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"自分メンズなんだよね" 女子サッカーと「性の多様性」 ありのままの自分を発信する選手たち

今、女子サッカー界から「性の多様性」を発信する動きが加速しています。

東京オリンピック・パラリンピックでは性的マイノリティーであることを公表した選手は過去最多の220人あまり、サッカー女子で40人を超えました。

私がサッカーをやっていた16年間に出会った仲間にもLGBTQなどの人が大勢います。

“ありのままの自分”を表現しやすい土壌がある女子サッカー。

それぞれのカタチで発信し始めた選手を取材しました。

(仙台放送局放送部 ディレクター 内藤孝穂)

“性の多様性”を重視する女子サッカー界

開幕を宣言する岡島喜久子チェア 2021年9月撮影

昨年9月、日本初の女子プロサッカーリーグ、通称「WEリーグ」が開幕しました。

その理念の1つとして打ち出したのが、LGBTQなど性についてのさまざまな考え方を認める「性の多様性」です。

リーグトップの岡島喜久子チェアは開幕の挨拶で「日本のジェンダー平等を前に進める覚悟のリーグです」と宣言しました。

プライドマッチにレインボーフラッグを持って入場する選手たち 2021年5月撮影

女子サッカーは以前から「性の多様性」への理解促進に力を入れてきました。

全選手・指導者を対象とした性の多様性に関する研修会を開いたり、「プライドマッチ」と呼ばれる啓発イベントを東京や宮崎など全国各地で行ったりしています。

プライドマッチでは選手たちがLGBTQについて話すトークショーを行い、選手みんなでネイルや靴のひもを性の多様性を象徴するレインボーにしてプレーを披露しています。

「自分 "メンズ"なんだよね」

もともと女子サッカー界には“メンズ”という言葉があります。

正式な定義はありませんが、性的指向(好きになる性)が女性であったり、性別表現(表現する性)が男性寄りであったりと、男性的な要素を表す言葉です。

「自分、メンズなんだよね」という会話が選手間で交わされるなど、「男性・女性」と同じような感覚で自分を表現する言葉の1つとして使われています。

選手たちのレインボー色のネイル

私は小学生から大学生までサッカーをプレーしました。所属していた部活動や海外遠征などで出会った仲間にもLGBTQの人は大勢います。

さらにもっと多様でいろんな性のあり方を持つ人たちが身近にいました。

ありのままの自分の性を表現しやすい環境があり、その概念のあいまいさが優しい世界を生んでいるように思います。

1980年代にサッカー女子日本代表選手として活躍した経験をもつWEリーグトップの岡島チェアは、女子サッカーから発信することで“誰もが自分らしく生きられる社会”をめざしたいといいます。

WEリーグ 岡島喜久子チェア
WEリーグ 岡島喜久子チェア

女子サッカー界というのはLGBTQの選手たちが普通にカムアウト、話ができる自由な雰囲気があります。
ここから発信していくことで、自分の思ったとおりに生きられる社会を目指したい。企業、教育機関や他のスポーツ団体も巻き込んで大きな渦にしていきたいと思います。

“うそなく生きたい“ ヴィアマテラス宮崎 齊藤夕眞選手

選手自らが発信する動きも始まっています。

性的マイノリティーであることを公表しているサッカー選手の齊藤夕眞(ゆうま)さん、28歳。かつて日本代表選手としても活躍したことのある齊藤さんは小学生のころから心と体の性が一致しないことに悩まされてきました。

元サッカー女子日本代表 齊藤夕眞さん

トップレベルの選手になってからも、所属する企業から女性用の制服を着るように求められる度に違和感を持ったといいます。

女性らしいことばや振る舞いを求められることに耐えきれず、齊藤さんはおととし大好きなサッカーを辞め、男性として生きる決意を固めました。

元サッカー女子日本代表選手 齊藤夕眞さん

キュロットみたいに下が半分に分かれていてスカートに見えるような制服でした。本当は着たくないという思いはあったけど、そういうことを言っても会社にもチームにも迷惑をかけるとなんとなく思っていました。

