
僕が髪を伸ばした理由 ヘアドネーション6年の記録
病気などで髪を失った子どもたちに贈られる医療用ウイッグを作るため、髪を寄付する活動、
「ヘアドネーション」。
ひとりの男の子が6年かけてヘアドネーションに挑戦しました。
「女の子に間違われる」ことも日常茶飯事、髪が伸びるにつれ手入れが大変になる髪の毛。
それでも頑張り続ける理由は…?
(「地球のミライ」取材班 ディレクター 井上紗佑里)
すべての人に健康と福祉を ヘアドネーションが目指す世界
3年前、「あさイチ」の取材で、髪を伸ばし続けているひとりの男の子と出会いました。
「ヘアドネーションのために伸ばしているんだ」と語った、本村尤人くん(もとむら・ゆうと)。
当時、小学3年生でした。

「ヘアドネーション」とは、がんや脱毛症など、病気や事故で髪を失った人たちのウィッグ(かつら)を作るため、髪の一部を寄付する活動です。
しかし、必要な髪はなかなか集まりません。
取材した支援団体では、現在、250人ほどの子どもたちがウイッグを待っているといいます。
ひとつのウイッグを作るのには、約30人分以上の髪の毛が必要とされています。
著名人たちが参加したことをきっかけにヘアドネーションが広く知られるようになり、活動は広がってはいるものの、まだ髪が足りないのが現状です。
「すべての人に健康と福祉を」というSDGsの目標。
その目標に向け、立ちあがったのは子供たちでした。

ヘアドネーションへの決意と不安
私が尤人くんと出会った当時、すでに髪の長さは40センチほどまで伸びていました。
子どもたちの間で寄付する子が増えているということは認識していましたが、男の子で挑戦しているのは、当時めずらしく取材をさせてもらいました。
尤人くんがヘアドネーションするきっかけになったのは、幼稚園の時。
テレビでヘアドネーションをしている男の子を見て、「自分もやりたい!」と宣言し、髪を伸ばし始めました。
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尤人くん
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「テレビで取材されていた人が、もっとヘアドネーションする人が増えるといいって言っていて、まだやっている人が少なくて大変そうだったから、僕も髪の毛を伸ばして、困っている人の役に立つならあげたいなと思いました」
当時、母親の由美さんは尤人くんの決意を聞いたとき、「応援したい」と思う一方、男の子が髪を伸ばすことへ「不安」も感じたといいます。

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母・由美さん
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「『からかわれるよ』っていう話はしましたし、からかわれないにしても、『女の子に絶対間違われるよ』ということは言いましたし、心配もしました。
それでも、彼は『僕の友達にそんな子はいない。
もし言われたとしても、ヘアドネーションをするからっていう説明をすればわかってくれると思う』と言い切ったんですよね。これまでに「やめたい」と言ったことは一度もないです」
その後、尤人くんは、ヘアドネーションについて理解を深めるイベントなどに参加。
病気で髪を失う子どもたちのことを知り、より強い意志を持つようになります。
「自分と同じ年齢の子どもたちが苦しんでいる。」
もっと多くの人にヘアドネーションを知ってもらいと、学校の自由研究で発表もしました。
友達や先生は、尤人くんの頑張りを応援してくれたといいます。
髪を伸ばす苦労も…
ヘアドネーションできる髪の長さは31センチ以上という規定があります。
髪が伸びてくると日常生活の中で様々な困難が出てきます。
慣れない長い髪に苦戦しながら洗髪したり、ドライヤーをかけたり…
絡まらないようにクシでとかすなど、毎日の手入れを欠かしません。
学校の体育の授業の時や給食の時は、髪が邪魔になってしまうことがあるので束ねます。
自分ひとりで髪が結べるように練習もしました。
そして、やはり、髪が長いというだけで、初めて会う人には「お姉ちゃんなの?」と女の子に間違われることも。
「男の子です」と自ら説明することもあったそうです。

