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『予期せぬ妊娠』赤ちゃんの命を守る ドラマで考える Vol.42

子どもの虐待死・遺棄死で最も多いのは「生まれたその日に亡くなる赤ちゃん(新生児0日死亡)」という事実をご存じですか? 10年間で100人近くにも上ります。

また亡くなった赤ちゃんの母親の3割が10代。10代~20代を合わせると実に6割を超えます。さらに「新生児0日死亡」で「“実父の存在”を確認できない場合」が全体の約7割を占め、 データから“孤立した女性たちの姿”が浮かび上がってきます。*厚生労働省2021年『子ども虐待による死亡事例等の検証結果などについて』

愛知県でも2020年6月に、20歳の女子学生が公園のトイレでひとりで赤ちゃんを出産。死体を遺棄する事件が起きました。県内では児童相談所が長年にわたって“予期せぬ妊娠”をした女性たちに寄り添い、どうしても自分で育てられない場合に育ての親に託す“赤ちゃん縁組”(新生児の特別養子縁組)を行ってきました。

それにもかかわらず、なぜ赤ちゃんを救うことができなかったのか。“小さき命”を守るために何ができるのか。NHK名古屋放送局のディレクターと記者たちが議論を重ねドキュメンタリードラマを作りました。

(NHK名古屋 チーフ・ディレクター 猪瀬美樹 、ディレクター 美濃里亜)

“小さき命”を守るために 私たちにできること

赤ちゃんの死体遺棄事件の現場にたむけた花(撮影:猪瀬)

愛知県で赤ちゃんの死体遺棄事件が起きたあと、事件現場となった公園のトイレに何度も足を運びました。若干20歳の女の子とその赤ちゃんをこの場所に追い込んだものは何なのだろうかと考え続けてきました。そしていま、それは「私たちの社会なのではないか」と確信に近い思いを抱いています。

事件が繰り返される社会を変えるために、ひとりでも多くの“小さき命”を守るために、大人として、メディアとして私たちにできることは何か。事件の直後から、NHK名古屋放送局では虐待や性暴力被害、特別養子縁組について取材し、報道番組やドキュメンタリーで発信を続けてきたディレクターや記者たちが集まり、議論を重ねてきました。

まず取り組むべきは予期せぬ妊娠をして誰にも相談できずにいる人たちに“命を守るすべ”を伝えること。そして地域の中に「SOSを逃さずキャッチできる仕組み」を作ることだと思いました。そのため私たちは《ドキュメンタリードラマ》という形を選びました。

《ドラマ》の手法を選んだのは若い世代にもこのテーマを身近に感じてほしいと考えたからです。更に《ドキュメンタリー》を組み合わせたのは、予期せぬ妊娠をした女性たちに寄り添い、救ってきた人たちが現実にいること、救われた命があることを知ってほしかったからです。

このテーマをひとりでも多く人に届け、ひとりひとりが『自分自身にできることは何か』を考えていただく機会になればと思っています。

“予期せぬ妊娠” 相談できない・・・

高校2年生の結(鈴木梨央)と交際相手の翔太(鈴木宗太郎)
結の妊娠をきっかけにふたりの関係に変化が… 『命のバトン』より

ドラマは高校2年生の主人公・桜田結(鈴木梨央)が妊娠に気づくところから始まります。「妊娠22週」を過ぎており、既に中絶はできなくなっていました。しかし、おなかの子どもの父親・同級生の翔太(鈴木宗太郎)は現実を受け止めることができず、結に背を向けます。

結の母(田中美里)はシングルマザー。介護士として女手一つで娘を育ててきました。毎日、朝早くから夜遅くまで働く母親に結は妊娠を打ち明けることができず、自殺を試みるまで追い詰められます。

右・千春(倉科カナ) に声をかけられ、自殺を思いとどまった結

ビルの屋上から飛び降り自殺を図ろうとした結。しかし偶然すれ違った結の様子をいぶかしく思い、あとをつけてきた児童相談所の職員・千春(倉科カナ)に声をかけられ、思いとどまります。そんな結を千春は喫茶店に誘いました。

