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海の温暖化の影響に直面する函館 スルメイカが激減 ブリが激増

“イカの町” 北海道・函館。名産のスルメイカの漁獲量は全国でも1、2を争ってきました。しかし、この10年で10分の1に減少。一方で、大量にとれるようになったのが、これまで主に西日本で水揚げされてきた暖水系の魚・ブリ。

「海がおかしくなっている!」。取材した漁師たちが口をそろえて語った言葉です。これまで経験したことのない“海の異変”が北の海に生きる人々の暮らしに深刻な影響をもたらしていました。

(クローズアップ現代ディレクター 倉持大地)

激減したスルメイカ 漁獲量はこの10年で10分の1に

スルメイカ漁が最盛期を迎えた7月末。この道40年近いベテラン漁師・若松淳一さん(63)の船は、函館の港から30分ほどの漁場にありました。津軽海流に乗ってイカが集まる好漁場として古くから名をはせた場所です。船につり下げられた大量のLEDライトを使い、光に集まったスルメイカを釣ろうとしますが、カラカラと仕掛けを巻き上げる機械の音が響くばかりで、イカはぽつぽつとしか揚がりません。

10台のイカ釣り機をフル稼働するが、スルメイカの姿はまばらだった
スルメイカ漁師 若松淳一さん(63)

スルメイカ漁を続けて40年近くになるという若松さんにとっても、ここまで深刻な不漁は初めてだといいます。

スルメイカ漁師 若松淳一さん

「ダメダメ。こんなもんなんだ。この状態が一晩中だから」

かつてはイカであふれかえっていた船内の生けす 今は空きが目立つ

10年ほど前までは1日でおよそ1トンの水揚げがありましたが、いまは見る影もありません。この日、12時間かけてとれたスルメイカの量は76キロ、不漁前の10分の1以下でした。

スルメイカ漁師 若松淳一さん

「イカはもうダメだ。代わりになる商売もないし、細々とやっているだけだ」

函館市の入船漁港 スルメイカ漁の船が並ぶ

深刻な不漁が続く中、漁をあきらめ、船を手放す漁師も出ています。函館市の入船漁港では、不漁が始まった10年前に比べてスルメイカ漁船の数が4割減少。今年も1人の漁師が船を売りに出しました。機械化が進む現在のイカ漁は船の装備等の出費がかさみ、燃料代も高騰する中、漁のもうけがほとんど出なくなっているからです。

スルメイカを集めるLED 集魚灯1個替えるだけで2万~4万円かかる
今年、船を売りに出したスルメイカ漁師

「経費かけた分を取りに行っているだけ。何しに(漁に)行っているかわからない。ご飯食べられないよね。はっきり言って」

売りに出したのは、15年前に亡き父と借金をして購入した船。少しでも多くのイカをとってやろうと大型化し、設備投資を積極的にしてきました。15年前に船を買ったときには、ここまでの不漁は想像だにしなかったといいます。

今年、船を売りに出したスルメイカ漁師

「漁が戻れば続けたいよ。(船を買ったときは)ずっと同じぐらいの水揚げあったから、こんなことになるなんて全然想像がつかなかった。函館はもう、イカの町じゃないから…」

函館近辺に60以上あるとされる加工会社 不漁が続き倒産する業者も…

深刻な不漁の影響は漁業者だけにとどまりません。40年近くスルメイカのくん製をはじめイカ加工品の製造販売をしてきた会社。原料となるイカが調達できなくなり、生産量を大幅に減らさざるを得なくなりました。4億円あった売り上げは5000万円にまで落ち込み、20人以上いた社員の数も10人に減らしました。

スルメイカのくん製を作る工場 原料が確保できず稼働時間が激減
従業員が使うタイムカード数は半減した
貯蓄を取り崩し耐えてきたが、イカ不漁が長引き経営努力も限界に…
水産加工会社 須貝衛さん

「10名でも仕事の量が足りないという状況で、蓄えていた部分をどんどん吐き出してこなきゃいけない状況になってきている。他の水産加工会社さんもおそらく同じような問題を抱えていると思う。社員を養っていくためにいろんなことを考えていかなきゃならない」

漁獲量が急増した“ブリ”  しかしイカの代替にはならず

イカ不漁の一方で、函館で大量にとれるようになったのがブリ。これまでは長崎県や島根県などが漁獲のトップを争っていましたが、2年前、はるか北に位置する北海道が1位に躍り出ました。

定置網に入る大量の“南の魚”ブリ 2010年の6倍以上に

ブリといえば、氷見の寒ブリなどが高級魚として知られており、大量にとれるようになったことは、漁師にとって喜ばしいことだと思われるのですが…。

函館であがるブリの多くが6キロ以下の小さなブリ。しかも冬に脂が身に乗る前に回遊してくるため、市場で買い叩かれてしまうといいます。

小さく脂の乗りも悪いうえ函館ではなじみがなく高値がつかない
漁師

「やっぱり夏は身がちょっと細いんだわ。(氷見の寒ブリなどは)最盛期になればキロ1万円とかするでしょ。こっちはもうキロ400円とか500円とか、そんな感じですよね」

