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人工妊娠中絶で配偶者の同意は必要か 日本の産婦人科医たちの戸惑い

日本で人工妊娠中絶をする条件として、女性本人だけでなく「配偶者」の同意が必要なこと、ご存じでしょうか。相手の同意を得られず中絶可能な期間を過ぎてしまうケースもあると指摘されています。

医療現場ではどのように対応しているのか。中絶手術を行う産婦人科医へのアンケート調査からは、難しい判断を迫られる医師たちの姿がみえてきました。

今回NHKは全国の医師の9割以上が登録している医療情報専門サイト「m3.com」と共同で、全国各地の産婦人科医を対象にオンラインでアンケート調査を行い、278人が回答しました。

年代:
20代1.1%(3人)、30代17.3%(48人)、40代25.2%(70人)、50代29.9%(83人)、60代20.1%(56人)、70代6.5%(18人)

性別:
女性32.4%(90人)、男性67.6%(188人)

勤務先:
病院66.9%(186人)、診療所33.1%(92人)

このうち人工妊娠中絶を行っている医療機関に勤務経験がある産婦人科の医師274人に対し、中絶手術の実態をたずねました。

勤務する医療機関での中絶手術回数は、月間平均で「1~5回」が最も多く48.9%。次いで1回未満が31%でした。

未婚者の中絶手術でも「相手の男性の同意を求める」

日本では、母体保護法で中絶手術ができる条件として「配偶者の同意を得て行う」とされていますが、厚生労働省によると▼女性が結婚していない場合や▼結婚していても夫からDVを受けているなど婚姻関係が実質破綻していて、同意を得ることが難しい場合などは、相手の同意は不要とされています。

この配偶者同意について医療現場ではどのように対応しているのか。

配偶者がいない「未婚者」の人工妊娠中絶手術の際、同意についてどう対応するかを聞いたところ、▼「どのような状況でも相手の男性(胎児の父)の同意を求めない」と答えたのは5.1%で、▼32.5%は「どのような状況でも同意を求める」と答え、医師が法的に必要がない男性の同意を求めていることが分かりました。また、▼62.4%は「状況により同意を求めないこともある」と答え、実際にはさらに多くの医師が同意を求めている可能性があります。

相手の男性(胎児の父)の同意を「どのような状況でも求める」「状況により求めないこともある」と答えた医師に、その理由を複数回答で聞いたところ、▼母体保護法をそのように解釈しているため」が最も多く70.8%、次いで「訴訟のリスクを避けるため」が42.7%、「そのように教わったため」が13.5%などとなっていました。 

(その他の回答)

「事実婚の場合のみ男性の同意を求める」

「胎児の父に自覚をさせるために同意を取る」

未婚者の相手の男性(胎児の父)の同意を取らなかった・得るのが難しかった場面について複数回答でたずねたところ、「相手の連絡が取れず、意思確認ができない」が68.2%、「相手が分からない」が61.7%、「性暴力(不同意性交)による妊娠」が36.1%でした。

既婚者の中絶手術で「どのような状況でも胎児の父に同意を求める」およそ2割

一方、母体保護法で「配偶者の同意を得て行う」とされている既婚者の中絶手術にどう対応するかをたずねると、▼「どのような状況でも配偶者に同意を求める」と答えたのは51.1%。▼「どのような状況でも胎児の父に同意を求める」が18.2%、▼「状況により配偶者の同意欄を空欄にすることがある」が30.7%でした。

「どのような状況でも胎児の父に同意を求める」と答えた医師に、その理由を複数回答で聞いたところ、▼「訴訟のリスクを避けるため」が60%、▼「母体保護法をそのように解釈しているため」が58%と多くを占め、「胎児の父の権利保護のため」が22%で続きました。

既婚者の中絶手術で配偶者同意を取らなかった・得るのが難しかった場面について複数回答でたずねたところ、▼「夫に不倫や性暴力被害を打ち明けられない」が33.6%▼「相手が分からない」が26.6%▼「配偶者と連絡が取れず、意思確認ができない」が25.2%でした。

“性暴力による妊娠”どう判断?医師対応が分かれるケースも

さらに今回の調査では、配偶者同意が必要かどうか医師が判断する上で、対応が分かれるケースがあることも分かりました。

女性が性暴力によって妊娠し中絶手術を行う際、「強制性交と本人が訴えた場合、第三者による確証が得られなくても配偶者の同意を求めない」と回答した医師は47.1%いましたが、▼「強制性交と本人が訴え、かつ第三者からの確証が得られた場合のみ配偶者同意を求めない」が26.6%、▼「強制性交要件での中絶もすべて配偶者の同意を求める」と答えたのは9.9%でした。また▼「強制性交要件での中絶はできるだけ行わないようにしている」という医師も16.4%いました。

