を申します」。いや本当にこういうことは、ちゃんと言わないとだめ、だめなんだなと思いますね。

栗原はるみさん:彼は率直な人で、気持ちの表現というのがきちんとした人でした。日本人っぽくないと言えばそうでしたね。率直にいつも感謝の言葉を言っていたので、私はそれで随分救われてきたところもあります。感謝は感謝、厳しく言うところは厳しくっていうことが非常にきちんとした人でした。まさかこういう文章が残っているとは、ちょっと自分では思ってなかったんです、本当に。でも、彼らしいなと。

武田:こうやってご主人が、たくさんの言葉を残しています。それは今の栗原さんにとってどんな支えになっているんでしょうか。

栗原はるみさん:うれしいなって気持ちはあります。こういう強さが欲しいですよね、私にもね。こういうことがきちんとできると、残された家族はどんなに幸せになるか分からないですよね。これがまったくなかったら、彼はどんなことを私に対して思っていたのかなと考えちゃいますよね。
でも、これが何枚かあるので、生きる力になります。私が今まで彼と過ごしてきたことが本当に良かったんだと心から思います。それが彼の本当に素晴らしいところだなと。これを残してくれて本当に良かったと思っていて、私の残った人生の大きな力になったと思います。


ハッシュタグに込める 感謝の気持ち

栗原はるみさんのインスタグラム

栗原はるみさん:私がちょっと自分の電話にいつもメッセージを彼に1行だけ書いているところがあって、それは私からの彼へのプレゼントなんです。

武田:はい。電話にメッセージ?

栗原はるみさん:インスタの最後にハッシュタグってあるじゃないですか。そこに毎日玲児さんにお礼の言葉を1つずつ添えているの。それをきっと彼に伝えられているんじゃないか、伝わっているんじゃないかなと勝手に私が思ってやっているだけなんですけれどね。感謝の気持ちを込めて彼に送っています。毎日それは入れているんです。

武田:本当にくだらないことを聞くと思われるかもしれませんけれども、玲児さんが亡くなった今でも、やっぱり夫婦だなと思っていますか。

栗原はるみさん:何か自分がやっていることで、ああこんなことやったら彼に言われちゃいそうとか、こんなことやったら褒められそうとか、いつも頭に思っているから、きっとそうですね。

武田:私も、新型コロナでこういう状況になって改めて感じるんですけど、もっと妻に優しくしてあげていればよかったな、とか。もっともっと夫婦であること、一緒に生きているんだっていうことの尊さを心に留めて向き合わなきゃいけないなと思ったんです。

栗原はるみさん:本当にそうですよね。たった1回の人生しかなくて、唯一の人と出会ったからこそね、大事にしないといけないんですよね。彼は「女も自立しなさい」と「自立して自分の道をきちんと歩みなさい」といって、私の道筋を作ってくれたと思うんです。思いがけない人生が今、私にはありますよね。
料理家という、若い時には全く思っていない人生が今あるのは、きっと彼のおかげなんだろうなと思います。厳しいところもあり、優しいところもあり、それからおいしいものが好きな彼だったから。今ここまで来られたのは、彼のおかげなんだろうなと思いますね。


これからも夫婦

武田:ちょっと抽象的なお尋ねかもしれませんが、栗原さんが今感じている『夫婦である』ということの意味というのはどういうふうに考えていますか。

栗原はるみさん:夫婦であること?なんだろう?私はね、良い夫婦になるために相手に嫌なことはしないっていうのは決めていたんですよ。それはちょっと守れたかなと。若い時は言い合ったりすることもあったと思いますけど、後半は彼の嫌なことをなるべくしないように。なるべく好かれたい、大切に思ってもらいたい、私が妻で良かったと思ってもらいたいっていうところに残りの10年間はそういう感じで私は過ごしてきたように思います。

栗原はるみさんと玲児さんの写真

武田:本当に夫婦っていうのは、一人の人間がもう一人の人間と一緒に歩むこと、生きることだと思いました。

栗原はるみさん:そうですね、一緒に歩むんです。素晴らしいことですよね。お互いに助け合ったり、かばい合ったり、慰め合ったりできる。友だちでもなくて、家族っていうか、夫はまたね、違いますよね。だからそういう人に巡り合ったことが本当に良い人生だったなと改めて思っています。

武田:栗原さんのこれからの人生も玲児さんと共にある。

料理をする栗原はるみさん

栗原はるみさん:はい、そうですね。まあ、もう一人になっちゃったんですが、料理家ってその点いいですよね。立つことができて、料理ができればきっとずっと続けられる職業なんですよね。まあ舌もちゃんとしてなきゃいけないんですけど。でもそういう意味ではまだちょっと元気なので、しばらく仕事も続けて、彼に「君はよく頑張った」と言われるような人生をこれからね、歩んでいけたらいいなと思います。きっと見ていますよね、上からね。だから、しばらくはまた頑張って働いていこうかなと。みなさんに喜んで頂けるお料理を作れるように頑張っていきたいなと思いますね。

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7月2日(木)放送「夫婦2人 会えなくなった先に」はこちら
https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4437/
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