クローズアップ現代

毎週月曜から木曜 総合 午後10:00

Menu
「教育は平等なんかじゃない」 “学びの貧困”に苦しむ若者たち

「教育は平等なんかじゃない」 “学びの貧困”に苦しむ若者たち

2017年11月15日

憲法で「教育を受ける権利」が保障されている日本。国は「読み書きできない人はほとんどいない」としてきた。しかしNHKの調査で、小中学校に通えず義務教育からこぼれ落ちてしまった若者たちが少なからずいることが明らかになった。「平方メートルやミリリットルの意味が分からない」、「30%オフや2割引きの計算ができない」、「漢字が読めず薬の飲み方が分からない」。学べないまま大人になり、生活にも支障をきたす状態。それを私たちは「学びの貧困」と呼び、その実態を取材した。

読み書きが苦手、計算ができない… 「学びの貧困」の現実

東日本に住むコウスケさん(仮名)は19歳。小学2年生以降、学校には通っていない。文字は読めるが、漢字で書けるのは自分の名前と住所だけ。かけ算や割り算はほとんどできない。なぜ、コウスケさんは義務教育を全うできなかったのか。その理由を物語る痕跡が、去年まで暮らしていたアパートに残されていた。ふすまに開いたいくつもの穴。コウスケさんは「兄貴が殴ってあけた穴」と語る。6歳年上の兄が、家族に暴力を向けていたという。毎朝、兄の顔色をうかがう「奴隷のよう」な生活。コウスケさんは次第に、通学する意欲を奪われていった。来月(12月)20歳になるが、子ども時代に学べなかったことで社会生活を営んでいくすべさえ見いだせずにいる。
大阪府で暮らす21歳のヒトミさん(仮名)は母子家庭で育った。小学校に入学直後、脳梗塞で倒れた母の看病や家事の手伝いのため、学校を休みがちになった。4年生のとき、借金が原因で転校手続きも取らないまま別の街へ引っ越し、学校に通えなくなったという。買い物に出る前には、計算機を使って、購入する商品の金額を書き出す。暗算が苦手で、レジでお金が足りなくなって慌てる姿を見せたくないからだ。美容院には行かない。髪を切ってもらう時、自分のことをいろいろと尋ねられるのに耐えられないからだ。同世代の友達は一人もいない。読み書きは主に独学で身につけた。その彼女がつづった文章だ。
“義務教育を受けていないということは、なぜ、何をするにも息がしにくい不自由な世界なんだろうか…。教育は平等なんかじゃない。”
こうした若者たちの状況は、どこまで広がっているのか。NHKは、貧困に苦しむ若者などを支援する全国約800か所の行政の相談窓口の担当者にアンケートを実施した(回答率40.7%)。「義務教育を十分に受けられなかった」という若者はおよそ600人。そのうち、読み書きに困難を抱える人は78人に上った。また「対人関係が苦手」という人は208人。「自己肯定感が低い」という回答も目立ち、心理面への影響も浮かび上がった。

なぜ学校に通えなくなってしまうのか?

NHKのアンケートでは、学校へ通えなくなった背景についても尋ねた。『いじめ・本人の障害』のほか、『親の病気や虐待』や『貧困』など、家庭環境が大きく影響していることも分かってきた。保護者にとって「きちんと朝早く起こす」「学校に行く準備をさせる」「朝食をとらせる」といった子どものケアは、実はかなり大変なことだ。それが、保護者の仕事や病気、さらには貧困のために難しくなり、「学びの貧困」につながってしまう実態が浮かび上がってきた。

 
対策に乗り出しているのが広島県の福山市だ。支援が必要な子どもの家庭をリストアップ、福祉課の支援員が一軒一軒を訪問し、病気などで子どもに十分に目を配れない親に代わって、子どもを朝起こしに行くなどのサポートにあたっている。リストアップにあたって福山市が取り組んだのが、部署の垣根を越えた「情報共有」だ。福祉課が持つ「生活保護やひとり親家庭の情報」と、教育委員会が持つ「学校へ通っていない子どもたちの情報」を共有した。現在、支援する子どもは71人。今後は支援員を増やし、取り組みを広げていきたいと考えている。
一方、学ぶ機会を失った人が再び学べる場所として、夜間中学がある。小学校を卒業できなかったヒトミさんも、大阪府にある夜間中学に通っている。これまで、夜間中学の生徒の大半は高齢者や外国人だったが、最近は日本人の若者も目立つという。通い始めたことで、ヒトミさんの学力は飛躍的に向上。さらに、夜間中学に通うさまざまな世代の仲間との会話にも積極的に加われるようになり、周囲の人たちとの関係も変わり始めている。

 
「何かが変わったと思うんですけど、自分でもそれがよく分からない。でも夜間中学に来て勇気を出せるようにはなったんで、勇気かな」(ヒトミさん)
しかし公立の夜間中学が設置されているのは、全国で8都府県だけ。国は今年(2017年)2月に、すべての人に学ぶ機会を確保するための法律を施行し、各県に少なくとも1校の設置を促しているが、多くの県では計画すらない状態だ。

どうすれば「学びの貧困」をなくせるのか?

「学びの貧困」に苦しむ人たちをどう支援していくのか。求められるのは、よりきめ細かい「受け皿」だ。例えば、夜に仕事をしていたり、小さい子どもを育てていたりすると、夜間中学に通うのは難しい。そうした人たちの受け皿として、各地に広がりつつある子ども向けの無料学習支援塾に大人を受け入れる取り組みがあってもいい。また、読み書きが不自由な人には支援がどうしても届きにくい。そうした人が仕事を探しに来た際に、学びの場の情報も提供するような、組織の垣根を越えた支援も検討に値するだろう。
同時に、これ以上「学びの貧困」に悩む人たちを生まないための方策も必要だ。上智大学教授の酒井朗さんは、まず行政がいまの実態を調査すること、そして行政の支援機関どうしが連携したり、行政と民間団体が連携したりすることが重要だと指摘する。
「憲法で教育の機会は保障されているので、すべての子どもたちに教育の機会を保障しなければいけない。そのためには公教育のシステムそのものを、どこか見直さなければいけない。今までは学校に来る子どもに教育を施すことを前提としていましたが、出かけていく、こちらのほうから出向いて教育の機会を提供する、そうした考え方も必要ではないかと思います」
「将来に初めて光がさし込んだ」。ヒトミさんは夜間中学に出会って、そう感じたという。学ぶことはすなわち、将来の夢や希望を抱けるようになることでもある。すべての人がそのかけがえのない機会を得られるよう、もし失っても再びその機会をつかめるよう、地道できめ細かい取り組みが求められている。

この記事は2017年11月2日に放送した「ひらがなも書けない若者たち ~見過ごされてきた“学びの貧困”~」を元に制作しています。

もっと読む