「配偶者が書いたか不確かな同意書」受け入れないのはおよそ1割

配偶者同意を求めるべきケースなのかどうか、医師によって判断が分かれていることが明らかになった今回の調査。一方で、配偶者同意書欄を配偶者が書いたかどうか不確かな場合の対応を聞くと、▼「配偶者が書いていなさそうだったら受け入れない」と答えたのは9.1%に留まりました。▼「誰が書いたか確認せずに受け入れる」と答えたのは39.4%、▼「配偶者が書いたとの返答を得た場合は受け入れる」としたのは51.5%でした。

「配偶者同意をめぐるトラブル」の経験

こうしたなか、配偶者同意をめぐって医師がトラブルに巻き込まれるケースがあることも見えてきました。女性や配偶者、家族などと後日トラブルになった経験を聞いたところ、「ある」と答えたのは12人。自由記述からは、外来の診療現場で医師が事実を確認すること自体が難しいことも分かりました。

「同意書にある署名の配偶者(夫)が中絶の事実を知らず、確認の連絡をしてきた」

「家族間での方針不一致、中絶処置開始後に中止を求めてきて、妊娠継続を主張された」

「DV夫から訴えられそうになった」

配偶者同意が得られず「医学的に安全な中絶のタイミングを逸する」ことも

一方、配偶者同意を求めることは女性を身体的・精神的に追い込むケースもあります。「配偶者同意要件によって医学的に安全な中絶のタイミングを逸した経験がある」という医師は9.5%いました。

妊娠初期(妊娠12週未満)に中絶手術ができず、体への負担がより大きい中期中絶になるケースや、中絶可能な期間(妊娠22週未満)が過ぎたケースもありました。

「サインが遅れて中期中絶になったケースがある」

「パートナーの同意が取れないということで他の産婦人科から中絶を断られてしまい、結果的に中期中絶になってしまった」

「中絶できる時期を過ぎてしまった」

「同意の期限を伝えて待ったが、その後受診がなく、連絡が取れなかった」

「配偶者同意要件」は必要?意見分かれる

医療現場での運用に難しい側面があることが見えてきた、母体保護法の配偶者同意要件。その必要性について聞いたところ、▼「撤廃すべきだ」と答えたのは55.5%、▼「撤廃すべきではない」と答えたのは44.5%と意見はほぼきっ抗しました

【撤廃すべき理由】

「そもそも、配偶者は胎児の父親であるとは限らない。また、胎児の父親が誰であるのかを、事前に正確に特定する方法は存在しない。そのような、不確定な『父親?』の同意が必要ということが、そもそも矛盾をはらんでいる」

「女性本人のみの同意で十分である。子育てに関わる気もなく、責任は取らないのに中絶に同意しない配偶者などもいる」

「中絶は患者本人のリプロダクティブ・ヘルス/ライツに関わる問題。本人の意思を尊重すべき」

「現在、夫婦の形態が大きく多様化しつつあり、戸籍法自体も改正の必要に迫られている状態である。未婚のまま妊娠したり、事実婚の夫婦間(あるいは事実婚の夫とは別のパートナー)での妊娠であったりした場合、『配偶者』とはどういった人物を指すのかすら曖昧になってきており、時代錯誤な要件ではないかと思う」

【撤廃すべきではない理由】

「妊娠に関する男性の責任の所在が、今以上に希薄となる恐れを感じる」

「特例で対応すべきことはあるが、撤廃は無理だと思う」

「妊娠中絶は『あくまで、二人の同意があってする必要がある』と考える」

「中絶が容易になってしまってはいけない」

「女性の権利も重要だが、配偶者同意を撤廃することにより現行の法律下での人工妊娠中絶は術後のトラブル発生が予測され、母体保護法だけの面のみで配偶者同意を撤廃すべきとは思えない」

取材を通して

今回の調査からは、配偶者同意をめぐって、現場の医師が目の前の患者と法律の狭間で悩みながら難しい対応を迫られていることが見えてきました。母体保護法の「配偶者同意」は1948年に旧優生保護法が制定されたときから規定されていて、法律を時代に合うように解釈を変えて運用してきた側面があります。

妊娠や出産によって大きく左右される女性の人生。その自己決定権を尊重するためにも、配偶者同意の規定そのものがどうあるべきか、議論していく必要があると思いました。
中絶をめぐる日本の現状について、今後も取材を続けます。

