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「良い親って言われたいんだろ」ひきこもる息子は鋭く突きました|ある母の人生

ひきこもりの当事者から話を聞いていると、複数の方から似た言葉を言われることがよくあります。

「こんな人生になったのは親のせい」「親は自分のことを何もわかっていない」

絞り出すように話してくれたり、ふいに何気なく言い放たれたり、当事者が親について語る瞬間は様々ですが、そのいずれもが重く鋭い言葉で、彼らにとって親はまさに敵なのだと感じました。

僕は当事者を追い込んでしまっている親からもっと話を聞きたいと思いました。それも衝突を生む「原因」や親の「主張」を端的に尋ねるのではなく、できるだけ親自身が生きてきた「人生」を知りたいと考え、話を聞かせてもらうことにしました。

「#となりのこもりびと」取材班
ディレクター 今氏源太

親の人生を知りたい

はじめまして。ディレクターの今氏です。
みなさんは自分の親の過去についてどれくらい知っているでしょうか?

最も身近な存在でありながら、ほとんど聞いたことがない、あるいは知っていてもごく限られたエピソードのみという方は少なくない気がします。僕は人生史や生活史を聞くのが好きです。誰かの人生を知ることはいつも驚きの連続です。私たちは他人の人生を生きることは絶対にできないし、だからこそ千差万別の人生を少しでも知りたいと思います。

ここではひきこもりと向き合ってきた親がどう生きてきたのか、そしてどう生きようとしているのかをつづっていきます。親を擁護したいとか、本当は親は当事者の味方であることを伝えたいとか、そういうわけではありません。

この文章が、当事者にとって普段話をすることの少ない親の声を聞く機会になったり、親にとっては似た苦境を抱える親どうしでつながるきっかけに少しでもなればと思います。

怖かったのはね、警察を呼ぶことよりも、世間

中川さん(仮名)は東京で生まれ育った60歳になる母親です。

出会いは2年ほど前でした。取材の打診をしても多くの親が話したがらず困っていたとき、「親の苦難をもっと聞いてくれるなら」と応じてくれたのが中川さんでした。しっかりした物言いで淡々と話をする方です。

自宅のマンションを訪ねると、玄関のすぐ奥のピアノが置かれた小さな部屋に通してくれました。中川さんはここで小学生向けのピアノ教室を開いています。

中川さんには、2人の子どもがいます。長女と、弟のタカヒロさん(仮名・31歳)。タカヒロさんは小さい頃に発達障害と診断されました。

中川)うれしくなると表現のしかたが破壊なのよ。保育園で、ままごとしてる女の子の中にウルトラマンでトーッてやって、そのおもちゃ全部ひっくり返して、周りが泣いてるけど本人は分かんないわけ。

―息子さんの気質に気づいていくのはどれぐらいからなんですか。

中川)気づいたのは、うーんとね、強迫性障害が出てですよ。それまでって、しょっちゅうぶつかってたんですよ、私も。だからぶつかるってことはそれだけ私もバシッて手は出るし。で、反対に私も鼻の骨折られてるからね(笑)。

休日に家族で楽しく出かけた思い出も、タカヒロさんは覚えていないそうです。

一方で中川さんから怒られたことなどマイナスの記憶は鮮明に覚えていて、それは歳を重ねていくにつれて「親から虐待を受けて育った」という記憶に変わっていったようです。

高校では勉強に遅れて学校に行けなくなり、10代の後半から断続的にひきこもりはじめました。

中川さんと意見が合わず、取っ組み合いになることもあったと言います。

中川)…いろんな病院に行ったんですよ。ある先生からアスペルガー症候群(自閉スペクトラム症)って診断がつきました。

キレやすいとも言われたんです。瞬間湯沸かし器なんですよね。何かでピッて(スイッチが)入った瞬間にバーンってくるから。ピッと入った時にはもう、これ(テーブル)がないみたいな。

―…宙を飛んでる。

中川 そうそう。だからその…「何だよっ」って来た時には、避難するか戦うかみたいな。で、結構戦っちゃったんで(笑)。

中川)(けんかのときは)なるべく窓を閉めるようにしたけど。

―音が漏れないように。

中川)すごいですよ。どなり合いとか。もう殺されちゃうかなって思った時に、死にたくないし、あと(息子が)犯罪者になっちゃうのはだめだと思って、自分で110番して。…そこら辺はね、もう飛んでますよね、記憶が。