女性として将来生きていくイメージは自分の中でなかったので、『だったら男性だよね』って不安がものすごく出てきて、サッカーを一番に考えられなくなりました。

”自分を好きになれた”一方、サッカーへの思いも・・・

齊藤さんは戸籍上の名前を「“あかね”から“夕眞”」に変更。外見も変えました。

ホルモン療法や胸の膨らみを減らす手術を行ううちに齊藤さんが長年感じてきた不安は解消され、「自分にうそをつくことなく生きられるようになった」ことで以前よりも自分を好きになれたといいます。

しかし男性として生きる決断をしてサッカーから離れた生活が始まると、どこかもの足りなさを感じるようになりました。

いくら職場で成果をあげたとしても、サッカーで感じた喜びや達成感には代えられないことに気づいたそうです。

「ホルモン療法」がドーピング違反につながることも

齊藤さんは再びサッカーをするためにチームを探し始めました。

そこで直面したのは「性的マイノリティーである自分を受け入れてくれるチームがあるのか」、そして「再びサッカー界に復帰することができるのか」という不安でした。

かつて齊藤さん男性ホルモンを身体に投与する「ホルモン療法」を受けていました。

その後、体調を崩してホルモン療法を中止したものの、大会やリーグに参加する選手を対象にしたドーピング検査で、男性ホルモンの規定値を上回ってしまうことを懸念していました。男性ホルモンを意図的に増幅させることはドーピング違反にあたります。

そんなときに出会ったのが、2020年に宮崎県で活動を開始したチーム「ヴィアマテラス宮崎」でした。

齊藤さんがチームの運営陣と自身の性について話したところ、返ってきたのは「それもあなたの個性。全く問題ないし一緒にサッカーをしよう」という言葉でした。
齊藤さんは強い安心感を得たといいます。

元サッカー女子日本代表 齊藤夕眞さん

自分がチームにいるだけで『男みたいなやつがいるぞ』と言われるなど、チームも一緒に被害を受けるのではないかと怖かった。

でも自分がLGBTQ当事者であることを最初に話したときに、『全然大丈夫。いろいろあっていいよね』と言っていただいて、すっと受け入れてもらえた感覚がありました。
“このチームは自分の居場所だ”と感じました。

再び女子サッカー界へ 見つけた自分の居場所

その後、サッカー界へ復帰するためにホルモン値の検査を受けたところ、男性ホルモンは規定値以下でした。

2020年12月、齊藤さんは2年ぶりにサッカー界に復帰するとともに、自ら性的マイノリティーであることを自身のSNSで明らかにし、チームからも社会に公表しました。現在は齊藤さんが参加する地域リーグから了承も得て、試合に出場しています。

チームメイトと練習に取り組む齊藤さん

齊藤さんのチームメイトに話を聞くとー

チームメイトA

うーさん(齊藤さん)は、いつもすごく明るくてチームのムードメイカー。試合になると超真剣。勢いのあるエースストライカーです。
SNSで自分のことを発信するなど、自分に自信を持っていて、堂々としていてかっこいいと思う。

チームメイトB

自分の将来に向けて一歩踏み出した齊藤さんの勇気や強さは、自分にとっても刺激になった。

去年、ヴィアマテラス宮崎はチームのエースストライカーである齊藤さんの活躍もあって、初めて全国大会への切符を手にしました。

元サッカー女子日本代表 齊藤夕眞さん

自分自身の気持ちにウソをつきたくない、自分が納得する生き方をしたい。

それに自分がサッカーを通じて『LGBTQって何?』という感じではなくて、自分を表現しながら生きているみたいな、恥ずかしいことじゃない、そんな感じにとらえてもらえる発信ができたらいいなと思います。

