女性の貧困と住まいの問題 国の対策は?専門家による提言まとめ
困窮する女性たちが家を失いつつある現状や、求められる支援について議論した12/15放送のクローズアップ現代+(「私には帰る場所がない」家を失う女性たち)。
スタジオでは、今後の日本が向き合うべき課題について、日本女子大学名誉教授の岩田正美さんと、京都大学大学院准教授の丸山里美さんという2人の専門家ゲストから“提言”をいただきました。今回は、その提言について詳しく解説していきます。
(クローズアップ現代+ ディレクター 大里和也)
4つの提言
提言1 剥奪指標を国の調査で採用すべき
提言2 家賃補助制度を国の社会保障の1つとして作るべき
提言3 生活保護の「住宅扶助」を別の制度として運用できないか
提言4 現在0.5%の住宅給付費の割合を増やし 社会保障を見直すべきでは
提言1 剥奪指標を国の調査で採用すべき
京都大学大学院准教授の丸山里美さんは、女性の貧困は“世帯の中”に隠れがちであると指摘しています。なぜなら、既婚や実家暮らしの女性の中には、実は経済的DV(夫や家族から十分な生活費を渡してもらえない)を受けていたり、非正規雇用の労働者で賃金が安くワーキングプア状態に陥っていたりと、生活の基盤が脆(ぜい)弱である人が少なくないからです。
しかし、日本の場合は貧困を世帯収入で判断するので、夫や父親に一定の稼ぎがあると、そうした女性でも貧困とは判断されません。こうした女性が離婚などでひとたび世帯を離れると、それまで覆い隠されていた貧困が一挙に表出し、少ない収入で生活を支えることを余儀なくされ、家を失うことにも繋がってしまうというのです。
“世帯の中”に隠れた貧困を見つけるにはどうしたら良いのか。そのための提言が、「剥奪指標を国の調査で採用すべき」です。剥奪指標は、イギリスの社会学者であるピーター・タウンゼントが1979年に提唱した貧困の測定法です。収入ではなく、「必要なときに医療機関を受診できるか」「年に1回以上新しい下着を買えるか」など、通常ならできるはずなのに金銭的な理由でできないことが何個あるかで、貧困状態を捉えます。その設問を、下のリストのように個人を対象にしたものに設定すれば、世帯の中に隠れた個人の貧困を見つけ出すことができるといいます。
剥奪指標は主にEUで活用がひろがっており、20年ほど前から国による大規模調査でも取り入れられています。しかし日本では、一部の貧困研究者が調査で用いているのみで、国の統計調査では採用されていません。今後、国として貧困状態を正しく把握していくためにも、この剥奪指標を適切に利用していく必要があると丸山さんは考えています。
提言2 家賃補助制度を国の社会保障の一つとして作るべき
日本女子大学名誉教授の岩田正美さんによると、家賃に苦しむ人が増えている背景には、日本の住宅政策の課題があるといいます。
現在、国による家賃補助制度には、「住居確保給付金」「住宅セーフティネット制度」「生活保護(住宅扶助)」の3つがあります。
しかし、住居確保給付金は市区町村ごとに定める額を上限に実際の家賃額を原則3か月(現在は新型コロナ対応の特例により最大12か月)という短期の給付で、世帯収入や預貯金の制限もあります。
また、住宅セーフティネット制度はセーフティネットとして登録された住宅の“大家さん”に補助金が支払われる制度で、登録されている住宅もまだ少ないという現状があります。そして生活保護は、受給に厳しい審査があるだけでなく、制度への誤った理解により生活保護の申請を嫌がる生活困窮者が少なくありません。
つまり、「使い勝手の良い家賃補助制度は、今の日本にはない」と岩田さんはいいます。
その背景には、日本がこれまで中間層の持ち家購入に重点を置いた住宅政策をとってきたことが挙げられます。それにより、賃貸住宅に住む人たちへの支援が後回しにされてきたのです。欧米では、国による家賃補助制度が基本的な社会保障の一つとして整備されています。岩田さんは、家賃に苦しむ人が増えている今、日本でも早急に家賃補助制度を作るべきだと主張しています。
