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移民の若者たちの自立を支えるスペインの「気づきのキッチン」

日本では、外国人労働者たちの処遇や入管施設の長期収容などが課題となり、人権問題への対応に世界的な関心が高まっています。そうした中、アフリカからの若い移民が多いスペインで注目を集めるプロジェクトがあります。移民の若者たちの自立を支援する「気づきのキッチン」プロジェクトです。舞台は、一流レストラン。参加するレストランは90以上にも上ります。どんな取り組みなのでしょうか?スペインやメキシコなどで、長年、移民の取材を続けるジャーナリストの工藤律子さんに聞きました。※関連番組「国際報道2021」
(「みんなでプラス」取材班 ディレクター・伊藤加奈子)

アフリカからの移民の波が絶えないスペイン。ことし5月には、北アフリカにあるスペインの飛び地セウタに、隣接するモロッコから2日間で約8000人が不法に国境を越えて押し寄せました 。海を泳いで渡る若者たちの映像を見たという方もいるのではないでしょうか?

スペインには2020年、1年間で4万人をこえる移民が不法に入国。その多くが10代~20代の「若者」です。彼らにはスペインに身寄りがなく、仮に滞在が許可されたとしても就労許可が下りず、生活に困窮するケースがあとを絶ちません。

スペインでの現地取材を行ったジャーナリストの工藤律子さんとフォトジャーナリストの篠田有史さんは、今回、1人の難民認定申請中の青年に出会いました。モクタルさん21歳。ことし9月にクーデターが起きた西アフリカのギニアの出身です。

(ギニア出身のモクタルさんとジャーナリストの工藤律子さん)

母国では、野党の政治家である叔父が強権的な政権に弾圧され、モクタルさんたち家族も投獄される恐れがありました。そのため2年前の19歳の時、一族で隣国のセネガルへ避難。そこからモクタルさんは、自力で未来を切り開くため、家族と離れひとり陸路でヨーロッパを目指したのです。

ギニア出身のモクタルさん(21)

「スペインに行こうと決めていたのではなく、とにかく母国を出ることが重要だったのです。反政府の声をあげようものなら、殺されるか刑務所で目覚めることになるかどちらかです。なので、とにかく出国しなければなりませんでした。」

(モクタルさんはギニア→セネガル→モロッコを経由してスペインへ)

モクタルさんはセネガルから陸路でモロッコに向かい、隣接するスペイン領のメリージャにたどり着きます。そこで警察に捕まり移民一時収容センターへ送られた後、首都・マドリードへ移送されました。マドリードで難民認定申請後、半年間は衣食住の支援を受けましたが、その後は自力での生活を迫られることになり、モクタルさんは途方に暮れていました。そんな彼を救ったのが「気づきのキッチン」プロジェクトです。

「気づきのキッチン」プロジェクトとは?

「気づきのキッチン」は、子どもの権利擁護などを行っているライーセス財団が主催し、単独でスペインにやってきた若い移民たちに一流レストランで働く機会を提供するプロジェクトです。困難を抱える若者の存在に「気づき、応援する」という思いから、「気づきのキッチン」と名付けられました。

日本では 、難民該当性が高い人や人道配慮の必要性が高い人に対しては、判明した時点で、難民認定申請中でも就労可能な在留資格が付与されることになっています。しかし、それに該当する人はごくわずかで、ほとんどの人が結果が出るまでの間、就労許可のないまま過ごします。

一方、スペインでは、難民認定申請中でもさまざまな条件をクリアできれば働くことは可能です。しかしその条件は厳しく、就労許可を得るためには週40時間の労働と1年以上の雇用契約を結ぶことが必要です(9月現在)。雇用側からすると、訓練を受けた経験もなければ、働いた経験もない若い移民といきなり雇用契約を結ぶのは難しく、移民が就労許可を得るには多くの壁があります。

そこで「気づきのキッチン」では、プロジェクトに賛同するシェフたちに、若い移民たちを「正規雇用」してもらうことで、自立を支える仕組みを作ることにしたのです。2010年にミシュラン2つ星のレストランから始まり、現在協力しているレストランは90以上。これまでに200人以上の18歳から25歳の若者たちが全国のレストランに就職していきました。

