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なぜ22歳の青年は火をつけたのか 求められるヘイトクライム対策

去年8月、京都にある在日コリアンが暮らすウトロ地区で起きた放火事件。この地区で生まれ育った女性は、ふるさとが焼かれた光景を目の当たりにし、涙を流しながらつぶやきました。

「何をしても結局、差別や偏見からは逃れられず、私も最後はウトロのように消されてしまう存在なんだろうか」

なぜ事件は起きたのか。なぜウトロ地区が狙われたのか。私たちはことし1月から、放火の罪で起訴された被告と10回以上にわたって接見を行い、事件の動機や背景を取材しました。

(京都局記者 小山 志央理、 政経・国際番組部ディレクター 安 世陽)
※3月28日放送「ニュースウオッチ9」から

ウトロ地区を襲った火災 7棟が全半焼

去年8月、住民が撮影した火災の様子

事件は去年8月30日午後4時ごろ、京都府宇治市にある「ウトロ」と呼ばれる在日コリアンが多く暮らす地区で発生しました。

「ウトロ」は、戦時中、飛行場建設に従事した朝鮮半島出身の人たちやその子孫が、戦後の混乱の中で定住した地区で、現在52世帯およそ100人の在日コリアンが暮らしています。
住民が撮影した動画には、住宅から激しい炎が舞い上がり、黒々とした煙があたりに立ちこめる様子が映っています。

けが人はいませんでしたが、住宅や倉庫など7棟が全半焼しました。倉庫には今月開館予定の地域の歴史を伝える平和祈念館に展示される資料などおよそ50点が保管されていて、すべて焼失しました。

ウトロ地区

逮捕されたのは22歳の青年 連続放火の疑いも

警察は当初、ウトロ地区の火災は事件性は低いとみて捜査を進めていました。
しかしおよそ3ヶ月後、事態は急転します。

奈良県桜井市に住む22歳の男の元病院職員が、ウトロ地区の空き家に火を付けたとして、放火の疑いで逮捕されたのです。

この元職員は名古屋市の在日本大韓民国民団や韓国学校の施設に火をつけたとして、1ヶ月あまり前にも愛知県警に逮捕・起訴されていました。この捜査の過程でウトロ地区での放火が明らかになりました。

私(小山)は記者として京都に赴任してから朝鮮学校でのヘイトスピーチなど、さまざまな差別問題を取材してきましたが、在日コリアンが暮らす住宅での放火事件は前代未聞で、大きな衝撃を受けました。

いったいなぜ事件は起きたのか。なぜ22歳の被告はウトロ地区を狙ったのか。
その理由を知りたいと、被告への面会取材を行うことにしました。

どうして火を?手紙を渡してきた被告

被告の勾留先に向かう筆者

ことし1月、京都府内の勾留先で私は同僚の記者と2人で面会を申し込みました。
アクリル板越しに目の前に現れた被告は細身で黒いめがねをかけていました。

終始、伏し目がちで目線はほとんど合いません。しかし問いかけには、非常に丁寧な受け答えが返ってきました。

「どうして、この人物がウトロに火を・・・」 

2度目の面会を終えたあと、裁判が始まる前に自分の考えを示しておきたいと、被告から5枚の手紙を渡されました。20分の限られた面会時間では真意をつかみきれないと考え、私も手紙でのやりとりを続けたいと伝えました。

事実と異なる主張も

被告から渡された手紙

それから3週間。面会を通じて被告から渡された手紙は4回に分けて、計23枚。手書きでびっしりと自らの主張が書かれていました。

まず明らかになったのは、事件に至るまでの被告の経歴です。

関西地方で育ったあと、福祉系の専門学校を卒業し奈良県内の病院に就職。しかしその年に新型コロナの感染が拡大し、業務がひっ迫していくなかで、職場のサポートや理解をえられず、退職に追い込まれたと記されていました。

「私自身、コロナの影響で業務増加等の問題も重なり、数か月で離職せざるをえなくなりました。完全に金銭的、時間的余裕を失い、ためらう理由がなかったことも、行動の一因としては大きいと思います」
(被告の手紙より一部抜粋)

手紙には、そんな折にインターネットのニュースサイトで「ウトロ地区」に関する記事を目にしたと記されていました。住民が市営住宅に暮らしていること、地域の歴史を伝える平和祈念館の開館が予定されていることなどを知り、記事のコメント欄や動画投稿サイトなどで地区について調べるようになったといいます。