家族も始めたヘアドネーション
そんな尤人くんの頑張りをそばで見続けきた、母・由美さんと当時 小学校1年生の妹の心乃さん(みな)。
その姿に影響をうけて、二人もヘアドネーションをすることを決意します。

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妹・心乃さん
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「お兄ちゃんがヘアドネーションをするって言って、『お兄ちゃん、やさしいな』って思ったから、私もやりたくなった。
みんなが喜んでくれるかなって思いながら伸ばしています」
あれから2年 スーパーロングを目指した理由
当時、「もう少し伸ばして寄付ができる長さになったらヘアドネーションしたい」と笑顔で語っていた尤人くん。
ことしに入り、私のもとに尤人くんのお母さんから、一通のメールが届きました。
「春休みに入り、尤人がヘアドネーションを行うことにしました。」
近況を聞くために久しぶりに尤人君のもとを訪れると、髪は、さらに伸び、80センチを超える長さに。

尤人くんが、予定を変更して髪を伸ばしたのには理由がありました。
当初は31センチを目指していましたが、支援する団体のイベントで、60センチを超える「スーパーロング」の寄付が少ないということを知り、「もっと長い髪を寄付したい」と髪を伸ばし続けてきたといいます。
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尤人くん
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「髪の毛を伸ばすのは大変だけど、もう少し頑張って髪を伸ばすのであれば、自分でもできるかなって思った。
もっと長い髪をあげたいって思いました」
支援団体によると、スーパーロング(60cm以上)の寄付は、全体の約3%ほどといいます。
ウィッグに使用する毛髪は、折返して植えられています。
そのため、長いウイッグを作るためには、より長い髪の寄付が必要となります。
子どもたちのなかには、ロングウイッグを希望している子もいますが、なかなか数が集まらず、製作が難しいという現状もあります。
尤人くんの影響を受けて髪の伸ばしていた、母・由美さんと妹・心乃さんは、それぞれ納得する長さまで髪を伸ばし、ヘアドネーションを終えました。
しかし、尤人くんは「自分にはまだできる。もっと長い髪を寄付したい」
と髪を伸ばし続けました。
いつしか6年の月日が経っていました。
さらに厄介になっていた髪の手入れ。
長くなりすぎて、髪がからまってしまうことも少なくありません。
そんなときは、妹の心乃さんがクシでといてあげることも。

そして、髪が60センチを超えるようになり一番苦労したというのが、「トイレ」でした。
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尤人くん
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「髪が便座についてしまうので、トイレに入るときは、髪を持って高く上げて入らないといけないんです」
1センチもムダにしない
日常生活の中での苦労を乗り越え、尤人くんはことしの春、ヘアドネーションをすることにしました。
訪れたのは、ヘアドネーションの活動に賛同している美容室です。
年間500件以上のヘアドネーションを行っています。

美容師の古賀潤さん(こが・まさる)が大切にしていることは、「1センチでも髪を無駄にしない」ということ。
古賀さんは、年間150件近く、ヘアドネーションのカットを行ってきました。
『母親が抗がん剤で髪を失ったという10代の姉妹。
自分たちの髪を誰かの役立ててほしいと髪をのばしてきた』
『ご友人の命日になにかできないかと思い、髪を寄付することにした50代の女性』
ここまで髪を伸ばすには大変な苦労があったこと、決意があったこと、
髪を伸ばしてきた気持ちを汲んで、ハサミをいれるといいます。
6年かけて伸ばした髪をヘアドネーション
尤人くんとも、入念にカウンセリングを行い、髪を束ねていきます。
できあがりのヘアスタイルにむけて切れるギリギリまでハサミをいれていきます。

