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#Beyond Gender
2021年6月18日

ジェンダーVol.20 LGBTsの私が地方で暮らして 見つけた“希望”

女性、男性という性別で区別されることに違和感があり、恋愛感情もない。私が出会った藤彌葵実(ふじや あみ)さんは、性的マイノリティー・LGBTsの中でも、L(レズビアン)、G(ゲイ)、 B(バイセクシャル)、T(トランスジェンダー)の定義ではくくれない性「s」の一人です。

藤彌さんが暮らすのは島根県の山間にある小さな集落。「女は結婚して家庭に入り、子を産み、育てる」。そんな考えが根強く残る地方で、藤彌さんが何を感じ、周囲とどんな関係を築きながら暮らしているのか?そんな関心から取材を始めました。

(松江放送局ディレクター 岩永奈々恵)


どこにも居場所がない…東京から逃げるように地方へ

(初めて会った頃の藤彌さん(中央)と筆者(左))

「私たちだって、 恋愛してなくても十分“リア充”しているのにね!」

初めて藤彌さんと会ったのは4年前。NHK松江放送局に赴任したばかりの頃、プライベートで参加した地域イベントでした。お互いの年齢が近く、一緒にランチを食べながら恋愛トークになったのですが、それまで同世代と交わしてきた恋愛トークとはちょっと違いました。

いきなり藤彌さんが「わたし恋愛とかってちょっと分からなくって…」と言いました。恋愛に疎い私は即座に「わたしもです」と返しました。そこから話は、「なぜ世の中は恋愛をしないと“非リア充 認定”されるのか。私たちは恋愛してなくても、十分リア充してるのに」「この世の中は、異性恋愛至上主義だ!」と、社会に対する憤りの方向へ…。とても印象的な出会いでした。

意気投合して以来、何度か会って話をするうちに、ご自身がLGBTsであり、それを家族に伝えることなく、身寄りのないこの地に移住したことなどを語ってくれるようになりました。

藤彌さんは29歳。5人家族の長女として広島県で生まれ、中国地方で育ちました。父親の転勤で転校も多かったといいます。子どもの頃、好きだったのは恐竜のフィギュアで遊んだり、少年マンガを読むこと。

しかし、周囲からは「女の子らしい遊びをしなさい」と言われました。遊びから服装まで、いろんなことが「男の子」「女の子」に分けられていると感じ、ストレスのためか、小学生ながら円形脱毛症や胃潰瘍になったといいます。

中学や高校で、同級生が恋愛トークをするようになっても、自身は部活や趣味に忙しかったという藤彌さん。「恋愛感情がない」と気づいたのは大学生のときでした。

ずっと感じてきた“周囲に馴染めない感覚”。

その正体について調べるうち、自分が「Aジェンダー」(女性/男性という性別で区別されることに違和感を持つ)、「アロマンティック」(恋愛感情をもたない)、「アセクシャル」(性的感情を持たない)だと分かったのです。自分と同じような人が他にもいることも知りました。しかし、友人に打ち明けても理解されず、孤立感を深めていきました。


(東京で働いていた頃の藤彌さん)

大学3年で就職活動を始める頃から、「社会になじまないといけない」と、自分を押し殺すようになっていったといいます。ネットなどで学んだ就活生の“正しい服装”にあわせ、メークをしてスカートを履くようになったのもこの頃からです。

東京の大手企業に就職すると、同僚や上司とのつきあいの中で、自分の思いとは裏腹に、男性より一歩下がるなど、“望まれる女性像”に近づいていきました。

ある日、つらい出来事が起きます。同僚から恋心を抱かれ、拒否すると嫌がらせを受けるようになったといいます。

周囲に相談しても「気を持たせたあなたが悪い」と理解されませんでした。自分の思いのとおりに生きることを許されず、自分の思いを押し殺して生きても理解されない。家族にも話しづらい。「どこにも居場所がない・・・」。一時は「死ぬ」ことさえ考えました。

すべてをリセットしたいと、5年前、偶然ネットで求人募集を見つけた島根県邑南町への移住を決めたのです。

藤彌さん
「砂漠に生きてる魚みたいな。この社会で生きるのに、わたしは向いていません、死ぬしかないって思ったんです。ただ、死ぬのって案外難しくて…。だから、死んだつもりになって、田舎に移住しようって思いました。」
過疎の集落で初めて感じた “生きていてもいいかも”

(島根県 邑南町 日和地区)