そしてウトロで暮らす在日コリアンの人たちに不満や不公平感を抱いたという趣旨の内容が記されていました。

「(ウトロ地区を狙った動機については)不法占有といった公に認められていない方法により国内にいる方々の滞在に関して問題提起を行うことが目的だった。中でも平和祈念館や公共アパートの移住計画がなされているが、こうしたものについては多くは日本国民の税金から資金が出されている。にもかかわらず、何の議論や抗議活動が行われていないことは疑問でしかなかった」
(被告の手紙より一部抜粋)

しかしこうした主張には、事実ではない内容が含まれていることが取材で分かりました。

ネットにもたびたび投稿 “不法占有”という中傷

ウトロに住む人々を不法占有などとして中傷する投稿は、インターネットにもたびたび投稿されています。

背景には戦後の混乱の中で、この地区に定住した在日コリアンの人たちと土地を所有する不動産会社の間で、土地の明け渡しをめぐって争われた裁判があります。

裁判では、いまから22年前の平成12年に最高裁で住民側の立ち退きを命じる判決が確定しました。

判決を受けて、韓国政府などの支援を受けた住民側が、11年前の平成23年までに土地の一部を会社から買い取って、その後移り住むことで合意。そこに市営住宅が建設され、令和5年度までにすべての住民が移り住むことになっています。

今回、NHKの取材に応じた不動産会社の社長は「住民との間にかつてあった土地問題はすでに解決していて、いまは全く争いはありません。なぜウトロで火を付けたのか理解できず、事件が起きたことは非常に残念です」と話していました。

また4月に開館予定の平和祈念館については、建設費や運営費は寄付金やボランティアの協力などでまかなわれていて、宇治市によると税金は全く使われていないということです。

私はこうした事実と異なる点について指摘しましたが、被告は「仮に税金が入っていなかったとしても、祈念館の建設に疑問があることは変わらない」と話しました。

“ヘイトという形で国民の不満を憂さ晴らし”

インターネットで集めた情報をもとに、一方的な思いを募らせていった被告。
面会を重ねていく中で、私はずっと気になっていた質問をぶつけました。

記者

「火をつけた理由をいろいろと聞きましたが、やはり根底には差別意識や嫌悪感があるのではないかと思います。そこは、どのように考えていますか」

被告

「それはあると思う。在日コリアンや韓国・朝鮮の人に、疑心や嫌悪感がある」

さらに手紙には、みずからについて「私自身が差別主義者じゃないのかという声に対して否定するつもりはない」と記述。

そして渡された手紙の最後には次の一文が記されていました。

「ヘイトという形で国民の不満をうさ晴らしするには、一役かったと思っています」。
(被告の手紙の一部抜粋)

こうした主張に対し、私は今回の事件で、苦しんでいる人たちがいることをどう思っているのかを尋ねました。被告は「過激で、行きすぎた行いではあると思っている」と話し、しばらく沈黙して考え込む様子をみせましたが、最後まで謝罪の言葉はありませんでした。

涙を流しながら対策を訴えた、在日コリアンの女性

去年12月末、京都市で開催された集会

差別的な動機に基づくヘイトクライムの可能性がある今回の放火事件。
いわれのない被害に遭った地域住民の怒りや悲しみは計り知れません。

被告の逮捕からおよそ3週間後、去年12月に市民団体の支援を受け開催された集会。
私たちが取材に訪れると、ヘイトクライムは絶対に許されないという声が上がっていました。

「放置すれば同じような事件がまた起きる」として、対策を求める声も相次ぎました。
そのなかに、涙ながらに訴える女性の姿がありました。

女性

「私の身体が燃やされたようでした。なんとか守ってきた歴史資料さえ、灰となりました。なぜいつも私たちなのか」

その思いを知りたいと取材を申し込むと、女性は快く応じてくれました。

ウトロ地区を案内する具さん

女性は在日コリアン3世の具良鈺(ク・リャンオク)さん。
中学生のころまでウトロ地区に暮らしていました。

具さん

「遊んでいたらいろんなウトロの住民たちが『お腹空いてへんか』とか、『今日焼肉やけど食べていくか』とか、声をかけてもらったりしながら、本当に日が暮れるまでそんなふうに過ごして。そういう思い出が詰まっています」

「大人同士も助け合って一緒に和気あいあいと暮らしていた。非常に楽しい場所でした」

思い出の詰まったふるさとを襲った今回の事件に具さんは大きなショックを受けたといいます。

具さん

「とうとうここまで来てしまったんだと、そういう思いでした」

“自分の存在が否定された”