そして、尤人くん自らの手で髪を切ったあと、家族もハサミをいれていきます。
寄付できる一番長い髪の長さは、「70センチ」となりました。


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尤人くん
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「ここまで続けてこれたのは、友達が悪口言ったり、いじめたりしなかったからです。
髪を伸ばすのは大変だったけど、やり終わったら頑張ったなぁという気持ちになりました。
自分の髪を寄付出来てうれしいです。喜んでもらえたらいいなぁ」
子どもたちに広がる寄付の輪
支援団体によると、現在、年間10万件以上の寄付があり、その約4割が18歳以下の子どもたちによる寄付だといいます。
その割合は、年々増加傾向にあり、特に春休み明けや夏休み等は全体の45%ほどに増えています。
支援団体の代表の渡辺さんは、「子どもたちの社会貢献への意識が高まっている」と感じています。
そして、尤人くんのように子どもたちが自由研究の題材にすることで、寄付の輪が広がっているといいます。

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NPO法人 JHD&C代表 渡辺貴一さん
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「自分の体験できる自由研究の課題みたいな形で、自分が伸ばして自分が切ったことをクラスで発表する、そうするとまたクラスの中でヘアドネーションを知るお子さんが増えるんですよね。何か人の役に立ちたいっていうハードルがすごく下がっていると実感します。
お子さんから年配の方まで参加のハードルが低いチャリティー活動だと思いますので、できるだけハードルが低いまま皆さんに広がっていって欲しいです。
ひとつの文化のようになってくれればいいかなと思います」
取材を通して
「誰かのために役にたちたい」という強い意志のもと6年かけて髪を伸ばし続けてきた尤人君。
尤人くんが声をかけてくれ、私もヘアドネーションする髪の一束を切らせてもらいました。
髪に込められた気持ちに触れることができた気がします。
「募金をする」、「災害現場でボランティアをする」。
大人であれば、こういう社会貢献ができるかもしれません。
でも、お金や時間が自由にできない、子どもたちができる社会貢献というのは、本人がやりたくても限られたことしか出来ない現実があると、今回の取材を通じて思いました。
支援団体のもとには、髪の毛と一緒に、髪を失った子どもたちを励ますたくさんの手紙が届いています。
自分たちと同じような年齢の子どもたちに髪を寄付してあげたいー。
「ヘアドネーション」は、子どもたちにとって「自分が誰かの役に立っている」と思える社会貢献なのではないのでしょうか。
髪を寄付するヘアドネーションがごく当たり前の社会になることを願っています。
ヘアドネーションをするには
年齢・性別関係なく、どんな人でも参加できますが、寄付できる髪に条件があります。
団体によって条件は違いますが、今回取材をした団体(JHD&C)では、
① 31センチ以上であること
医療用ウイッグに使う髪の長さは世界的基準で12インチ、つまり約31センチ以上と定められています。編み込んで作っていくため、最低限この長さが必要です。
② 完全に乾いていること
濡れていると雑菌が繁殖して髪が傷んでしまうため、かならず完全に乾いた状態で切って送ってください。
③白髪・パーマ・縮毛矯正・カラー・脱色した髪でもOK。
寄付された髪は髪質や色を整える処理をするため、髪の状態は問いません。
<ヘアドネーションするために髪を切る>
●各地にヘアドネーションの活動に賛同している美容室があり、支援団体によりますと
国内に2600軒あまりあるといいます。
ただし、カット代金は自己負担になります。
カットの際には「切った髪の毛を持ち帰る袋(ジップ付きの袋など)」をドナーご自身でご持参し、髪の毛を持ち帰りください。
●賛同美容室以外でも切れますし、自分で髪を切っても大丈夫です。
●切った髪は各団体のホームページなどに送付案内がありますので、そちらを確認したうえで行ってください。
髪の寄付はこちらなどから
取材した支援団体です。
■NPO法人 Japan Hair Donation & Charity(JHD&C・ジャーダック)
〒530-0022 大阪府大阪市北区浪花町13-38 千代田ビル北館7A
NPO法人 JHD&C事務局
■NPO法人 HERO
〒981-8003 宮城県仙台市泉区南光台2丁目13-1
NPO法人HERO ヘアドネーションプロジェクト係
■つな髪
〒530-0001 大阪府大阪市北区梅田3-3-45 マルイト西梅田ビル5F
株式会社グローウィング つな髪