~『命のバトン』より~
千春「知り合いに見つかりたくなかったんだよね」
結「すいません…
(涙がこぼれて言葉にならない)
千春「いいよいいよ。ゆっくりでいいよ」
結「私のことで…、お母さんを呼び出したりするんですか?」
千春「勝手にそんなことしない。あなたから聞いた話も、親とか学校に勝手にしゃべったりしない」

ドラマに登場する千春のモデルの一人、愛知県の児童相談所で働いていた萬屋育子さんは“予期せぬ妊娠”をした女性の心理について次のように説明します。

萬屋育子さん(愛知県児童相談所・元所長)

「“予期せぬ妊娠”をした女性が なかなか周囲に打ち明けることができない場合があります。妊娠自体に罪悪感を持っていたり、『恥ずかしい』と感じたりしているためです。大好きな親だから、身近な先生や友人だからこそ余計に『知られたくない…』という感情が働きます。

こうした女性たちにどう寄り添えばよいのか。私の場合はすぐに事情を聞くことはせず、しばらく一緒に時間を過ごします。相手が落ち着いてきたタイミングで『私にお手伝いできることはあるかしら?』と声を掛けます。相手が何に不安を感じているかを探り、『私はあなたの味方。あなたがどうしたいかが一番大事だよ』と伝えることが大切です。」

“赤ちゃん縁組”という選択肢

千春は結に“赤ちゃん縁組”という選択肢を示した

結は交際相手の翔太と話をすることさえできずにいました。ひとりで育てていく覚悟も持つことができず悩んでいました。千春は「赤ちゃんと結の将来」のために、結にいくつかの選択肢を伝えます。その一つが“赤ちゃん縁組”(新生児の特別養子縁組)でした。

“赤ちゃん縁組”とは、予期せぬ妊娠をした女性が産んでも育てられない子どもを民法の「特別養子縁組制度」を使い、育ての親に託す取り組みです。子どもの福祉を目的とした養子縁組制度で、裁判所の審判が下りれば戸籍上も家族になります。女性たちが赤ちゃんを育てられない理由は10代の妊娠、性暴力被害による妊娠、貧困などさまざまです。

ドラマには実際に“赤ちゃん縁組”で結ばれた家族のかけがえのない瞬間を捉えたドキュメンタリー映像もふんだんに織り込まれています。

赤ちゃんと育ての親の初対面の瞬間(2014年放送『クローズアップ現代』「“親子”になりたいのに… ~里親・養子縁組の壁~」より)

愛知県の児童相談所では全国に先駆けて30年以上前から特別養子縁組制度に基づいた“赤ちゃん縁組”(別名「愛知方式」)を続けてきました。

育ての親は多くの場合、不妊治療をしても子どもを授かることができなかった夫婦です。「愛知方式」では縁組を希望する夫婦に厳しい心構えを求めています。子どもの「性別や障害、病気の有無」を選ぶことはできません。

また裁判所の審判が確定する前に「生みの親の同意が翻った場合」、子どもを返すケースもあることを理解してもらいます。これまでに縁をつないだ家族は250組を超えています。

“お母さんと赤ちゃん”に寄り添い続ける

揺れ動く結の気持ちに寄り添い、支える千春

“赤ちゃん縁組”という選択肢を知った結。しかし おなかの赤ちゃんが成長するにつれて次第に愛情も芽生えてきます。「育てたいという気持ち」と「育てることが難しい現実」の狭間で葛藤する結。そんな結に、千春やホームステイ先の里親など周囲の大人たちは寄り添います。

出産シーンの撮影は愛知県の産婦人科で行われました。ドラマに登場する助産師や看護師は実際に病院で働くスタッフです。この病院では長年、結のような予期せぬ妊娠をした女性たちのケアを行ってきました。「思い悩む女性をひとりでも救いたい」と撮影に全面的に協力してくれました。

戸川晴美看護師長(助産師)

「(予期せぬ妊娠をした女性は)やっぱり『どうしたらいいんだろう』っていうふうになってしまって、ただ戸惑うだけでどんどん(妊娠)週数がきてしまって。最終的によくいろんな事件が起きたりすることもあるので。周りがいろいろケアしてあげなきゃいけないのかなと思います」

