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梅毒急増なぜ? 性感染症の“誤解と軽視”

2022年の梅毒感染者数がおよそ1万3千人にのぼり前年の1.6倍に急増するなど、いま「性感染症」の広がりが危惧されています。

感染拡大の背景に何があるのか。NHKでは専門家と共に性感染症に関する独自調査を行いました。

見えてきたのは、感染リスクが身近にあるにもかかわらず、適切な予防や治療につながっていない実態です。

クローズアップ現代「急増なぜ?梅毒“過去最多”の衝撃 感染から身を守るには」

総合 1月25日 夜7時30分~
放送から1週間NHKプラスで見逃し配信

「自分は大丈夫」誤解が招く感染

カオリさん(仮名・30代)
カオリさん(仮名・30代)

関東地方の会社員・カオリさん(仮名・30代)は去年10月、1年半付き合っていた交際相手との性行為中に異変を感じました。相手の性器にしこりができていたのです。しかし、相手に尋ねても「以前からしこりはあった」と言われたため、不安は気のせいだと自分に言い聞かせてそのまま性行為を続けたといいます。

カオリさん・仮名

その場の雰囲気もあって、途中でやめることができませんでした。私は避妊のためにピルを飲んでいたので、コンドームもしていませんでした。健全なお付き合いをちゃんとしていれば性病とは無縁かなと。1年半という時間が信頼関係を築いていたこともあって、大丈夫だろうと疑いませんでした。

カオリさん(仮名・30代)

翌日インターネットで調べると、「性器のしこり」は性感染症の典型的な症状の一つでした。「このまま関係が切れたらどうしよう」というためらいもありましたが、調べれば調べるほど不安が大きくなり、相手の男性にもう一度確認しました。

相手の男性から届いたメッセージ
相手の男性から届いたメッセージ

その後、相手の男性が医療機関で検査すると、「梅毒」だと判明。結果を聞いたカオリさんも検査を受けましたが、当初は陰性でした。医師から「梅毒は潜伏期間が長い」と説明を受け、2週に一度の検査を続けたところ、7週間後に「陽性」の結果がでました。

カオリさん・仮名

「まさか自分が梅毒にかかるなんて」というのが、最初に思ったことですね。ショックがとても大きかったです。当時知識がなかったので、治療方法や治療にどれくらい時間がかかるのか、とにかくいろいろ不安でした。

梅毒は、主に性的な接触によって広がる細菌性の感染症です。通常、感染後3週間から6週間程度の潜伏期間を経て最初の症状が出ますが、無症状の人もいるほか、症状がすぐに消えてしまう人もいます。薬で治療できますが、治療せずに放置すると臓器などに重大な影響がでる場合もあります。

相手の男性は、梅毒だと判明する数か月前に性風俗を利用していたことが後に分かりました。感染したのはそのときではないか、とカオリさんは考えています。男性との交際は、終わらせることになりました。

カオリさん・仮名

信頼関係は一気に崩れてしまいました。でも(梅毒だったと)連絡してくれたのでまだ良かったです。急に音信不通とかになっていたら、私は無症状だったのでずっと梅毒を放置していた可能性もあります。正直であることは大切ですよね。しこりを見つけたときに、瞬間的に「前からあった」なんて嘘をつかずに「ちょっと不安かもしれない」と正直に話してもらえれば、気持ちもまた違っていたのかなと思います。

受診の様子
受診の様子

カオリさんは感染1年以内の「早期梅毒」でした。治療は抗菌薬の注射を1回打つだけで済みましたが、医師からは「再発や他の人にうつす危険がなくなるまで数か月間の経過観察が必要」だと言われました。意識してピルを飲むなど、避妊については自ら対処していたというカオリさん。性感染症に関する知識や認識も持っておくべきだったと考えています。

カオリさん・仮名

いまになって考えると、相手がどこで何をしているかは分からないので常にリスクはあると思います。でも以前はそういう認識自体が薄かったので、性病に対してのガードもかなり低かったなと思います。どういう症状があるのかなど、最低限の知識を頭に入れておけば予防できたかもしれないです。

女性の7割は「特定のパートナー」から感染 実は身近にあるリスク

2022年の梅毒感染者数はおよそ1万3000人で、現在の方法で統計をとり始めた1999年以降で過去最多となりました。2012年からの10年で15倍の急増です。クラミジアや淋病などの他の性感染症も、近年若い世代を中心に増加傾向にあり、性感染症の拡大が懸念されています。

一方で、カオリさんのように「性感染症は性生活が奔放な人がなるもの」「自分は大丈夫」と思っている人も多いのではないでしょうか。しかし今回NHKが行った調査では、感染のリスクは身近にあることが明らかになりました。

調査は先月末、全国の18歳から59歳の男女およそ1万人に対しインターネットで実施。そのうち性行為経験がある男女4650人から回答を得て、性別や年代が日本全国の実態を反映するように補正して分析しました。

性感染症にかかった経験(自分)