提言3 生活保護の「住宅扶助」を別の制度として運用できないか
実際にこれから家賃補助制度を作っていく上での岩田さんの提言が、「生活保護の『住宅扶助』を別の制度として運用できないか」です。
住宅扶助は、受給者の家賃をまかなうために地域ごとの基準額が給付される制度で、受給の期間制限はなく、“国による家賃補助”に近い運用のされ方をしています。しかし生活保護は、住宅扶助を含む8つの要素が一体的に運用されており、この全てにおいて困窮していることを証明しなければ受給することができません。つまり、「家賃だけに困っているから住宅扶助だけ申請する」ということができないのです。
そこで、「住宅扶助を生活保護から切り離し、別の制度として単独で受給できるようにすれば良いのでは」というのが、岩田さんの提言です。そうすることで、生活保護全般の厳しい審査ではなく、家賃補助単体の簡易な審査で給付をおこなうことができ、より多くの人が利用しやすい制度になると考えています。
これは、生活保護のかたちを変える大胆な提言です。ですが、我が国のセーフティーネットである生活保護制度は、1950年に生まれて以来ほとんど形を変えていないのも事実です。岩田さんは、これまでのような一体的な運用では、この数十年でどんどん多様化している貧困を支えきれていないと指摘します。家を失う人が増え始め、セーフティーネットの穴が改めて浮き彫りになっている今こそ、その運用を再考すべきではないでしょうか。
提言4 現在0.5%の住宅給付費の割合を増やし 社会保障を見直すべきでは
家賃補助制度を作った場合、やはり気になるのは予算です。生活保護から住宅扶助を切り離し、受給要件を見直して使いやすくした場合、申請者は相当増えると予想されるため、岩田さんは現在の住宅扶助の2倍程度の予算になるのではないかと考えています。
ただ、日本の社会保障費全体における住宅費の割合を見てみると、2017年時点で0.5%しかありません。これを他国と比較すると、スウェーデンが1.5%、ドイツが2.0%、イギリスが6.4%と、日本に比べてかなり多くの額を住宅費に充てていることがわかります。それを踏まえた上での岩田さんの提言が、「現在0.5%の住宅給付費の割合を増やし社会保障を見直すべきでは」です。
岩田さんは、日本の社会構造が大きく変化してきた今こそ、家賃補助制度を整えるべきだと考えています。
「これまで見てきたとおり、日本の住宅政策は、家賃補助の面から見ると国際的にも相当遅れをとっています。現在0.5%ほどの住宅費の割合が仮に2倍になっても、まだ1%です。私たちの暮らしにおける家の重要性を考えたとき、この数字はみなさんの目にどう映るでしょうか。
かつての日本では、国からの家賃補助がない分、正社員においては一般企業の福利厚生がその役割を担ってきました。しかし社会構造は大きく変わり、そこにカバーされない非正規雇用や高齢者が増え続けています。実際に家を失う人まで出てきてしまっている今、やはり国からの手広い家賃補助制度が必要ではないでしょうか」
税金は私たち国民の共同財源であり、その使い方を考えていくのも私たちであるはずです。だからこそ、誰もが自分事として、これからの社会保障のあり方を考えていかなければならないと、お二人の提言を伺って強く感じました。
女性のための相談窓口
「生活が苦しい」「DVや性暴力を受けた」など、悩みを抱える女性を支援してくれる相談窓口を、国やNPOなどが設置しています。助けになる情報をまとめたサイトや、主な相談窓口をご紹介します。
https://www.nhk.or.jp/minplus/0020/topic030.html
クローズアップ現代+ 「私には帰る場所がない」家を失う女性たち
2021年12月15日放送