2021年9月撮影 全国大会が決まった試合の齊藤さん(後列右から3番目)とチーム

“悩む人の助けになりたい” 自らの経験を発信

多くの人に支えられ、再びサッカー界に戻った齊藤さんはかつての自分と同じように悩んでいる人の助けになりたいと、チームの本拠地である宮崎県新富町でパートナーシップ制度*の導入へ向けた会議に参加したり、WEリーグの研修会で講師を務めたりしています。
*パートナーシップ制度…LGBTQのカップルを自治体が婚姻に準ずる関係として証明する制度。宮崎県新富町は2021年9月に導入。

去年7月にはWEリーグの選手たちを対象にした性の多様性を考えるオンライン研修会に参加。元日本代表選手として “女子サッカー” でプレーすることについて、当時抱いていた葛藤などそれまで胸に秘めてきた思いを語りました。

WEリーグの性の多様性に関するオンライン研修会で話す齊藤さん 2021年7月
司会

かつて、“女子サッカー”でプレーすることに葛藤はありましたか?

齊藤さん

日の丸を背負ったときや働いているときに、女なのか男なのかわからないような自分が『何かを表現してもいいのだろうか”』とか、チームや会社への影響を気にしていました。
当時は『女子サッカー選手として自分はこうあるべきだと決めて過ごしていたとき』と『ありのままの自分でいられるとき』を使い分けていました。

司会

だれかに相談していたのでしょうか?

齊藤さん

近くにいてくれる友達や職場の上司だったり、理解してもらいたいなという人には相談していました。

最後に伝えたのはそうした経験をしたからこそ気づいた人生の選択に関する切実な思いでした。

齊藤さん

胸の(膨らみを抑える)手術までは自分の意志でやりました。だけど声が高いのが嫌でホルモンを投与したこと、女っぽい名前が嫌で改名したことを振り返ると、それは(自分自身が欲するというよりも)世間体を気にしていたからというほうが強かったと今は思います。

今後サッカーを辞めたときに手術をしようと思っている人がいるかもしれないですが、それは自分の意志なのか、それとも世間体を気にして“世の中がこうだからこうしなきゃいけない”というふうに思ってのことなのか。

すごく大事にしてほしいです。

一度は男性として生きることを決めた齊藤さんですが、今は“男でも女でもない齊藤夕眞として生きる”と話します。

元サッカー女子日本代表 齊藤夕眞さん

いま『自認する性』は男性ではないです。最近はLGBTに加えてQ(クイア、クエスチョニング)などいろいろな言葉が出ていますが、言葉の概念にとらわれない、男でも女でもない齊藤夕眞がいまの自分だと思います。

誰もが自分が“生きたい性”を自信をもって生きることができる、互いに認めあえる社会をめざして、齊藤さんの発信は続きます。

海外で気づいた「隠すことではない」 下山田志帆選手

下山田志帆さん

2021年リーグまでスフィーダ世田谷FCの選手としてプレーしていた下山田志帆さん(26歳)も積極的な発信を続けています。

3年前、現役アスリートとして日本で初めて性的マイノリティーであることを公表して以来、LGBTQを支援する団体のイベントや講演会を通じて自らの経験を語ってきました。

大学を卒業後にドイツへ渡り、女子サッカーリーグで2年間プレーしたときに、チームメイトから当たり前のように「彼氏はいるの?」ではなく「パートナーはいるの?」と聞かれたことや、選手たちが同性のパートナーを連れてきて監督やファンに紹介している様子を見て、「隠すことではないんだ」と気づいたそうです。

