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番組発! 女性×クラシック音楽 FM『リサイタル・パッシオ』【国際女性デー】

クラシック音楽の作曲家と聞いて思い浮かべるのは、男性?女性?
バッハ、モーツァルト、ベートーベン…教科書に載っていたのは男性ばかりではないでしょうか。でも昔から少ないながらも女性の作曲家・演奏家はいましたし、いまもたくさんいます。

国際女性デー(3月8日)にあわせ、FM『リサイタル・パッシオ』は3月、女性演奏家シリーズを放送します。世界で活躍する日本人女性作曲家に新たな楽曲制作を依頼、注目の弦楽四重奏団による世界初演を行いました。


(『リサイタル・パッシオ』ディレクター 川﨑香菜子)

女性の音楽家を取り巻く“ジェンダーの壁”

日本で音楽を勉強している女性、音楽を職業としている女性は男性に比べてどれくらいいるか。全国のデータはありませんが、国内最難関の一つ東京藝術大学と100年以上の歴史を誇るNHK交響楽団の性別比率を調べてみました。

東京藝術大学の器楽科の女性比率は64%(2022年5月1日現在)。一方、NHK交響楽団の女性比率は23%(2023年2月27日現在)でした。N響の女性比率は徐々に増えていますが、今も5分1あまりにとどまります。

限られたデータから結論づけることはできませんが、学校の吹奏楽部や合唱部では女性が多いように、たくさんの女性が音楽を奏でることを楽しみ、学んでいるのは間違いなさそうです。

でも、演奏家という職業を選び経済的に自立できる女性となると、ぐっと数が減る気がします。

世界的に有名なウィーン・フィルハーモニー管弦楽団は1990年代後半になるまで女性の楽団員がいませんでした。出産などによるキャリアの中断が壁になった部分もありますが、180年以上の伝統をもつからこその側面もあるようです。ウィーン・フィル発足当時の社会では、オーケストラで女性が演奏することは考えられませんでした。

長年、男性だけで作ることが当たり前だったウィーン・フィル独自のサウンドを時代の変化にあわせてどのように受け継いでいくか。ウィーン・フィルが出した結論は、自分たちの伝統の中に徐々に「多様性」を取り入れていくということでした。2011年には初の女性コンサートマスターが誕生。今、ウィーン・フィルでは性別に関係なく楽団員みんなで「ウィーンならではの響き」を奏で、世界中に届けています。

世界のオーケストラでも今、多くの女性が活躍し始めています。

ウィーン・フィルと並ぶ世界最高峰のオーケストラの一つ、ベルリン・フィルも2023年2月に、この春、初の女性コンサートマスターが誕生すると発表しました。そしてベルリン・フィルで学んだ指揮者、沖澤のどかさんも、2023年4月から関西の名門オーケストラ、京都市交響楽団の常任指揮者に就任することが決まっています。

“女性性”をテーマにした『吉原木遣りくづし』

クラシック音楽の若手アーティストによるスタジオ演奏とカジュアルなトークをお届けするFM音楽番組『リサイタル・パッシオ』では、3月に日本の女性アーティストを4回シリーズで取りあげます。

第1回目(3月5日(日) 午後8時20分~ )は、4人の弦楽四重奏団「タレイア・クァルテット」。2014年に東京芸術大学在学中に結成され、2018年第4回「宗次ホール弦楽四重奏コンクール」1位を獲得し、国内だけでなくイギリスなど海外でも演奏活動を行っています。

「タレイア・クァルテット」(左上)山田香子/第1バイオリン、(右上)二村裕美/第2バイオリン、(左下)石崎美雨/チェロ、(右下)渡部咲耶/ビオラ の4名で活動中。

弦楽四重奏「タレイア・クァルテット」が今回披露した3曲は、すべて女性の作曲家の作品です。1曲目は、19世紀の作曲家、ファニー・メンデルスゾーンの『弦楽四重奏曲』。2曲目は、アレクサンドラ・ブレバロフ作曲の『MY DESERT, MY ROSE』。

そして3曲目。番組では、女性の歴史や活躍をテーマにした新たな楽曲を注目の若手作曲家、桑原ゆうさんに依頼し、「タレイア・クァルテット」による世界初演を行いました。

桑原ゆう(作曲家) 1984年生まれ。東京藝術大学大学院を修了。2021年「第31回芥川也寸志サントリー作曲賞」受賞。日本、ベルギー、ドイツ、スイス、アメリカなどから多くの委嘱を受け、国内外の音楽祭や企画等で作品が取り上げられている。