これまでもたびたび感じてきたという、在日コリアンへの差別。
具さんは今でも忘れられないという体験について打ち明けてくれました。

中学生のころ、チマチョゴリの制服を着て電車に乗って学校に通っていた具さん。
駅のホームで電車に乗ろうとしたところ、後ろから見知らぬ男性にポニーテールを引っ張られ、「朝鮮人のくせに先に乗るな」とどなられたというのです。

中学時代の具さん

それ以外にも、見知らぬ人から「帰れ」「死ね」と何度も言われたという具さん。
はじめは「運が悪かった」「たまたまだった」として心を整理していたものの、繰り返される差別に、いつしか自分を責めるようになっていったといいます。

具さん

「何で繰り返し同じ事が起こるかなっていう事を突き詰めて考え出すと、やっぱり自分が悪いのではないかとか、自分がここに生まれたせいだっていうふうに思えてきて、今もやっぱりそれに近いところと常に葛藤して自分が生きてるなって」

今回の放火事件で無残に崩れ落ちた焼け跡を見つめながら、具さんは、「改めて自分の存在を否定されたと感じた」と、静かに語りました。

焼け跡前で話す具さん
具さん

「何をしても結局、自分は(差別や偏見からは)逃れられず最後にはウトロの様に消されてしまう存在なんだろうかっていう事を非常に強く思って、もう気付いたら、涙がどんどん溢れていて、そのまま眠れなくなりました」

「一番恐ろしいのは無関心なんです。日本社会自体がこの問題に対して怒りもせず、反応もせず、それが一番恐ろしい」

日本には「ヘイトクライム」を規定する法律がない

人や財産を傷つけるだけでなく、民族や出自のアイデンティティまでも壊しかねないヘイトクライムを防ぐために、何が必要なのか。

差別と犯罪に関わる法律に詳しい東京造形大学の前田朗名誉教授は、海外の仕組みを参考にした上で、実態を明らかにし、社会全体で共有することが大切だと訴えます。

前田朗 名誉教授

「どの社会にも差別があるのだから、それぞれの社会の中の差別に適用するような差別禁止法を作って、差別の撤廃に努力しましょうというのが国際認識です」

「より総合的な差別の撤廃に向けて何ができるのか。そういう問題を社会の中で議論していけばよいと思います」

東京造形大学・前田朗 名誉教授

日本にはそもそも「ヘイトクライム」を規定する法律がなく、実態も明らかになっていません。

2019年に川崎市で、全国で初めて刑事罰付きのヘイトスピーチ禁止条例ができましたが、あくまでも一部の自治体にとどまっています。捜査や裁判の過程では、動機が差別的であるかどうかも、必ずしも解明されません。

国連の人種差別撤廃委員会は4年前、日本に対し、人種差別禁止に関する包括法を定めることなどの勧告を出しています。

一方の欧米では、「ヘイトクライム」が社会問題化するなかで、法律が整備され、実態調査がおこなわれたり、法律による処罰が設けられたりするなどの対策がとられています。

取材を終えて

私たちが被告と具さん双方への取材を通じて感じたのは、差別的な動機に基づく可能性のある事件がもたらす心の傷の大きさでした。

「最後にはウトロのように消されてしまう存在なんだろうか」という具さんの言葉。

カメラの前で静かにそう語ったとき、怒りや悲しみの奥に絶望感があるように感じ、彼女にそう思わせてしまっていることが、とてもショックでした。

在日コリアンの人たちが抱える問題は、同じ日本社会で暮らす、すべての人の問題でもあります。当事者だけに問題を背負わせるのではなく、一緒に考えることが、差別のない社会を目指す上で、大切なのではないかと思いました。

(追記)
その後2022年8月の判決で、京都地方裁判所の増田啓祐裁判長は「在日韓国朝鮮人という特定の出自を持つ人々に対する偏見や嫌悪感による身勝手で独善的な動機から、暴力的な手法で不安をあおった犯行で、民主主義社会において、到底、許容できない。反省がふかまっているようにもうかがえない」などと指摘して、被告に対し、懲役4年を言い渡しました。

みんなのコメント(1件)

感想
ヨン様
60代 女性
2022年4月23日
ヘイトスピーチ、ヘイトクライムが、被害者に深い心の傷と日本社会への不信感を植え付け、日本人こそ危機意識を持たなければならないだろうと思いました。