当事者の視点から『生理の悩みを軽減する製品』を開発

去年、下山田さんは新しい製品の開発を手がけました。液体の量によっては1枚で過ごすことのできるくらい高い吸水力のある下着です。

きっかけは、自らの経験を発信してきた下山田さんのもとに寄せられるようになった、生理に関するLGBTQ当事者の人たちからの声でした。

「毎月、生理がくるたびに自分の身体の状態と性自認の不一致を突きつけられます」

自分と同じ悩みを抱えいる人たちがいることを知り、開発に踏み切ったといいます。

下山田志帆さん

生理に対して向き合わなければいけない自分がすごく嫌だなと思ったり、(生理がくると)改めて自分が女性であることをすごく思い知らされるような感覚がしたりしていたので、もっと楽に、ある意味 生理であることを忘れられるぐらいの製品を作りたいと思いました。

下山田さんが目指したのは生理のときも“かっこよく”いられるパンツ。

どんな色やデザインを望むかアンケート調査を実施し、圧倒的に希望の多かった黒を基調とし、飾りのないシンプルなデザインにしました。

下山田さんらが開発した吸水型パンツ
下山田志帆さん

生理用品はすごくかわいらしいものが多くて、選ぶときに違和感をもつこともありました。

そこで普段、自分たちが履いているようなメンズ型のボクサーパンツのデザインを吸水型パンツに落とし込んで作りました。

多くの人が感じていた悩みを解決

開発に必要な資金をクラウドファンディングで集めたところ、当初想定していた100万円を大きく超え、目標の6倍以上が集まりました。アスリート以外の方からも多くの感想が寄せられました。

「こういうものがほしいと思うのは『自分だけではない』と感じることができた」
「レディース・ボクサーじゃなくてメンズ・ボクサーがいいと思って、ずっと探していました!」

購入者から寄せられた感想

また、性的マイノリティーではない女性たちからの声も相次ぎました。

「トイレに行く回数が減りました」
「黒だから生理の日も経血の色が目立たないため、着用しやすい」


性的マイノリティー当事者の違和感を解決するために生まれた商品が、当事者以外の多くの人たちの悩みを解決することにつながりました。

会社を立ち上げた仲間と打合せをする下山田さん(右)
下山田志帆さん

『生理用品=フェミニン(女性的)が当たり前』であることに我慢してきた人が社会に多くいたこと、自分が生きたいように生きたいと思う人たちが少なくないことに驚きました。

LGBTQの当事者やアスリートでなくても、同じように悩みを抱える人のためになることもできることに気づきました。

自分たちの経験も大切にしながら、いろんな人の声をもとに もっと多くの人へ伝えるサービスや商品を模索していきたいです。

言葉の理解から、その先へ

今回、取材に応じてくださったサッカー選手の方々は「“ひとりの性的マイノリティー”でなく“ひとりの選手”として認められる女子サッカー。この世界が社会にも当たり前のようになれば」という思いから、心の内を話してくださいました。

私の大学時代のサッカー部の先輩でもある下山田さんが語ってくれた言葉が強く残っています。

当事者を“配慮してほしい”がゴールでは全然ない。『当事者/非当事者』『配慮する/配慮される』という世界でなくて、みんながいろいろな要素を持ち、それぞれがありのまま生きていくことが肯定しあえる社会をつくる。それがゴール」

いろんな性のあり方を多様な個性として大切にする女子サッカー界の動きは、差別をなくしたり、当事者たちが生きやすくなったりするだけではなく、多くの人にとってポジティブな影響を与えることにつながると感じました。

“性的マイノリティー”や“LGBTQ”のことばが広がる中で、ことばの理解だけにとどめず、ひとり一人の個性や生き方を認め合い、みんなにとって安心感ある空間づくりをしていくことが必要だと思います。

世界の女子サッカーリーグではトランスジェンダーの選手に関する規定を策定するなど、スポーツから社会に“性の多様性”の理解を促す動きが始まっています。“性の多様性”を認め合う社会へのヒントを探るべく、これからも取材を続けていきます。

性の多様性”が認められるスポーツ競技が増えるためにどんなルールや工夫があればいいと思いますか?あなたのご意見や記事への感想を下の「コメントする」か、ご意見募集ページから 意見をお寄せください。

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