この記事の執筆者

報道局社会番組部 ディレクター
市野 凜

2015年入局、首都圏局・前橋局・政治番組を経て現所属。コロナ禍の女性不況・生理の貧困・#みんなの更年期などジェンダーや労働に関わるテーマを取材。

みんなのコメント(8件)

感想
ゆう
20代 女性
2024年3月18日
中絶に配偶者の同意を求める規定は、女性のリプロダクティブライツを無視した人権侵害条項です。生む生まない・自己の体をどう扱うかを決めるのは、その女性以外の誰であってもなりません。この規定の背後には、妻を夫の所有物とする家父長制が潜んでいると思います。産婦人科医が、中絶を望むすべての女性の中絶を受け入れられるよう、一刻も早い改正を望みます。
悩み
あさり
30代 女性
2023年9月14日
女性が望まない妊娠・出産は暴力と同じです。

私はちょうど一年前、予期せぬ妊娠で中期中絶を行いました。未婚であるにも関わらず、どの病院もパートナーのサインが必要と手術を拒まれ路頭に迷いました。当時おつきあいした男性は、子供が欲しいので中絶費用は払わない(経済DV)、病院で勝手に中絶するなら電話すると脅され、初期中絶できず中期中絶を余儀なくされました。

中期中絶後、2か月で体は元通りになりましたが、忘れたころに分娩台の上で死産させる自分をフラッシュバックする時があり、精神的に息苦しい日々を過ごしています。女性は一生抱える痛みなのです。

だからこそ、出産を望まない女性に対しては、精神的・肉体的に負担の少ない初期中絶が出来るように、パートナー同意書不要を望みます。
質問
カミキ
20代 男性
2023年7月18日
懸念、配偶者同意の完全撤廃はリスキーである。

実際に身ごもって大きな負担を抱えるのが女性であることに異論はありませんが、男女の営みによって子供を授かる以上は男性にも法律上の責任を負担すべきです。仮に配偶者同意を廃止すれば無秩序かつ安易な中絶が増えるのではと心配しています。配偶者同意を廃止し経口中絶薬などが普及している「中絶先進国」における中絶件数やトラブル(「俺は子供が欲しかったのに妻が勝手に中絶してしまった」といったた類の)の実態が気になります。日本で議論するならば先行事例にも目を向けるべきだと考えています。
提言
道真
60代 男性
2022年9月7日
中絶は女性に多大なる影響を及ぼすのですべきでありませんが男性が無責任で協力的ではない時は女性の意思だけで中絶出来るのが幸いです。性行為は快楽優先ではなく愛があって人の命の行為だと心の中心に据えて考えるのが大人です。これを小学校から伝えるのが大切です。NHKで放送すべきです。
感想
ゆみ
40代 女性
2022年8月18日
中絶に関して、第三者がパートナーの同意を強要する事と、男性が自身も当事者として中絶に向き合うことは、全く異なることだと思います。
わざわざ医師から同意を求められなくても、心ある男性は自分ごととして中絶に向き合うだろうし、
未成熟な男性は、医師からの同意の求めがあってもなお逃げています。
法律での配偶者同意規定は要らないと思います。
もし法律で配偶者同意を求めていなければ、知らずに行われた中絶に関して、男性が産婦人科医師に怒りの矛先を向けることも減るように思います。
体験談
すずらん
40代 女性
2022年8月18日
当時、DVを受けていたため妊娠しても、子どもを安全に産み、育てる自信がなかった(暴力は私だけで十分だと)。中絶を決意したが、配偶者同意の件でまた暴力。その後も夫からは「人殺し」と責められ、精神的にも追い詰められていった。顔に殴られたアザがあり、産婦人科に行ったが、DVを疑わなかったのか?配偶者同意が不要なケースがあると説明を受けなかった。今になり知った。ただ、中絶をしたという負い目を一人で抱えるのもモヤモヤする。
提言
テコ
60代 女性
2022年8月18日
中絶の配偶者同意は必要ない。女性の体は自分のものです。ただし妊娠はひとりではできない。辛い想いをするのが女性だけになるのは納得いかない。しっかりした性教育をするべき。20年前から続く性教育バッシングは日本の性教育が遅れた原因。議員も教育者もいえ全てのひとが「国際セクシャリティ教育ガイダンス」を読むべき。そして日本の遅れた中絶手術を安全な服薬による方法ができるようにしてほしい。
体験談
チャコ
70歳以上 女性
2022年8月18日
正式の夫婦ですが1度中絶しました。妊娠できるのは現在のところ女性のみ。それなら裁判は女性裁判官のみで実施すべき。なぜなら、どう考えても男性には妊娠の辛さや苦しさは分からない。心理が分からない男性が勝手に判断すべきでない。