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Vol.8 予期せぬ妊娠 命つなぐ マタニティホーム

去年11月、神戸市の元女子大生が、就職活動中に羽田空港のトイレで出産し、赤ちゃんの遺体を遺棄したとして、逮捕される事件がありました。生後間もない赤ちゃんが母親に遺棄され、亡くなるケースはあとを絶たず、おととしまでの16年間に全国で156件に上ります。

予期せぬ妊娠に悩む女性たちに支援が届いていれば、命を救えたかもしれない…。焦りが募るなか、去年12月、妊娠で追いつめられた女性たちの生活を支える滞在型の支援施設、マタニティホーム(妊婦の家)が神戸市に開設されたと聞き、取材しました。

全国でも珍しいこの取り組み。そこから見えてきたのは、誰にも頼ることができず、孤立に追い込まれる母子の実態でした。

(神戸放送局 記者 井上幸子、おはよう日本 ディレクター 朝隈芽生)

妊娠で追いつめられた女性に “ぬくもりある居場所”を

(マタニティホーム Musubi室内 撮影:小さないのちのドア)

神戸市内の住宅街にある「マタニティホーム Musubi」。寄付で運営され、滞在費は無料。助産師や保健師などのスタッフが24時間常駐し、妊婦たちの体と心のケアから、病院や行政へのつきそい、さらに出産後に体調が落ち着くまで、さまざまなサポートをしています。

入居する女性たちそれぞれに個室が準備されていますが、昼、晩の食事は、スタッフを含め、みんなでテーブルを囲みます。入居者からのリクエストに応えたメニューや手作りのケーキが並ぶこともあります。時には入居者同士が連れ立って日用品の買い物に行くなど、和やかな雰囲気に包まれていました。

入居者専用のセキュリティ対策の施された出入り口があって、外部の人は入れないようにするなど、プライバシーも守られています。産まれてきた赤ちゃんのためのおもちゃや絵本なども備えられていて、女性たちが少しでも安心して出産を迎えられるよう、さまざまな工夫や配慮がされているように感じました。

(一般社団法人「小さないのちのドア」代表 永原郁子さん<右>)

この施設を運営するのは、神戸市の団体「小さないのちのドア」です。代表を務める助産師の永原郁子さん。永原さんたちは3年前から予期せぬ妊娠に不安を抱える女性たちの相談を受けつけてきました。これまでに電話やSNSで寄せられた相談は1万3000件に上ります。

『陣痛が来ています。でも誰にも相談できない』
『たった今、ひとりで出産しました』
『赤ちゃんをどうしたらいいかわかりません』


家族にも打ち明けられないまま、ネットカフェや知人の家を転々としている、金銭的に余裕がなくて病院に行くことができない、母子手帳も持っていないという女性も少なくありません。特に、去年の春以降、新型コロナウイルスの感染拡大と比例するように相談は増えました。1回目の緊急事態宣言が出された時期には、小学生を含め、10代からの相談が急増。また、コロナで会社が倒産して仕事と住む場所を失い、生活費を稼ぐために援助交際や風俗業に入らざるを得ず、妊娠してしまったという女性も少なくありませんでした。

(「小さないのちのドア」にSNSで届いた相談)

助けを求めるせっぱ詰まった声の先で、小さな命が危機にさらされている…。それを痛感した永原さんは、相談を受けるだけでは命を守りきることができないと、マタニティホームの開設に踏み切りました。

(「小さないのちのドア」代表 永原郁子さん)
永原郁子さん

「話を聞くだけではもうどうにもならない。『住むところがない』『食べていない』と言われたら、電話ではもうどうにもならないですから。『信頼してもいいですか』と伸ばされてきた細い手をそっとつながないと、すっと引っ込められてしまう。だからこそ、ここから先は別のところに引き継ぎます、とは言えません。相談から生活支援、そして産後の自立支援まで一貫して行えるマタニティホームのような受け皿が必要なんです。」

“産んでも育てられない…”

(ハルカさん(仮名)・18歳)

去年12月、マタニティホームが開設された数日後には、中国地方や九州などから女性が入居し、5部屋ある個室のうち、4部屋は埋まりました。私たちは入居者の女性の一人に話を聞くことができました。

出産を間近に控えた18歳のハルカさん(仮名)。去年10月、体に違和感を覚えて病院に行くと、すでに妊娠7か月と診断されました。中絶が許される期間をすでに過ぎていたため、医師から「産むしかない」と告げられました。仕事のストレスで体調を崩しただけだろうと思っていて、妊娠は想像もしていなかったといいます。

パニックになったハルカさんを見て、病院が「小さないのちのドア」につないでくれたといいます。

ハルカさん

「(病院は)このまま私がひとりで帰ったら自殺してしまうのではと思ったのかもしれません。いますぐ『小さないのちのドア』に相談に行きなさいと言われました。妊娠のことを親にも友達にも言えず、どうしようと思っていましたが、永原さんたちと話すことで落ち着くことができました。」

ハルカさんは子どもの父親についても言葉少なに語ってくれました。「つきあっている人ではない…」。妊娠のことを伝えても人ごとのような反応が返ってきたため、出産やこれからについて協力を得ることはできないと思ったそうです。