藤彌さんが移り住んだ島根県邑南町日和地区は、高齢化と過疎化が進む山間の集落です。人口はここ10年あまりで2割以上減り、およそ400人が暮らしています。

自分のことを誰一人知らない土地で暮らし始めて半年、自然豊かでのんびりとした環境に身も心も癒やされる中で、少しずつ自分らしく振る舞えるようになっていきました。肩よりも長かった髪の毛は、徐々に短く。「これでも大丈夫かな?」と周囲の目線を気にしながらも、服装は動きやすいトレーナーやズボンへと変えていきました。


(町役場で働く藤彌さん)

藤彌さんは町役場の職員として働きながら、地域の活動にも積極的に参加するようになっていきました。集落の青年部では祭りを企画。人手不足で途絶えていた集落の花火を30年ぶりに復活させました。また、後継者がいなくて衰退しかけていた、集落に古くから伝わる神楽団では笛を担当し、今では中心的な存在になっています。

一人都会からやってきた藤彌さんに、集落の人たちは優しく接してくれました。神楽団の師匠たちは、藤彌さんのことをわが子のようにかわいがってくれ、夕食を自宅でごちそうになることも少なくありません。温かく見守り、助けてくれる集落の人たち。地域の活動では、頑張れば頑張るだけ感謝され、喜んでもらえる。自分の居場所を初めて見つけた気がしたといいます。


(地元の人と話す藤彌さん)

藤彌さん
「日和ってすごく良いところなんですよ。私こういう話するとウルッと来ちゃうんですけど、人も優しいし、みんなすごい見ててくれるし、褒めてくれるし、助けてくれるんですね。神楽団も(住民たちと)一緒で、青年部も一緒で、職場も一緒で、いろんな面を知ってるのが田舎の特徴かなと思っています。『私一人で、あなたも一人で、マジョリティーとかマイノリティーじゃなくて一対一だよね』って。とりあえず生きてていいかなと思います。へへへ。」

LGBTsであることを告白 でも…
藤彌さんは、これまで、職場の仲間や一部の親しい人を除いて自分がLGBTsであることは伝えていませんでした。しかし、地域の人たちが藤彌さんの活躍ぶりを見て信頼を寄せてくれている、自分を“女性”としてでなく「藤彌葵実」という個人として見てくれていると感じるようになるにつれ、伝えてもいいかもしれないと思うようになりました。また、集落の人たちから「結婚はまだ?」「息子の嫁に」といった言葉がかかるたびに、ごまかす答えを返しながら、相手にうそをついてしまっているような後ろめたさも感じていました。


(日和地区山根谷集落の会合)

おととし9月、藤彌さんは意を決して、地域の人たちに自分のことをカミングアウトすることにしました。集落の戸主が月に1回集まる会合に出席。みんな70代以上の男性、これまで自分のことを優しく見守ってくれてきた人たちです。藤彌さんはその席でおそるおそる、「恋愛とか結婚は考えられない」と伝えました。

藤彌さん
「私、日和に住んでていろいろ活動してるんですけど、あんまり今、恋愛をしたりとか、結婚したりっていうビジョンがないんですね。そういう考え方で、日和で過ごすのってどうですか?」


(言葉を失う集落の人たち)

藤彌さんの告白に一瞬、みんな言葉を失いました。これまでこの地区で、LGBTsであることをカミングアウトした人はいません。藤彌さんの言葉の意味を真剣に考えようとしながらも、どうしても理解できない様子でした。

住民
「若いもんの考えが分からん。」
「いつか良い人ができるよ、そりゃ。」


自治会長の佐々木正晴さん(73)は、これまで、特に藤彌さんのことを気にかけてくれていました。地域の活動に熱心に取り組む藤彌さんを「若いから」と不安視する住民に対し、「信頼して任せよう」と説得してくれたこともありました。いずれは、藤彌さんに集落の住民と結婚してほしいと願っていただけに、思いがけない告白に混乱を隠せませんでした。

自治会長 佐々木正晴さん
「うーん。結婚する気がないっちゅうのが、わしもよく分からんのじゃけど。藤彌さんは全くおかしいことはないよ。ものすごく正常なつきあいというか、わしらもいっぱい話をさせてもらって。だけど、結婚を考えてないっていうのはちょっと、こういうこと言っちゃいけないかもしれないけど、異常って感じがする。」