「気づきのキッチン」を主催するライーセス財団 ルウルデス・レイサバルさん

「ひとりでスペインにやってきた未成年の移民たちは、公共の施設に保護されます。でも私たちが調べたところ、その9割が18歳の成人になって保護を離れる際、居住許可を得る手続きさえしないまま路上に放り出されていることがわかりました。このプロジェクトを始めたのは、彼らが抱える3つの厳しい条件を乗り越えるためです。つまり、外国人であり、とても若く、身寄りがないという問題です。ただ、彼らはチャンスさえ手にすれば前に進めます。だから、彼らが生きている現実をきちんと理解してくれる人たちが必要だったんです」

移民の若者11人が「正規雇用」されている一流レストラン

ギニアから逃れてきたモクタルさんが「気づきのキッチン」によって紹介を受けたのは、首都・マドリードにあるレストラン「エル・オビージョ」。これまでさまざまな有名レストランで腕を振るってきたシェフが2019年に開き、ミシュランガイドにも掲載される一流レストランです。

(レストランのフロアスタッフとして働くモクタルさん)

このレストランでは、調理やフロアを担当するスタッフ21人のうちおよそ半数の11人が移民の若者たちです。出身地は、モロッコ、ガーナ、マラウイ、マリ、コロンビアなどさまざま。はじめはスペイン語や仕事がわからなくてもほかのスタッフと同じ給与条件で「正規雇用」されています。取材した工藤さんによると、賃金は日本の初任給くらいで、社会保障や1か月の夏休み、ボーナスも付いているそうです。

(シェフの指導を受けながら調理する移民の若者)

レストランのオーナーシェフ、ハビエル・ムニョスさんは、別のレストランで働いていたときを含め、これまでに30~40人の移民の若者たちを育ててきました。特に印象深いのは、はじめて雇った移民の青年のこと。モクタルさんと同じギニア出身だったその青年は、働いたお金をためて車を買い、貧しい農民だった母国の父親がタクシー運転手になれるように手助けしたといいます。ハビエルさんは「自分の手で厳しい人生を変えようと闘う若者たちに未来をつかむチャンスを与えたい」と移民の若者たちを雇い続けてきました。

レストランのオーナーシェフ ハビエル・ムニョスさん

「はじめ“まったくの素人である移民の若者を育てることに挑戦する気はあるか?”と聞かれ、“もちろん!”と答えました。寄付をするという形もありますが、支援の現場に参加したかったんです。 彼らはただチャンスを必要としているだけなんです。移民の若者と私の間には、肌の色以外に違いはありません。ほかは同じです。現場ではその若者の長所と短所を見て、うまくできたら褒めダメなときはダメといい、自分の子どもたちに対するのと同じように接しています。このレストランで移民の若者たちに必要なものを手に入れてほしい。未来を感じてほしいのです」

新たな目標を見つけたモクタルさん

実はモクタルさんは、もともとは大学で経営学と英語を学び、それをいかせる仕事につくのが夢でした。すべての計画を捨てて母国を離れるのはつらい決断でした。

(企業でアルバイトをしていたころ)
ギニア出身のモクタルさん(21)

「あてもないまま母国を離れるのは大変なことです。ここにたどり着くまでにたくさんの国をとおり、ことばもわからず飢えも経験しました。しかし、私の国には、この10年あまり深刻な政治問題があり、若者に何かをなすチャンスは与えられません。若者の大半は政府に見捨てられ、仕事も何もなく、厳しい時を過ごしています。だから、若者たちは国を出るのです。アフリカでは、ほかにも多くの国が同じ問題を抱えています」

「気づきのキッチン」との出会いによって、ハビエルさんのレストランで働き始めて半年。モクタルさんはそのチャンスを生かそうと懸命に働き、新たな目標も見つけました。

ギニア出身のモクタルさん(21)

「ハビエルは偉大なシェフで多くのことを教えてくれます。しっかり働き、多くを学びたいです。人生では学びが大切ですから。十分な経験が得られるまでここで学び続けて、将来は自分のレストランを開くとか、ホテルの支配人になるなどの目標を達成したいと思います」