周囲の人たちに不安や葛藤を受け止めてもらえる環境の中で、結は次第に「赤ちゃんの幸せにとって何が一番なのか」を真剣に考えるようになります。

男性にも“予期せぬ妊娠”に向き合ってほしい

迫真の演技をぶつけ合う「結」役の梨央さんと「翔太」役の宗太郎さん

これまで取材した複数の事例では“思いがけない妊娠”の末に事件へと至るような場合、おなかの赤ちゃんの父親である相手の男性と連絡が取れなくなり、女性が孤立し 追い詰められていたケースが少なくありませんでした。こうした現状を男性にも知ってほしいと私たちは考えました。

ドラマの後半、出産した結は交際相手の翔太に思い切って電話を掛けます。ふたりは妊娠が判明して以来、初めてお互いに正直な気持ちをぶつけ合います。7分間に及ぶ長いシーン。「結」がどんな思いをぶつけ、それを「翔太」がどう受け止めるのか。ふたりは演技について何度も議論を重ね、撮影に挑みました。

~『命のバトン』より~
結 「赤ちゃんに会いたくない?」
翔太「俺? そんな資格ないよ」
結 「なにそれ? 資格とかじゃなくて『翔太があの子にやってあげられること、なんかないの?』って言っているの。悪いけど、もう翔太の気持ちとかどうでもいいの!」
翔太「ごめん……」
結 「簡単に言わないで」
翔太「結……、大丈夫?」
結 「私、これまで生きてきた中で、一番傷ついたし、一番悩んだ。ひとりぼっちにしたこと一生許さない。なんか言って!」
翔太「全部俺が悪いんだ!」

このシーンの最後、結は翔太に赤ちゃんと真正面から向き合うことを約束させます。

ドラマの演出を手がけた大橋守ディレクターはあえて細かい指示をせずに「結」と「翔太」と同世代の俳優・鈴木梨央さんと鈴木宗太郎さんが感じたまま演じるように伝えました。

チーフ・ディレクター 大橋守(ドラマ・パートの脚本と演出を担当)

「女性が一方的に責任を追わされることが少なくないという現実を若い男性にも考えてもらいたくて。クライマックスで翔太が遅まきながら結に初めて向き合うという場面を作りました。実際の2人のやりとりは“電話の会話”ですが、演出として体と体をぶつけあうような芝居をふたりに託しました。」

左:「翔太」を演じた鈴木宗太郎さん(23歳) 右:「結」を演じた鈴木梨央さん(16歳)
俳優・鈴木宗太郎さん(翔太役)

「(翔太を)『すごい無責任なやつだ』というふうに言うのはすごく簡単だと思うし、それを言われたらもう『ごめんなさい』というふうに言うしかないんですけど。それでも、『そうだよな。そういう怖さってあるよな』とも理解できて。それを自分も一緒に背負えたら、そういう気持ちで演じていました。」

俳優・鈴木梨央さん(結役)

「(結は)今までは翔太に対する思いが強かったのに対して、このシーンはそれよりも赤ちゃんのことをすごく考えるようになって。同世代の私から見てもすごく大人のように感じて何かぞわぞわくるというか。結ちゃんになるべく自分が気持ちを近づけられるようにという思いが強かったです。

今回初めて子どもを出産する結という役を演じさせていただき、私たちの命は一人だけではなくて、たくさんの人たちの愛によって育まれているんだなと深く感じました。この番組を見てくださる方々が助けられる命についてや、その人たちのつながり、その奇跡を考えたり、感じたりしていただけたらうれしいです。」

この番組をきっかけに「もし、自分や大切な人が“思いがけない妊娠”に直面したら?」、「どんな支えがあれば、命を救うことができるのか?」。友達、交際相手、家族と、そして地域で《対話》を行う機会になれば幸いです。

ドキュメンタリードラマ「命のバトン ~赤ちゃん縁組がつなぐ絆~」

【放送予定】
▶11月18日(木)[BS1](前編)午後8:00~8:50、(後編)午後9:00~9:50
【再放送】
▶11月23日(火・祝)[BS1](前編)午前11:00~11:50、(後編)午後0:00~0:50
▶12月11日(土)[総合]午後4:15~5:55(※中部7県)
▶2022年1月7日(金)(前編)午後8:00~8:50、(後編)午後9:00~9:50

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