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「#性被害者のその後」ハッシュタグに込めた思い

「#性被害者のその後」ハッシュタグに込めた思い

2019年8月9日
  • 性暴力
  • 事件・事故

みんなでプラス 性暴力を考える」で紹介した、24歳のときに上司から性暴力被害を受けた写真家の にのみやさをりさん の言葉から、あるハッシュタグが生まれた。「#性被害者のその後」。性暴力被害の後にあらわれる さまざまな苦しみや悩みを、“なかった”ことにせずに語り合おうという呼びかけだ。このハッシュタグを考案したのは、30代のエミリさん(仮名)。上司からの性被害で深刻なPTSDに悩まされているが、相手は罰せられることもなく、“性被害はなかったこと”にされたという。「性暴力は殺人に匹敵するほどの行為なのに、警察や司法の扱いが軽いのではないか」。エミリさんは、被害者の苦しみが知られていないことがその背景にあると考え、このハッシュタグで呼びかけた。
「#性被害者のその後」は、2019年8月9日現在で7287件に広がっている。呼びかけへの思いを、本人に聞いた。

(さいたま放送局記者・信藤敦子/クロ現+ディレクター・飛田陽子)

50代の上司から突然のキス


7月下旬。待ち合わせの場所に白いブラウスと黒いパンツスタイルであらわれたエミリさん。被害のあと、スカートは履けなくなったという。「ツイートが番組に届くとは思わなかった」と、少し恥ずかしそうだった。
エミリさんによると、被害に遭ったのは、2年前。相手は派遣先の職場で50代の課長だった。「管理職で妻帯者。20歳以上も年上で、男性というよりも“お父さん”という感じだった」。廊下や給湯室で会うたびに、「今度何人かで飲みましょう」と誘ってきたという。
エミリさんは、飲み会に同じ派遣社員の女性と2人で参加した。男性は、課長とその部下の5人。お酌を強要され、「こういう人なのか」と思いながらも対応していた。そして、店を出ると、エミリさんは路上で突然男性から抱きつかれ、キスまでされた。近くで見ていた部下たちは男性をはやし立てるだけだったそうだ。そして、男性は「“妻とうまくいっていないから、今後も2人で会いたい”と言ってきた」。

性被害でよみがえった過去の記憶

エミリさんは、ショックのあまり何が起きたのかわからないまま2、3日が過ぎたと振り返る。しかし、徐々に恐怖や怒り、嫌悪感が表れ、仕事中に震えが来たり、いきなり涙が出たりするようになった。さらに、これまで“性被害”とも思っていなかった記憶も次々によみがえってきた。「10代のときに夜道をつけられたり、スカートの中に手を入れられたり。社会人になりたての頃にも、先輩に飲まされて同意のない性行為をされた。そんな記憶が吹き出してしてきた」。


名古屋にある「性暴力救援センター 日赤なごや なごみ」で、カウンセリングを担当する日本福祉大学の長江美代子教授は、あるきっかけで昔の性被害の記憶を思い出すことは、決して珍しくないと話す。「思い出し方や記憶の表れ方はさまざまで、いつ出てくるかも個人差はあるが、嫌だったことを忘れたわけではない。何がきっかけになるかはわからないが、形として出てくると、バーッと吹き出してきて、どうしようもなくなるという人は結構いる」。

人として踏みにじられる悔しさ

エミリさんの被害には、実はまだ続きがある。被害を知った50代の別の上司が、「味方になる」と近づいてきたのだ。当時は「すべての男性に嫌悪を抱くのは失礼だ」と思い、食事につきあった。帰り道に路上で手を握られ、人けのないところでキスされ、舌を入れられた。「あまりのショックに固まってしまった」。さらに、相手は下着の中に手を入れ、性器に触れてきた。エミリさんは、たいしたことではないと思いこむようにして、何事もなかったかのように食事のお礼のメールをした。そして、「立て続けにこういうことが起こるということは、自分に原因がある。自分が悪いんだと思うようにした」。そうすることが、日常生活を壊さずに済む唯一の方法だと考えたからだ。
その後も、「最初の加害者のことを会社に言ってやる。今のままだったら悔しいだろう」と誘われ、「護身術を教えてやる」「何もしないから」とホテルに連れていかれたという。「いや」と言うなど拒絶の意思を示したこともあったが、力でねじ伏せられるうちに抵抗する気力を奪われてしまった。「自分がこの世にいる実感がなくなっていった。透明になっていたような感じ」。
派遣元に被害を訴えてみたものの、その会社は派遣先の子会社だった。担当者から黙っているように言われ、課長には、「男性に口答で注意した」と聞かされた。その後、契約更新時に「紹介できる仕事はありません」と、会社側の都合で派遣契約が更新されなかったという。「自分に落ち度があったと思いながらも、こんなことさえなければ元気だったので、悔しくて…。仕事も失い、こんな理不尽なことがあっていいのかと思った」。  
エミリさんは、一連の被害を振り返って、「人として踏みにじられる悔しさ。精神的な悔しさが一番大きい。被害は一瞬かもしれない。でも、その後の苦しさは一生続く」。


突然のキスを取り締まるとドラマは成り立たない?