コロナ禍での人材育成のため支援学校も設立

レストランのオーナーシェフ、ハビエルさんと財団のルウルデスさんは、ことし7月、レストランの2階を使って職業訓練の学校も始めました。きっかけとなったのは、新型コロナウイルスのパンデミックでした。ハビエルさん自身も、レストランをオープンした直後にパンデミックが起き大打撃を受けました。

「気づきのキッチン」を主催するライーセス財団 ルウルデス・レイサバルさん

「これまで10年あまりのあいだ私たちを応援してくれたレストラン業界は、いま、パンデミックの影響を受けています。彼らが事業を回復しようとしている時期に、何の知識も経験もない若者を雇うようにお願いするのは、申し訳ないと感じました」

そこで、これまで協力してきてくれた業界の少しでも役に立つよう、雇用を依頼する前に、まず若者たちに基礎的な知識・スキルを教え、すぐに働ける人材を育てることにしたのです。

(訓練校)

現在、訓練校では15人の若者が3か月の訓練を受けています。計量や食材を切り分け真空パックにするなど基礎から学んでいて、すぐ下のレストランも実地訓練の場です。テーブルクロスをかける、ナイフやフォークを並べるなどといった毎日のフロアの準備は、生徒たちが担当しています。

ハビエルさんは若者たちを育てる上での難しさは、最初は言語、次に文化的側面の違いだといいます。たとえば移民の若者たちは、スペインのレストランでのような形で料理を出された経験がありません。また、多くの国では男性が優位のため、女性を優先する「レディーファースト」の考え方なども文化として伝えるそうです。

レストランのオーナシェフ ハビエル・ムニョスさん

「私の望みは彼らがここで気持ちよく働き、自分の未来を見つけることです。彼らは勇敢な人たちです。生まれ育った場所を離れて、自力で人生を変えようとしているのですから、誇り高く力にあふれた人たちだと思います。この店には誰にでも居場所があります」

働きかけを続け、移民法も改正

財団のルウルデスさんは、「気づきのキッチン」プロジェクトを進める一方で、ほかのNGOとともに子ども移民の権利擁護のためのロビーイング活動を長年続け、10月19日、ついに移民法の改正につなげました 。日本円で月20万円をこえる高額な所得証明が必要など、これまで付いていたさまざまな条件が緩和。今後は、単独でスペインに来た移民の子どもたちが、スペイン人と同様に16歳から就労許可が得られるようになったのです。これで、「気づきのキッチン」プロジェクトだけでは雇用を提供しきれていなかった若者も合法的に働けるようになります。

日本にいかせることは?

これまでスペインの移民への支援について、長年取材してきた工藤さんから見ても「気づきのキッチン」はとても画期的なプロジェクトだと感じたと言います。日本にいかせることはどんなことなのでしょうか?

(取材する工藤律子さん)
ジャーナリスト 工藤律子さん

「このプロジェクトは日本で例えるなら、築地の有名なお寿司屋さんが移民の人たちを正規雇用しているようなものでしょう。移民を雇うなんて・・・と言われることもあるそうですが、シェフたちは“そんなことで客が来なくなるようなレストランは一流ではない”と考えて、気概や誇りを持って移民の若者たちを雇っていました。トップクラスのレストランからプロジェクトをスタートしたことで、ほかのレストランもあとに続きやすかった面もあると思います。

日本でも、移民の職場は、コンビニや介護現場、工場労働など、低賃金できつい仕事だという現状を打破し、一人ひとりが日本の社会に認められ、社会と関わり社会の一員となっていけるような労働の場を、提供していくことが必要です。今回スペインで見たように、その人がどこの国の出身であるかは関係なく、チャンスを必要としている若者を社会が支えるという考え方が広がっていってほしいと思います」

私たちの生活は、海外との関わりや外国人労働者なしには成り立たなくなってきています。あなたは、どんな社会をつくっていきたいと思いますか?ご意見や記事への感想などを下の「コメントする」からお寄せください。