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橋田壽賀子 92歳の“安楽死宣言”

橋田壽賀子 92歳の“安楽死宣言”

2017年10月5日

「おしん」「渡る世間は鬼ばかり」など大ヒットドラマを連発してきた女性脚本家・橋田壽賀子さん(92)。橋田さんの「安楽死で死にたい」という“宣言”が大きな反響を呼んでいる。橋田さんの真意はどこにあるのか。単独インタビューで迫る。

「迷惑をかけたくない」という思い

92歳の今なお第一線で活躍する橋田さん。「私は安楽死で逝きたい。」という雑誌での告白が社会に衝撃を与えている。橋田さんは28年前に夫を亡くし、今は熱海市の自宅で一人暮らし。日本で事実上認められていない安楽死をなぜ“宣言”したのか。

「まず、体の衰えを感じたことですね。それまでは、あんまりどっか痛いとか、しんどいとか思わなかったのが、(中略)毎日年取ってくるんだなって、すごい実感があったんですね。(中略)終末医療がどんどん完備されても、それで生かされて、どれだけ幸せなのかな。線引きが難しいですよね。もう私は年寄りだし、することもありませんし、天涯孤独ですし、死なせてくださいって言ったら、ああ、いいよって言ってくださる法律があったら、それは安楽死だなと思ったんですね。」

8月に出版された橋田さんの『安楽死で死なせて下さい』。そこには、ご自身の生き方や死に方についての考えが記されている。その理由の1つが「迷惑をかけたくない」というものだ。

日本の統治下にあった韓国で生まれた橋田さん。一人っ子で、女子大進学を機に親元を離れ上京。25歳で松竹初の女性脚本家として歩み始めた。その後、テレビの世界で才能が開花し、後世に残る作品を次々と生み出した。頼る人もなく、甘えが許されない世界で心に誓ったのが、誰にも迷惑をかけずに生き抜くということ。だからこそ最期のときも、多くの人の手を煩わせることなく、ひっそりと亡くなりたいという思いがある。

“90歳になって、仕事がだんだん減ってきて、ほかに考えることもなくなったら、『あ、もうすぐ死ぬんだ』と考えるようになりました。あとはもう、他人に面倒をかけたくないだけ。迷惑をかけるなら、そうなる前に死なせてもらいたい。死に方とその時期の選択くらい、自分でできないかなと思うのです。”(『安楽死で死なせて下さい』文春新書より)

日本で認められていない“安楽死”

大きな波紋を呼んだ橋田さんの安楽死宣言。しかし、日本では、積極的安楽死を認める法律はなく、医師による自殺ほう助は、違法と考えられている。

安楽死の手法の1つ、自殺ほう助が認められている数少ない国の1つ、スイス。スイスでは、刑法の解釈で利己的な動機によらない自殺ほう助が可能となっている。その自殺ほう助をサポートしている民間団体、ディグニタスには世界各国から毎年数百人が入会してくるという。治る見込みのない病であることや、耐え難い苦痛があるなど、厳しい要件を満たすと医師が承認した場合のみ、サポートを受けられる。

スイスで自殺ほう助を受けたあるアメリカ人男性は、難病で人工呼吸器をつけながら、家族に支えられて暮らしていた。しかし病状が悪化し、次第に死を考えるようになった。

「人生に疲れたわけではない。病気に疲れたんだ。これからも人生を楽しみたい。しかし、それができないんだ。」(自殺ほう助を受けたアメリカ人男性)

男性は苦しみながら逝く姿を家族に見せたくないという思いで、自殺ほう助を受けることを決めた。タイマーで人工呼吸器のスイッチが切れるようセットしたあと、医師が処方した睡眠薬を大量に飲み干す。男性は5分ほどで深い眠りにつき、その後、息を引き取った。

今、ディグニタスに入会する外国人は増えている。日本人会員は去年の時点で17名。ただ、他の治療法などを選択する人もいるため、実際に自殺ほう助を受けるのは、全会員の3%に過ぎないという。

実際に自殺ほう助を受ける人が少ないという現実について、橋田さんの捉え方はこうだ。

「それは1つの安心ですよね。安楽死に登録して、いつでも安楽死できると思ったら、いつか平穏死になったっていうのはとてもいいことだな、一種の理想ですよね、それが。心の、なんか保険みたいなもんですね、安楽死っていうのは。(中略)自分が死を選べない不安で生きてるってのも、年取ったらすごい重いですよ。」

安楽死をめぐる多様な声

日本では、安楽死をめぐり、さまざまな議論が続いてきた。

原因不明の体調不良で、日中の大半を寝て過ごす妻。その妻が、毎日のように”安楽死”と口にするため、制度化を望む人(74)。制度があれば妻の気持ちが救われるのではないかと考えている。「気が楽になるというか、逃げるところがある、安楽死によって。そういう気持ちになる人もいるんじゃないかと思う。」

一方、安楽死に強く反対する人もいる。治る見込みのない病の夫(84)の世話をする女性からは、こんな声が寄せられた。「安楽死という言葉を言われると、『貴方(あなた)のことは、もう面倒みられない』と言われているのではないか? と悲しくなるのかもしれないと思いました。主人のような人は、面倒みられないと周りの人に言われたら生きていけないのです。ですから、主人は絶対に安楽死に反対なのだと思いました。」

生や死のあり方は、人それぞれに事情があり、さまざまであっていいと考える橋田さん。あくまで自分は、人生の閉じ方を自身で選びたい。安楽死は、その1つの選択肢だという。

死を身近に感じ、懸命に生きる

戦争一色の中で青春時代を過ごした橋田さん。生よりも死が身近だった。だからこそ一生懸命に生きてきたし、人生の最期も自分らしくと考えているという。

「いつか死ぬんだから、今、精いっぱい生きなきゃというのはありますよね。死をいつも見つめるということは、それはやっぱり死を考えているから、今を精いっぱい生きるってことですね。私が戦争中そうでしたから。死の覚悟ができて、それでやっとそれを踏み台にして生きてきたみたいなところがありますから。いつ死ぬか分からない、明日死ぬかも分からない、やっぱり精いっぱい、後悔ないように生きたいというのがあります。」

死と向き合うことは、人生をどう生きるかにつながる。一度じっくりと考えてみてはどうだろうか。

この記事は2017年9月26日に放送した「92歳の“安楽死宣言” 橋田壽賀子 生と死を語る」を元に制作しています。

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