函館にとって新参者のブリに活路を見いだそうと動いたのが、前述したイカ加工会社です。安値で手に入る「小さなブリ」で新商品を開発し、イカ不足で落ち込んだ売り上げを埋めようと考えました。

つくったのは、イカのくん製ならぬ「ブリの燻製(くんせい)」。スルメイカの加工に使う機械を活用し、新たな設備投資を回避。創業以来培ってきた独自のくん製技術でブリ特有の臭みを抑え、うまみを凝縮しました。

イカのくん製に使っていた機械やノウハウを活用 新商品「ブリの燻製(くんせい)」を開発した

これまでのノウハウを生かし、コストをかけず、温暖化による苦境を乗り切ろうと作り出した自信作。しかし、売り上げはまだイカ加工品の3割ほどにとどまっています。

脂の乗りが少ないブリは、くん製に加工しやすい
ブリ特有の臭みも創業以来培ってきた独自技術で克服した
水産加工会社 須貝衛さん

「函館になじみのないものですから、なかなか受け入れていただけない。それでも、これ(水産加工)でなんとか生きていかないといけないですから、いいもの作っていいものをお客様にお届けするようにしないと。そうすることで必ずお客様がまた戻ってくれるんじゃないかなと思っています」

海の変化に“適応”  新しい名物も誕生

新参者のブリを函館の新しい名物に育てる取り組みも始まっています。ブルーコモンズジャパンの國分晋吾事務局長が市内の飲食店と協力して開発したのは「ブリたれカツ」です。ブリを牛乳につける前処理をしてから揚げることで、臭みを消すと同時に、パサつきをなくし、“脂の乗りがよくない”という弱点を解消しました。いまでは市内10校の小中学校の給食に用いられ、60を超える地域の飲食店や小売店で提供されています。

新開発の「ブリたれカツ」は給食の定番メニューに
開発した國分晋吾さん カツをハンバーガーの具にした商品も
國分晋吾さん

「取れたブリの良さを生かすというよりも、まずはおいしく食べてもらうことを目標に、誰もが食べやすいものをつくりました。なじみのない魚を食べてもらうことで“食文化”をつくりたかったんです」

今年6月には「函館ブリ塩ラーメン」が新たにデビュー。今度は「ブリならではの特徴」を生かそうと工夫を重ねました。使用したのは ブリ節。“脂の乗りの悪い”小さなブリが、逆にカツオ節のように加工するのに適しているとして、北海道と共同で開発したものです。うまみ成分のひとつであるイノシン酸がカツオよりも多く含まれることに着目しました。

「函館ブリ塩ラーメン」にはブリで作ったブリチャーシューも
ブリ節

さらに7月には、とれたてのスルメイカが食べられるスポットとして有名な市内の朝市に「地ブリショップ」がオープン。函館にとって新しい“ブリ食文化”の発信基地として営業を始めました。これまで開発した新商品とともに、地元の加工会社が作ったブリの新製品も並んでいます。

新たにオープンした「地ブリショップ」 函館のブリを使った新製品が並ぶ
國分晋吾さん

「函館はブリが大量にとれても食文化がなく、販路もないため “ブリがとれることに対して前向きになれない町”。しかし、海洋環境の変化はすぐには止められず、私たちは適応するしかない。こうした中で、ブリと向き合って新名物を開発し、食文化をつくることで状況を打開できればいいと思っています」

取材後記

海の温暖化などの影響で、これまで当たり前にとれていた魚がとれなくなる。それは単純に、私たちがおなじみの魚を食べられなくなることだけにとどまりません。

イカの町・函館では、海とともに生きる人々のなりわいや地域経済に深刻な影響をもたらし、長い年月をかけて培われてきた食文化を大きく揺るがしていました。気候変動という個の力では容易に止めることができない現状に、漁業や水産加工の現場がどう立ち向えばよいのか、一筋縄ではいかない難しさを感じました。

一方で、この逆境に対し、魚を食べる人間の側が“前向きかつ柔軟な発想”で『適応』していくことの大切さも痛感しました。函館では、新参者の「小さなブリ」をなんとか名物にしたいという、地域の生き残りをかけた必死の試行錯誤の中で、『ブリ節』をはじめとする新しい活用法が生まれています。そこには、行政・民間の加工業者・料理人などが従来の垣根をこえてコラボする「新しい連携」があり、新参者のブリで新しい価値や食文化を創造しようという熱気や活力がみなぎっていました。

これこそが海の温暖化の影響をしなやかに受け止め、日本の魚食文化を衰退ではなく『進化』に向かわせるヒントなのではないでしょうか。

クローズアップ現代 2022年10月11日放送

「食卓から消えた魚はどこへ?魚の大移動に迫る世界初の魚の地図」
(※10月18日まで見逃し配信)

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