被害後に、あまりの悔しさから警察にも行ったというエミリさん。しかし、「脅されたり、薬を飲まされたりしたわけでもなく、事件化できない」と言われ、被害届も受理されなかった。ある警察官からは、「男女が密室で2人になれば、好意があると思われても仕方がない。突然のキスを取り締まっていたら、ドラマや漫画は成り立たなくなる」と言われたという。
弁護士からも、「抵抗できなかったことは裁判では不利になる」とあからさまに嫌がられた。「自分は軽く扱われていい存在で、警察も取り扱わない、虫けらなんだと感じた。私が苦しいと思うことは社会から“ない”ことにされてしまった」。
また、加害者の罪の意識のなさにも打ちのめされた。1人目の男性からは、謝罪文と示談金10万円の提案を受けた。2人目からは、弁護士を通じて「気が弱いし、言いくるめたらいけそうだと思った。調子にのってやってしまった。こんなことならやめておけばよかった」と回答がきたという。怒りと悔しさがこみ上げ、100万円の損害賠償を求めた。すると、「30万円なら妻にばれないから可能だ」という返事が届いたそうだ。「やったことの重さを知ってほしかっただけなのに、ここまで罪の意識がなく、自分の保身しか考えてないのか…」。結局、どちらの加害者からも1円も受け取らなかった。

“被害前の自分”に戻れない

被害の後、エミリさんの心は、電車に乗ることもできなくなるほどに追いつめられていた。仕事に行こうとしても、50代の上司に近い年齢や背格好の男性を見るだけで、足がすくんで動けなくなってしまった。さらにその後、駅のホームでサラリーマンを目にするだけで、とてつもない恐怖や憎悪の感情がこみ上げてくるように…。叫び出しそうになる自分を抑えるために、その場でうずくまり、おう吐感や冷や汗も止まらなくなった。「男性の声を聞くだけで、胸が締めつけられるような痛みを感じた。3週間ほど、仕事を休んだ後、職場に復帰しても、次第に欠勤や遅刻が増え、周囲からはサボり癖のあるルーズな人だと思われた」。
その後、別の会社で派遣社員やアルバイトとして働いたが、男性が近くにいるだけで恐怖感がこみ上げてくるため、働くことへの心理的負担は大きく、今も働いては休業を繰り返す状態が続いているという。また、加害者と同じ名字を耳にしたり目にしたりするたびに、瞬時につらい記憶がよみがえる。さらに、毎朝、服を選ぶときに華やかなスカートやワンピースを着たいという思いが込み上げてくるが、「性被害にあった自分がこのような服を着ていいのか?」という自分の声や、警察や加害者の男性たちに言われてきた心ない声が脳裏をよぎる。

誰かが声を上げるきっかけになろう


エミリさんは、4月から、フラワーデモに参加するようになった。同じような経験をしながら立ち上がった人たちの姿に、勇気づけられたという。そんなとき、「みんなでプラス」の にのみやさをりさん の記事を読んだ。「加害者の多くが、被害を受けた後の苦しみを知らない」。にのみやさんの言葉に衝撃を受けたエミリさんは、立ち上がった。「誰かが声を上げるきっかけになるように、目に見える者になろう」。
そして7月17日、#性被害者のその後、というハッシュタグを考え、作り、つぶやいた。「加害者に罪の意識がない理由は、この『その後の苦しみを知らないこと』にあるのではないかと思いました。よければ、このタグで語ってください」。


次々寄せられた#性被害者のその後

エミリさんは、まず自分の「#その後」を書いた。「鬱になる」「PTSDで苦しむ」「外出が怖くなる」「人を信じきれなくなる」「加害者と同じ性別、似た年代の人間が恐怖の対象になる」「被害にあった場所、相手の使うエリアや路線が恐怖の対象になり、街ごと行けなくなる」―。
 すると、次々に#が広がっていった。「自分の体が女性であることが受け入れられない」「自分のことを責め続けてしまう」「好きだった短いスカート、足が出る服装ができなくなった」「犯人と同じような年格好の男性が怖い」「自分の娘にスカートを履かせるのがつらい」…。共感することばかりだった。さらにたくさんのメッセージも寄せられた。
「このタグすごい いいと思う。1人でもいいから被害者のその後について考えて欲しい」。
「もがきながら頑張っています…タグ作ってくれてありがとうございます」。
なかったことにされ、罪も問われず生きている加害者たちを、そしてセクハラや性被害を軽いものと扱う社会の認識を変えたい-。「そんな自分の思いが、少し届いた気がした」。


人生を壊す性被害 社会に知らせたい

性被害は、目に見えない傷だが、自尊心が奪われる深刻な被害だ。「これだけ人生が壊れたのに、見た目は元気。むしろ大けがをしていたらよかったのに」というエミリさんの言葉が、社会に届く日は来るのだろうか。
「加害者に声をかけるとしたら?」と問うと、エミリさんはこう答えた。
「今あなたがやろうとしていることは人を壊すことだと、1人でも多くの人に響いてほしい。それが、私が生き延びている意味かなと思う」。
「自分の人生では難しいかもしれないが、今後の女性たちのために社会を変えていく礎になりたい」というエミリさん。
力の弱い一人一人が、社会を動かす大きな力になる。そう信じるエミリさんのような人の声に寄り添っていきたい。



NHK「クローズアップ現代+」では、性暴力の問題を継続的に取り上げ、ホームページ「みんなでプラス」で 取材経緯やさまざまな情報を発信しながら、皆さんと一緒に考えています。あなたの気持ち、意見などをお寄せください。

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