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”日本で育ってきたのに、働けない” クルド人難民申請者のこどもたち

入学や進学、就職など、多くの人が“人生の門出”を迎えた春。この春を、将来への希望が持てないまま過ごした人たちがいます。
難民認定を求めて日本にやってきたクルド人の子どもたちです。

日本で生まれ育つなど、幼いころから日本人と同じように暮らしてきたのに、いざ進学や就職となると大きな壁に直面する・・・。その現状を取材すると、“社会の一員”として暮らしていても、突然、夢や希望が絶たれる”「日本の実態」が見えてきました。

※3月23日に「おはよう日本」で放送した内容を再構成しています
(政経・国際番組部ディレクター 加藤 麗)

日本に生きて13年 突然奪われた“日常”

私たちが訪れたのは、埼玉県川口市。埼玉県は県南部を中心に、2000人以上のトルコ出身のクルド人が暮らすとされています。1990年代から親戚や知人を頼って来日した人たちがコミュニティを作るようになったのだといいます。

「素顔を明かせば、もしトルコに強制送還をされたときに、危害を加えられる可能性がある」
と、匿名での取材に応じてくれたのは17歳の高校生、エリスさん(仮名)。

自宅の部屋に案内してもらうと、今人気のマンガがずらり。「友だちとマンガや韓国のアイドルの話をするのが好き」と流ちょうな日本語で語ってくれました。

エリスさんが授業で使うノートには丁寧な文字が並ぶ

「国を持たない最大の民族」とも呼ばれるクルド人は、中東のトルコ、イラン、シリアなどにまたがって2500万人から3000万人が暮らすといわれています。

エリスさん一家が難民認定を求めて日本へやってくることになったのは14年前。トルコでは、政府がクルド人の分離独立運動を厳しく取り締まっており、エリスさんの両親も、「逮捕されるおそれがある」と国外に逃れることにしたと言います。

日本に決めたのは、日本で暮らす親族がいたためでした。

両親は、日本に着くとすぐに国に対して難民認定を申請。難民申請をした外国人に与えられる特別な「在留資格」をもらって日本で暮らしながら、難民として認められる日を待ち続けてきました。

父親は就労も許可され、工事現場の解体の仕事をして家族を支えてきました。

3歳のときに来日し、人生の大半を日本で過ごしてきたエリスさんには、トルコでの記憶はほとんどありません。小・中・高と日本の学校に通い、家庭ではクルド語やトルコ語も使いますが、学校ではずっと日本語を使っています。

学校の友達との写真を見せてくれたエリスさん

「学校のみんなと同じように、進学したり就職したりできると思っていた」というエリスさん。しかしその日常は去年、突然、崩れ去りました。

家族全員が「在留資格」を失ってしまったのです。

“日本にいる資格がない”家族 

難民申請をした外国人が、国からの特別な許可で得ることができる「在留資格」。この資格は定期的に更新をする必要があります。

しかし、この更新は常に認められるわけではありません。国が更新を認めなかったときは出国を命じられ、国を出るまでの間は原則、入管の施設に収容されることになるのです。

このとき健康面など、“やむをえない事情”がある場合には、施設の外での暮らしが認められます。これが「仮放免」です。

ただし「仮放免」はとても不安定な状態で、就労できなかったり、県外への移動が原則できなかったりと、生活が大きく制限されます。さらにいつ「仮放免」が取り下げられ、施設に収容されるかもわからない状況に置かれるのです。

仮放免が認められれば外での生活が可能だが厳しい制約がある

家族全員 働くことが許されない!?

エリスさん一家はこれまで、3回にわたって難民申請を行ってきましたが、いずれも認められませんでした。そして来日から13年が経った去年、家族全員が東京にある入管から呼び出され、「在留資格を更新しない」と宣告されたのです。

日本は近年、難民認定制度の運用見直しを進めており、繰り返し難民申請を行う外国人への在留資格の更新を認めない傾向が強まっています。

エリスさん一家もそうした流れの中で認められなかったとみられています。

両親が「娘が学校に通っている」「知人が保証人になる」などと訴えた結果、家族全員の「仮放免」が認められ、今のところ入管施設への収容は免れています。

現在、父親は就労を禁止され、親族や知人からお金を借りて生活をつないでいます。

これまで自分の人生に自信を持てなかったというエリスさん。

高校に入り、友だちから「エリスならモデルもできるよ」と言われたことで少し前向きになり、卒業したら雑誌のファッションモデルか、美容師を目指そうと考えていました。
しかしそんな夢も、「仮放免」のままでは叶わなくなったのです。

