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“ギャング牧師”がスラム街の抗争を仲裁、貧困の底で語る希望の言葉とは

「ギャング牧師」と呼ばれる異色の牧師がいる――私たちのもとにそんな情報が飛び込んできたのは、新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るっていた2020年4月のこと。

3時間に1件のペースで殺人事件が起きる南アフリカ・ケープタウン。数十ものギャングが麻薬の利権をめぐって抗争を繰り返し、警察も行政も根本的な打開策を見いだせていないスラムの奥深くで、ギャング牧師ことアンディ・スティールスミスさんは、ひとりギャングたちと対じし更生させる活動に打ち込んでいました。

私たちはアンディに接触し、「スマホやアクションカメラで、あなたの活動を長時間記録してみませんか」と提案。その意義に共鳴してくれたアンディは、自らの体にアクションカメラを丸一日装着したまま、ギャングの間を駆け回りました。東京から14500km、文字通り遠い世界で起きた赤裸々で衝撃的な映像記録には、知られざる“人間再生”の物語がありました。

(報道局社会番組部 チーフディレクター 座間味 圭子)

NHKスペシャル「REGENERATION 銃弾のスラム 再生の記録」

10月7日(金)午前2:40~3:30放送(※木曜深夜)
放送から1週間はNHKプラスで見逃し配信をご覧いただけます。

世界でも殺人事件が多発するエリア、ギャングの縄張りにカメラが潜入する。南アフリカ・ケープタウンのスラムで、ギャングの更生の道を探る牧師に密着。人間再生の物語。(初回放送日 2021年10月10日)

経済成長に取り残された“見捨てられた”街角で

南アフリカ・ケープタウン 中心街から遠く離れた「不毛の地」にスラムが広がる

SDGsにも解決の対象として掲げられる「格差」「貧困」。その象徴のような光景が、アンディと私たちが連携して1年以上記録し続けた2000時間に迫る膨大な映像には刻まれています。

南アフリカは、人種隔離政策アパルトヘイトが撤廃されて以降グローバル化が加速し、世界屈指の経済成長を遂げてきました。

しかし、富の大半は人口の一握りに偏在。厳重な警備とバリケードに守られた高級住宅街で白人層などが豊かに暮らす一方で、多くの人たちが発展から取り残され、所得格差が世界最悪レベルにまで拡大していました。

ケープタウンで社会奉仕活動を行なう企業に投資家として参画してきたアンディ。牧師として全力を投じていたのが、中心街から遠く離れた、かつて有色人種が強制移住させられたエリアにある、世界指折りの危険なスラム「マネンバーグ」でした。50ものギャング組織が市街地で銃撃戦を繰り広げ2~3日おきに死者が出るため、アンディはその弔いをしながらギャングたちに接近し、抗争の仲裁を買って出ていました。

銃弾飛び交う空の下で、10代の若いギャングメンバーたちを諭す言葉があります。

アンディ・スティールスミスさん

「いいか、君たちは、白人と金持ちが支配する中で生きている。あらゆる逆境の中を生きている。仲間どうしで争うな。このどん底から抜け出せなくなるぞ」

暴力が支配する町に生まれ育った若者たち

合法的な収入を得るすべがほとんどなく極度の貧困にあえぐスラムで生き抜くために、若者たちは麻薬売買など闇ビジネスに手を染め、ギャング組織から抜け出せなくなるという、アリ地獄のような悪循環に陥っていました。

現実を変えるには、この「負の連鎖」を断ち切らなくてはならない。それがアンディの目標です。

“人への投資”で道をひらく

アンディ・スティールスミスさん

「その日暮らしの彼らには、ギャング以外の生きる道がない。でももしかしたら、もっと別の生き方ができるんじゃないか。彼らがたとえギャングだとしても」

アンディがこう考えるようになった原点は、意外な過去にありました。

アンディはかつて、世界を舞台に企業の買収や再建を進めるやり手の投資家でした。若くして頭角を現し、失業者を出すのもいとわずにエネルギー産業への投資などでライバルを出し抜き、イギリスに豪邸を構え高級車を乗り回す優雅な暮らし。「すべては金で買える」――富こそ全ての“資本主義の権化”として、搾取する側の存在でした。