桑原さんが作曲してくださった楽曲は民謡をモチーフにした『吉原木遣(よしわらきや)りくづし』。弦楽四重奏による6分ほどの作品です。

収録は2023年2月23日、NHKのスタジオで行われました

「木遣(きや)り」とは、日本各地に昔から伝わる唄です。元々は材木を運ぶときのかけ声や合図代わりになっていた作業唄(うた)で、「火事とけんかは江戸の華」と言われるほど火事の多かった江戸では、火消しやとびが息を合わせるために唄っていました。それが祭礼や祝い事でも披露されるようになり、今に残ります。

このように「木遣り」には男性のみが唄うものが多くあります。その中で例外的に「吉原木遣り」は遊郭・吉原の座敷で披露された、女性による木遣りです。

『吉原木遣(よしわらきや)りくづし』

『吉原木遣りくづし』を演奏したタレイア・クァルテットにこの曲や演奏について感想を聞きました。

Q 最初に楽譜をもらったときは、どのように感じましたか?

山田香子(第1バイオリン)

特殊奏法が多くて難易度が高そうだと感じました。弓を強く押して雑音を混ぜたり、弓の裏で弦をたたいたり、長い音の出し始めにあえて弓をバウンドさせたり、説明しきれないほどの指示が楽譜に書かれています。

2023年2月15日、NHKのスタジオで行われたリハーサルの様子(左)タレイア・クァルテット (右)桑原ゆう

Q 今回、作曲家桑原ゆうさんにリハーサルと収録に立ち会っていただきました。そのときに印象に残ったことはありますか?

石崎美雨(チェロ)

桑原さんに特殊奏法も含めた作曲の意図を直接聞くことができたのが大きかったです。「日本的な唄を立体的に表現する」「女性の声を弦楽器から感じる」ことを意識してほしいということでした。

渡部咲耶(ビオラ)

西洋音楽では、ハーモニーの響きやフレーズ感などに均斉が取れていることを重視します。一方で今回は、独特のひずみやうねりが入る日本古来の唄を4人全員で表現するのです。


たとえば第2バイオリンがメロディを弾いてほかの3人が別の動きをしている部分があるのですが、西洋音楽的にシンプルに解釈すると「第2バイオリン」対「そのほかの3人」という構図なのかな?と思っていました。


しかし、桑原さんから全体として4つのパーツによる1つの立体構造物のような音を目指して欲しいとアドバイスをいただき、演奏がガラリと変わりました。

二村裕美(第2バイオリン)

「唄」を感じる工夫として、弓を返す位置をあえてバラバラにしたりもしました。同時に弓を返すと、演奏としてのまとまりは出ますが、唄の息が続いているようには感じられないからです。


また、作曲する際に、弦楽器から女性の声が感じられるように注意したというお話も聞きました。


わたしたちは女性4人の弦楽四重奏団なので女性の声のイメージはしやすかったです。

「“わたし”を見極めることが“女性性”を考える基盤」 作曲家 桑原ゆう

桑原ゆうさんに『吉原木遣りくづし』を作曲されるにあたっての思いをお聞きしました。

収録中、桑原ゆうさんの的確な指示によってタレイア・クァルテットの演奏がどんどん変わっていきました

Q なぜ民謡の「木遣り」をモチーフにしたのでしょうか?

桑原ゆう(作曲家)

私は「日本の音と言葉を源流から探り、文化の古今と東西をつなぐこと」を主なテーマに創作活動を続けています。その中で「吉原木遣り」に出会い、今回のテーマを表現するのにぴったりの題材だと考えました。

Q「吉原木遣り」という楽曲に感じたことはなんでしょうか。

桑原ゆう(作曲家)

吉原の芸者たちにとっては、芸を極めることが生きることそのものであり、「お客さまを喜ばせるためならば、取り入れられるものは何でも取り入れる」、そういう貪欲な精神で木遣りも取り入れ、座敷で披露していたにちがいありません。吉原で生きる芸妓(げいぎ)たちの気概に、日本の女性に元来そなわる、しなやかさやしたたかさを感じました。

Q 今回の作品は女性の唄「吉原木遣り」の要素を取り入れられています。「女性性」について、桑原さんはどのように捉えて創作に向かったのでしょうか。

ジェンダー、マイノリティ、キャリア、結婚、出産と家庭など、女性を取り巻く環境について、考えるべき課題は山積みですが、音楽をつくることに必死になって日々を生きていると、私はただの「わたし」であり、自身を男性か女性かで判別して捉えることはあまりありません。なので、女性としての側面ばかりにフォーカスすると、かえって女性性の問題が自分からはなれていってしまい、現実味をもって考えるのが難しく感じられました。