エリスさん

「現実をつきつけられた感があって、ああもう無理なんだなあって、なりましたね。これからどうすればいいんだろう。」

「できることは全部やる」でも-

「普通に日本で生きていたいだけなのにどうしてだめなのか」。エリスさんは、母親に将来への不安を打ち明けました。

将来について話し合うエリスさんと母親
エリスさん

「最悪だよ・・・」

「最悪でも・・・しょうがない。あなたが学校で頑張るのを応援しているし、サポートするから」

この日の話し合いは1時間に及びました。

エリスさんは、これからも日本に残るためには、外国人が日本で働くための「就労ビザ」を取得することが数少ない選択肢の一つだと考えています。と同時に、「仮放免」は、あくまで出国を命じられている状態なので、就労ビザが下りる可能性が低いこともわかっていました。

エリスさんは、外国人が就労ビザを得るために必要とされている「日本語能力試験」を受けたいと母親に伝えました。

なかでも一番難しい1級に合格すれば、国も認めてくれるのではないか・・・。わずかな望みをかけようとしています。

「(日本語能力の)テストさえ通れば、ビザは簡単?」

エリスさん

「そんなに甘くないよ。・・・頑張れって言ってほしい。」

「・・・神様が守ってくれる。頑張って…。」

エリスさん

「できることは全部やりますね。(自分以外にも)十何年ほぼこっちで生まれてきたような子たちがいっぱいいるのに、ほんとに、なんで・・・。怖いです。この先何があるか分からないから不安しかない。」

“将来に希望をもてない” 進学や就職も困難に…

いま、川口市では、エリスさんのように進学や就職が困難になったクルド人2世が相次ぎ、課題となっています。

2月中旬、こうしたクルド人2世のために地元で開かれた進路相談会を訪ねました。

外国籍をもつ子どもたちを支援する「川口こどもの未来アソシエイツ」や日本クルド文化協会などが開いたものです。

参加したのはクルド人の生徒や保護者などおよそ40人。学校現場で子どもたちと向き合う先生たちの姿もありました。

「仮放免」でも国の方針などにより学校に通うことはできますが、社会に出て働くことはできません。2世たちからは、切実な相談が次々と寄せられていました。

クルド人の若者が多く参加した進路相談会
クルド人の高校生

「在留資格がなくなってしまって、将来についていろいろ悩んでいるんですけど、今ビザがない状態で私にできることってないですか」

別の高校生

「トルコでもクルド人であることを理由に迫害されたり逮捕されたりする人がいるので、日本から帰国させようとするのはおかしいと思っていて、ビザの審査ももっと厳しくないようにしてもらいたいです・・・。ビザがもらえなくて仕事に就けなくて家で借金まみれにして過ごしたくないなって思って。」

クルド人生徒を受けもっているという高校の先生にも話を聞くことが出来ました。

公立高校教師

「バイトができないとか、あと将来的に就職することがかなり難しいので、努力しても次につながらない。自分の将来がなかなか見出せないっていう生徒が非常に多いかなと思います。我々が何とかしよう、アドバイスしようという思いがあったとしても、これは国とか法律が変わってくれないと。」

「ずっと不安のなかで生きてきた」

10年間、「仮放免」の状態のままだという大学生にも話を聞くことができました。
都内の大学で学ぶ3年生のスレイマンさん(仮名)です。

リモート取材に答えるスレイマンさん(仮名) 

「将来は、国際協力や難民に関わる仕事について、人の役に立ちたい」と、まっすぐな目で語るスレイマンさん。国際関係について毎日6時間ほど勉強しているといいます。

そんなスレイマンさんですが、「ずっと不安の中で生きてきた」と言います。小学校の高学年のときに家族で来日し、難民申請を続けてきましたが、数年後には在留資格を失い、家族全員が「仮放免」の状態になりました。入管の施設に収容されたこともあります。

「仮放免」のまま学校生活を送る難しさから、学校をやめようと考えたことは何度もあったといいます。

クルド人の大学生 スレイマンさん(仮名)