やっぱり一番怖かったのはね、警察を呼ぶことよりも、世間。世間体ですよ、やっぱり。

だけど、警察呼んだ時に何か全部なくなっちゃった。だって窓が開いてて、すごい悲鳴と、「助けて」とか、やっちゃってる。隣のうちは1週間ぐらい帰ってこなかったからね。

中川さんは矢継ぎ早に話し続けました。僕が割り込む隙はほとんどなく、ただ言葉に耳を傾け続けます。

タカヒロさんとの衝突の話をするときは中川さんは少し笑いを含みながら話しました。それは本当に面白いからではなく、つらさや苦しみを振り返るには、笑うしか表現のしかたがないのだと感じました。

あまりに激しいエピソードに僕は一緒に笑うのは失礼な気がして、ほぉーとかわぁーとか、よくわからない声を出すことしかできませんでした。

頭の中では、もうひとりの僕が正論を思い浮かべていました。子どもに手を出すことは虐待になりかねないので避けるべきではなかったか。抱え込まずに周囲に相談するべきではないか。

話の途中で中川さんは「経験した人にしかわからないでしょうけど」と、私に対して何度も相づちを打つように、言いました。正論なんてわかっていると、もうひとりの僕を見透かしているように聞こえて何も言えませんでした。

手が早いですよ。容赦ない。それで育ってきた

―息子さんをどう育てるかに、中川さん自身が育った環境は影響あると思いますか?

中川)あります。体罰だって言うけど、私もすごい叩かれてきました。手が早いですよ。容赦ない。それで育ってきた。私も手が早かったですよ。同じようなものですよ。

そんな環境で育った中川さんは、ずっと親に対して自分をさらけだすことができなかったと言います。

中川)例えば、電車とか乗っててご老人が来たら、席どうぞとかって言うと、みんなに「偉いわね」とか「しつけができてますね」って言われる。母もニコニコしてて。で、自分もそこでうんと褒めるられるのがなんか気持ちいい。私いい子なんだよ、みたいな。でも、ほんとはね、ほんとは立ちたくないのよ。座っていたいのよ。

中川さんは、20歳を過ぎると適齢期だからと強制的にお見合いをさせられたと言います。
そして、破談になるとひどく怒られ、その後は、結婚はもういいから一生懸命仕事しろと言われ、仕事に打ち込んでいると、今度はいつまで働いてばかりいるのだと、叱られたそうです。

僕は、ひきこもることとは、周囲に対する違和感を示すひとつの態度だと思います。

一方で中川さんは違和感を表現できないまま、内に抱えながら「普通」であるかのように生きた人でした。つらくても耐え忍び、あるいはつらさにふたをして過ごしていたのだと思いました。

違和感を表現して「普通」から外れてしまう人と、違和感を表現せずに(できずに)「普通」を装う人。違うのだけどどこか似ている、まるで表と裏の関係のようにも感じます。

中川)息子が生まれた時に、(両親から)いい評価をもらわないとだめだっていうのがありました。礼儀正しいとか、しつけができているとか、そういうような評価。

伸び伸びと(子育てを)したかったけど、それよりも、評価の怖さの方があった。だから、子どもには厳しくしました。そこら辺は、息子は、鋭く突いたことありましたよ。「自分が良い親って言ってもらいたいんだろ」みたいな。それはね、グサッときました。その時ってまだ気がついてなかったから、私が。

母の日記が出てきてね。全部私の悪口だった

良い評価をもらいたいという中川さんの思いとは裏腹に、タカヒロさんの子育ては困難の連続でした。日々の衝突は中川さんを精神的にも追い込み、次第にうつや離人症を患ってしまいます。

今自分がどこにいるかわからなくなるような、意識がもうろうとした状態で暮らす時間が増えました。夜は睡眠薬が欠かせなくなりました。それでも、試行錯誤を繰り返しました。

また中川さん自身の親との関係においても、なんでも言いなりになるのでなく、抵抗をするようになりました。5年前に他界した母親とは最後までわかり合えなかったと、振り返ります。

中川)忘れられないのは、隅田川の花火大会で大喧嘩したことです、母親と。
その後に母が言ったのが「私が思ってた子どもからどんどんあんたは離れていってる。私が思ってた子じゃなくなっちゃった」。

母は自分の思うような子どもにしたくて、それに反抗したのが嫌だったんだなって。
で、息子がこうなったことでも、母にすごく責められたんです。障害…。「うちの家系にそういう子はいません」って言われちゃった。そんなこと言われても困ると思ったけど、とりあえず聞いてました。はい、みたいに。

で、(母が亡くなったときに)母の日記が出てきてね。全部私の悪口だった。えー、介護したのにとか思って…。だからある意味、うちの子どもは私の犠牲になっちゃったところもあるかなと思います。

―犠牲ですか。

うん。だからその、いい子にしなさい、みたいな。私の中でそういうような気持ちで育児したっていうのはやっぱり事実だから、それはやっぱりちゃんと認めて、反省しなきゃいけないなとは思うけど。