投資家であり牧師のアンディ ギャングエリアに通い詰める

転機が訪れたのは40歳。友人に連れられて訪れたアメリカ・サンディエゴの麻薬リハビリ施設で、社会復帰を目指す元ギャングと一夜を明かすことに。まだ若い元ギャングたちから語られた、麻薬の売人として刑務所を出はいりし路上に転落した悲惨な話の数々。

しかしアンディの心を揺さぶったのは、彼らがこのままじゃいけないと、心身ともにきついリハビリに自ら真剣に打ち込み、どん底からはい上がろうともがいていた姿でした。

アンディ・スティールスミスさん

「私ははっとした。彼らは、金に物を言わせてきた私よりも、ずっとまっとうな人間に見えた。
彼らは、自らの過去の悪行に向き合い、足を洗って真面目に生き直そうと、ひとりで内なる悪魔と闘っていたのだから」

このグローバル化した世界で、私の成功は、彼らの犠牲の上に成り立っていたのではないか。
価値観が大きく揺らいだアンディは、投資先を社会貢献度の高い事業に振り向けるようになり、同時にクリスチャンとしての学びを深めて牧師を志しました。

南アフリカに骨を埋めると決めて10年。抗争に明け暮れるギャングたちとひざをつき合わせ、アンディはこう告白します。

アンディ・スティールスミスさん

「ひどいことをしてきた人も、この中にいるだろう。でも誰だって過ちを犯したことがあるはずだ。ギャングも私もみんな生き直せるはずだ」

巨大ギャング幹部プレストンとの出会い

アンディ自身にとってしょく罪の旅路でもあった、ギャング更生の取り組み。

実際に私たちは、ある若きギャングが、アンディというひとりの「部外者」の本気に触れて、現状を変えられるかもしれない、変わりたいという思いを膨らませていく過程に伴走することになりました。

数々の凶悪事件を引き起こしてきた巨大ギャング・アメリカンズの幹部、プレストン・ジェイコブス(36)。大柄の体には全身に入れ墨が彫り込まれ、殺すか殺されるかの日常を生き抜いてきた歴戦の銃創が刻まれていました。

最初の殺人は14歳。暴力をふるってきた男から母親を守るために銃殺したのが始まりで、刑務所へ出たり入ったりを繰り返す中、母も他界。いつの間にかギャングが家族の代わりとなっていました。

殺伐とした日常を生きるプレストン

「ギャングである以上、悪事とわかっていても人を殺し、盗み、苦しませる。そういう生き方だ」と語るプレストン。実はプレストンは、パンデミック下でアンディの呼びかけに応じ、敵対するギャングのボスと交渉して抗争を中断させた立役者。飢えたスラムへの食糧配給にも力を貸してくれた人物です。

アンディは、プレストンのそんな姿を見て「たとえギャングの幹部でも、根本的には人の役に立ちたいはずなんだ」、この男となら、貧困と暴力の負の連鎖を断ち切れるかもしれないとひとすじの希望を見いだします。

プレストンの手引きでギャングに食糧配給を呼びかけるアンディ

プレストンを変えたアンディの「本気」の言葉

しかし、その希望を打ち砕く、思わぬ事態が。

巨大ギャング・アメリカンズの中で、麻薬の利権をめぐって内部抗争が勃発、プレストンの命も狙われることに。プレストンの身に危険が迫る中、見張り役だった親友が殺されてしまいます。

親友の葬儀で、身じろぎひとつせずに棺の前でじっとたたずむプレストン。泥沼の殺し合いを恐れたアンディは、プレストンに報復を思いとどまるよう、懇願しました。

ギャングの世界での慣行に照らせば、報復して当然とも思える緊迫した状況。しかし、プレストンは報復をしませんでした。かわりに、仲間がこれ以上殺されないように隠れ家にかくまい、暴力以外での解決の道を模索したのです。

殺された親友に祈りを捧げるプレストン

プレストンを踏みとどまらせたのは、いったい何だったのか。直接聞いてみることにしました。
プレストンは、アンディと初めて出会ったときにかけられた言葉を、深く心に刻んでいました。