調査では、18~59歳男女の11.2%、およそ9人に1人が何らかの性感染症の経験がありました。

「性感染症になったかもしれない」と不安になった経験

また、10代・20代の男女では2割ほどが過去2年以内に「性感染症になったかもしれない」と不安になった経験があり、特に若い世代が性感染症のリスクを身近に感じていることが分かりました。

性感染症になった・感染の不安があったときの性行為の相手(複数回答)

性感染症になった・感染の不安があったときの性行為の相手については、女性の約7割(66.7%)が「特定のパートナー」と回答した一方、男性の約7割(71.3%)は「不特定の相手」でした。

性感染症になった・感染の不安があった不特定の相手との出会い方(複数回答)

男性がどのように不特定の相手と出会ったのか内訳を見てみると、中高年ほど性風俗業者や店舗からの紹介が多かったのに対し、若年層になるほどアプリやSNSなどオンラインで出会う割合が高くなっていました。

川名敬さん
川名敬さん

調査を共同で行った産婦人科医で日本大学医学部主任教授の川名敬さん(日本性感染症学会監事)は、調査結果を次のように分析しています。

産婦人科医・川名敬さん

人との出会い方が多様化する中、性風俗産業など一部の人の話ではなくなっています。特に若い世代では、近年マッチングアプリやSNSで不特定多数の人と出会うことが容易になって、感染するリスクが身近になっているのではないでしょうか。自分は大丈夫と過信せず、感染予防をしてほしいです。

「恥ずかしい」「金銭的に不安」 “受診控え” が広げるリスク

イメージ

性感染症にかかるリスクが身近にある中、感染したかもしれないと不安になったときにどう行動すればいいのでしょうか?

トモヤさん(仮名・20代)は、クラブで出会った女性と一夜限りの性行為をした2~3週間後、激しい尿道の痛みを覚えました。
検査や受診には心理的に抵抗があったというトモヤさん。誰にも相談せず、頼ったのはインターネットだったといいます。

トモヤさん(仮名)
トモヤさん(仮名)
トモヤさん・仮名

(性器が)結構腫れていて、おしっこするときは痛かったけど、それ以外の日常生活でそんなに不便なこともなかったから、「あーなっちゃったか」という感じでした。「どうやって治そう?」とは思ったけど、お医者さんには恥ずかしくて行きたくないなと。
ネットで調べた感じだと「自力でなんとかなる」と思ったんですよね。不幸中の幸いっていったらあれだけど、ちょうど“薬” があったから、相談しなくても解決できるなと思いました。

イメージ

インターネットで調べると、クラミジアや淋病の症状によく似ていました。「抗生物質が効く」という情報も目にし、ちょうど扁桃炎で処方されていた抗菌薬を服用したといいます。
本来、別の疾患で処方された抗菌薬を自己判断で使用するべきではありません。今回、取材を通して性感染症のリスクについて改めて知ったトモヤさんは、治療を軽視する気持ちがあったと話しました。

トモヤさん・仮名

そのときの(性行為の)相手には伝えていません。名前も知らないし連絡先も知らない。本当にその日声かけてホテルに行った子でしたから。
マッチングアプリや“ワンナイト”で不特定の人と性行為をしていたので、(性感染症に)かかってしまったら自己責任、アンラッキーというくらいに思っていました。いま思えば、軽い性病でラッキーだったかなというのはあって。もし自分が梅毒にかかっていたら、と思うと怖いです。

性感染症になった・感染の不安があったときの対処方法(複数回答)

調査では、「性感染症になった」または「感染の不安があった」ときに医療機関を受診したり保健所で検査を受けたりしたのは、およそ半数に留まります。また、自分の感染や感染の不安について性行為の相手に相談したのはわずか18.6%と、8割以上が相手に伝えていないことも明らかになりました。

福地裕三さん
福地裕三さん

東京・新橋の性感染症専門クリニックで月に500~600人の患者を診察する医師の福地裕三さんは、感染した人が適切な検査や治療に結びつかないことが感染拡大の要因になっていると指摘します。

性感染症専門クリニック医師・福地裕三さん

例えば最近では、「個人輸入で手に入る抗菌薬がクラミジアに効く」という情報がネットで出回り、自己対処しているケースが男性に多い印象です。その抗菌薬は淋病や梅毒には効かないので、淋病の症状が出てようやく当院を受診した、という方がいらっしゃいます。感染の発見や治療の遅れに留まらず、そのまま放置されるケースも少なからずあるのではないかと強い危機感をもっています。治療せず放置すると、感染を広げるだけでなく、特に女性は不妊の原因になったり胎児が感染したりするなど重大な影響が出るおそれがあります。初期の適切な検査・診療の普及が急務です。

性感染症が疑われるときは、専門のクリニックや泌尿器科・婦人科などを受診し、検査を受ける必要があります。梅毒とHIVは全国の保健所で無料・匿名で検査を受けられます。福地医師によると、性感染症の診断に慣れていない医療機関を受診した場合、正確に診断されず発見や治療開始が遅れるケースがあるといいます。

性感染症専門クリニック医師・福地裕三さん

じんましんのような症状が出たとき、アレルギー薬を処方されてそのままになっていた患者さんが、症状が悪化してようやく当院に来られたこともあります。積極的に梅毒を疑わないと、問診で性に関する質問や検査もしないので発見されにくいのです。そのまま性生活や性の仕事を続けると結局感染を広げてしまいます。心あたりがあるときは、すぐに性感染症に詳しいクリニックを受診してほしいです。

どうする? 軽視されがちな「性感染症予防」

性行為のとき気を付けていること(複数回答)

性行為をする以上、性感染症のリスクはゼロにはなりません。では、どうすれば予防できるのでしょうか?