赤ちゃんもお母さんも守りたい

出産予定日が2か月後に迫る中、生まれてくる赤ちゃんを誰がどう育てていくか、ハルカさんは永原さんたちと繰り返し相談しました。妊娠によって高校を卒業してから働いていた会社を辞めざるを得ず、収入はありません。永原さんや保健師らの仲介で、家族に妊娠を伝えることはできましたが、サポートを得るのは難しく、1人で育てていくことに大きな不安を感じていました。

悩んだ末、ハルカさんは「特別養子縁組」で新しい家庭に子どもを育ててもらうことを決断しました。特別養子縁組は、さまざまな事情から実の親と暮らせない子どもを救うために、育ての親と法律上の親子関係が認められる制度です。

ハルカさん

「まだ自分も若いし、育てる自信がないから。中途半端な状態で、ひとりで育てるよりは託した方が赤ちゃんも幸せになると思う」

(ハルカさんと永原さん)

しかし、出産予定日が近づくにつれ、ハルカさんの気持ちは揺れていました。ハルカさんのこうした様子を見て、永原さんは優しく語りかけました。

永原郁子さん

「赤ちゃんの幸せのために新しいお母さんに託すんだから。すばらしい選択をしたんだって思えばいいからね。胸張って生きていったらいいからね。」

その後、ハルカさんは元気な男の子を出産。そしてまもなく赤ちゃんと別れ、ホームを去っていきました。その時、赤ちゃんにメッセージを残しました。

『私にとって、宝物が増えました。元気に生まれてきてくれてありがとう。』

赤ちゃんは今、新しい家庭で元気に育っています。

安心して産むことのできる場所があり、頼れる人がいれば、赤ちゃんの命も、お母さんのその後の人生も守ることができると、永原さんは確信しています。

永原郁子さん

「命がつながることができて、うれしいです。お母さんたちはここに来られるときは、涙を流し、つらい顔をしている。でも、ここで安心して出産して、笑顔に変わって出ていくことができる。そんな場所にしたいです。」

永原さんたちは、今後、お母さんたちの就労支援まで広げ、母子それぞれが安定して暮らせるようにサポートしていくということです。

孤立の原因は、相手の男性や周囲の心ない態度

予期せぬ妊娠に苦しむ女性たちを取材していて、強く思うのが、相手の男性の姿が見えないということです。ハルカさんのように、ひと事のような対応をされ、協力を得られないケースだけでなく、妊娠を伝えたとたんに連絡が取れなくなってしまうことも多いといいます。

相手の男性の無責任さに加えて、周りからの心ない言葉が、女性たちを孤立に追いこんでしまうと永原さんは感じています。

永原郁子さん

「妊娠したのは自業自得だとか、非難するような言葉が女性たちに向けられることがあります。『育てられないなら中絶しろ』とか、『風俗で妊娠しても女性の責任』というような風潮もあります。でも、女性は一人で妊娠したわけではありません。風俗で働かざるを得ない状況に追い込まれてしまった背景があるかもしれません。

相手の男性も周りの人たちも、そういうことをしっかり認識して、責任ある行動をとってほしい。女性を責めるのではなく寄り添って、どうすれば女性も赤ちゃんも救うことができるのか、一緒に悩み考えてほしい。

また、親から虐待を受けた経験があるなど、身近に頼れる人がいないというケースも少なくありません。妊娠が支援と出会うきっかけになるような、みんなで女性たちをあたたかく支えられる社会であってほしい。 」

マタニティホームを取材して…

「自分が救われたように、誰かの救いにつながるのであれば」と 今回、匿名を条件に話をしてくれた入居者の女性たち。中には、ネットカフェなどを転々としたあとに ようやくホームにたどり着き、疲れ切ってしばらく眠り続けていた人もいました。初めのうちは、心を開いてもよいのだろうかと警戒する様子の人もいました。しかし、手作りの食事をみんなで囲み、悩みを打ち明ける中で、自ら命をつなぐ決断をし、さらに表情も穏やかになっていったのが印象的でした。

今回の取材を通して、予期せぬ妊娠で孤立してしまった女性たちの生活を支える取り組みが全国に広がる必要があると強く思うと同時に、予期せぬ妊娠を防ぐための性教育、そして、妊娠で悩む女性たちを孤立させない社会をつくることが早急に求められていると痛感しました。これからも取材を続けます。

●一般社団法人 小さないのちのドア (24時間 対応)
ホームページhttps://door.or.jp/(※NHKホームページを離れます)
電話     078-743-2403
メール    inochi@door.or.jp

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みんなのコメント(3件)

A
2021年4月21日
妊娠出産について、今の世の中ではあまりにも"女性"の立場が弱すぎると思います。妊娠した責任も、体の負担も、育児家事も、全部"女性"に負わせるのが当然という社会では、"女性"に生まれたことにデメリットしか感じないです。そういうことがあるから、自分は妊娠出産には関わりたくないと思ってしまいます。
いえもん
50代 男性
2021年2月18日
予期せぬ…表題は悪質な誘導文言です。避妊せぬではないですか。
うさぎ
30代 女性
2021年2月15日
学校が性教育をもっと意欲的に行うべき。このような施設があることも含め、妊娠する(妊娠させる)可能性がある中学生から、妊娠と出産、育児についての知識をつけたほうがよい。そして、日本社会の片隅の、日の当たらないさまざまな問題を知るきっかけになればと思う。