それを鋭く突いたのは息子です。縦の連鎖はあるんだなって。その縦が、じゃあどこで変わるか。うちは息子のひきこもりとか障がいがもしなかったら、結局親と同じことを(ずっと)してたと思うんですよ。

「縦の連鎖」という言葉が強く頭に残っています。良くも悪くも家族というものは、さまざまなカタチの縦の連鎖をつないでいると思います。人によってはそれは家族のアイデンティティのような、大事なよりどころかもしれません。しかし中川さんにとっては、まさに体を縛る鎖でした。タカヒロさんと向き合う日々を通して、中川さんは縦の連鎖の存在に気づくことができたのだと思いました。

一生変わらないで違うところで生きていくんだなって

なんとか親子で暮らせるよう医療機関を頼ったり、対話を試み続けた中川さんでしたが、タカヒロさんの「俺がこうなったのは親のせい」という思いを消すことはできず、8年前からタカヒロさんは職業訓練を受けながら、離れて1人暮らしをしています。

時折中川さんが連絡をしても返事はなく、タカヒロさんが定期的に通う心理カウンセラーを介して今の様子を知るだけになっています。

息子と音信不通になった今は、考え方が変わったといいます。

中川)変わらないものは変わらないんだっていうことを最近すごく考えます。一生変わらないで違うところで生きていくんだなっていう。それはそれで、あちらが恨みつらみ持ったまま生きていってもいいのかなと思ってます。もう伝えること伝えたし…。

カウンセラーの方が、(親への)怒りはあっても前と同じってことはないですよって。例えば10だったのが8とか7ぐらいだと。

―息子さんを変えようとかは、今はないですか?

中川)もう全然ないです。

息子が恨みつらみを持ったまま生きていってもいい。淡々と中川さんは話しました。別々の個人として生きることを受け入れた、少し諦めたような言い方でした。

中川)私はずっと親の所有物のようにされてたけど、子どもは子ども。私は私。だからこうしなさいとかなんとかじゃなくて、その代わり自分で責任取ってね、ですよね。

文句を言わない代わりに、諦めたからなんとかしてくださいは私はいやだって。自分で自分の道を作ってもらわないと。ひきこもりながらも、自分で道は作ってもらいたいな。

もう今31になるのかな。自分で何とかやってるっていうのは、踏ん張ってるかなと思います。
もう無理ですっていうのはいまだに聞かないですよね。

社会との距離っていうのは自分で分かってると思うんですよね。前は「俺はこんなんじゃない」とかさんざん言ってたけど、なんか、それよりもみじめ。みじめって感じなのかな…。

今、息子さんは仕事が続かず、悩んでいる現状をカウンセラーに相談しているそうです。それでも中川さんは、何もしません。何もできないのかもしれません。それが中川さんなりの「縦の連鎖」を断ち切るための意思なのだろうと思いました。

慣れましたね、戻ってくるのにも

タカヒロさんと会うことも話すこともなくなりましたが、中川さんは、毎年、欠かさず誕生日カードを贈っています。これまでのタカヒロさんとの関わりのなかで気づいたこと、感じたことをメッセージにして書いています。しかし、開封された様子のないまま毎年返送されてくると言います。

中川)毎年1月の誕生日に、プレゼントじゃないけど、メッセージを贈ってて。今年も返ってきましたね。始めて5年以上になるかな。初めての時は受け取ってましたね。その次からはずっと戻ってきています。カウンセラーには「今更そんなことをしたって」って言ってるそうです。

今は生活保護を受給するようになったので、そうすると最低限の生活はできる訳じゃないですか。だから、それはいいのかな。どうなのかな。

それよりもその憎しみみたいなものが、「俺がこうなったのは親のせいだ」がもうずっとあるから。でもそれ(誕生日カード)はやり続けていかないと、やっぱり伝わらないから。慣れましたね。(カードが)戻ってくるのにも。

話を聞いていると4時間があっという間に過ぎていました。話を聞き終えて改めて感じたのは、中川さんが過ごしてきた日々がいかに大変だったかということです。

最初に書いたとおり、親の立場を擁護したいとか、本当は当事者の味方だということを伝えたいわけではありません。それでも現実として、ひとりの女性が、手探りでひきこもる息子と向き合いもがき続けてきた、人生がありました。もちろんタカヒロさんにも別の思いや事情があると思います。

どんな人もその人なりの理由があって、歩み続けています。相手の事情を知ること、知ろうとすることが、どうすればいいのかわからない困難な状況を少しでも変える小さなきっかけになればいいなと思います。

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