むしろ「わたし」という存在を見極めることが、いまの私には切実な問題で、それこそが、本来の「女性性」を考えるための基盤になるように思ったのです。

桑原さんのお話を聴きながら、『吉原木遣りくづし』を初めて聴いたときに自分が感じたことを思い出しました。

曲を聴き始めて すぐ「日本民謡がモチーフだ!」と椅子から転がり落ちるほど驚きました。そして女性の声を音楽の中に感じ、自然と自分がこれまで「女らしさ」「男らしさ」などでモヤモヤした経験について考えていました。

遠い世界のことではない、私の生まれ育った日本の女性たちの歴史が、この曲を通していまの私と地続きになりました。まさに「女性性」が「わたし」とリンクしたのです。

音楽とは言葉がなくても通じるのだと知らしめられ、一生忘れられそうにない経験になりました。

「わたし」として生きた 19世紀の女性作曲家

今よりもずっと女性が「わたし」として生きることが難しかった時代に、それを成し遂げた作曲家がいます。

ファニー・メンデルスゾーン。あの『結婚行進曲』を作曲したフェリックス・メンデルスゾーンの4歳上の姉で、ショパン、リスト、シューマンなど著名な音楽家が生きた19世紀前半にドイツで活動しました。

ファニー・メンデルスゾーン(1805-1847)

ファニーは弟フェリックスに劣らない才能がありました。フェリックスは作曲するときにファニーの反応を気にしていたといいますし、書きかけた作品の完成をファニーに託したことも少なくありませんでした。

しかし当時、音楽家として社会に打って出られるのは男性だけで、女性は家庭に入り「よき妻、よき母」となることを求められました。

ファニーにいくら才能があっても、自分の名前で作品を発表することは許されませんでした。実際、ファニーが1人で作曲した歌曲の中には、弟フェリックスの名前で発表されたものがあります。

ファニーは親や家族に求められるように結婚そして出産をしましたが、それでも音楽をあきらめませんでした。一時は作曲の意欲の減退に悩んだものの、再び精力的に作曲に取り組むようになったのです。そして、画家で夫のヴィルヘルム・ヘンゼルの強い支えもあって、ついには自分の意思で、自分の名前で楽譜を出版します。

出版された楽譜は大好評でしたが、1年とたたずにファニーは病に倒れ、41 歳で人生を終えます。それでも、ファニー・メンデルスゾーンという1人の個人が「わたし」として残した作品は今に残されたのです。

女性音楽家を取材して

『吉原木遣りくづし』リハーサルの様子(2023年2月15日撮影)

今回、桑原ゆうさんの『吉原木遣りくづし』が音楽として産声を上げる瞬間に立ち会い、ファニー・メンデルスゾーンという作曲家の人生を改めて振り返ったことで、過去・現代・未来に共通した思いが浮かび上がってきました。

それは、「わたし」として生きていられるか。現実はいつも理想とは違うけれど、それでもしたたかに「わたし」を貫けるか、ということ。

「女性」に限らず、性別は自分をつくる要素のひとつでしかなくて、「わたし」は「わたし」。これが当たり前になった社会で生まれる音楽とは、どんなものなのでしょう。

クラシック音楽の番組制作をしていると、音楽に当時の社会が宿っていると感じることが多くあります。

今、私たちの手には、精一杯生きた証として女性たちから受け継いだ音楽があります。
みなさんは、どんな音楽を未来の人たちに手渡していきたいですか?

【放送予定】
『リサイタル・パッシオ』<FM> 毎週日曜 夜8:20(再放送 毎週金曜 朝9:20)

※3月は女性の音楽家たちを特集します。放送後1週間「らじるらじる」で聴き逃し配信します

3月5日「タレイア・クァルテット(弦楽四重奏)」
3月12日「中川優芽花(ピアノ)」※アンコール
3月19日「袴田美帆(サクソフォーン)」
3月26日「?田円香(チェロ)」

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みんなのコメント(1件)

感想
FukuTaka
男性
2023年3月4日
弦楽四重奏というと、私の中では、4人がしかめっ面して楽譜とにらめっこしながら演奏する、というイメージがありました。そのイメージをガラリと覆してくれたのが、今年のニューイヤーコンサートでのタレイア・クァルテットでした。ステージに登場した時の、爽やかで華やかな雰囲気。やがて始まった女性4人の演奏は、その雰囲気を裏切ることなく、音楽を感じさせてくれたクァルテットでした。美しさの中に音楽の力を持っている彼女たちの演奏は、4人の個人が「わたしたち」としてたたずんでいる証です。これからも、「わたしたち」を貫いていける4人だと確信しています。