NHKの調査では、避妊については約7割(66.2%)の人が気をつけている一方で、性感染症の予防を意識しているのは35.5%と3人に1人に留まりました。性行為のとき、性感染症の予防は軽視されがちな実情が伺えます。

そもそも性感染症は性行為によって感染しますが、この「性行為」には性器の接触による性交だけでなく、口や肛門などの接触も含まれます。感染予防の基本は、性行為の最初から最後まで適切にコンドームを使用することです。途中で装着した場合は感染リスクが残ります。梅毒や淋病、クラミジアなどはキスでうつる場合もあるとされていて、オーラルセックスのときにもコンドームを使用することで感染リスクを下げることができます。

性行為の相手が感染していることが分かったら、2人とも検査・治療を受けることが重要です。無症状でも体内に菌やウイルスが存在する場合は、相手に感染させる可能性があるからです。性感染症の多くは、感染して治っても免疫が獲得されず何度でも感染するため、自分だけが治療してもパートナーが感染していれば再感染する「ピンポン感染」が起こってしまうのです。

性感染症 正しい知識と医療へのアクセスを

性感染症で医療機関を受診するハードル(複数回答)

早期検査や治療で感染拡大を防ぐためには何が必要なのでしょうか。調査で性感染症の受診ハードルについて尋ねたところ、「受診すべき症状か分からない(39.4%)」、「恥ずかしい(37.1%)」「どの医療機関にかかるべきか分からない(25.6%)」という理由があげられました。また10代・20代では「金銭的な不安」が26.8%にのぼります。

今、性感染症の拡大は世界的な課題になっていて、各国では対策強化を進めています。イギリスでは政府と連携したNPOが性感染症の無料検査キットを希望者に提供し、フランスでは今月から薬局で26歳未満の若者にコンドームを無料提供しています。日本でも特にリスクが高い若年層を中心に公衆衛生の問題として対処していく必要があると、今回の調査を共同で行った川名敬医師は指摘しています。

産婦人科医・川名敬さん

「性感染症は恥ずかしい」と思われたりタブー視されたりすることもありますが、すみやかに受診してほしい医療の問題で、誰でも遭遇しうる感染症です。自分も相手も守るために、健康リテラシーを身につけてもらいたいですし、感染したときにどうすればいいのかまで含めた性教育も必要です。自宅で検査できるキットやオンライン診療など、検査や受診のハードルを金銭面でも心理面でも下げる取り組みも大切ではないかと思います。

この記事の執筆者

報道局社会番組部 ディレクター
市野 凜

2015年入局、首都圏局・前橋局・政治番組を経て現所属。コロナ禍の女性不況・生理の貧困・#みんなの更年期などジェンダーや労働に関わるテーマを取材。

みんなのコメント(6件)

提言
wba
2023年1月27日
番組内で、男性側の認識を指摘しても男性識者が直視せずかわす場面がありました。これについては甘いとしか言いようがありません。こんな認識だから次世代が皆先天的感染症で苦しむんです。男性側は無責任なままあでいいはずがありません。女性は、じゃないです。いい加減、認識を改めないといけません、この場にここまで資料を揃えたのだから。
質問
ルナちゃん
50代 男性
2023年1月26日
昨年の夏ごろ、市立病院で血液検査を受けた結果、梅毒反応では陰性でした。それでも性感染症になりますか?。
感想
スキ アース
50代
2023年1月25日
インバウンドと喜んでないで、リスクの方が大きいでしょ!
もっと、教育にウエイトを置いてほしい。
ホモサピエンスを守って行くためにも!
提言
ノリ
60代 男性
2023年1月25日
数年前にデータを見ましたが、先進国で日本だけがエイズが増加していました。何故マスコミが報道しないのか不信感が高まっていました。エイズに関しても、マスコミの役割だと思います。
提言
ほむら
50代 男性
2023年1月25日
特定の相手との性行為しかないにもかかわらず、と言っているのは、非常に誤解を招くのではないか。相手方がそう思っているだけで、その相手方は、風俗店に行って感染していたのではないか。お互いがその相手だけしか性行為を行っていなければ、感染しないのではないか?
感想
カバ
女性
2023年1月25日
感染する様な行為をしている人が多い、という事です。
ネットで気軽に性行為をしている若者が多いから、感染が広がるのです。
そういう不特定相手との性行為をしている人が一定割合になると、どんどん感染は広がります。精子をネットでもらうという行為も危険ではないですか?