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なぜ“30代エリート社員”の部屋は「ごみマンション」になったのか

なぜ“30代エリート社員”の部屋は「ごみマンション」になったのか

2018年5月31日

ごみがあふれ、足の踏み場もないマンションの一室。そんな「ごみマンション」を片付けてほしいという依頼が増えている。意外なことに依頼主の多くはバリバリ働く現役世代。大手メーカーの30代のサラリーマン、看護部長を務める40代の看護師など、外では普通に見える人たちだ。仕事のストレス、介護の負担、病気やケガ…。背景を探ると、誰もが「ごみマンション」に陥りかねない現代社会の断面が見えてきた。専門家が指摘するのは「新たな孤立」。高齢者の「ごみ屋敷」と違って、現役世代のごみマンションは気付かれにくいという特徴もある。あなたの隣の部屋も、ひょっとしたら…。

きれいだった部屋は、こうして「ごみマンション」になっていった

大手メーカーに勤める30代の田中秀樹さん(仮名)は、有名国立大学出身で独身。職場では、経営方針を策定する中枢の部署で係長を務めている。ところが自宅は「ごみマンション」になっていた。
玄関の床はごみで埋め尽くされ、靴を脱ぐスペースはない。玄関から続く廊下にも、部屋にも、大量のごみがあふれている。洗面所につながる扉は、床のごみが邪魔で開ききらない。ここ数年、人が来たことはない。それでも「生活に支障は出ていない」と言う。

ごみマンションになったきっかけは5年前、新製品のプロジェクトに抜てきされ、自分の能力を超えた高いレベルの仕事にストレスを感じるようになったという。

「上司の求めているラインに届こう届こうとして頑張っていくと、『ああ、できないな』って。仕事でエネルギーを使い果たした状態で帰ってくるので…。」(田中さん)

食事はコンビニ弁当などで済ませ、そのごみをレジ袋に入れたまま放置するようになった。そこからはじわじわと感覚がマヒしていくようだったと言う。

「最初のうちは床にものがあるとストレスだなと思うようなタイミングがあって、次に、足の踏み場があればストレスにならないタイミングがあって、その後には移動ができる状態になっていればストレスにならないなっていう状態があって…。段階的に(許容範囲が)上がっていったんだと思います。」(田中さん)

「きれい好き」という人でも、ごみマンションに陥るリスクがある。

都内の病院で看護部長を務める40代の高橋えみさん(仮名)。部屋には、ペットボトルや、ネットで買った商品を梱包してあった段ボールが、床が見えないほどに散乱している。以前は友人と部屋をシェアし、きれいに片付けていたが、友人が引っ越し、1人暮らしになった頃から生活も仕事も変わったと言う。

看護師はいわゆる「感情労働」の典型とされ、常に自分の感情をコントロールし、模範的な態度を求められる仕事だ。近年、そのプレッシャーが強まっていると高橋さんは感じていた。

「今の世の中、患者様っていうのが主流になっていて、患者様っていうからにはお客様と一緒のような感じで、ネットに書かれたり、クレームになったり、昔の時代よりはすごく大きくなっていて…。白衣の天使って言っても人間ですから。嫌なこともあるし、怒りたい時だってあるし、どうしてもやさぐれる気持ちというか…。片付ける元気は、帰ってからないんですよね。」(高橋さん)


仕事では人とのつながりがあるが、プライベートではみずから孤立を求めていったと言う。

「外ではすごいちゃんとしているんです。仕事もきちんとしますし、身なりもちゃんとするし。でも、閉鎖された感情がどんどん自分の周りも閉鎖した環境にさせていくというか…。人と関わることを避けていたというのはすごくあります。」(高橋さん)

一方、友人が大勢いる人でも、ごみマンションに陥るケースがある。映像関係の仕事をしている松井耕平さん(仮名)(51歳)。きっかけは親の介護だった。母が暮らす大阪と、職場のある東京を行き来する生活が3年以上続くなかで、1人暮らしの部屋はごみマンションになっていった。松井さんは人づきあいがよく、友人がたくさんいる。しかし、介護と仕事を両立させる苦しさを打ち明けることはなかった。

「『大変じゃないです、大丈夫です、僕は』とずっと言ってたから。外に出るとまったく別人なんですよね。外に出て普通に仕事をして友達の飲み会に誘われていく僕は、元気な僕。そんなものみじんも感じさせない、見えっ張りな自分がいて、本音を出すことが恥ずかしいと思っていた。」(松井さん)