「小学校の時にお父さんが施設に収容されて、犯罪者のこどもと思われて、仲間はずれにあいました。自分もお父さんは、悪いことをしたのかなって思い込んでしまっていました。」

「入管(出入国在留管理庁)では『ビザをもらうことはできないから、学校に行っても、どんなに頑張っても時間の無駄だから国(トルコ)に帰りな』と言われて。」

さらに、「仮放免」では国民健康保険に加入できないために、ケガをすると高額な医療費を払わなければいけません。中学生のころはサッカー選手を夢見たこともありますが、部活をやめざるをえませんでした。

人生に無力感を抱いてきたスレイマンさん。

周りには高校を中退したり、刹那的な散財に走ったりする2世も多くいたといいます。

その後家族が借金をしながら支えてくれたこともあり、大学へ進学することはできました。しかし今のままでは卒業しても就職はできません。大学へ通い続けることができるかも、わからない状態だといいます。

クルド人の大学生 スレイマンさん(仮名)

「自分はいろんな人に支援されてサポートされたので無駄にはしたくないなと思って今大学に行っているんですけど、就職はすごい不安で。バイトとかもできないので、奨学金も成績的には借りられるといわれたけど、住民票がないという理由でそもそも申請もできなくて。」

さらに自分や家族が、いつ再び、入管の施設に収容されるかもわかりません。いつかトルコに強制送還される可能性もあるのではないかと、不安を抱えています。

クルド人の大学生 スレイマンさん(仮名)

「調べたら、人権は誰もが生まれながら持っているはずなのに、自分たちは人権を制限されていて、なんでそんなことがあるのかなと思って。国が違う人っていうことがあるんですけど、自分が味わった経験、もっと悪い経験をした人たちがいるので、それをもっと若い子にさせたくないです。」 

“難民かどうか”ではなく、一人の人間として・・・

将来への夢や希望を持ちながらも、制度の狭間で、悩み苦しむ若者たち。

“難民かどうか”、“仮放免かどうか”ではなく、一人の人間として見たときに、彼らのような人生をどう考えるのか。

今後の難民等の受け入れの方向性について、内閣府がおととし初めて発表した世論調査では、「積極的に受け入れるべき」が24%、「慎重に受け入れるべき」が57%、「現状のままでよい」が16%でした。

ロシアによるウクライナの侵攻により、「避難民」「日本への受け入れ」などの言葉を聞く機会が多くなっています。しかし日本で生まれたり、幼いころから育ってきたりしている若者たちについて、私たちは今までしっかりと向き合ってきているのでしょうか。

在日クルド人も制作協力 現実描いた映画

申請しても難民として認められるのはわずか1%という日本。なかでもトルコから来たクルド人が難民として認められたケースは、これまで一件もありません。

クルド人難民問題に長年関わってきた弁護士の大橋毅さんは、日本の友好国であるトルコ政府が「クルド人への迫害はない」と主張しているため、その立場に配慮しているのではないかとみています。

日本で難民認定を待ち続けるクルド人たちの現状を取材し、制作された映画が5月に公開されます。NHKも共同制作に加わった映画「マイスモールランド」です。

映画「マイスモールランド」より

主人公は、エリスさんと同じ、クルド人の高校生サーリャ。幼い頃、親とともに難民認定を求めて日本にやってきたのもエリスさんと同じです。

サーリャは、日本人と同じように学校に通い、バイト先の青年との仲を深めるなど、青春の日々を送っていましたが、難民申請が不認定となったことをきっかけに、人生が一変。日本に住み続けるための在留資格を失い、さまざまな困難に直面します。

監督を務めた川和田恵真さん自らが、実際のクルド人2世の若者たちを取材して聞いたエピソードを集めて脚本を執筆されており、若者たちの思いがリアルに感じ取られます。

映画は今年2月、ベルリン国際映画祭で、人権問題をテーマにした作品に贈られる「アムネスティ国際映画賞」が日本映画として初めて授与されました。

日本の現状に、世界も関心を持って注視しているのです。

日本の片隅で、悩み、苦しみながら生きている若者たち。

みなさんの周りには、エリスさんやスレイマンさんのように、将来日本で暮らせないかもしれない不安を抱える子どもたちはいますか? 

(政経・国際番組部ディレクター 加藤 麗)