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サッカーシリア代表 “英雄”と“裏切り者”の狭間で

サッカーシリア代表 “英雄”と“裏切り者”の狭間で

2017年10月24日

初のサッカー・ワールドカップ出場にあと一歩のところまで迫ったシリア。アジア最終予選での快進撃が世界の注目を集めた一方で、内戦による国家の分断は代表チームに暗い影を落としていた。彼らは分断された国民の希望の灯となり得るのか。国家とスポーツの狭間で揺れる選手たちを追った。

「英雄」から一転「裏切り者」に

予選で快進撃を続け、プレーオフでもアジア王者のオーストラリアを追い詰めたシリア代表。しかし、国は6年にわたる内戦で33万人以上が亡くなり、527万人が国外に避難している。難民となり祖国に戻れない人の多くは、アサド政権下で代表となった選手たちに批判的だ。「英雄」か「裏切り者」か。国民の見方が分かれる中、シリア代表はその狭間で戦い続けた。

オーストラリアとのプレーオフ初戦。シリア代表は、母国から9,000キロ離れたマレーシアをホームとして戦った。今も国内の一部では戦闘が続き、国際試合が禁止されているためだ。

シリア代表は、かつて対立した者どうしがチームメートとして予選を戦ってきた。その中には、アサド政権と距離を置き、代表を離れていた選手が4人含まれている。

そのひとり、クウェートのプロチームでプレーする10番のフィラース・ハティーブ選手。卓越したテクニックと気迫あふれるプレーで、内戦前は「シリアの英雄」と呼ばれていた。

しかし2011年、シリアで内戦が勃発すると、ハティーブ選手の故郷もアサド政権による攻撃によって壊滅。チームメートも命を落とした。ハティーブ選手は、反政府勢力の集会で代表との決別を宣言した。そのハティーブ選手が突然代表に復帰したのは、今年3月。シリア代表がプレーオフ進出を決めた直後の発言に衝撃が広がった。

「アサド大統領が見守ってくださることは、選手全員にとって名誉なことです。」

アサド政権によって国を追われた人たちから非難が集中。かつての「英雄」は、一転して「裏切り者」と呼ばれることになる。一体、ハティーブ選手に何があったのか。

背景には、内戦でアサド政権が優位に立っていることがある-、そう指摘するのは、シリア人ジャーナリストのアナス・アモさんだ。
「アサド政権が多くの選手を代表チームに呼び戻そうとしているのです。選手が戻ったのには、さまざまな理由が推測されますが、一部の選手には、家族に対して圧力もあったと思います。」

ハティーブ選手は14人家族。サッカーを教えてくれたのは父親だった。内戦は、海外のチームに所属していたハティーブ選手と、その家族とを引き裂いたのだ。なぜ代表復帰を決意したのか、ハティーブ選手に初めて真意を聞いた。

「まず最初に家族のためです。シリアに残る家族が帰ってくることを望みました。家族には6年間会えませんでした。帰ってきたのには多くの理由があり、とても複雑です。英語はもちろん、アラビア語でも説明しきれないのです。」

ワールドカップ初出場がかかる大一番 その時、シリア難民は

オーストラリアとのプレーオフ初戦は、シリアが土壇場で追いついて引き分け。第2戦に望みをつなぐことになった。

アサド政権下の首都ダマスカスでは、多くの国民が代表チームの健闘を称えた。一方、国を追われたシリア難民の多くは、複雑な思いでこの試合を見守っていた。

「彼らは良いプレーヤーだと思いますが、応援はしていません。アサド政権側に戻ったからです。」(国外に逃れたシリア難民)
「(このチームをシリアの代表と)絶対思いません。」(国外に逃れたシリア難民)

難民キャンプには、かつてハティーブ選手らと共にプレーした元代表選手の姿もあった。フィラース、・アルアリさんだ。内戦中、反政府勢力を支持し、兄弟といとこの命が戦火で奪われ、シリアを離れた。代表に復帰する考えはないというアルアリさん。この日行われたシリア代表のプレーオフを見ることはなかった。

「ハティーブ選手は尊敬すべき選手でした。彼は市民によりそい、戦いが終わるまで国に戻らないと宣言しました。シリアの代表として彼がプレーしているのを見ると、心が痛み、とても残念です。」


勝てばワールドカップ出場につながるオーストラリアとのプレーオフ第2戦。34歳のベテラン、ハティーブ選手はベンチスタートとなった。前半6分、スーマ選手が貴重な先制ゴールを奪う。しかしその後オーストラリアに追いつかれた。ハティーブ選手がピッチに立ったのは後半15分、その後、両チームは1歩も譲らず、試合は延長戦に突入する。

同じころ、トルコの難民キャンプ。ハティーブ選手のチームメートだったアルアリさんが、この日は試合をじっと見つめていた。

延長後半4分。シリアの望みを砕く、オーストラリア代表の勝ち越しのゴールが決まった。しかしシリア代表は諦めない。延長戦終了まで残り2分。絶好の位置でフリーキックを得る。しかし、わずかなところでゴールポストに阻まれ、シリア代表のワールドカップ出場の夢は消えた。

いちサッカー選手として勝利を願ったアルアリさん。しかし、肉親を奪われた記憶は、簡単に消し去ることはできないという。

「アサド政権側や反政府側といった立場の違いを超える、すべての国民の代表チームであることを願います。そうであれば、私は代表のそばに立ちます。でも今のままでは不可能です。」

英雄と裏切り者との狭間で揺れたハティーブ選手。試合後、胸のうちをこう語った。

「今はすべての人が国を支え、共にあるべきなのです。自分の考えを押しつけるのではなく、シリアのことを考えるべきなのです。シリアが私を必要とするなら、それに応える最初の人になる。かつて私たちが共に暮らしていたように、平和に暮らすために。」

スポーツ、とりわけサッカーはナショナリズムと結び付けられがちだ。しかし、紛争地などで活躍するサッカー選手を多数取材してきたジャーナリストの木村元彦さんは、スポーツと政治を分けて考えるリテラシーを育てることが必要だと指摘する。アサド政権を賞賛するようなハティーブ選手の発言に対する批判についても、選手らに発言の自由があるかどうか、そういった背景を考える必要があるという。

分断された国民の、代表チームへの思いは今もさまざまだ。彼らが思いを1つにして代表チームを応援できる、選手たちが純粋にサッカーに集中できる、そんな日が一日も早く来ることを願ってやまない。

この記事は2017年10月12日に放送した「“英雄”か“裏切り者”か サッカーシリア代表の真実」を元に制作しています。

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