ごみマンションに住み続けるとどうなるのか

取材したごみマンションの住人たちは、外ではしっかり働く普通の人たちだ。それがなぜごみマンションに至ってしまったのか。彼らに共通しているのは「何らかのつながりはあるが、孤立状態」ということ。

一方、きっかけは様々で、夜勤、職場のストレス、感情労働、介護、配偶者との別れ、病気やけがなど、あるいはそれらが複合的に絡まっているケースが多い。現代の孤立を研究している早稲田大学教授の石田光規さんはこう指摘する。

「『現代社会の個人主義』というものが非常に色濃く左右していると思います。具体的には、個人を重視する。個人の内面などを重視する、逆に言えば、上司やお客さん、あるいは友人などに『迷惑をかけてはいけない』『あんまり不快な思いをさせてはいけない』というコミュニケーションに非常に重きを置く。外で迷惑をかけないよう頑張ってしまうために、家に帰ったら自分の身の回りに関しては気を遣う余裕はない。そこでは迷惑などは考えず気にせず放任してしまう、というような形で、ごみマンションの状態になってしまうのではないかと思います。」(石田教授)

元保健師で東邦大学教授の岸恵美子さんが指摘するのは、現役世代のごみマンション問題に特有のリスクだ。家に閉じこもりがちな高齢者に比べ、外に普通に出かけていく若い人は「ごみマンション」になっていることに気付かれにくいという。

「特にマンションだと、密室ですので、臭いとか、あるいは汚いということが気付かれにくくて、周りから発見されない。また本人が恥ずかしかったり、人に見られたくなかったりということで、なかなか自分から助けを求めない、というところも特徴だと思います。一歩進んでしまうと、うつ状態が始まっているということもあります。」(岸教授)

外から見えにくい現役世代のごみマンション。専門家が懸念するのが、“孤立死のリスク”だ。保険会社が売り出している孤立死保険は、マンションやアパートなど賃貸住宅のオーナー向けに、孤立死が起きた部屋の修繕費用や家賃を補償するものだが、過去3年間に保険金が支払われた孤立死のうち、実に4割以上が50代以下の現役世代だったという調査もある。では、どうすればごみマンションから脱却できるのか。

ごみマンションから抜け出すために

前出のごみマンションの住人、松井耕平さんに転機が訪れたのは去年のことだった。50歳を迎え、残りの人生を考えるようになったのだ。「この部屋で孤立死するのは嫌だ」と一念発起し、片づけを依頼。その時、部屋を片づけてくれた人との会話が大きな支えになったという。
「ごみを捨てていく中で、自分が携わっていた映像関係の仕事の話になって、その時に看病と仕事の両立をしようとして、ストレスとか孤独感とか感じていたものが、いろいろ話していく中で、『すごいですね』って言われた時に、ああ、すごいことをしてきたのかな、と。じゃ何か行動を起こしてみようかなと。たぶん話したかったんですよね。僕が。」
ごみマンションから抜け出すには、「1人で抱えていた悩みを受け止めてくれる人が必要だ」と松井さんは気付いたと言う。その経験がヒントとなり、あえて友人の家の近くに引っ越した。いつでも友人に部屋に来てもらえるよう環境を整え、自分自身をさらけ出せる状況を作っている。

とはいえ、松井さんのように一歩踏み出せる人ばかりではないだろう。専門家にアドバイスを求めた。

「少しの勇気を持って環境を変える、ということをやってみるといいかと思います。1つは、清掃業者さんを頼んで、まず家をちょっときれいにしてもらう。それによってリセットすると、昔の自分に戻れるんじゃないかという自信につながったり、新しいことをやってみようという勇気が湧いてくることもあります。またちょっときれいになると、自信が持てるということがあります。もう1つはやはり「誰かに相談する」ということ。自分が相談できそうな人、お友達でも近所の方でも誰かに相談する勇気を持っていただけるといいかと思います。」(東邦大学 岸恵美子教授)

周囲から気付かれないまま、ごみマンションに陥っていく人たち。そこには、現代特有の「新たな孤立」が広がっていた。悩みを抱え込まず、周りの人に助けを求めることは決して恥ずかしいことではないはずだ。必ず誰か助けてくれる人がいる、そう信じられる社会でありたい。

この記事は2018年5月8日放送「あなたの隣もごみマンション!?現役世代に広がる“孤立”」を元に制作しています。

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