すぐには受け入れてもらえないかもと覚悟はしていたものの、藤彌さんはこれまで親しくしてきた人たちが戸惑う姿に、言いようのない悲しみを感じました。

藤彌さん
「幸せな人生ですねって言われてもいいはずなのに、幸せじゃないと思われる。異性と恋愛をして、結婚をして、子育てをして、幸せな家庭を築いて、老後を迎えて死ぬっていうステレオタイプがあって、そうじゃない人はそうなるように努力しなければいけないんじゃないかって思わされてしまう気がします。」

男女の役割分担の壁 話し合いは平行線、それでも…
「結婚して幸せに」。そんな価値観とともに、藤彌さんがぶつかっていた壁がありました。男女の役割分担です。

特に藤彌さんが納得できないでいたのが消防団の活動です。藤彌さんも所属する町の消防団は男女別に分かれていて、男性消防団は消火活動など力仕事、女性消防団は被災者のケアや広報活動などと役割が異なります。


(男性消防団と女性消防団)

藤彌さんが消防団に入ったのは、隣の家が火事になったとき、避難の手助けなどを手伝ったことがきっかけです。藤彌さんは、これまで繰り返し、現場で消火活動に関わりたいという思いを伝えてきましたが、女性消防団は現場に行かせられないと言われてきました。

この春に行われた消防団の防火パレードでも、女性消防団として参加するように言われました。しかも、女性らしく車両に乗って手を振る役。どうしても納得できず欠席しました。

「自分の本当の気持ちを伝えずに殻に閉じこもる」。このままだと、東京で自分を偽っていた頃とまったく変わらない…。消防団の活動でも、自分の思いを率直に伝えるべき時が来ていると感じていました。

藤彌さん
「東京にいたときは、“納得できません”って言えなくて。“スカートを履かないといけないなんて納得できません、私はズボンで出社します”って言えなかったんですね。本当はそう思っているのに、そう思っている自分を否定して、社会の常識を肯定してしまっていたんです。でも、それだと、私がこの社会で生きてる意味はないんじゃないかって思えてくるんですよ。“納得できません”って言うこと自体は、自分を肯定することだと思うんですよ。」


(女性消防団の副団長 中井伸人さんと藤彌さん)

思い切って、女性消防団の副団長で、神楽団や集落のバドミントンサークルの仲間でもある中井伸人さん(66)に、「女性消防団を辞めて、男性消防団で消火活動に参加させてほしい」と訴えました。消防団に入ったきっかけやLGBTsであることも伝えました。中井さんはじっと聞いていました。

中井さん自身、葛藤していました。「藤彌さんの気持ちを受け止めてあげたい。その一方で、男性と女性とではやはり役割に違いがあるのではないか…」。そう思う原点は中井さんのこれまでの人生にありました。中学生の時に亡くなった父の代わりに母と2人の弟を養うため、高校卒業後、集落に残り働く道を選びます。同級生の多くが大学進学や就職で都会に出る中、苦渋の選択だったといいます。


(郵便局で働き始めた頃の中井さん(前列中央)と中井さんの母と弟2人)

それでも、男だから家族を守るのは当たり前だと考えていました。一生懸命、地元の郵便局で働き、弟たちを進学させ、母親の面倒を見続けました。男性と女性、それぞれに役割があり、そのためには個人の我慢も必要だと考えてきたのです。

1か月後、中井さんは藤彌さんを事務所に呼び、伝えました。「男性の消防団に入ることを認める。しかし、条件が一つ。人手不足の女性消防団にも残り、今までどおりの仕事も続けてほしい。」

条件を加えた背景には、もう一つ、一対一の人間として藤彌さんと向き合いたいという中井さんの思いもありました。藤彌さんの意見も聞き入れる代わりに、消防団としての願いも聞いてもらう。それが 「一対一の関係」ではないかと感じていました。

しかし、「“男性”と“女性”だけを想定して制度ができている」ことそのものに違和感を覚えてきた藤彌さんは、中井さんの結論に納得できず、中井さんに率直に自分の思いをぶつけました。


(話し合う中井さんと藤彌さん)

藤彌さん
「私は、個人の話をすればいいじゃないって最初から思っているので、現場に来れる人は来る。できることをみんながやるっていうことだと思うんですよ。」

中井さん
「それは違うよ。男子じゃけ、それなりの力をもっとる、で、現場で皆が大きな声だして、こうじゃないああだ!って言えるじゃない。女性には、けがさせちゃいけんと思うじゃない。例えば顔に傷。男がここ(顔)擦り傷するのと、女性がここに 擦り傷するのとじゃ違うじゃない?」