プレストン・ジェイコブス

「アンディはこう言った。『きみの中にも光がある。この暗闇から、いつか抜け出せる』と。
そんなことを言ってくれる人は、今まで誰もいなかった」

プレストンたちギャングに語りかけるアンディ

これまで希望の言葉を説く者など誰もいなかったスラムエリアに響く、アンディの「本気」の言葉。

見捨てられた町の片隅で、アンディがかけたこのひとことが、ギャングという生き方しかなかったプレストンが変わり始める原点となっていたのです。

1年の取材の中で、プレストンは大きな変化を遂げました。その後も、プレストンはアンディとの約束を守り、現在も麻薬の売買から身を引いています。アンディがプレストンに提案した、スラムの問題を解決するための火災報知器ビジネスは、現在1000個仕入れ、どうやって安全にスラムに還元できるかを検討中だといいます。

プレストンは、私たちのインタビューにこう語りました。

プレストン

「マネンバーグでは、子どもたちが自分を大きな手本にしていると感じる。彼らに悪いことをさせるのではなく、知識を与えたい。一緒にまっとうに働いたり、学校に行ったり」

番組の最後にプレストンが見せた、マネンバーグの未来を自分たちの手でつかむんだという決意は、今も続いています。

いまアンディは新たに、社会貢献を進める会社への投資で世界を飛び回っています。その仕事を成功させたあかつきには、南アフリカで小さなワイン農園を手に入れようとしています。

ギャングが闇社会から足抜けをするのは容易なことではありません。今はマネンバーグにとどまる決断をしたプレストンが、いつか準備が整って、新しい地で一歩を踏み出したくなったら、いつでも受け入れられるように。

南アフリカはワインの産地。自然の豊かさに包まれながら一緒にブドウを育て、やがてはプレストンの名を冠したワインを作りたい。アンディは、私たちにそんな夢をこっそり教えてくれました。

誰ひとりも取り残さない、小さいけれど確かな闘い

あれから1年、今も新たな抗争が起き、映像に映った複数のギャングたちが殺され、刑務所に拘束されたままの人もいます。アンディに、こう問うてみました。

「アンディひとりで助けることができるギャングは、限られている。それでも、この社会に変革を起こせると思うのか」。

アンディはいい質問だと言ったのち、こう切り出しました。

奉仕活動で若いギャングたちと一緒に汗を流す
アンディ・スティールスミス

「ギャングを変えられる確率は、100分の1かもしれない。だからこそ、私はひたすらに取り組み続けているのだ。私が何かを縫い込むことができた一人が、また別の誰かを助けられるかもしれない。

そして、私は自分が生きているあいだに成果を見届けることはできないかもしれないとも感じている。

私の墓碑銘には、こう刻んでもらいたい。

『彼は世界を変えようとしました。しかし、彼が死んだ後になって、彼が実際に世界を変えたことが調査でわかったんだ』と」

たったひとりの、ほんのちっぽけな行動であっても、海に投げ込まれた小さな小石は、いつしか大きな波紋となって広がり、変革のうねりに連なる。

地に足のついた活動に全力を注ぐアンディの言葉に、私は自分の中に、小さな、しかし確かな勇気がわき上がるのを感じました。

NHKスペシャル「REGENERATION 銃弾のスラム 再生の記録」

10月7日(金)午前2:40~3:30放送(※木曜深夜)
放送から1週間はNHKプラスで見逃し配信をご覧いただけます。

世界でも殺人事件が多発するエリア、ギャングの縄張りにカメラが潜入する。南アフリカ・ケープタウンのスラムで、ギャングの更生の道を探る牧師に密着。人間再生の物語。(初回放送日 2021年10月10日)

3分ドキュメンタリー

10月10日(月・祝)午後6:05~6:45放送
放送から1週間はNHKプラスで見逃し配信をご覧いただけます。

NHKの名作ドキュメンタリーを「3分」に再編集。この記事のもととなったNHKスペシャル「REGENERATION 銃弾のスラム 再生の記録」もピックアップ。ドキュメンタリーを愛する東野幸治と加藤シゲアキ、今回初参戦の西田尚美、MC髙橋ひかるが作品を熱く語ります!

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みんなのコメント(1件)

感想
タマ ユタカ
50代 男性
2022年10月6日
私は東北の震災で、倒壊被害にあった児童養護施設にボランティアに行った事で、児童養護施設で生活をする子供達の現状を知ることができました。年に一回のBBQや食料支援を続けさせて頂いています。現在は、地元の児童養護施設の子供達の就職支援もさせて頂いていますが、都会のせいか犯罪、暴走族等に加担する子供達も少なからずいます。
未来への希望や夢を語ったり、より良い道に進ませる事の大変さを実感しています。
とても良い内容の情報でした。参考にもなりました。