「新型コロナウイルス」×「避難所」 自治体取材から見えてきた「ジレンマ」

「新型コロナウイルス」×「避難所」 自治体取材から見えてきた「ジレンマ」

2020年5月18日

“新型コロナウイルスが流行する中、もし災害が起きたら今までの避難所では対応できなくなる”
新型コロナウイルスが広がる、今年3月、北海道標茶町で、大雨の警戒のため実際に避難所を開いていました。これからの避難所運営の難しさはどこにあるのか、改めて当時対応にあたっていた職員に話を聞きました。

(アナウンサー 栗原 望)


210人が避難した標茶町

3月10日、低気圧による大雨と雪解けによって河川が増水するおそれがあることから、標茶町では、1192世帯2410人を対象に避難指示を出しました。そこで、町内に3か所の避難所を開きました。まだ寒さの残る春先の北海道。雨の中、住民の避難が始まります。
最大の避難所になったのが、町のレクリエーション施設の体育館。210人の住民が、集まりました。
町では、避難所での感染を防ごうと、・手指消毒、・避難所内の換気、・避難者の一定距離、・症状のある人の隔離、・専用トイレの設置、・避難者の健康チェック 検温などの方針を事前に定めた上で避難所の運営に乗り出します。

当日、現場の指揮を任されたのが、町の職員の伊藤正明さんです。上司からの指示により、避難情報が出されるよりも早く体育館に到着し、設営を始めたと言います。

北海道標茶町役場 伊藤正明さん
「すぐにでも避難者が来ることが見込まれるので避難所の準備が出来次第、すぐ避難所を開設する中で、わりと短時間で、そういった対応を、今思えば、したのかなと思いますね。」


時間がない中で編み出した「3密」を回避する「知恵」

町としては、避難所の感染対策の方針はあるものの、どのように運営するかは、検討中の段階でした。
災害は、準備を待ってくれないということを、ここでも感じます。
そうした中で、伊藤さんがまず行ったのが、避難スペースの確保です。

この写真、当時、伊藤さんが避難所の上から撮影したものです。
川の字のように並んでいるのが、もともと体育館にあった幅1mほどのロールマット。
これを2mほど間隔をあけて床に敷きました。
さらに、一人一人のスペースを区切るため、2mごとにビニールテープで印をつけました。
また、横になった住民同士の顔が近接しないように、寝る場合は頭の向きをそろえることも周知しました。
時間がない中で、編み出した「ソーシャルディスタンス」対策でした。

北海道標茶町役場 伊藤正明さん
「これまではとにかく避難された方を、多く収容するところだけに視点を置いていていたんですけど、今回は、それだけではちょっと無理なのかなと思いました。この新型コロナウイルスの報道が繰り返し出ている中で避難所開設をしなければならないと考えたときに、その情報と自分が感じたイメージを繰り返し頭の中でぐるぐるさせながら、避難所準備をしている最中に、偶然、何となくひらめいたというか、イメージできた最低限のことから、こういう会場作りになったのかなと思いますね。」

このことばを聞いたとき、私は、時間的制約や、「住民の命を守る」というプレッシャーの中で、よく発想できたなと、現場で生まれた知恵に驚きました。
検討中の自治体の皆さんにとって、「まだできることがあるかもしれない」という希望にもなると感じました。


見えてきた課題「健康チェックどうする?」

今、各地の自治体では避難所運営をどうするのか、検討を始めていますが、
「入り口での検温・健康チェック」を行うことを検討している自治体も多いです。

取材した標茶町の方針では、入り口での「検温などの健康チェック」を必要としていました。
それは、熱や体調の悪い住民や、感染の疑いのある住民を確認し、感染拡大を防ぐために
別の部屋に誘導するためのものです。

ここでも、伊藤さんたちは、現場の実情からどんな対応をするべきか判断を迫られます。
外は大雨、次々に避難所にやってくる住民たち。
そこで、一つの判断を下しました。
今回、健康チェックは、「入口での検温」はせず、口頭で「熱はありませんか?」というたった一言による確認にとどめたのです。

北海道標茶町役場 伊藤正明さん
「今回は新型コロナ感染防止対策として本人の体調のようすを確認しなければならない。本来であれば体温計を用意して一人一人体温を確認しなければならないんですが、避難所の状況を考えると受け付け、ロビーのスペースで避難者を待たせるということがなかなか難しかったので、受け付けの時点で、平熱ですか、このひと言で本人の体調管理を、体調確認しました。検温は、時間もかかりますし、直接、体に触れるということがありますし、それを一回一回、消毒しなければならない。地域的にも寒い時期だったので、避難誘導するために多くの方をロビーまたは玄関先で待たせるということがないように思いついたのがそれだけでした。」

どんな災害のどんな避難所でも起こりうることではないかと感じ、おもわずゾッとしました。
これまでの災害でも、避難所には一気に多くの住民が「着の身着のまま」で駆けつけてきます。
びしょ濡れで駆け込んでくる人もいます。
家族が行方不明となり呆然となって身を寄せる人もいます。
家が被害をうけて、当分は避難所に暮らさざるを得ない人もいます。
これまで見てきた災害現場ではそういう人たちが、必ず避難所にいました。

そのような状況下で、体温計をかざすことが本当にできるのか。
しかし、感染症対策のためには、やはり必要かもしれません。
マニュアル通りに行かない、「with コロナ」時代の災害対応の難しさが見えてきました。

今回標茶町では、200人あまりの住民を速やかに避難所に誘導することができ、目立った混乱もなく、無事に大雨の一夜を過ごしました。
災害時の「避難所への速やかな誘導」と「健康チェック」、どう両立させるのか。実際に、避難所を開設した体験を振り返り、その難しさを痛感していると言います。

北海道標茶町役場 伊藤正明さん
「通常の避難所運営というだけでは、当然、対策にはならないのかなと思います。もし万が一、今の時期でも災害が起これば、『想像以上』なものが恐らく課題となってきます。現場では瞬時にそれに対応しないといけないが、本当にできるのかどうか、そういったことが非常に不安材料だと思いますね。」


「“想定外”をいかに小さくできるか」がポイント

今回標茶町を改めて取材して、「命を守るために早く避難させたい」、「感染拡大のための対策をする」という二つの「正しい対応」がぶつかり合うことが、新型コロナウイルスが存在するなかでの災害避難を難しくするのだと感じました。
こうしたケースから、“自分だったらどう対応するか”“自分の町であればどうするのか”、雨の時期が来る前に、想像し、準備していく必要があると感じました。そうした「想定」から、できる準備を進めていくことが、
災害時の「想定外」を小さくすることにつながるのではないかと感じます。

外は雨、表には着の身着のままの住民たち。新型コロナへの対策もしなければならない。
そのとき、私たちはどう行動しますか?

ぜひご家族と、同僚と話してみてほしいです。私も考えながら取材をしていこうと思います。

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この取材の内容も含めた
「新型コロナ 災害避難をどうする」の放送内容はこちら
https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4414/
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