藤彌さん
「そこまで話をすると、じゃあ私は消防団に入っている意味はないんじゃないかと思って。」

中井さん
「もう少し辛抱することはできんかね?だってそんなこと言ったら、人生も全部一緒じゃん。嫌だったら辞めればいいってものじゃないでしょ。」

議論は最後までかみ合いませんでした。

「めっちゃイライラしました!」 
そう言いながら、話し合いから戻ってきた藤彌さん。表情はスッキリしているようにも見えました。



藤彌さんは落胆していませんでした。たとえ考え方が違っても、こうして自分の意見を伝えられたこと、それを聞いて本心で議論してくれる人がいることのありがたみを実感していました。そして、「中井さんとのつきあいは、これまでどおり続けていく」と、力強く語りました。

藤彌さん
「こんな場面なんて山ほどあって、そのたびに屈していたら生きていけないことを実感したので。それをされたからこの人は敵だ、もう話ができないと思うんじゃなくて、概念がかみ合わないところはそのまま置いておいて、他のところで仲良くなればいいんじゃないかな。中井さんとは、また神楽とかで一緒になりますし、今日もこれから一緒にごはんを食べますし。そうやって暮らしていくんだと思います。」

“一人の中に、いろんなアイデンティティーがある”
「結婚=幸せ」なの?「男女の役割分担」って何?過疎化が進む集落に藤彌さんが次々と投げかける疑問。地元の人たちの考え方も少しずつ、変わり始めています。

「結婚するつもりはない」という藤彌さんに「異常」と言った自治会長の佐々木さん。そのことを反省していました。「性別は男女だけではない。多様な性がある」ということを知り、その後の集落の会合で、こんな言葉を藤彌さんにかけました。

自治会長 佐々木さん
「結婚するかどうかは個人の自由ですからね。特別じゃない。普通のひとと変わらないよ。なあ、藤彌さん。」

2人はこれまでと変わらず大事につきあっていくつもりです。


(神楽団の仲間と話す藤彌さん)

藤彌さんと同世代の男性や女性たちも、「結婚が当たり前」という年配世代の考え方を柔軟に捉えるようになっています。かつては「結婚はまだ?」と近所の人に聞かれるたびに傷ついていましたが、今は「この人は私のことを思ってくれている」と、言葉の裏にある、その人の思いを受け止めるようになったそうです。

藤彌さん自身も「結婚はまだ?」は、「幸せになってね」と変換して受け取ればいいと考えるようになりました。

藤彌さん
「田舎に来てから、人って一面だけの存在じゃないんだなって。その人の中にいろんなアイデンティティーがあるなって思います。だから一面だけをみて判断するんじゃなくて、社会がLGBTsを前提としていなくても、そこに生きてていいし、自分らしく生きてていいし、幸せにもなれる。」

性が多様なのと同じように、一人一人の中にも多様性があると気付いた藤彌さん。地方で暮らす中で見つけた“希望”です。



取材を続けて感じたこと
4年前に出会った頃、藤彌さんは地域に根ざした結婚観や、男女の役割分担が押しつけられることにいらだっているように見えました。「地域の価値観は古いもので、当然アップデートされるべきだ」と、当時は藤彌さんも、私も、思っていました。しかし、ちょうどカメラを回し始めた2年前あたりから、藤彌さんの考え方が次第に変わっていったように感じます。いちばん驚いたのは、ことし3月、ロケの終盤にさしかかった時に「自分が変わりたくなかったように、相手も変わりたくないと思う」とおっしゃったことです。

相手へのリスペクトを忘れずに、互いに変われる、変わりたいと思うところは変える、変わりたくないところは受け入れる。時に衝突することがあっても、それまでと同じように、共にご飯を食べ、働き、対話を絶やすことなく暮らし続ける地域の方々と藤彌さん。その姿に頭が上がりません。また、どうしたら誰もが暮らしやすい社会になれるか、大きな手がかりを教えてもらったように思います。これからも取材を続けます。

(取材した内容は2021年4月に「目撃!にっぽん 地方で暮らすLGBTsの私」で放送しました。)

地方に根強い価値観によって、生きづらさを感じることはありませんか?またそういった声を聞いたことはありませんか?誰もが暮らしやすい地域になるためにはどうすればいいか。みなさんのご意見や記事への感想などを下の「コメントする」か、ご意見募集ページからお寄せください。